軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3−45

「クロ……と、テオドール様?」

『ニャー!』

ロゼがクロへと飛び込むのと、クロが機嫌よく鳴き声を上げたのは同時だった。

「テオドール様、どうしてここに」

私の声に顔を上げたテオドール様の手にあったのは、沢山の鍵がジャラジャラと付いたキーリングだった。

「その鍵、どうして……」

「地下牢の入り口にいた衛兵が腰に着けていた。おそらく各牢屋それぞれの鍵だろうと、それを拝借したのだが……あっ、これのようだな」

すぐに錠前へと視線を戻したテオドール様は一つ一つ鍵を挿して合わなければ次の鍵、と試しているようだ。そして、ある鍵を挿した直後ガチャンッと鍵が外れた。

「ほら、開いた」

テオドール様はそう言いながら、牢屋の扉を開けた。呆然と立ち竦む私だったが、すぐにハッとする。

「……あ! あの、テオドール様、危険です! 皇帝陛下の命で、リュート様が!」

皇帝がテオドール様を処分しろと命令していたことを思い出し、慌ててテオドール様にその旨を説明しようとする。だが、焦りだけが先行し上手く説明が出来ない。

そんな私に、テオドール様はフッと表情を僅かに和らげた。

「良い。分かっている。皇帝が俺を殺すように、カルリア公子に命令をしたのだろう?」

髪を掻き上げながらニッと口角を上げたテオドール様は、昔から良く見る表情で思わず目を奪われる。

――テオドール様は全てを分かっていてここに来たというの? 龍人の能力により記憶を奪われ、皇帝への忠誠を無理やり誓わせられたテオドール様が?

「……もしかして、記憶が!」

「戻ってはいない。これは自分で考えての行動だ」

首を左右に振ったテオドール様は、私の目を真っ直ぐ見つめた。

「俺が、俺の意志でトラティア皇帝の命令に刃向かった」

――皇帝の命令ではなく、テオドール様自身の意思で私を助けると?

「なぜ……」

リュート様も皇帝も、龍人の能力は絶対だと言った。であれば、テオドール様が皇帝の命令に刃向かうことなどあり得ないことだ。

だというのに、皇帝の命に背き危険を顧みずに私を助けにここまで来てくれた。

――これは本当に現実なのだろうか。

「夢……?」

「まさか。夢だったら、あなたはこんな場所ではなく行きたい所、戻りたい場所にいるはずだ」

そうだ。悪夢のようなこの場所で、私は何度も夢みた。ルイ様の元へと戻る夢を。

「では、どうして……」

「さぁ、なぜだろうな。……偽りの忠誠で死ぬには、俺は惜しい人材のような気がしたのかもしれないな」

考え込む素振りをした後、表情は未だに硬いままだが冗談めかしてそう言ったテオドール様に、私は思わず目に熱いものが込み上げてくるものを感じた。

「俺はこの瞬間から、皇帝陛下の騎士ではない」

真剣な表情で私を見つめたテオドール様は、そう言うとニヤリと口角を上げた。

「……ナナという名も捨てたのだが、俺に良い名をお前が決めてくれないか?」

まさかの言葉に、ポカンと口を開けた後、私は込み上げる涙を手で拭った。

「そんなの、決まっているじゃないですか」

溢れる涙をそのままに、私は目の前の彼に微笑みを向けた。

「……テオドール様」

そう彼の名を呼ぶと、テオドール様はふわりと笑みを浮かべて「あぁ」と返事をした。

「やはりテオドール、か。あなたがずっと呼んでいた名だからだろうか。変に馴染んだ名だな」

「当たり前です。あなたはずっとテオドール様なのですから」

ふふっと笑う私に、テオドール様はまるで眩しいものを見るように目を細めた。

優しい空気が私とテオドール様に流れる。だが、ふと疑問が湧く。

「ところで、どうして私が地下牢にいることが分かったのですか?」

テオドール様が私を助けに来てくれた理由は理解出来た。だが、どうしてこの場所だと分かったのだろう。すると、テオドール様はポケットから何かを取り出すと、私の前に差し出した。

