軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3-7

日々はあっという間に過ぎていき、トルソワ魔法学園の新学期が始まって、一ヶ月程が経過した。

心配していた中等部の試験クラスも、特にここまで目立った問題もなく、一見平穏に経過しているように思う。

更に、王宮に一時滞在をするという話も順調に話が進んだ。父は相当渋った反応を見せたが、母の助言もあり今日から2週間だけ王宮で生活することになった。

私が王太子妃として暮らすことになる自室は、現在内装の工事中であり、家具もまだ手配している段階であるため、滞在期間はルイ様の部屋に近い、客室を利用することになる。

早速共に滞在予定のサラと一緒に部屋に運び込んだ荷物の整理をしていた。

荷物の整理もひと段落し、ドレスを着替え直した後、一度部屋を出ていたサラが一通の手紙を手に持ち、戻ってきた。

「お嬢様、王妃様より手紙が届いております」

「王妃様から? 何かしら」

王妃様とは、オルタ国から帰国してからも定期的にお茶会に誘われる関係になった。

バンクス夫人の件で塞ぎ込むのではないかと思っていたが、王妃様はその件があったからこそ変わられた。必要最低限だった社交にも、積極的に顔を出すようになった。更に、学問も一から学び直しているそうだ。

王妃様の変化でルイ様が一番驚かれていたのは、陛下との関係性だった。

王宮の敷地内において、陛下と王妃様の住む空間は本館と離宮とで、離れた場所に位置していた。それが、王妃様はオルタ国から帰国するとすぐに本館に引っ越され、それと同時に可能な限りお二人は毎日の食事を共にすることになったそうだ。

最初のうちは、王妃様も疲れたようにやつれていたが、最近は変わることが出来ている自分が好きだと、表情も随分と明るくなった。

ルイ様もそんな両親の変化に、興味もないしどうでも良いとは口で言っていながらも、どこか嬉しそうにも見える。

今まで暗くどこか壁のあった王宮での暮らしも、穏やかな新しい風が吹き始めてきたように思う。

「お嬢様、ペーパーナイフを用意しました」

「えぇ、ありがとう。……えっと、内容は……あぁ、今日の食事会についての話みたいね。会えるのが楽しみだと書かれているわ」

「今日は王宮に滞在中の他国の方も招いても立食パーティーでしたね。そろそろ髪の毛を整えましょうか」

「ありがとう、サラ」

「髪飾りはどれになさいますか? 今日はドレスが淡いピンク色なので、モルガナイトのバレッタなんてどうでしょう」

「えぇ、オレンジピンクの色合いが綺麗ね。それでお願い」

私の返答に、サラは「お任せください」と頷くと、あっという間にサイドを編み込んだハーフアップにまとめていく。

そんなサラの器用な手つきを眺めながら、今日の食事会のことをぼうっと考え込む。

――今日はリュート様やマーガレット皇女殿下も参加する。あれから何度もルイ様は、それとなく探りは入れてはいるものの、何の収穫もない。

それどころか、リュート様の人当たりの良さと麗しさに誰もが魅了されていき、デュトワ国内ではリュート様の人気が高まってしまった。

彼らの影響力を考えると、これはあまり歓迎出来るものでもない。

それに、今日はカジュアルな食事会を謳っており、正式な社交の場ではないものの、陛下や王妃様も参加される。トラティア帝国の2人だけでなく、近隣国からの他の留学生たちも招いている。

だからこそ、油断は出来ない。

私は今日の食事会が、和やかに平和に終わることを願いながら、鏡の中の不安そうな瞳をした自分を見つめた。

ルイ様と共に会場へと入ると、バイオリンやチェロ、ピアノの音色がホール内に響き渡っており、バイキング形式の食事が綺麗に並べられていた。

今回の食事会の目的はあくまで交流なので、皆が歓談しやすいよう会場はダンスパーティーのような大ホールではなくアットホームな小ホールで開かれ、カーテンで仕切った半個室のソファー席を何個か壁際に設置されてはいるが、基本は気軽に色んな人と交流が出来るよう立食パーティーになっていた。

