軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3−29

「ラシェル様、ここがトラティア帝国皇城の謁見の間です」

リュート様の目配せで騎士二人が十メートルはあるだろう大きな両扉を開けた。

目に飛び込んできたのは、天井一面に描かれた巨大なドラゴンの絵。特殊な魔術でも掛けられているのか、ステンドグラスのような透明感と淡い光を纏い、キラキラと光が差し込むようだ。そして、一際高い場所に位置する玉座の真上にその光は降り注いでいる。

扉から直線に進んだ先には、真紅の玉座。皇帝はただ真っ直ぐ進み、階段を登って行った先にある最も高貴な椅子へと腰掛けた。

「さぁ、僕たちも参りましょうか」

扉の前で立ち竦んでいた私は、リュート様の声でハッと顔を上げた。

――ここが謁見の間? こんなにも恐ろしく、神々しい場所が?

一歩一歩進む度に頭上のドラゴンの絵が気になって仕方がない。ドラゴンの目が私の影を追うように、動いている気がする。

その視線から逃れるように僅かに俯く。すると、綺麗に磨かれた床がキラキラと光っていることに気がつく。大理石に金が混じっているのだろうか。それとも魔石が埋め込まれて天井の輝きと反応し合っているのか。

不思議な部屋。

この世のものとは思えないところは、ネル様の神殿に似ている。だが、精霊の地の穏やかで温かみのある場所と違い、尖った巨大な氷柱が今にも自分目掛けて落ちてくるのではないかと思える緊張感と恐怖がある。

「綺麗な場所ですよね。この部屋は始祖龍の鱗で作られたと言われているのですよ」

「始祖龍の……鱗」

確かアレク・トラティア皇帝は、ドラゴンでありながら人型になることが出来た最初の龍人である始祖龍の生まれ変わり、と噂される。

「始祖龍は僕の憧れです」

まるで少年のように目を輝かせて語るリュート様は、いつもの何を考えているか分からない微笑みよりも年相応に見える。

「また始祖の話か。飽きないな」

「もちろん、陛下も僕の憧れですよ」

玉座に膝を組みながら腰掛ける皇帝の斜め後ろに立ったリュート様は、騎士らしい綺麗な姿勢で微笑みを浮かべた。

リュート様に自分の隣に立つようにと視線で促された私は、黙って彼の指示通りにした。階段の上に立つと、扉が開き壁際に騎士や使用人たちがズラリと並び始めた。

帝国に来てからというもの、こんなにも沢山の人たちを一気に見たのは初めてかもしれない。少しも表情を変えない彼らに、いつも私の世話をするメイドと同じようなものを感じる。

――この国の人たちは、なぜこんなにも奇妙なのかしら。……やはり、この国はどこかおかしい。

光のない瞳で黙々と動く彼らにどこか薄気味悪い気持ちになる。

「ところで、リュート。最近、暴れ足りない気がしないか?」

騎士たちに注意が向き考え込んでいたその時、皇帝のつまらなそうな声が耳に届く。

「そうですね。近頃の陛下は、随分と落ち着かれているかと」

「そうか。……では、そろそろ暇つぶしに、使えない貴族の処刑をするか。あぁ、それとも……どこか国を滅ぼしにでも行く方が、幾分面白いかもしれないな」

「その時は、ぜひお供いたします」

二人の掛け合いにぎょっとする。今、この人たちは何と言ったのかと。

まるで今日は天気が良いから散歩に行こうとでも雑談するようなノリで、人を殺めようと相談しているのか。

信じられないものを見つめる目で皇帝へ視線を向けた私に、彼は口の端を上げてこちらに顔を向けた。

「お前も来るか?」

「……えっ?」

「次の戦争にお前も一緒に行くのはどうだ。こんな退屈な城にいたって暇なだけだろう? それだったら戦場の方がマシだ」

「な、何を……」

「お前は、精霊国の聖女様とやらなのだろう? 剣は使えなくとも、精霊の魔力で術を操ると聞く。それがどれほどの力なのか、一度この目で見てみたい」

とても冗談を言っているように見えない皇帝は、私を探るように視線を寄越した。その視線は、まさに剣を喉元に当てられているようで戦慄が走る。

「試しに、あそこの侍女を殺してみるか?」

言葉を失う私に構うことなく、皇帝は玉座から一番近い位置に立つ侍女を指差した。当の侍女は、皇帝の言葉に先ほどまでの人形のような仮面を脱ぎ捨て、サッと顔面蒼白になり恐怖の色を瞳に浮かべた。

