軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3−39

「……あぁ、また上手く出来なかった」

「あと一歩、という感じかと」

失敗続きの私に、テオドール様は表情を変えずに考え込む仕草をした後にそう言った。

「私も手応えはあるのですが……いざ形になる、という瞬間に消えてなくなってしまうのです」

「魔力を集中させるのは上手くいっている。問題はどこか違うところにあるのかもしれないな」

魔法陣を描くことは上手く出来るようになったし、魔力を一点に集中させる感覚は掴めるようになった。それでも、そこから先に上手く進めない。

魔石を作り出そうとすると、何かに邪魔されるように魔力が弾け飛んでしまう。

テーブルの上には、私にお手本を見せる度に更に精度が上がっていくテオドール様の純魔石。イエローダイヤモンドのように色鮮やかで温かみのある輝きは、加工せずともそれ自体が美しい。

先ほどテオドール様が作った純魔石を手に取る。

夜空に煌めく星々の煌めきを一気に集めたような純魔石は、どんな高価な宝石にも勝るだろう。

「なぜテオドール様の作った純魔石では、テオドール様に掛けられた龍人の術を無効化することが出来ないのでしょう。……テオドール様は、こんなにも上手に純魔石を作り出せるというのに」

自信なさげに呟いた声に、テオドール様はピクッと眉を動かした。

「間違いなく、俺が闇の魔力が使えないからかと」

基本的に誰もが多かれ少なかれ持つ火・土・水・風の魔力と違い、光と闇は一部の限られた者しか持たない特殊な魔力だ。

光の精霊王を神とするデュトワ国には、長い年月闇の精霊の力を介する闇の魔力というものが存在しなかった。

デュトワ国の王太子であるルイ様や光の聖女の子孫であるテオドール様は、デュトワ国でも数少ない光の魔力を有する。

光の魔力を有するからこそ光魔法が使えるルイ様やテオドール様、そして光の聖女であるアンナさん。

反対に、私はデュトワ国に生まれながらに闇の魔力を持っていた。私は光の魔力を持たないため、光魔法は使えず闇魔法を使うことが出来る。

「闇の魔力は過去への力。おそらく、術の無力化は龍人が術を掛ける前の状態へと戻すことで可能なのでしょう。それならば、未来の力である光の魔力は何の力にもならない」

テオドール様の言葉に、肩を落としながら頷いた。

「……そう、ですよね」

――テオドール様の掛けられた術を解くには、私が純魔石を作ることが一番早い。

「テオドール様がここまで協力してくださっているのに、申し訳ありません」

「いえ、謝る必要などありません。そもそも……」

――俺は記憶が戻らずとも構わないのだから。

そう続いたであろう言葉は、テオドール様が私の落胆した表情を見たことで止めたようだ。代わりに、テオドール様は言いかけた開いた口を閉じ、しばし考え込むように腕を組んだ。

「……あなたは俺の記憶を戻し、精霊の国に連れ戻したいと言う」

「はい、もちろんです」

「だが、なぜその国に拘るのか、俺にはどうも理解出来ない。陛下は、あなたを将来のトラティア帝国の皇妃に望んでいると耳にした。……陛下に滅ぼされる可能性がある弱国のデュトワ国で王妃になるより、この国の皇妃になる方が余程あなたにとっては良いのではないだろうか」

弱国よりも強国の妃。ルイ様よりもアレク皇帝を選ぶべき、か。かつてのテオドール様であれば決して言わない言葉に、心をナイフで抉られる痛みを感じる。

それでも、眉を下げて曖昧に微笑んだ私は、首を左右に振った。

「そのような未来は決して来ません」

「……なぜ?」

「私はルイ・デュトワ王太子殿下をお慕いしております。私の人生は、彼と共にありますから」

そう言葉にすると、より自分の心に響く気がする。

――一度失った人生にもう一度光を与えてくれ、共に歩もうと言ってくれたルイ様の存在がなければ、私はきっと今も諦めた日々を過ごしていた。

「テオドール様は私が強情で諦めが悪い人間だと思っておりますよね。……きっと、それもルイ様のおかげなのです。ルイ様はきっと諦めないし、立ち止まることがない。今この瞬間も、想いは繋がっている。そう信じられるからこそ、私は何度でも立ち上がれるのです」

