軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

67 王太子視点

「殿下!」

王太子執務室で仕事をしていると、常に無い慌てた様子のシリルが入室するなり足早に私の元へとやって来た。

額に若干の汗を滲ませている所から、随分と急いでやって来たようだ。

「あぁ、シリルか。どうしたんだ、そんなに慌てて」

私の言葉に、シリルは顔を苦痛に歪ませる。「実は⋯⋯」と言いにくそうに口を開く。

そんなシリルの様子に、手に取っていた書類を机へと置く。そして視線をシリルへと向ける。

「先程、マルセル侯爵とラシェル嬢が陛下と謁見なさったと」

「ラシェルと侯爵⋯⋯まさか!」

シリルの言葉。

ラシェルと侯爵、そして陛下。

すぐに答えは出てきた。

先日陛下は私に対し、ラシェルとの婚約を解消するように、という到底聞き入れられない話を持ってきた。

勿論、即刻否を伝えたが。

しかも新たな婚約者として聖女を据えよ、という話だ。

⋯⋯ラシェルとの婚約を解消して、新たにあの女と?

考える価値もない。

むしろ危険視してたのにも関わらず、精霊王からの加護を受ける前に早々にどうにかしなかった自分を呪いたい。

情報網を駆使して調べたことによると、この婚約については、どうやら聖女が陛下へと打診したようだ。

曰く、自分を王太子の婚約者にしなければ、隣国から声を掛けられているのでこの国を出て行く。とのことらしい。

元々、この国と隣国は一つの国であった。つまりは聖女信仰はこの国と同様。しかも隣国においては、聖女は国が二分した原因である五百年前以降は現れていない。

⋯⋯つまり、陛下としては自国から出た聖女を隣国に取られるわけにはいかない。そう言うことだろう。

聖女の力はもとより、聖女はその存在だけで国民へ与える影響が大きい。王家に取り込むことが出来れば、聖女への信仰心が王家へと良い影響を与えることは間違いない。

何かあった時に切るカードは幾ら持っていても良い、という事だろう。

だとしても、私との婚約を条件にするなど。

光の精霊王の加護が無ければ⋯⋯。そう思わずにはいられない。

「くっ⋯⋯」

悔しさに思わず唇を噛む。

余りに強く噛み過ぎたのか、僅かに血の味が口の中に広がる。

「シリル、今から陛下の所へ行く」

「はい。陛下は執務室です。既に殿下が訪問する旨を伝えております」

「⋯⋯流石だな」

すぐに席を立ち扉へと向かうと、すかさずシリルが扉を開ける。

そのまま立ち止まる事なく、真っ直ぐ国王執務室へと向かった。

⋯⋯まさかラシェルを呼び出すとは。

何を言ったかは想像つくが、いくら王と言えども勝手が過ぎるだろう。

足早に廊下を通っていくと、脇に立つ使用人達の顔色が悪い事から、自分自身の顔が悪魔の如き形相をしているのだろう。

意識して王宮内では、穏やかな表情を常に浮かべていた。それが今は取り繕うことさえ出来ない。

国王執務室へと着くと騎士に取り次ぎを頼む。

私の顔を見て、「訪問の旨、伺っております」と中へと通される。

この部屋は王太子執務室と違い、この通された部屋の更に奥に執務室、仮眠室と分かれて扉が幾つかある。

そんな幾つもある扉の中でも、陛下がいるであろう執務室の扉を射抜かんばかりに睨みあげる。

「殿下、陛下とお会いするのにそのお顔は」

堪らずといった様子で、ソファーに腰掛ける私の後ろに立つシリルが耳に顔を寄せて小声で言う。

「それは無理だ。今から敵に会うというのに、朗らかに笑えと言うのか」

シリルの言葉に眉間に力が入るのを感じる。口から出た言葉は、あまりに低く冷たいものであった。

「その敵というのは、其方の父のことでは無かろうな」

ガチャリと音を立てて開かれた奥の扉から聞こえて来る声に、内心舌打ちをしつつ形ばかりの礼をする。

ゆっくりと近づく陛下は、私の目の前のソファーへと腰掛ける。

⋯⋯何が父、だ。

生まれてこの方、父としての役割など一つも果たしていない癖によく言う。

そんな悪態だけが頭を過ぎる。

「どうやら耳に入ってしまったようだな。

おおよそ、婚約の件であろう」

「マルセル侯爵と令嬢をお呼びになったとか。

前回、聖女とは婚約しないと申し上げたでしょう」

婚約。

その言葉に、頭がカッと熱くなる。

「もうお前も十八なのだから、その様な子供の様な我儘は聞き入れぬ。国の為、どうする事が最善か分からぬ其方では無いだろう」

国の為?