「強い奴は、いつだって歓迎だ」

侍女の変化にも私の動揺にも構うことなく、皇帝はバリトンの良く響く声で静かにそう私に言った。

蛇に睨まれた蛙のように硬直する私に、助け舟を出したのは隣に立つリュート様だった。

「陛下、そろそろお仕事の時間です」

ピリついたこの空気を穏やかな声が一掃する。

リュート様の言葉に、皇帝の今にも剣を抜きそうな空気が僅かに和らいだ。

助かった、そう思ったのは侍女も同じなのだろう。彼女は今にも泣き出しそうなほどに顔を歪めながら唇を噛み締めた。

「仕事ならば戦争だって仕事の一部だろう?」

「今は目の前のことをしなくては。皆、陛下に贈り物をする機会を待っていますよ」

「……面倒なことだ」

深いため息を吐いた皇帝は、面倒臭そうに頭を掻くと顔を正面へと向けた。すると。それが合図かのように、扉から貴族らしき豪華な装いをした人が謁見の間へと入ってきた。彼の後に続く使用人らしき人々が沢山の箱を運び込んだ。

「一体、何が行われるのですか?」

リュート様に小声で尋ねると、彼は「説明がまだでしたね」と申し訳なさそうに眉を下げた。

「あまり皇帝陛下として表に出るのを嫌うアレク陛下ですが、月に一度だけこのように使者との謁見の時間を設けています。その際、我こそはと競うように国内外の貴族たちが陛下に贈り物をするのです」

「贈り物?」

「はい。皆、アレク陛下が恐ろしいのです。高価なもの、珍しいものを贈り、アレク陛下が興味を持てば、時間稼ぎになりますからね」

時間稼ぎとは何のだろうか。あえて口にせずとも、リュート様は私の疑問に気がついたようだ。

「殺されるまでの猶予です。アレク陛下に媚を売って、自分だけは難を逃れようと皆画策するのです」

微笑みながら物騒なことを言うリュート様に思わず顔が引き攣る。

「もちろん、貴族だけとは限りません。身を隠しひっそりと生きるアレク陛下のご兄弟や近隣国の王族たちもまた、この機会を逃しません」

皇帝の様子を伺うと、彼は先ほどまでと同様つまらなそうな目を目の前の人物に向けていた。

「今から、面白いものが見られますよ」

リュート様は、片眉を上げながら愉快そうな声色で目を輝かせた。

「何……これ……」

目の前で繰り広げられる光景に、私は口元を手で押さえ絶句した。

「魔獣や獣人を目にするのは初めてですか?」

――魔獣に、獣人……?

「僕たちも龍人族ですから、獣人の存在はこの辺りでは意外と珍しくもないのですが。弱い種族は集団で隠れるように生活しているので、見る機会は少ないかもですね。それと、僕たちみたいな強い種族は荒い者が多いですが……デュトワ国周辺は、精霊に守られていますからね」

小さな檻に窮屈そうに入れられた獣は、かつて見たことがないものだ。目が3つある犬は涎を垂らし怒り狂ったように唸り声をあげて何度も頑丈な檻に体当たりをする。

手錠と足枷をされ人は、頭に牛のようなツノを生やし虚な目でぼんやりとしていた。それに、背に小さな翼を生やした美女は、カナリアのような美しい歌声を披露した。

皇帝はというと、貢物に「受け取ろう」「持って帰れ」とだけ指示を出すのみ。受け取ると言われたものは、騎士が別室へと運んでいく。

「彼らはどうなるのですか?」

――これは奴隷や人身売買といった類ではないだろうか。

「アレク陛下への贈り物ですから。陛下がお決めになります。気に入れば陛下の護衛に任命されることもあるのです。陛下は人種などは気にされません。強い者が好きですから」

魔獣と呼ばれる存在や獣人と呼ばれる存在は耳にはしていた。だが、広い大陸の中でデュトワ国の近隣や同盟国において、精霊の加護こそが特別でありその他の力を源にした魔力など噂で聞くばかりで、知ろうともしなかった。