次々と参加される留学生へと挨拶をしながら、トルソワ魔法学園の様子や王宮での生活についてを聞いて回った。皆、今のところ大きな問題はないということだったが、他国の方から見ると不便だと感じることを教えてもらっていた。

ルイ様が他の方と会話している間、私はドリンクを取りにその場を離れた。

すぐそばを通った給仕係からスパークリングワインの入ったフルートグラスを受け取り、ホール全体を見渡していたところ、「ラシェルさん」と私を呼ぶ声の方へと振り向いた。

そこにいたのは、穏やかな微笑みを浮かべた王妃様だった。

「ラシェルさん、お久しぶりね」

今日の食事会の主催者である王妃様と陛下は、お客様の出迎えやもてなしで忙しそうであったため、後で声を掛けようと考えていた。それがまさか、王妃様の方から先にお声をかけていただくとは。

「王妃様、先程素敵なお手紙をありがとうございます」

「短い間だけど、今日からしばらく同じ場所に暮らすのだから、たまにはお茶でも一緒にしましょうね」

「はい、ぜひ。ところで、陛下はどちらに?」

王妃様の隣には先程まで陛下がピッタリと横にいた。だが、今はお一人のようだ。

「あぁ、あの人は……ほら、留学生と向こうで会話しているわ」

周囲を見渡す私に、王妃様はホールの奥まった場所を指差した。そこにはオルタ国とジュノム公国から高等部へ留学してきた2名の男子学生と陛下の姿があった。学生たちは、2人とも高位貴族の子息であるが、陛下を前に顔が引き攣っていた。

「あの人、あれでも友好的に振る舞っているつもりだそうよ。あんなにも眼光が鋭いのだもの、きっと怖がらせてしまっているわ」

私に説明する王妃様の声は、随分と楽しそうに弾んでいた。少し前までは、陛下の話をするといつも顔を暗くし、緊張を露わにしていた。だが今、王妃様が陛下を見つめる視線に、緊張感は感じられない。

「陛下と随分打ち解けているようですね」

王妃様は驚いたように目を見開いた後、恥ずかしそうに眉を下げて微笑んだ。

「……ラシェルさんにも沢山迷惑かけたわね。私、陛下のことをかなり誤解していたようなの。逃げ回ってばかりいた私には、陛下の分かりにくい優しさや配慮に全く気が付かなかったの。私が無知で無能だから、王妃としての役割を与えないのだとばかり思っていたわ」

私と並んで話しながらも、王妃様の視線は、何度も陛下へと向けられる。

「だけど、本当は私の体の弱さを心配してくれていたり、私が社交や王妃の仕事が苦手だから、その分自分がやれば良いと思っていてくれたなんて知らなかったの。……いいえ、知ろうともしなかった。あの人の分かりにくい優しさに」

顔を合わすだけで青褪めていた王妃様が、こんなにも生き生きとした表情で陛下を語れるようになった。その変化に私は驚いたが、きっとオルタ国から帰ってきてから、これまでの溝を埋めるような深い話し合いが陛下と出来たのだろう。それだけ、王妃様の陛下を語る口調は、穏やかで迷いがないように見える。

