軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3−13 サミュエル視点

扉を開けると、食材の棚の隅に膝を抱えて丸くなっている少女を見つけた。彼女は俺が入ってきたことが分かっているだろうに、顔を上げることなく膝に顔を埋めていた。

マーガレット様の目の前で、俺もしゃがみ込んだ。

「ホットチョコレート、飲む? マシュマロ入りだよ」

「そんな子供っぽいもので釣ってこようとしないで。モブ」

キッとこちらを睨みつつも、ホットチョコレートが気になっているのか、目線が徐々にトレーの上へと移動している。それを確認しながら、俺はあえてにっこりと笑みを深めて、立ちあがろうとする。

「じゃあ、いらないな」

「いらないとは言ってない!」

持っていかれないようにと、弱い力で俺の腕を掴んだマーガレット様は、気まずそうに視線を床に落とした。そんなマーガレット様の不器用さに、思わず漏れる笑みを抑えながら、ゆっくりとカップを彼女に渡した。

マーガレット様は、溢さないように丁寧にトレーからカップを手にとり口元へと寄せると、フーフーと息を吹きかけた。そして、ゆっくりとカップを口へと運ぶ。

一口飲んだ後、マーガレット様は大きく目を見開いた。

「どう? 熱い?」

「……ちょうど良い」

「そっか。それは良かった……です」

「別に……今日はそのまま敬語じゃなくて良い。変に気を使わないで」

「そう? じゃあ……お言葉に甘えて」

先程からどうも上手く敬語が使えず困っていた。俺は前世があるとはいえ、生まれた時から一応は貴族の子息として生活をしている。ある程度社交界のマナーを知識としている俺として、今までこのような失態などなかったのに。

この少女といると、前世の記憶により引っ張られてしまうのだろうか。

まじまじとマーガレット様を見ていると、彼女は中身が半分になったホットチョコレートをじっと見つめていた。

「何でだろう。この飲み物……初めて飲むのに知ってる味みたい」

「特に何も手を加えていない簡単なホットチョコレートだからかな? 帝国でも似たようなのを飲んだことがあるのかもな」

俺の言葉に、マーガレット様は少し考え込んだ後、首を横に振った。

「こんな飲み物を出してくれる人、帝国にはいないから」

ボソッと呟くマーガレット様は、どこか寂しそうで傷ついたような笑みを浮かべた。

「そっか。じゃあ、前世の記憶……とか?」

「どうなんだろう。温かくて優しくて……泣きたくなる時に、いつも飲んでた。……そんな味がする」

もう一口カップに口をつけたマーガレット様は、「うん、懐かしい」と何かを探るように独り言のように呟いた。

「……あんたも転生者?」

「うん、そう」

「何やってた人?」

「俺は、前世も料理人だよ」

マーガレット様は視線の合わないまま「ふーん」とそっけなく呟いた。

それきり静かになったマーガレット様は、チラッとこちらに視線を向けた。その表情は、先程までの泣きそうなものでも怒った表情でもない。瞳からは、俺の話に対しての少しの興味を感じさせた。

俺はマーガレット様の正面から移動して、彼女が食材棚に背を向けて座る場所から一人分開けた場所へと腰を下ろした。

「前世の話、聞く?」

「……話したいのなら、聞いてあげても良いよ」

興味を隠しきれていないのに、どこまでもそっけなく見せるマーガレット様の言動に、俺はこっそりと目を細めて笑った。

「俺とアンナは、元々前世で幼馴染だったんだ。……事故で同時に死んで、気がついたらこの世界にいた。この世界がゲームそっくりだってことは知ってるよな?」

「もちろん。キャラクターもそのままだし、設定もそのまま。違ったのは、主人公の中身が転生者っていう偽物ってことぐらいじゃん」

「俺も一応はゲームの知識はあったんだけど。ご覧の通り、前世も今世も料理のことばかり考えてるような奴だから、色々無頓着でさ。この世界が前世に存在していたゲームによく似ているなんてことも、アンナに会って教えてもらうまで全く気が付かなかったんだ」

