軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29 テオドール視点

ここが噂の教会、か。

初めて来るが、マルセル領内の聖教会でもここは中心なのだろうな。海と街の距離がちょうど良く、住人も来やすいし精霊も好みそうな場所だ。

あの黒猫ちゃんも連れて来たら、喜びそうだな。

教会内の敷地へと入ると、ラシェル嬢の言っていた通り教会の裏に孤児院を見つけた。

ゆっくりと歩みを進めて近づくと、庭でロジェが少年たちに剣を教えていた。

すぐ近くでは、ラシェル嬢が子供たちに囲まれて花壇に水をやっている。子供たちへ優しく語りかけている様子を見ると、随分慣れ親しんでいるようだな。子供と話していた彼女は、ふと後ろを振り返り一人の青年に話しかけている。

ふーん、あれが噂の神官ね。

確かに物腰が柔らか気で、人好きのする感じだな。ルイのように誰からも注目を集める美形ではないが、ここからの距離でも割と整った顔立ちが窺える。

ここに通うようになってから、ラシェル嬢は随分意欲的になっているようだ。今までにない自信に満ちた笑顔をふりまき、痩せ細った顔つきも健康的になった。何より、誰かに必要とされている実感、というのが良い影響となったのだろう。

おっ。

ロジェが俺に気づいたようだな。

遠目にロジェが一礼するのが見える。更にラシェル嬢もその様子に気づいたのか、神官に何かを伝えた後、こちらに近づいてくる。

俺も足を進めて、近づくラシェル嬢に手を上げて挨拶した。

「テオドール様、どうされました?ここに来るのは初めてですよね?」

「あぁ、実はちょっと急ぎでね。すぐに王都に戻らないといけないから、別れの挨拶」

そう告げると、少し釣り上がったラシェル嬢の目元が僅かに見開き口紅をつけなくても真っ赤な唇が「まぁ」と呟いた。

「急なことですね。テオドール様にはすっかりお世話になってばかりで」

「いや、こっちも色々分かったこともあるし。とりあえずの収穫はあったよ」

「分かったことですか?」

「まぁ、それは追々」

「あっ、こちらの教会の神官様にご挨拶されますか?」

チラッとラシェル嬢が神官の方へ視線をやると、神官も視線に気づいたのかこちらを見てその場で礼をした。

ふーん、なるほど。

どうやら、この神官は俺のことを知っているようだな。俺の顔を見て《何故ここに》と言いたげに少し驚いた顔をしている。

まぁ、俺は精霊関係の仕事も多いから王都の大教会にはよく行くし、知られていても無理はないか。

「いや、いい。もう急いでいるから行くが、何かルイに伝えることある?」

「あっ、でしたら⋯⋯」

最後にあいつの名前も出しとくか、と念のため聞いておく。きっとあいつに会ったら嫌でもこのお嬢さんの話を聞きたがるだろう。だったら、一つぐらい土産でも持っていってやるか、と考える俺はほんと幼なじみ想いだな。

ラシェル嬢も数秒思案した後、しっかりと俺の目を真っ直ぐ見てきた。伝えたい言葉とやらを託された俺は、「伝えとく」とニヤリと笑う。

それにしても、この子もこんな顔をするようになったとはね。人のことをこんなに力強く見るような子ではなかったが⋯⋯何か思うことでもあったのか。

少し前までは、弱々しくて誰かに守られないと生きて行けなさそうだったのに。今は自分で立てるようになって来てるようだな。

「よろしくお願いします」

ラシェル嬢は穏やかな笑みを浮かべ、俺に深く頭を下げた。

その頭を思わず、ポンポンと叩くと「じゃあな」と一言だけ残し、俺はそのまま教会を出て行く。

俺は、そのまま市街地とは反対方面の森へと一直線に進んで行った。

森の奥深くに到着すると、辺りはシンと静まり返っている。

まぁ、この辺でいいか。

手を前へとかざす。

瞳を閉じて、イメージをする。

すると徐々に手から淡い光が発せられる。

『トルソワ魔法学園 生徒会室』

呟いた瞬間に自分の体を強い光が包む。

そして、一瞬のうちに光が止む。

着いたか?

かざしていた手を下ろして、目蓋を開けると同時に。

「うわっ!」

叫び声が真後ろに聞こえる。

後ろを振り返ると、嫌そうに顔を歪めるルイの顔。

「おっ、久しぶり」

「久しぶりじゃない!普通に現れてくれっていつも言ってるだろ。それに誰かいたらどうするんだ」

「いないって知ってるから来たんじゃないか」

「はぁ⋯⋯なんで知ってるんだ」

目の前のルイは頭に手を当てて深くため息をついた。

まぁ、今のこの国で転移の術なんて俺しか出来ないからな。便利だから本当に助かるが、疲れやすいためほとんど利用しない。

「まぁ、用件だけ先に聞こう」

ルイは生徒会室の扉の奥にある特別執務室のドアを開ける。そして、俺に中に入るように促すと、中央にあるソファーに静かに座る。

俺もルイの座ったソファーの向かいにある1人掛けにドカリと座る。

すると、さっきまでの表情と違い、ルイは俺を射抜くような鋭い視線を寄越す。

おぉ、急にその仕事モード全開の威圧感出すなよ。

めちゃくちゃ居心地悪いじゃん。

まぁ、いいや。

とりあえず、さっさと仕事をしてしまおう。

「やはり闇の精霊とはいえ、あの黒猫には特別な力はない」

「そうか⋯⋯闇の精霊自体の特性は?」

「おそらく、というのは考えついたが。確信は持てない。そっちは」

「あぁ、闇の精霊は確かに過去この国に存在した可能性がある。だが、全ての文献が意図したかのように消されている」

「⋯⋯やっぱりな」

掴めそうで掴めない。

やはり誰かが何の目的かは分からないが、闇の精霊そのものを存在が無かったことにしようとしているようだ。

思わず力が抜ける。

誰が何でそんなことをしたのかは分からないが、本当に余計なことをしてくれたものだ。

はぁー。どっから手をつけるかな。

「あとは、やっぱり教会だな」

「あぁ、大神官とは何度か面会をしている。とりあえず、ラシェルの契約した闇の精霊について、教会内では大神官含め数人にしか伝えていない。

教会内でも広めないよう伝えている」

「あぁ、今のところはあまり知られない方がいいだろう」

「教会であれば、もしかしたら闇の精霊についても何かしらの情報があるかとは思えるが。まぁ、あそこは教会内の情報が外へと出ることを嫌うからな。すんなり教えてくれるとも思えない」