一度口にしてしまえば、止まることなくルイ様への想いが溢れる。そんな私に、テオドール様は驚いたように目を見開いた。

だが、すぐにフッと表情を和らげると口の端を上げた。

「デュトワ国の王太子は、あなたにそこまで想われているのか」

目を細めたテオドール様は、青空が続く遠くへと顔を向けた。

「相当いい男なのでしょうね」

ポツリと呟いたその言葉に、私は胸がギュッと掴まれる気がした。

「えぇ、とても」

まるで自分のことのように嬉しくなり、思わず笑みが溢れる。

この国に来てから、ここまで心から笑えたのは初めてかもしれない。テオドール様は、「惚気られましたね」と眉を下げながら笑みを深めた。

「デュトワの王太子殿下は、過去の俺とも知り合いなのですか?」

「えぇ。あなたの親友です」

「親友……。どのような関係だったのでしょう」

「普段気を張っていることが多いルイ様が、心を許す数少ない相手ですね。よく軽口を言い合ったり。そうそう……テオドール様がよくルイ様を揶揄うことも多くて。……だけど、互いを信頼し、信じ合える。私から見たテオドール様とルイ様は、唯一無二の友、というように感じます」

過去の私にはそのような友人はいなかった。上辺だけの友情を信じて、裏切られた。きっと、ルイ様とテオドール様、それにシリルのような関係を近くで見なければ、私ももう一度学園で友人を作りたいとは思えなかったかもしれない。

「……唯一無二、か。……一度、会ってみたいものです」

「えぇ、必ず」

朗らかに笑みを浮かべるテオドール様に、私も自分のことのように心にふんわりと温かいあかりが灯るようだ。

その時、テオドール様の視線がふとテーブルの上の魔石へと向けられる。

「あと一歩の鍵……」

独り言のように呟いたその言葉に、「えっ?」と聞き返す。

「最後、魔力が弾けそうになる瞬間……あなたが一番に会いたい人を想像してみるのはどうだろうか」

「ルイ様を?」

「はい。……きっと、上手くいく」

何かを理解したようなテオドール様の物言いに、私は内心首を傾げながら頷いた。

――テオドール様はああ言っていたけど……。

トラティア帝国に連れられて、テオドール様のことがあって、私は自分が強くあるように出来る限りルイ様のことを思い出さないようにしていたのかもしれない。

ルイ様のことを思い浮かべると、胸が苦しくて今にも泣き叫びたくて、切なさに押し潰されそうになる。

――ルイ様、ちゃんと食べていますか? 眠れていますか? 無理はしていませんか?

気を抜けば彼のことを思い出さずにはいられない。ルイ様はきっと、今も変わらずずっと私を想ってくださっているだろう。それを疑うことなどない。

だけど、今は私一人で戦わなければいけないから。

必ずルイ様の元へ帰らなければいけないから。

弱音を吐くことなど出来ない。

気を抜くことが出来ない今、ルイ様への想いが溢れないように、すぐ側の問題から一瞬でも目を逸らさないようにと注意した。

――もしかしたら、そう考えていたこと自体が間違っていたのかも。

私たちは離れ離れだけど、一緒に戦っている。

だからこそ、私がルイ様への想いを目を逸らさずに、寂しさから逃げないことの方が大切なのかもしれない。

カーテンを開けたままのガラス窓から空を見上げると、美しい夜空が広がっている。

綺麗な満月はあの日のことを思い出す。最後まで手を伸ばし、私の名を懸命に呼んでくれたルイ様の姿を。

ルイ様のあの腕の中に飛び込んで行けたのなら、どれほど幸せだっただろうか。

今でもあの温もりを思い出すことが出来る。

ルイ様が私を呼ぶ声、くしゃっと目を細めて笑う顔、頬に触れる優しい指先。

一度考えてしまえば、想いは堰を切ったように溢れ出る。自然と流れる涙を手で拭っても、次から次へと溢れ出る。

――ルイ様、会いたいです。

溢れた想いをそのままに、私は空に向かって魔法陣を描く。丁寧に想いを込めて。

夜の暗闇の中、星の一つ一つに私の想いを乗せる。ルイ様の声を、姿を、二人の思い出を詰めながら。

その星々を優しく抱くように集める。一つも取りこぼすことなく。

頬を伝う涙は落ちることなく水の粒となり、魔法陣の中へと吸収されていく。

光がひとつになった瞬間、私はその光に向かって手を差し出した。

すると、手のひらから全身にポカポカと温かい光が包み込んだ。その光は、まるでルイ様に抱き締められているようで、穏やかな心地良さ、愛しさでいっぱいになる。

眩い光はゆっくりと小さくなり、私の手のひらで消えていった。

――これは私の想い。ルイ様への想いが、形を変えて私の手元に現れた。

手をギュッと握りしめる。滑らかで硬い丸が私の手の中に収まっている。ゆっくりと手を開くと、アメジストに似た魔石がキラリと輝いた。

「ついに……ついに成功した」

――ルイ様、約束です。必ずあなたの元へ戻ってみせます。

「テオドール様と共に」