軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3−36

皇帝の後を着いて行った先は、意外な場所だった。

「……ここは?」

「俺の執務室、だな」

部屋には机と椅子、そして本棚ぐらいしかなく、広い部屋は随分と質素だ。

だが、机の上には書類が散乱としており、作業の形跡がある。

「意外か? 俺が仕事をしていることが」

皇帝の言葉に、ギクッとする。

「そのようなつもりで見ていたのではありません。……誤解を与えてしまい申し訳ありません」

「繕う必要はない。大方、剣を奮ることしか脳のない暴君だと考えているぐらい十分知っている」

――そんなことは……ない、とは言えない。

トラティア帝国の行く末も大陸の未来もどうでも良い。自分の快楽のためしか行動しない人物。確かに私は皇帝をそう評価していた。

「あながち間違ってはいないがな。本来であればこのような業務やりたくもないが、俺の手伝いをしたいという稀有な人間はリュートぐらいしかいないからな。仕方なくやっているに過ぎない」

今日の皇帝は随分と饒舌だ。側にいるだけで震えが止まらない威圧感は変わらないが、それでも以前会った時に比べると空気感が幾分柔らかい気がする。

それに、なぜ急に態度を軟化させ、自分のテリトリーである執務室へ私を連れて来たのだろう。皇帝が何をしたいのかが分からず、不安が増す。

ギュッと自分の腕を掴み、執務室の扉の前で身を縮こませていると、皇帝は唯一飾られていた壁に掛けられた自身の肖像画の額縁に手を触れた。

すると、金色の精巧な細工が施された額縁が、キラキラと光り始める。その直後、轟音を響かせながら壁が動き始めた。

皇帝に捕まったままのロゼも驚いたのか、『キュー!』と鳴きながらジタバタと逃げようとする。

――一体、何?

壁が動くと、そこに石の扉が出現した。

年月を感じさせる巨大な扉は、所々ひびが入っており重々しさを感じる。扉いっぱいに描かれた魔法陣は、まるでこの先の部屋を守っているようだ。

皇帝は表情を変えずに扉を開く。すると、扉の先には執務室より遥か広く、先ほどまでいた図書館と同等の巨大な部屋が出現した。

「これは……」

呆然と呟いた私に、皇帝は「来い」とだけ告げるとスタスタと扉の先へと入っていった。恐る恐る私も皇帝の後に続く。

部屋の中央にはゆったりとした一人掛けのソファー、棚には見たこともない魔道具らしきものが綺麗に並べられている。

更に圧巻なのは部屋に沿って続く螺旋階段だ。壁一面が本棚になっており、無数の本がずらりと並んでいる。

「ここは皇帝の資料室だ。代々トラティア帝国皇帝のみしか入ることを許されない場所だ」

「……えっ?」

「この国を守ろうとした者たちが勝手に考えた決まり事だ。俺には関係ない」

皇帝しか入ることを許されない場所……それって。

今、私はとんでもない事態になっているのではないか。そして、皇帝はトラティア帝国において恐ろしい禁忌を犯しているのだはなかろうか。

唖然とする私を他所に、皇帝は愉快そうに口の端を上げた。

「今は、昼の十二時か。そうだな……半日の猶予をやる」

半日の猶予とは一体何のことか。私は今自分の身に起こっている事態に着いていけず、ただ呆然と立ち竦むのみだった。

だが、皇帝はそんなことお構いなしに、ソファーの上へロゼを投げるように置くと、こちらに振り返った。

「この資料室を好きに見るが良い」

「この部屋をですか? どこでも……何でも、でしょうか?」

「あぁ、その通りだ。ここには皇族の中でも歴代皇帝のみしか知り得ない情報も無数にある。どうでも良い情報ばかりの図書館で時間を潰すより、幾分かはマシだろうな」

――歴代トラティア皇帝しか知り得ない情報……。

ゴクリと唾を飲み込む。それが本当であるのなら、もしかすると龍人の能力の解術方法を探す手掛かりになる可能性がある、ということ?

「有難い申し出ですが、理由を聞いてもよろしいでしょうか。なぜ、私をこの部屋に入れてくださったのですか?」

「理由などない」

――えっ、どういうこと?

「ただの興味だ。俺は別にナナがどうなろうと知ったことではない。……だが、お前が本当に俺の運命だというのなら、こういった場面でどう足掻くのか。それを見てみたいと思ったからに過ぎない」