「そうだな」

教会の弱みでも握れたら楽なんだけどな。

あいつらもそう易々と尻尾を掴ませる真似などする筈がないだろう。

とはいえ、ここに急に戻ってくることになった本題についても伝えておかないとまずいな。

「辺境辺りで怪しい術の跡が見つかった。とりあえず俺はそっちに応援に行くから、この件は暫く一人で頑張ってくれよ」

「怪しい術ね。今度は何だよ、次から次に⋯⋯」

「あ?なんかあったのかよ」

ルイはキラキラと煌く金髪を右手でガシガシと掻くと、「学園内でちょっとな」と気まずそうに呟いた。

「エルネストがやたらと一人の生徒に肩入れしててさ、生徒会に入れようとしてるのが面倒でさ」

「エルネスト?⋯⋯あぁ、ラシェル嬢の従兄弟くん。何?女子?」

「あぁ、成績は良いが⋯⋯まぁ、ちょっと色々」

気まずそうに話すルイに、とりあえず「お前も大変だな」と他人事のように労っておいた。

まぁ、他人事だしな。

この王子様もなかなか忙しいからな。

王太子の仕事もしつつ、婚約者の問題を片付けつつ、学園のまとめまで。

とりあえず、あの持ってきた土産だけ渡しとくか。

「そうそう、ラシェル嬢の伝言」

その言葉にルイは分かりやすくビクッと肩を揺らした。

「何だっけな、そうそう『もうすぐ答えが出そう』だそうだ」

「⋯⋯答え」

その伝言にルイは瞳を揺らしてボケっとした表情になる。そして、何やらもごもごと口元で呟いているが、よく分からない。

きっと、まだ知りたいことが色々とあるのだろうな。視線を左右に彷徨わせ、考え込む素振りをみせている。

とりあえず⋯⋯からかっておくか。

「じゃあ、それだけ。

俺は魔術師団に顔を出すから」

とソファーから立ち上がろうとすると、ルイは案の定慌てたように「ちょっと待て」と俺の腕を掴んで、無理やりまたソファーへと座らされる。

「何?」

「だから⋯⋯あいつはどうしてる」

俺はルイの忙しなく彷徨う目元を他所に、わざと惚けたような声で聞く。

「あいつって⋯⋯あぁ、マルセル領での様子聞きたいの?」

その言葉にルイは頭をバッと上げた。

瞳の奥には不安と期待がわずかに揺らいでいる。

何だかんだでルイとラシェル嬢は頻繁に手紙のやり取りをしているようだ。

ルイからの手紙が届いた際、ラシェル嬢が大事そうに受け取っていた姿を思い出す。

だが、やはりもう二ヶ月近く会うこともなく手紙のみのやり取りだ。そりゃあ、実際に顔を見られないとなれば、少しでも相手を知る機会を得たいとも思うだろう。

ただ、あの神官。

来る前にチラッと見た、あの神官の様子を思い出す。

なんかちょっと気になるよな。あの感じは。

ラシェル嬢の方は何とも思ってないかもしれないが、あの神官の方は分からない。

婚約の継続が危ぶまれているルイにとって、彼が今後もしかしたら強敵となる可能性もある。

うーん、ここらでちょっと焚き付けておいた方がいいのかもしれない。

よし。

「あー、なんかさ。凄い出会いがあったみたい」

「出会い?」

「あぁ。俺さ、あんなに一瞬で心を奪われる? そんな瞬間見たの初めてだよ」

「心を奪われる⋯⋯だと?どう言うことだ!」

「どう言うこと⋯⋯あれは、そう運命の出会い、だな」

「運命の⋯⋯出会い⋯⋯」

俺が神妙そうに告げる言葉に、ルイは一瞬で顔面蒼白になる。

ガタッと慌てたように立ち上がると、「行かないと」と呟きドアまでの距離を何度も色んなものにぶつかり、躓きながらフラフラと部屋を出て行く。俺はそれを止めることなく黙って見送った。

バタン、とドアが閉まるのを確認し、我慢していた肩がフルフルと震えるのを感じる。

ヤバっ、何あの慌て方。

肝心なこと聞いてないのに出てっちゃったよ。

えっ、マジであれがルイなわけ?

「はは、まじ面白い。あいつがあんな風になるなんて。いやー、かんっぺきに勘違いして出てったな。

⋯⋯出会ったのはサミュエルと豆の話なのに」

呟いた俺の声はきっとルイには聞こえていないだろう。

でも、実際にルイは《あいつはどうだ》としか言ってないわけだから、俺は嘘はついてない。

サミュエルの可能性は全くないけど、ラシェル嬢とは言われてないし。

まぁ、若者よ。しっかり悩んでくれ。

って俺だって若者だよ。

きっと今頃シリルにとんでもない提案でもしてる頃だな、あの王子様は。

シリルもルイの初恋に振り回されて大変なやつだな。

さっ、俺も仕事仕事。