龍人という存在だって、このような事態にならなければ関わることがない存在。物語の向こう側の存在だった。それが、今はどうだ。

異種だからと見せ物としてこのような場に連れ出され、挙句貢物として献上されるなど。そんなことを許して良い訳がない。

――強さこそが正義。欲しいものは力づくで奪う。……大陸一の強国トラティア帝国とは、まさに倫理も情もない。

こんな国と争わなければならない現実に、恐怖で身震いが止まらない。

「……気に入らなければ?」

「その時は、即処分されるだけです」

「そんな……」

珍しいから、異質だから。それだけで平穏な暮らしを奪われ、挙句に玩具のように扱われるだなんて。

「彼らに同情するか?」

退屈そうに近隣国からの使者の話を聞いていた皇帝が、こちらを振り返る。私の顔を見ると、鼻で笑いながら冷たい視線を寄越した。

「流石は温室育ちの精霊国の人間の考え方だな」

「……だったら、あなたは何だというのです」

絞り出すように言った私に、皇帝はつまらなそうな目でこちらを見た。

「俺があいつらにこんなものを持ってくるなと言えば済む話だというのか? それこそ馬鹿馬鹿しい。俺がいらないと言えば、今度は違う権力者に同じような手法で擦り寄るだけだ。弱者は強者の庇護を得るか、ひっそりと隠れるしか生きる道はない。……哀れなものだ」

「皇帝陛下という立場であれば、取り締まることも出来ると申しているのです」

「俺が? 奴隷売買を止めろとでも?」

私の言葉に、皇帝は虚をつかれたように一瞬息を飲むと、彼はその直後愉快そうに笑い声を上げた。

「それこそおかしな話だな」

「何がおかしいのです」

「俺は玩具を嫌いだと言った覚えはない。あの中に興味を持つものがあれば、有り難く享受しよう」

ニヤリと笑いながら椅子から立ち上がった皇帝は、私の目の前に立つ。

高い位置にある腰に手を当てて見下ろされると、じわじわと首を絞められるような息苦しさを感じる。それでも、皇帝の視線から逃げずに真正面から受け止める私に、彼は「ほう」と感心したように口角を上げた。

「お前のように正論を真っ向から俺にぶつけようとするのは、何とも滑稽だ」

「……考えを変えるつもりはありません」

「いや、それで良い。面白いからな。……俺のまわりではそんな馬鹿げた奴さえいない。それはそれで退屈だったのかもしれないな。……お前は、少しの退屈凌ぎにはなりそうかもな」

この人は私が何を言おうと幼子が癇癪を起こしている程度にしか思わないだろう。壊れた倫理観を正そうとするだけ無駄だ。

それでも、檻に入れられた獣が、手枷を付けられた人たちが、更なる被害が広がるのだと思うと胸が苦しくなる。

この人を野放しにすれば、それだけ苦しむ人たちが多くなる。

「お前がいくら俺を忌々しく睨もうと、現実は変わらない。お優しい聖女様が自分の無力さを知り、絶望を見るのも一興だな」

「……っ」

その言葉に反発したい気持ちをグッと堪える。この人は、私を揶揄っているだけだ。ここで彼の煽りに乗ることは無用な血を流させるきっかけになりかねない。

「……なるほど、挑発に乗る程には愚かではないか」

私が沈黙を選択すると、皇帝はフンッと鼻を鳴らしながら私を一瞥すると、次にリュート様へと体を向けた。

「リュート、もう十分だろう。後の来客対応はお前がやれ」

「皇帝陛下の最低限の業務です。あなたの代わりなど誰にも出来ないのですから、お席にお戻りください。……あぁ、それに次で終わりみたいですよ。もうすぐ到着されると思いますので、あと少し頑張っていただかないと」