「まだ陛下のことは怖いと思うことも多いけど、それと同じぐらい不器用なところが好ましいと感じるわ」

「そうなのですね。きっと陛下も王妃様のお心を知れば喜ばれるかと思います」

「……ありがとう、ラシェルさん」

照れたように微笑む王妃様の表情は、ルイ様にとても似ている。

「さて、私は陛下のところに行こうかしら。彼らも、陛下との会話に困惑しているだろうから」

「ふふっ、そうですね。それが良いかと」

軽快な足取りで陛下の元へと歩かれる王妃様の後ろ姿を眺めながら、陛下と王妃様の関係性はこれから更に変化していくのだろうと感じた。

「ラシェル」

王妃様と同じく柔らかい口調。ただ、王妃様の声よりも低いテノールの声は、私の耳に甘く響いた。振り返った私に、ルイ様は笑みを深めた。

「ルイ様、もうよろしいのですか?」

「あぁ、一通り挨拶は出来たからね。あと、まだ話が出来ていないのは……。あの2人、というところかな」

――あの2人。

ルイ様の視線の先には、沢山の人に囲まれたリュート様の姿と、食事の並ぶテーブルの前で皿に綺麗に盛り付けながら、美味しそうに鴨のローストを頬ばるマーガレット皇女殿下の姿があった。

その時、顔をこちらに向けたリュート様が何かに気づいたように、周囲の人に断りを入れながらこちらに近づいてくるのに気づいた。

「ルイ殿下、今日はお招きくださりありがとうございます」

リュート様は、私たちの前で立ち止まると、友好的な笑みを浮かべた。

「いえいえ、デュトワ国での暮らしはいかがですか? 足りないものなどあれば、いつでも仰ってください」

「それには及びません。皆とても親切で、平和で。僕たちの国とは大違いです」

口元に手を当てて、クスッと笑うリュート様の言葉は、何かしらの含みを感じる。

「トルソワ魔法学園の方はどうですか?」

「そうですね。まだ通い始めてから一ヶ月程なので、慣れるので精一杯といった感じでしょうか」

「女生徒たちの噂の的だとか」

距離感をグッと近づけたルイ様の軽口に、リュート様は眉を下げて困ったように微笑んだ。

ルイ様の言う話は、私もよく耳にする。

リュート様は、一見近寄りづらい程の麗しい外見を持ちながら、とても紳士的で誰に対しても気軽に声を掛ける親しみやすさがあるそうだ。

帝国の公子という、普通であれば会話をすることさえ困難な立場の彼が、気軽な口調で微笑んでくれる。それに舞い上がるなというのが無理がある。

「お恥ずかしい。異国に慣れない僕に、皆さん優しくしてくださるのです。本当にデュトワ国の方々は、とても親切な方が多いですね」

「そう言っていただき、この国の王太子として私も嬉しいです。何か困ったことがあればいつでも相談してください」

「ありがとうございます。ぜひ、何かあれば真っ先に王太子殿下にご相談します」

和やかな歓談にも関わらず、彼らの微笑みはどちらも見事な仮面を身につけているようで、私は微笑みが引き攣らないように注意しながら自分の口から乾いた笑みが漏れるのを感じた。

だが、ルイ様もずっと上部だけの会話をする気はなかったようだ。ルイ様は、私とリュート様をカーテンで仕切られた半個室のソファー席に誘った。

腰を沈めると柔らかな感触のあるソファーは、灯りの加減によりビロードの生地が色彩を変える。ローテーブルの上には、3人分のフルートグラスが置かれた。

ルイ様は長い足を組み、その膝の上に両手を組んだ。

「ところで、トラティア帝国は、我が国とは比べ物にならないぐらい教育も進んでいるでしょう。なぜ、今回の留学を決めたのですか?」

リュート様は、ルイ様の一歩踏み込んだ会話にも微笑みを保ったまま、眉を僅かに下げた。

「お恥ずかしい話ですが、この国にも聞き及んでいますよね。僕の従兄の話を」

リュート様にとっての《いとこ》は、マーガレット皇女殿下もそうであるが、今の発言はマーガレット皇女殿下の兄であり、リュート様の従兄であるアレク・トラティア皇帝陛下のことを指すのだろう。

――あの、狂人という二つ名を持つトラティアの皇帝。

「類い稀なる能力をお持ちの若き皇帝だとか」

「はい、その通りです。アレク陛下は、今のマーガレットと同じ歳の頃には、既に戦場に出ていました。幼い頃から、数々の武功を立てて四男という生まれにも関わらず、皇太子の座を手にしたのです」

