軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-22

『ラシェル、またここにいたのか』

「ネル様……」

『お前さぁ、暇さえあればいつもここにいるよな。わざわざ俺が呼びに来たんだから、感謝しろよな』

ベッドサイドの椅子に腰かけた私に、いつものように音もなく真後ろから声をかけてきたのは、闇の精霊王であるネル様だった。

ネル様は不貞腐れるように部屋のソファーに座ると、チラリとこちらを見て大きなため息を吐く。

『そんな心配そうに毎日眺めなくても、そのうち体の傷は癒えるんだから放っておけばいいのに』

そう言ってこちらを見遣るネル様の視線には、ベッド上で目を固く瞑ったまま目覚めることのないルイ様の姿。

この精霊の地に来てからというもの闇の精霊王の力のおかげで、見る見るうちにルイ様の顔色は良くなっていた。ネル様の話では、内臓の損傷も回復に向かっているらしい。

――それでも、ルイ様が目覚める気配は一切ない。それどころか、規則正しい呼吸をしているものの、指先一つ自力で動かすことさえない。

「それでも……いつ目覚めるか分からないので。ルイ様の目が覚めた時に、戸惑わないようにできるだけ側にいたいと思っています」

「ふーん。何日も寝てるだけの姿を見て何が面白いのか全くわかんないけどな」

ネル様は私の答えに興味無さそうな相槌を打ちながら、テーブル上に置いてある籠の中からリンゴをひとつ取り、シャリっと一口齧る。

モグモグと口を動かしながら「それに、目覚めた相手がお前の待ち人とは限らないし」と呟く声は、咀嚼音に消されうまく聞き取ることができなかった。

だが、聞き返そうとする私にネル様は「いや、何でもない」と慌てて首を横に振りながら更にリンゴをもう一口頬張った。

あの日――。

医師やリカルド殿下がお手上げで成す術なく、ルイ様の命の灯が消えようとした時、手を差し伸べてくれたのは闇の精霊王であるネル様だった。

――藁にもすがる思いで迷いなくその手を取ったのは私。

突如現れた闇の精霊王様に戸惑う私に、彼は選択肢を与えた。

『さて、俺の聖女が選択できるのは2つだ。ひとつ、このまま婚約者が死ぬのを黙って見ているか。それとも助ける代わりに俺についてくるか』

そう問いかけながらも、ネル様は私がなんと答えるのか分かっていたのだろう。迷いなく助けを請う私に、ネル様は楽しそうに目を輝かせた。

『あぁ、やはりお前はいいな! そう答えると思っていたよ。それじゃあ、この王子様にはどんなゲームをしてもらおうかな』

「ゲーム……あ、あの! ルイ様は本当に助かるのですか!?」

『勿論、助けることは可能だ。だけど、俺は無償で誰かを助ける趣味はないよ。お前が今こうして生きているのも俺を楽しませてくれたからだ。だから、お前のことは特別気に入っているんだ』

ネル様はそう言いながら、得意げにうんうん、と首を縦に振った。そして、ルイ様の元へと歩み寄ると、『ふーん、これが例の王子様、ね』と目を細めて呟いた。

『挑戦は一度させてやる。もしも、王子様がゲームをクリアできれば合格。ちゃんとお前の元に戻って来るよ』

「せ、精霊王様……そのゲームとは一体……」

『そんなの言ったら面白くないだろ。内緒だよ』

何でもないことのように軽い物言いのネル様は、私の命を助けたことも本当に気まぐれのひとつだったのだろう。きっと彼にとって、チェスの駒を試しにひとつ予想外のところに動かすようなもの。

結果、ゲームに負けようがどうでも良いのだろう。彼にしたら、自分が動かした駒によりどうゲームが変化するかという好奇心が全てなのではないか。勝敗は結果であり、勝てればラッキー程度なのかもしれない。

なぜなら、自分が楽しめるかどうかが何よりも大切な基準なのだろうから。

それでも、それにより今があるのだから感謝してもしきれないのは事実。

だが、私はたまたま運が良かった可能性がある。だとして、ルイ様は?

私とネル様の温度差に恐怖を感じ、自然と震える手をギュッと固く握る。うまく動かない唇を何とかこじ開けて、ネル様へと視線を向ける。

「も、もし……そのゲームとやらに失敗したら……」

『さぁ、どうなるかな。いつもはお前のように魔力を預かってどうなるかを見るけど、その手は使えないし。あー、でもそれで生き残ったのはお前ぐらいか。普通は魔力がなくて生きていくことはできないからな』

チラリとこちらに視線を向けて愉快そうに笑うネル様に、思わず後退りそうになる足を何とか耐える。そして、改めて自分がどれだけ幸運だったのかを思い知る。

『ただ、今言えるのは……そうだな。どんなゲームだろうとゲームオーバーはいつだって消滅でしかないけどな』

消滅――それは、すなわち……?

ネル様の言葉に、ドクンと胸に嫌な軋みを感じた。

それでも、今の私にとってネル様の手を取る以外の選択肢は何もない。それどころか、ネル様の気が変わって《やっぱり止めた》などと言われれば、どうすることもできない。

そっとルイ様の手を握り込むが、その手は握り返してくれることはない。真っ白な顔色からは生気が失われている。

その姿に、再度目の奥が熱くなり目の前が霞んでいく。

――ルイ様……勝手な私をどうか、どうかお許しください。あなたを助けられる可能性がゼロでないのなら、私は何だって……どんな相手であれ……。

大きく深呼吸をするが、うまく呼吸ができない。それでも、手のひらで瞼を拭い顔を上げ、ネル様を真っ直ぐに見上げる。

「わ、私は何をすればいいのですか」

自分の口から出た声は若干上擦っていた。だが、そんなことは気にもならないように、ネル様は瞳を輝かせてニカッと嬉しそうに笑う。

『お前は俺についてくれば良いよ』

「どこに……」

『それは到着すればすぐにわかるさ』

ネル様がパチンと指を鳴らすと、彼の背を越すほどの杖が出現した。

そして、杖をクルリと回すと、途端に杖の上部にある水晶が紫色に光り輝め始めた。その輝きの美しさに思わず目を奪われる。

ネル様がその杖を振り上げて床に叩きつけると共に、辺りは一気に暗闇に包まれた。更にもう一度コツンという音が耳に入ると同時に、ピカッと強い光りが私を襲った。その眩しさ、目をギュッと瞑る。

『さぁ、到着だ』

その声にゆっくりと目を開けると、目の前の光景に驚きに目を極限まで見開く。

というのも、先程までたっていた場所と景色が一変していたのだ。あまりのことに、自分のヒュッと息を飲む音だけが私の耳に届いた。

先程まで目の前にあったベッドもルイ様もいない。言葉を失う私には、今自分がどこにいるのかさえ何も理解できない。

今わかるのは、ここが初めて来る場所であり、まるで王宮の玉座の間のような立派な建物の一部屋に立っているということだけ。

そして、目の前にある数段の階段の上で、大きな椅子に腰かけるネル様の姿があった。