「これだよ」

テオドール様の手の上には、紫色の魔石が光り輝いていた。魔石からは私の魔力が溢れている。

「それ……もしかして、私の純魔石ですか?」

私の問いに、テオドール様は頷いた。そして、先ほどからずっとテオドール様の足元で大人しくしているクロへと視線を向けた。

「この猫が俺のところに持って来たんだ」

「クロが?」

得意げに『ニャッ』と鳴くクロに、思わず頬が緩む。

「そういえば……さっき純魔石を咥えていなくなってしまったと思ったけど、テオドール様のところに行っていたのね」

クロはテオドール様が記憶を失っても、いつも庭園へとテオドール様を連れて来てくれていた。

契約精霊であるクロはいつだって私がいる場所を特定出来るようだ。だが、もしかしたら契約者の私だけでなく、テオドール様の居場所も分かっているのかもしれない。

「こいつも、お前が心配だったのだろう。そうだよな?」

『ナァ!』

「さっきはあのように言ったが、この猫が俺のところに来るまで、俺は皇帝の命令は絶対だと思っていた。あのままではカルリア公子に黙って殺されていたかもしれない」

テオドール様の言葉に、「えっ」と驚きに声をあげる。

「だが、こいつがあなたの魔石を俺に渡してくれた時、モヤが晴れるのを感じた。……自分の居場所はここではない。誰か、守りたい人がいた気がすると」

眉を下げたテオドール様の視線が、こちらに向く。美しいルビーの瞳に思わず魅入ってしまう。

「その相手が、あなたであれば良いと」

「……テオドール様」

テオドール様の真っ直ぐな瞳、凛とした声は、心に直接響く。じわりと胸が温かくなっていく。私が続けて口を開こうとした時、テオドール様がそれを手で制した。

何かを察知した様子のテオドール様がシッと人差し指を口元に当て、周囲を警戒するように見渡した。

「あの、どうかしましたか? もしかして、兵が?」

「いや……まだ気付かれた訳ではないようだ」

ホッと胸を撫で下ろすが、テオドール様の警戒した表情は変わらない。

「だが、モタモタしている暇はない。……幸か不幸か皇帝の注意は今、残りの皇族へと向けられている。この混乱に乗じて城を脱出する」

「そのようなこと、本当に可能なのでしょうか」

一ヶ月もこの国に囚われていた。だからこそ知っている。トラティア帝国という国の武力を。それは皇帝やリュート様に限らない。

この城に多く残っているであろう衛兵たちもまた猛者揃いだ。しかも城のあらゆる場所に術が掛けられている。

言うなれば、城全体が牢屋のようなものだ。

だが、不安に沈む私に、テオドール様は自信あり気に微笑んだ。

「もちろん正面から突っ切ろうなんて思ってはいない」

「では、どのように?」

「皇帝にもカルリア公子にも見つからない場所を通っていく」

――皇帝にもリュート様にも見つからない? そのようなことが可能なの?

「そのような道があるのですか?」

驚きに何度も瞬きをする私に、テオドール様は足早に地下牢内を進みながら「あぁ」と答えた。

「この城の構造は、地図に書かれていない場所も全てインプットしてある」

テオドール様は頭に人差し指を当てると、ニッと口角を上げた。

「いつの間に……」

だって、テオドール様はさっきまで皇帝の命令が絶対で、逆らおうなんて考えていなかったはず。それなのに、今はあっさりと脱出のルートが頭に入っていると言っている。

「どこの城だって、何かあった時用に避難ルートというものは確保してあるものだ」

「でも、それは本来皇族専用で……皇帝の騎士だとしても知ることはないのでは?」

「普通では、そうだろうな。だけど、俺は普通ではないようだから」

少し先を歩くテオドール様が顔だけをこちらに向けて笑みを深めた。

「俺がどうやって知ったのか気になっているようだが、今は脱出が先だ。……この城を出たら、教えましょう」

今のテオドール様の服装はトラティア帝国の騎士服だというのに、私にはデュトワ国の魔術師団のローブを靡かせるテオドール様の姿に見えた。

大きな背中を私はただただ見つめた。