リュート様の言葉に皇帝は深いため息を吐くと、面倒臭そうに元の椅子へと腰掛けた。

「最後は……第一皇子殿下の使者の予定ですね。第一皇子は、アレク陛下の腹違いの兄君で、能力が開花している方です」

コソッと耳打ちするリュート様の言葉に、首を傾げる。

「能力とは……皇族の血を引く方が持つという?」

「そうです。始祖龍の子孫だけがそれぞれ特殊な能力を生まれ持ちます。ですが、龍の血が弱まった今、能力を開花せずに生涯を終えるものが多いですね。ほとんどの者は自分が何の能力を持って生まれたのかを知らずに死ぬのです」

マーガレット皇女は、彼女の前世の知識を龍人の能力と偽って、皇帝の処分を逃れたそうだ。本当は、未開花であり、自分の能力を知らない。

「能力を開花すると、このように手の甲に痣を出現させることが出来ます」

リュート様は自身の手袋を取ると、手をこちらに差し出した。剣を持つ人とは思えないほどに美しく滑らかな手の甲に、ゆっくりと花の紋様が浮き出てきた。

「可愛らしい花の紋様ですね」

「はい。チューベローズという花です。甘く爽やかな香りがする花なのですよ」

手の甲を自身の顔に寄せたリュート様は、どこか妖艶で今にも危険な香りがしそうなほどの甘い笑みを浮かべた。

「それで、リュート様はどのような能力をお持ちなのですか?」

私の言葉に、リュート様はクスッと笑みを溢すと再び手袋をはめた。

「龍人の能力は極力他者に明かすことはありません。切り札になりますから」

「切り札? それはどういう……」

そうリュート様に問いかけた時、扉の前で待機していた騎士が来客を知らせた。

「あぁ、来ましたか」

両扉が開き、まず入ってきたのは気難しそうに眉間に深い皺が寄った貴族らしい服装の壮年の男性だ。おそらく気品ある身なりからして、第一皇子の縁故者か側近かだろう。

先ほどまでの皇帝に遜った態度を取った者たちとは違い、どんなに丁寧に対応しようと不服そうな態度が滲み出ていて、こちらがハラハラしてしまう。

彼は形だけは恭しい礼と挨拶を済ませると、扉の向こうに待機する者へ目配せした。すると、大小様々な箱を手に持つ者たちが列をなして入ってきた。

壮年の男性は、献上品を一つずつ説明していく。贈られた品物はどれもが高価で貴重な品であろうことが分かるが、皇帝は興味なさ気に首を横に振るのみ。

最後の贈り物だと男性が告げたその瞬間、私は扉の向こうに信じられないものを見た。

屈強な騎士らしき人物が縄を引いて入室する。縄の先を辿って行った先には、一人の男性。

その人を認識した瞬間、ドクドクと鼓動は速まり嫌な汗が背中を伝う。

「そんな、まさか……」

彼が部屋に入ってきた瞬間、仮面を着けたように表情を変えない侍女たちも、驚いたように息を飲む音が耳に入る。

それもそのはず。その人物は、清廉な雰囲気と男性でありながら中性的な容姿をし、今は白シャツにグレーのスラックスというシンプルな装いでありながら気品に溢れている。

ルビーに似た赤色の瞳に、シャンデリアにキラキラと反射する輝かしい銀髪。

神が作りし精巧な人形だと言われたら思わず信じてしまうほどの美貌を持った人なのだから。

微笑みを浮かべれば数多の女性を虜にさせる彼は、今は感情をどこかに置いてきたかのように無表情だ。だからこそ、より端麗な容姿が際立ち近寄り難い。

「なぜ、ここに……」

私がよく知る彼は、長い髪を一つに束ね、よく笑い自信に満ち溢れた人だ。

だが、目の前の彼によく似た人は、美しい銀髪は耳の下で切り揃えられ、本物の人形のようにピクリとも表情が動かない。

髪型も表情もいつもと違う。

だけど、そんなことどうでも良いとさえ思えるほど、私の胸は歓喜で震えた。

なぜならば、ずっと探していた人物が目の前に現れたのだから。

私の目の前にいるのは、間違いなくテオドール様だった。