「わ、私は!」

あなたの運命などではない、と続けようとした。だが、続けようとした言葉は皇帝の手で制された。

皇帝は私の顔の前で、人差し指を立てた。

「一冊だけ、好きな本を選べ。その本はお前にくれてやる」

急な皇帝の提案に、私は自分のペースを崩されると共に勢いを消された。と同時に、あまりに魅力的な提案に歓喜よりも困惑が勝る。

「一冊だけ……ですか」

「条件があった方が面白いだろう?」

ニヤリと笑う皇帝は、続けて部屋の柱時計へと顔を向けた。

「この部屋に居られる時間は、先ほど言った通り日付が変わるまで」

「それまでに目当ての本を見つけられなければ?」

「その場合は、お前がチャンスを掴めなかった、ということだ。やり直すことが出来るゲームなど何の意味もない。退屈なだけだ」

つまりこの部屋にある数万冊……いや、もしかしたら数十万冊の中で私に必要なたった一冊を見つけ出さなければならない、ということか。しかも、たったの半日で。

きっとこれは皇帝の気まぐれ。ということは、本当にこの部屋に入れる機会は今だけなのだろう。

ドクドクと脈が早くなるのを感じる。これは期待によるものか。それとも緊張に押しつぶされそうな私の心情だろうか。

胸の前でギュッと手を握る私に、皇帝は目線が合うように身を屈めた。間近に見る切長の瞳は、近くで見ると炎のように燃え盛るようだ。

「時計の針が0時を回ったら、お前はもう二度とこの部屋に立ち入ることは出来ない。……俺が与えるチャンスは、ただの一度きりだ」

念を押すように、そう皇帝が私に告げた。

皇帝が資料室から去った後、その部屋に残ったのは私とロゼだけ。刻々と時間だけが過ぎ去る中、私は途方に暮れていた。

「ダメだわ。全然何も見つからない……」

柱時計へ視線を向けると、時計の針は八を指している。

残り四時間。だけど、ようやく螺旋階段の五分の一に差し掛かったところだ。このペースでは到底間に合わない。

「この棚の辺りが龍人の能力についてだと思ったのだけど……違う棚にもあるのかも」

取り出した本を素早く捲り、一通り目を通して次の本へと手を伸ばす。目は霞むし、普段であれば読書が好きだとはいえ集中力はとっくに切れている。

それでも、私は本を読む手を止められない。

『キュウ?』

心配そうに私の首に巻きついたロゼが、私の顔を覗き込む。片手でロゼの頭を撫ぜながら、力なく微笑んだ。

「……ダメね。この本も同じことしか書いていないわ。……さぁ、次の本を確認しましょう」

ここまで沢山の書物に目を通して、龍人の能力に関してはある程度理解出来た。

だけど、肝心の術者以外が解術する方法など、どこにも書いていない。

カルリア家の別邸にもこの資料室にも多くの龍人についての書があるというのに。そのどれもが、開花した能力は絶対であり、術者が死のうとも解術は不可能だ、と記載してある。

――もしかして、本当に方法は何もないのだろうか。このままテオドール様が記憶を失ったままだったらどうすれば良いのだろう。

何より、無事に二人でこの国を脱出する方法など、今は見当もつかない。

肩を落としながら目を擦る。頭はぼんやりするし文字が滑る。

それでも大きく伸びをしながら被りを振り、気を新たにもう一度無限に続くようにも思える階段の先を見つめる。

「折角のチャンスだというのに、何の手掛かりも得られないまま終わるなんて……そんなのは絶対に嫌」

弱気になりそうな心を、必死に自分で鼓舞する。

『キュ!』

「……そうよね。ギリギリまで粘らなくては。後悔だけはしたくない」

私を応援するように、ロゼは私の頬に顔を擦り寄せた。

それでも時間は止まってはくれない。残り三時間、二時間、そして一時間を切る。

まだまだ続く階段の先を目で追いながら、額に滲む汗を必死に拭う。

俯くことだけはしたくない。それでも、こんなにも手がかりがないことに焦りだけが募っていく。

遠く離れた時計の秒針の音は、ここまで届かない。

それなのに、私の耳元でチクタク、チクタクと鳴り続けているようだ。

「この本は、ドラゴンから龍人への変化に能力の詳細……違うわ。こっちの本は……絵本?」

分厚い専門書が並ぶ棚で、薄い一冊を取り出す。

「……可愛い絵ね」

細かい文字ばかりを追っていたからだろか。パステルカラーで色付けされた絵本に、惹かれるようにページを捲った。

ーーでも、今は絵本をゆっくり見ている時間も惜しいわ。

その時。

『キュー!』

先ほどまで大人しく階段の上で寝ていたはずのロゼが、バサバサと翼を広げて何かを振り解くように暴れ出した。

「ロゼ、どうかしたの?」

『キュ!』

「急に暴れてどうしたの! やだ、落ち着いて」

捕まえようと手を伸ばすが、ロゼは私の手から逃げるように下段の棚に激突した。

「ロゼ!」

慌ててロゼの元へと駆け寄ると、ロゼは『キュウ』と力無く鳴きながらコテンと頭を傾げた。

「……もしかして、寝ぼけていたの?」

『キュゥ……』

「そう、そうなのね。何かあったのかと驚いたわ。だけど、何ともないようで良かった」

ホッと安堵しながらロゼを抱き上げる。その時、ふと目の前の本棚が目に入った。

「……この棚、さっきも見たはずだけど」

――こんな本、あったかしら?

本棚の一番下の段の右端、背表紙にタイトルも書かれていない年季を感じさせる紺色の本。ふと目に入ったそれへと手を伸ばす。

疲れがない正常な状態だったら、残り時間僅かなこの時間に手を伸ばすことなどしなかっただろう。だけど、なぜだか無性に気になる。

表紙を開いてもタイトルも著者もない。一体何が書かれているのか、私はまるで何かに突き動かされるように、ページを捲る。

すると、疲労も吹き飛ぶほどの衝撃に、私は目を見開いた。

「えっ……これって!」

『キュ?』

急に大きな声を出した私に、ロゼは驚いたように私の目の前を飛んでやって来た。

「ロゼ、やったわ! あなたのお陰で重大な情報を手に入れられたかもしれない!」

本を大事に抱えながら、ロゼへそう伝える。すると、ロゼも私が喜んでいるのが伝わったのか、嬉しそうに私の周りをグルグルと飛び回った。

だが、喜ぶのはまだ早い。柱時計に視線を向けると、五分後には時計の針が0時になってしまう。

「あぁ、もうこんな時間。すぐに部屋に戻りましょう!」

『キュー!』

見つけた本を大事に抱え、私は螺旋階段を急ぎ足で降りると、そのまま資料室を後にした。