聖女との結婚が国の為、だと。

確かに隣国に聖女を持って行かれることは、この国にとっては喜ばしいことでは無い。

なんと言っても、聖女の力は光の精霊王から授かっただけあって有益なものだ。

だが。

「未だ、聖女は力を使えぬそうではありませんか」

「だからどうしたのだ。聖女の力とは王家のみが知り得ること。元々、聖女の力は象徴だと誰もが思っておる。この国の聖女信仰を知っているであろう」

「⋯⋯だとしても」

「良いか。民は聖女が国母となることを望む。勿論、私もだ。

それに力はその内に使えるようになるであろう」

あの女に国母など到底務まるはずが無い。

アンナ・キャロルの今までの行動を見てもそれは明らかだ。

「それでも受け入れることは出来ない。そうしたらどうします?」

「弟が王太子となるまで」

何でも無いことの様に告げる言葉に、苛立ちが増す。

目の前の父親は、自分の息子さえも駒の一つとしか見ていない。昔からそうだ。

『三人いる息子のうち、出来が良いものが跡を継ぐ。王太子と謂えど、その席は他の者に奪われる可能性を忘れるな』

そう言われたのは、十二歳の頃であろうか。

あの日までは、父を何処かで求めていた。だが、あの瞬間に悟ったのだ。目の前にいるのは、父親では無い。この国の国王なのだ、と。

ふと思い出した過去さえ、忌々しい記憶だ。

話の通じない者を見るかのような、冷めた視線が目の前から向けられるのを感じる。

陛下は大きくため息を吐くと、口を開く。

「それに、お前の婚約者。いや、違うな。

元婚約者は解消に同意した」

「何を!」

目の前に座る陛下の顔は僅かに口角のみが上がっている。だが、自分と同じ色をした瞳は全く笑ってはいない。むしろ冷え冷えとしており、到底息子を見る瞳とは思えない。

陛下は私の前に差し出す様に、一枚の紙をテーブルへと乗せた。

「諦めろ。お前は王太子として生を受けたのだ。

結婚もまた、国の為。それが出来てこそ国王となる器である」

その後、どうやって自分の執務室に帰ってきたのか分からない。

気がつくといつもの椅子に腰掛けていた。目の前には、随分前に入れられていたと想像がつく冷え切った紅茶のカップ。

そして、目の前には愛しい人の名前が書かれた紙。

⋯⋯ラシェル。

どんな想いでこの紙に名を書いたのだろうか。

指でゆっくりとその名をなぞる。

常であれば美しい字が、僅かに揺れている。

その様子からも、ラシェルがどんな想いでこのサインをしたのかが手にとる様に分かる。

守ると。

ラシェルを守ると約束したのに。

誰よりも、自分の不甲斐なさに苛立つ。

──ガン

その苛立ちを発散させるかの様に壁を拳で力一杯に叩く。その鈍い音に慌てた様にシリルが「失礼します」と声を掛けて入室した。

だが今はそれに視線を向けることさえ出来ない。

目の奥がチカチカと燃える様に見える。

怒りは通り越した。

むしろ、今は落ち着き払ってさえいるだろう。

私の様子に、暫し静観していた様子のシリルが、ポツリと声を出す。

「陛下の仰っていたことは、間違いでは無いかと」

「だろうな」

「それでも受け入れられない、と?」

「あぁ」

そんなことは分かっている。

聖女を王家で取り込むメリット。

その第一が政略結婚であることなど。

昔の損得でしか考えられなかった私であれば、選択の一つとして浮かんでいてもおかしく無い。

だが、今は違う。

ラシェルによって、損得でしか物事を見られなかった自分は消えたのだから。

「王太子で居られなくなっても宜しいのですか。幼い頃から、あんなにも国の為に身を粉にして来たでは無いですか!」

王太子でなくなる?

シリルの言葉に、思わず「ふっ」と鼻から笑いが漏れる。私の表情にシリルは目を見開きハッとした様だ。

「だれが諦める、と?」

国が第一。

そんな事は、王族として生まれた以上当たり前だ。

そして私自身の目的でもある。国中に光が当たらない場所を無くす。誰もが目を背ける地区など必要ない。全ての国民が私の守るべき民である、と。

だが同時に、その眩い光を携えた未来に自分も入れたのだ。

ラシェルが隣に立ち、築き上げる未来を。

先程は、ラシェルの名が書かれた書類に動揺してしまった。ラシェルと離れる未来を考えて、目の前が真っ暗になるような絶望感さえ抱いた。

それでも。

「私は欲しいものは全て手に入れる。

ラシェルとの結婚も王太子の座も。

⋯⋯そして、この国の未来も」

僅かに下を向いたシリルは、若干声を詰まらせながら「そうでした。⋯⋯私の主は欲張りな方でしたね」と先程とは打って変わった喜びをその言葉に滲ませた。

「ラシェルに手紙を書く。陛下に気付かれぬ様に侯爵邸に届けろ」

「はっ!」

その言葉と共に引き出しから、便箋を取り出す。

何よりもまず、ラシェルとコンタクトを取らなければならない。

可能性としては低いが、婚約解消の書類に書かれた一文。

《新たな婚約者》、こんなものを作られたら自分がどんな行動を取るか想像すら出来ない。

そんな相手を想像するだけで、ペンをへし折りそうになる。僅かに力が入っていたのか、持っていたペンがピシリと悲鳴をあげる。

そしてもう一つの問題、だ。

「それと、聖女に会いに行く。これは陛下に知られても良い」