「……マーガレット皇女殿下と同じ歳ということは、十二歳の頃にはもう戦場に」

――信じられない。体もまだ出来上がっていないような少年が、戦場に。しかも武功を立てていただなんて。

私とルイ様の戸惑いを感じたのか、リュート様は困ったように微笑んだ。

「我が国では、武力こそが正義ですから。力のない者が上に立つことなどありません」

武力こそが正義。デュトワ国で生まれ育った私にとっては、それで大国が存続出来ていることが考えられない。だが、迷いなく言い放つリュート様のグレーの瞳は純粋でありながら蠱惑的で、気をしっかりと持たなければ、納得してしまいそうになる危うさがあった。

なぜなのだろう、あの瞳を正面に捉えると、自分の考えがぼんやりとして、リュート様の言っていることこそが正しく聴こえてくる。

「こういっては国を批判していると捉えかねないかもしれませんが……本当に恐ろしい国ですよ。奪うか、奪われるかの世界。弱者は淘汰され、強者のみが生き残る。もちろん、奪われるのは自分の育った家、国……そして、命なのですから」

「国家繁栄のためなら、犠牲は付きものだと?」

「どこの国でもそうでしょう。大勢の弱者の上にたった一人の強者は立てるのですから。もちろん、強者が一番上に立っていれば、弱者は守られます。だから、より強い力を持つ皇帝を求めるのです」

大国であるからこそ、圧倒的な力がなければ治めることが困難なのかもしれない。そのわかりやすさが力なのだろう。強さというのは、人に恐怖を与えながらも、眩しい光を与える。

その使い道を間違えれば、国を巻き込んで地獄に突き落とすのだろうが。

それでも、リュート様はアレク陛下の光の危うさを知っていながらも、その光に魅了されたうちの一人なのだろう。現に、リュート様がアレク陛下を語る口調は、冷静でありながら親しみが込められているように思う。

「そうそう。留学を決めた理由でしたね」

リュート様は、話が脱線してしまったとでもいうように、恥ずかしそうに照れて見せた。だが次の瞬間、真剣な表情でこちらをジッと見つめた。

――えっ、何?

「もちろん国のためです。運命とやらがあるのかどうか、それを確認しにきたのです」

「運命?」

真っ直ぐ見つめるリュート様の視線が私にぶつかる。その視線から逃れるために顔を伏せようとするが、得体の知れない力によりそれが出来ない。

リュート様の視線から逃れられず、思わず冷や汗をかく。

「ラシェル? どうかした?」

私の変化にいち早く気づいたルイ様が私の背中に手を当てた。だが、私は何てことないように微笑むリュート様から、顔を背けることもルイ様への返事もすることが出来ない。

まるで蛇に睨まれたカエルのように、体を自由にすることさえ出来ずに固まってしまった。

だが、その時――。

「あっ、あれは!」

私の耳に少女の驚きに上げた声が響いた。

それをキッカケに、私は再び自分の自由に体を動かすことが出来た。

リュート様から視線を外し、息を深く吸い込む。先程までのもやがかかったような思考から、徐々に頭がクリアになる。

だがそれと同時に、ドクドクと心臓が速く鳴るのが収まらず、私は自分の胸に手を当てた。

「ラシェル、大丈夫?」

「は、はい」

心配そうに私の顔を覗き込むルイ様に、何とか頷くことが出来た。

――今のリュート様の異変に、ルイ様は気づいていない? 今のは何だったのだろう。

チラッと顔を上げてリュート様を見遣る。すると、彼もまた急に胸に手を当てて顔を伏せた私を心配するような表情を浮かべていた。

それにしても、誰かの声がキッカケになって金縛りの状態が解けたのは助かった。あれは誰の声だったのだろうか、と辺りを見渡す。

すると、私の視線の先には、何かに興奮したように目を輝かせる皇女殿下の姿があった。