軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-47

「君は私に会うたびに、そのような顔をするな」

「そのような……とは?」

視線を外しながら答えると、殿下はこちらへと歩み寄り、私の隣に腰を降ろした。驚きに顔を上げる私の顔を真っ直ぐ見つめる殿下の表情からは、何を考えているのか読むことができない。

ただ私と合わせた視線を外すことなく、射貫く瞳の強さに驚きを隠せなかった。

「恐怖、不安……あとは落胆、かな」

落胆……殿下には、そこまで見えてしまっていた。それに動揺してしまう私を知ってか知らずか、殿下は淡々と事実をただ伝えるだけだった。

「君はいつも私と顔を合わすたびに、あっ違った、と。そんな顔をする。面影を探すように、心もとなさそうな顔で」

「申し訳ありません」

「謝って欲しい訳では無い。ここ数日の間に、闇の精霊や闇の精霊王が存在することも理解した。前に話した時より私もこの世界のことを理解しているつもりだ。もちろん、君が私の知るラシェルだということも分かった」

殿下と顔を合わせながら話をするのは、殿下が目覚めたあの日以来だった。あの日も殿下は戸惑っているだろうに、声を荒げることもなく落ち着いて会話をできたように思っていた。

だが、それは殿下がそう見せていただけだったのだろう。きっと、あの日の殿下は私が見えていた以上に混乱をしていた。

そして、ようやく少しずつ現状を把握できてきたのかもしれない。

「そんなにも、私とこの世界の私は違う人間なのか?」

「え?」

「すぐに違うと判断できるほどに、この世界の私と今の私は違うのだろう?」

殿下の問いに、思わず言葉を詰まらせる。だが、殿下は私の答えを急かすつもりがないらしく、何も言わずジッと答えを待った。

「……根本は変わりません。殿下は、いつだって国を、民を想い、未来を第一に考えられる方です。穏やかに見えて熱さがあり、冷静ですが好奇心いっぱい。……きっとどちらの殿下も同じなのだと思います」

「思う、か」

「えぇ。私は……殿下のことを表面でしか見ようとしていませんでしたから。麗しい外見に、優しい微笑み……そして」

「王太子という肩書、だろう。君だけではない。私に近づく者のほとんどは、優位となりたいため。自尊心を得たいため。弱みを探ろうとしたいため。何かしらの意図がある。もちろん、それは私にとっても同じだ」

かつてルイ様が、損得でしか人間関係を考えられないと話していたことを思い出す。

「君を婚約者にしたのは、君が高位貴族のご令嬢であり、高い魔力を持つためだ」

「もちろん理解しています。魔力を持たない私には何の意味もないことを……」

「だが、君は一度魔力を失ったと聞いた。その時に、この世界の私は婚約を解消することはなかったのだろう?」

「はい……」

「魔力が回復する保証など、どこにもないというのに、か……。何故なのだろう。自分のことなのに、理解ができない」

考え込んでいた殿下は、眉を顰めながら力なく首を横に振った。

沈んだ殿下の表情に思わず差し出した手を彷徨わせる。だが、その手は殿下の肩へと届く前に、クロの小さな手がペシンと叩き落とした。

『クロ、お前嫌いだ。ラシェルが困っている』

「ク、クロ、大丈夫よ」

『クロはテオドールが大好きだ。ルイはおもちゃを持ってくるから好きだ。お前はルイと同じだけど、ラシェルを困らせるから嫌い』

クロは私を庇うように、殿下と私の間に立つと、フンッと顔を背けた。殿下はクロに驚いたように目を見開いた。

「驚いたな……本当に闇の精霊なのか。……君の契約精霊?」

殿下は先程と打って変わって、興味津々で瞳を僅かに輝かせながらクロを見た。その瞳は、時々ルイ様が見せるものと全く同じで、悪意は一切ない。ただただ面白そうなものに、興味を惹かれた少年のような顔を覗かせている。

「はい。クロと言います」

「クロ? 黒猫だから?」

私がクロの名を告げると、殿下はポカンとした表情で呟いた後、口角を上げながら微かに肩を揺らした。

「殿下……今、安直だと思いましたね」

「いや、だって精霊に付ける名ではないだろう」

言わんとしていることは十分わかっている。私だって、クロと契約する際にテオドール様から精霊の名をつけるとしたら、という前置きをされていたのならば違う名を付けていたかもしれない。

「この名づけには深い訳があるのです!」

「クロに?」

からかうような笑みを浮かべながら、含みを持たせた物言いに、羞恥に頬が赤らむのを感じる。

「はい!」

力強く返事をした私に、殿下は堪らないとばかりに噴き出した。

目を細めて可笑しそうに笑う殿下の姿にハッとする。なぜなら――その笑い方は、私のよく知るルイ様と全く同じ笑みだったのだから。

「ルイさ……」

思わず口から漏れた声に、咄嗟に口を紡ぐ。

「どうかしたのか?」

不思議そうに顔を覗き込む殿下に、ドクドクと心音が早く体内に響くのを感じた。

「いえ……何でも……何でもありません」

そう答えながら、私は曖昧に笑みを浮かべた。