「アニメ化までされたのに」

「へぇ、アニメ化されてたんだ。このゲーム、妹が好きだったんだけど、そんなに人気だったなんて知らなかったな」

「……妹、いたんだ」

「あぁ。恵って名前でいつもメグって呼んでた。口は悪いし短気ですぐに蹴りが飛んでくるようなお転婆な子だったんだ。でも、正義感が強くて明るくて、家族想いで友達想いの優しい子」

メグはもちろん、父さんや母さん。お隣の杏の家族や商店街のみんな。今世の家族が大事だと思っているのと同様に、彼らもまた今も俺にとって忘れることのない人たちだ。

もちろん、鮮明に姿を覚えていることは出来ないし、声だってあやふやだ。それでも、記憶の大事なところにいつまでも残っている。

「妹、大事だったの?」

「もちろん」

マーガレット様にも、皇帝陛下というお兄さんがいるからなのだろうか。やたらと兄と妹という存在に興味を持っているように見えた。そして、はっきりと頷いた俺に、安心したように「そっか」と頬を緩めた。

「俺さ、前世で今も思い残すことがあるといえば、家族のことなんだよ」

前世の記憶を鮮明に思い出した頃、まず最初に考えたのは杏のことだった。あいつはちゃんと生きているだろうか。守れただろうか。――どうか、生きて幸せでいて欲しい。

その願いは、いつもどんな時だって俺の中に残り続けた。

だから、正直いうと杏と再会出来て嬉しかった気持ちと同じぐらい、彼女を守れなかった自分の不甲斐なさに落胆もした。だからこそ、今世こそはどんなことがあっても自分の気持ちに嘘は付かず、守り抜くと決めたんだ。

と同時に、前世で残してしまった家族を想うと、申し訳なさでいっぱいになる。特に杏の両親は一人娘を亡くしてしまったし、妹のメグは兄も親友も同時に失ったのだから。

「俺と杏が同時にいなくなった後、妹や家族がどれほど苦しんだんだろうって。あいつのことだから、一人でこっそり泣いて、何勝手に死んでるんだよって怒鳴っているだろうなって」

隣を見遣ると、もう随分と温くなってしまったであろうホットチョコレートのカップが目に入った。

「このホットチョコレートも、よく妹に作ってたんだ」

あいつが泣くのを我慢してそうな時、作ってやると悪態つきながらも、必ず翌日に『美味しかった』って気まずそうに視線を逸らしながらも伝えてくれた。

そんなメグの不器用な素直さが、俺にとっては大事で……。いつかメグが生涯を共にしたい人を連れて来たら、このホットチョコレートのレシピを教えなきゃなとか思ってたりもして。それをメグに伝えたら、顔真っ赤にして『ばっかじゃないの!』って怒られたりもしたけど。

「もう作ってやれないのが、俺の後悔……かな」

アンナとは、前世ではなく今を生きようと約束した。だからこそ、こんなにも前世のことを語るのは久しぶりのことだ。――もう忘れてしまったことも多いと思ったけど、意外と大事な記憶は残っててくれるんだな。

遠い昔を懐かしんでいると、マーガレット様がフフッと笑い声を漏らした。隣を見遣ると、マーガレット様は膝に手を置いたまま、こちらを見ていた。俺の視線に気がつくと、マーガレット様はニッと口角を上げた。

「良いお兄ちゃんやってたんじゃん?」

「……そうかな? そうだと良いけど」

「このホットチョコレート、私にまた作ってよ。……美味しかったから」

「あぁ、いつでも」

真っ直ぐな言葉は俺を照れさせるには十分で、つい頰を掻きながら嬉しさを隠しきれなかった。

「私にもそんなことを思ってくれる相手、いたのかな?」

「……前世の話?」

マーガレット様は、俺の問いには答えず、ギュと唇を噛み締めた噛み締めた。

「私は前世なんて何も覚えてない」

「前世を……覚えてない?」

「何をしていた人なのかも、どんな外見だったのかも。恋人がいたのかも、どんな死に方をしたのかも。何にも覚えてない」

――転生者にも関わらず、前世の記憶がない……。

息を呑んだ俺に、マーガレット様は自重の笑みを浮かべた。

「覚えてるのは、ゲーム関連の内容だけ」