軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

82 王太子視点

「殿下、また手が止まっていますよ」

シリルの声にハッと頭を上げる。

執務机の上に溜まった書類を一つずつ確認していた筈が、また意識が違う方へと行ってしまったようだ。

今日は思うように仕事が捗らない。

これではまずいと思いつつも、どうもボンヤリしてしまう。

「何度も深い溜息ばかりですね。良い加減落ち込むのは終わりにしたらどうですか?」

「今日ぐらいは仕方がないだろう。⋯⋯今頃、ラシェルは侯爵邸を発った頃かと、そう思うだけで心配になるんだ」

「魔石で追跡してるのでしょう? なら良いじゃないですか」

シリルの言葉に、トゲのようなものが感じられるのは気のせいではないだろう。

魔石⋯⋯先日ラシェルに贈ったネックレスの件だ。

だが、あれは人を追跡するようなものでは断じてない。

「あれは危険が迫った時に私に知らせるものだ。

追跡などと⋯⋯人聞きの悪いことを言うな」

「そうなのですか? テオドール様がおっしゃってい

ましたけどね。『特定の人物がどの辺りにいるかを知る事が出来る魔道具を作れないか』と殿下に相談された、と」

テオドールの奴、よりにもよってシリルにバラすとは。

こいつに知られたら、何年先もずっとチクチク言われ続ける羽目になるのは確実だ。

今度会ったら文句の一つでも言わなければならないな。

ただ確かに、テオドールに相談したことは間違いない。

本当はラシェルが何処にいるのか知る事が出来る魔道具が欲しい。そう考えたことは事実ではある。

「⋯⋯まだまだ難しいそうだ。テオドールも面白そうだと乗り気ではあったけど、それでも時間が掛かりそうだと言われたよ。

ラシェルの出発には到底間に合わなかったからな」

「やっぱり。間に合っていたら逐一追跡する気だったのではありませんか」

「やろうとしたのと、やったのでは大違いだろう」

「⋯⋯殿下、開き直りは格好悪いですよ」

シリルは私に紅茶を淹れてくれながら、ジトッとした視線をこちらへと向ける。

「ラシェル嬢に忠告しておけば良かったですかね」

「お前、私を裏切るというのか?」

私の目の前に置かれたカップからは、薔薇の良い香りが漂う。

これはラシェルが特に気に入っている紅茶だ。

彼女がいつ来ても出せるように、ストックを切らさぬよう、常に執務室と私の自室に準備してある。

いつの間にか、私自身も落ち着きたい時はこの紅茶を好むようになっていた。

それをシリルも理解しており、気分に合わせて紅茶を準備してくれる。

本来であれば、紅茶を淹れるのはシリルの仕事ではないだろう。

だが、仕事中に外から人が何度も出入りする事で集中力が切れるのを嫌う私の為、知らぬ内にマスターしていた。

⋯⋯本当に優秀な奴だと思う。

そんなシリルは《やれやれ》と考えているのであろう。私に冷めた視線を寄越す。

「先に言っておきますが、私よりもテオドール様がラシェル嬢に伝える可能性の方が高いですからね」

「あぁ、確かにそうだ。あいつが揚々とラシェルに話す姿が容易に想像出来るな」

「でしょう? ラシェル嬢に嫌われても知りませんからね。完全に殿下の自業自得ですから」

「⋯⋯厳しいな」

確かにやり過ぎだと理解しているし、ラシェルにそれを知られたら、シリルの言うように嫌われる可能性さえもあるのかもしれない。

だが、念には念を入れるに越したことはない。

ラシェルの安全が私にとっては一番なのだから。

もちろん、嫌われたくはない。

⋯⋯いや、嫌われたら立ち直れないだろうし、想像でさえ、したくもない。

それでも、ラシェルの無事には代えられない。

本当は誰かに任せるのではなく、自分がラシェルを護りたい。

ラシェルが頑張るすぐ側で、誰よりもその姿を近くで見ていたい。

そう出来る立場であれば。

だが、私はこの国の王太子として、そうする事は出来ない。

彼女を守ると同時に、私にはこの国の民を守らなければいけないのだから。

だからこそ、ラシェルをただこの場で信じて待つことしか、私には出来ないのだ。

「長いな」

そう小さく呟いた声はあまりにも弱く、自分の声とは思えない程だ。

目の前のシリルも小言を言いながらも、表情だけで私を心配してくれていることが分かる。

「旅の予定は一か月程でしたか」

「あぁ、そうだ」

ラシェルに会った時は格好つけて、待つと伝えた。

だが、今日出発したばかりのラシェルが恋しくて仕方がない。

ラシェルの猫のような瞳を眺めたい。

笑顔を向けてほしい。

あの柔らかくウェーブした、滑らかな髪を撫でたい。

そして、今すぐに彼女を抱きしめ、この腕に閉じ込めてしまいたい。

考えただけで、もどかしくなる。

だが、彼女がそうまでして頑張る理由は私の為でもある。

『殿下の隣に立ちたい』、その言葉はこれからの一か月の間、何度も私を励ましてくれることだろう。

だからこそ、私もやるべき事を片付けなければ。

そう思い、一口紅茶に口をつけた後、溜まっていた書類に手を伸ばし、姿勢を正す。

そんな私の姿を見て、シリルも満足そうに一つ頷くと、自分の席へと戻る。

書類を確認し最後にサインをしながら、ふと陛下へと謁見を申し込んでいたことを思い出す。

そして手元の書類を、テーブル上に置かれた収納箱へと手を伸ばし、確認済みの引き出しへと入れた。

その後、シリルへと視線を向けて声を掛ける。

「シリル」

「はい、どうされました?」

「謁見の件、陛下からの返答は?」

「はい。本日、十五分程度であれば時間を取るとの事です」

「そうか。十五分も話す事があるのかどうかは不明だが、まぁいい」

そもそも会話が続く親子関係なんてものを築いた事はない。

陛下が私に対し、気安く話しかけることなど想像もつかない。

「本当に宜しいのですか?」

「何が?」

「陛下とお会いして、宣戦布告でもするのでしょう?」

「宣戦布告、ね。それは陛下次第だ。

陛下は何故あそこまで聖女に拘るのか。分かりかねるな」

「確かにそうですね。

キャロル嬢も大人しくなってますし、聖女としての役割は果たすと言ってましたからね。

あえて王家と婚姻を結ぶ必要があるのか」

どうも陛下は、私とキャロル嬢の婚姻を裏で着々と進めている節がある。

だからこそ、ここで話をしておかないと、ラシェルが旅に出ている間に無理やり話をまとめかねない。

確かに聖女は国にとって、価値がある存在だ。

そして、今までの聖女は大抵王族と婚姻を結んでいる。

聖女と結婚した王家は、その後国が豊かになると文献では記載されている。

かと言って、最近でも三百年前の文献だ。

実際の所は不明であるし、何より我が国で昔から人気のある聖女伝説の創作なのかもしれない。

もしくは、本当に精霊王からの加護が、王家にも影響したのか。

「光の精霊王より加護を受けし聖女。

陛下にとっては、かなり有益な駒となり得ると考えているのだろうな」

「だとしたら、説得するのは相当難しいでしょうね」

「やるしかないさ。これは、私が立ち向かわなければならない壁であるのだから」

では、私は私の戦いをするとしよう。