軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3−33

あの日から、私は風が強かろうと雨が降ろうと関係なく、クロと共に庭園へと通った。すると、クロはどこから連れてくるのか、必ずテオドール様を伴って戻って来る。

「何度も言いますが、記憶は戻っていません。戻る予定もありません」

僅かにうんざりしたような物言いで、テオドール様はそう私に告げた。

「でも、今度こそ! 今日は昨日とは違う魔術を見せますので、もしかしたらその魔術を見て記憶が戻るかもしれませんから」

面倒臭そうにしながらも連日テオドール様が私に付き合ってくれるのは、魔術の知識が目的だろう。

記憶を失ってもテオドール様はテオドール様。基礎の本だけで満足出来る訳もなく、私がテオドール様から習った知識を、今度は私がテオドール様へと教えている。

魔術の話をしている時は、まるで元のテオドール様が戻って来てくれたようで、希望が捨て切れない。

「昨日は火魔法の応用までですよね。次は水魔法なので、私が一番得意な分野です」

昨日夜更けまで掛けて完成させたノートをテオドール様へと見せる。すると、テオドール様はやれやれといった様子でため息を吐きながら、ノートをパラパラと捲る。

「本に記載のない魔術を見られるのは有り難いですが……正直、この程度の魔術であれば自力で魔法陣も描けるようになりました」

テオドール様は私が今日伝えようとしていた魔術より、数歩先の魔法陣を空に書き出した。空中に指でサラッと魔力を込めながら描く方法は、一部の魔術師しか出来ない方法だ。

――それを、何の情報もないテオドール様があっさりやってのけるなんて。

「はい、完成」

テオドール様が指をパチンと鳴らすと、魔法陣から水が溢れ出てきた。

「えっ……えぇ……すごい」

再びテオドール様が指を鳴らすと、水はピタリと止まり魔法陣が綺麗に消え失せた。

「……流石は……テオドール様です」

「懲りない方ですね。……私の名は、ナナです」

テオドール様と呼ぶ度に訂正されるのにも、少しは慣れてきた。

それに、テオドール様も以前のような頑なな態度から、少しずつ軟化してきたように思う。嫌そうに眉を顰めたり、困ったように口角を下げたりと表情が見え始めた。

それは私にとって希望であり、賭けでもあった。

――失ったものを取り戻すための。

「あの、テオドール様」

「ナナ」

私がテオドール様の名を呼ぶと同時に、庭園の扉の向こうから違う誰かの声が重なった。

ハッと振り向くと、そこにはリュート様の姿があった。

私とテオドール様が会話している姿など気にも止めずに、リュート様は春の日差しのようにふんわりとにこやかに微笑んだ。

「はい……」

リュート様の登場に、先ほどまで若干柔らかくなったテオドール様の態度も再び硬く、元の距離感に戻ってしまった。

「ナナ、陛下がお呼びですよ」

「そうですか。今すぐ向かいます」

「えぇ、そうしてください。陛下は執務室にいますから」

穏やかに、それでもはっきりとした態度でテオドール様にそう言ったリュート様に、テオドール様は胸に手を当てて礼をする。そして、そのままこちらを一度も振り返ることなく、庭園の小さな木の扉へと向かった。

テオドール様が庭園を去った後も、リュート様はそのまま動こうとしない。

「こんにちは。ラシェル様」

「……リュート様。どうしてこちらに?」

「ナナを呼びに来ました」

「……テオドール様です」

「まだ諦めていないのですか? フリオン子爵の記憶を取り戻すことを」

「当たり前です」

「皇城の図書館へ行きたいそうですね。ラシェル様に付けている騎士が、あなたから図書館の場所を訪ねられたと言っていました」

ウッと言葉に詰まる。

――騎士に図書館の場所を聞いたことさえ、リュート様の耳に入っているのね。

「確かにこの皇城の図書館はとても大きく様々な書物があります。それこそ、精霊についての書物も。僕が暇つぶしにあなたの部屋へ運んだ書物だけでは不十分でしたか」

リュート様は残念そうに肩を竦めた。

確かにリュート様はメイドを通して、毎日欠かさず五冊程度の本を届けてくれる。流行りの小説やマナー本、それにトラティア帝国の歴史書まで。

だが、それらに私が知りたいことは何一つ記載されていない。

「……もう部屋に戻りますので。これで失礼します」

「……お一人で、何か手掛かりは見つかりましたか?」

リュート様の脇を通り過ぎようとした私に、彼はその道を塞ぐように体を滑り込ませた。

「見つからないでしょう? トラティア皇族の能力について記載された書物など。仮にあなたが皇城の図書館へ行くことが出来たとしても、探せるはずがありません」

「……どういう意味ですか?」

ドキッと心臓が跳ねる。――やはり、リュート様には私が図書館へ行く目的などお見通しなようだ。

「龍人族の能力は、両親や兄弟にでさえ秘密にする者が多い。その能力こそが自分の価値だからこそ。……そんな大事な能力について、いくら皇城といえど、沢山の者が目にする場所に置くと思いますか?」

私だってその考えに及ばなかった訳ではない。だけど、ただ何もしない訳にはいかない。必要なのは情報だ。少しの手掛かりだって良い。

――諦めることだけは、決してしたくない。

悔しさに唇を噛む私に、リュート様は何かを考えるように首を傾げる。

そして、私の前に自分の手を差し出した。

「協力しましょうか?」

「え?」

「フリオン子爵の記憶を取り戻す手伝いを。僕がしましょうか?」

酷く苦々しい表情をしているであろう私に、彼はにっこりと笑みを深めた。