軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「ラシェル、疲れていないか?」

「えぇ、まだまだ大丈夫です」

「そうか。もし辛くなったら、すぐに言ってくれ」

「はい、ありがとうございます」

殿下も同行した探索では、昨日の続きの道から歩き始めた。

昨日の疲れが残っていることも心配したが、意外と体力がついているのかもしれない。

もう1時間は探索しているが、今のところ足の痛みなどはない。

だが殿下は何度も確認してくれている。

その度に、テオドール様から「ルイはちょっと落ち着け」と深い溜息を吐かれているが。

それでも、殿下が一緒にいるというだけで私の心は浮かれてしまい、とても足が軽く感じることもまた事実だ。

「この向こう側には、一体何があるのだろうね」

ふと殿下の視線が、精霊の地へと向けられた。

私も殿下と同じ方角を眺めると、視線の先には今立っている場所とは少し異なる草木の色。

より色鮮やかな森が広がっている。

「本当ですね。精霊がいかに自然を大切にしているかが分かりますね」

「あぁ、その通りだな。

精霊は何よりも自然を好む。この国を守りたいのであれば、自然を守らねばならない」

殿下は目元を和らげながら私のほうへ顔を向ける。

「昔から王家に伝わることだよ。自然を壊すことは、精霊との関係を断つことだとね」

「なるほど。そうなると精霊の力を借りることが難しいということですか?」

「そうだ。今より昔、この国の建国時には、精霊を見ることができる者は今より多かったそうだ」

「そうなのですか?」

「精霊は常に人に寄り添っていたとも聞く。……だが、王都が栄えると共に、人は町に、精霊は森にそれぞれ分かれて住むようになったのかもしれないな」

精霊と人が一緒に住む、か。

クロは私の側にいつでもいるが、それでも王都にいる時よりもマルセル領やミリシエ領にいる時の方が嬉しそうだ。

それは、より地方の方が王都よりも自然に溢れているから、ということなのだろう。

自然は、精霊にとって無くてはならない力の源のようなものなのかもしれない。

ふと、腕に抱いたクロへと視線を向ける。

クロもその視線に気がついたようで、私をジッと見て《何?》とでもいうかのように『ニャ』と小さく鳴いた。

そんな姿を見て、私の頬は緩む。

だが、クロを見ていた私は、何か違和感があるようにも思う。

――何だろう。……いつもと少し違う?

いつも通り、クロは可愛らしくクリっとした目で私を見つめてくれるが、それでもどこかいつもと違う。

目を凝らして見ると、腕に抱いていたクロの周囲に、僅かに光が見える。

それと同時に私の体全体に、温かい熱を感じた。それはまるで母に抱き締められた時と同じような、優しく安心する温もり。

「ラシェル? どうかした?」

「……殿下、それが……」

私が急に足を止めたことで殿下も同じように足を止める。

私のほうに振り返り、心配そうに顔を覗き込んだ殿下になんと説明すべきかと思案する。

『ニャー』

「クロ!」

その時、腕に抱いていたクロがピョンと地面に降りると、何もないところをグルグルと回り始めた。それはまるで、クロが回っているその空間に誰かがいるかのようにも見える程不自然な動きである。

「馬だ」

「テオドール様? あの、馬って?」

殿下と私の少し後ろを歩いていたテオドール様が呟いた。

馬? 馬とは何のことだろう。

私には、クロしか見えないが……テオドール様には馬が見えるということ?

「あぁ。誰とも契約していない精霊だから見えないか。……どうやら、黒猫ちゃんの友達のようだな」

「クロの友達ですか? だからあんなにも楽しそうにしているのですね」

精霊が、ここに?

人と契約している精霊は、魔力が強い者でも見ることができているが、人と関わりのない精霊は、普通見ることができない。

テオドール様を除いては。

「もしかすると、闇の精霊……か?」

「あぁ、そうだな」

殿下がテオドール様に問いかけると、テオドール様は肯定する。

闇の精霊?

やはり、闇の精霊はクロだけではなかったということ?

しかも、この森にクロ以外の闇の精霊がいる。

となると……。

「キャッ」

「ラシェル!」

「ラシェル嬢! どうした!」

クロのほうへと足を進めながら考え込んでいると、急に誰かに後ろから押されたような感覚がして、その場に倒れ込みそうになる。

何とか踏ん張って倒れることを免れた私は、殿下やテオドール様の心配する声に《大丈夫》と答えようと後ろへと視線を向ける。

だが、次の瞬間。

私は目の前の光景を理解することができなかった。

というのも、私の視線の先には殿下やテオドール様たちが必死に辺りを見渡して叫んでいる姿があったからだ。

「ラシェル! どこだ!」

そう呼び掛ける殿下に、「私はここに」と返事をして、手を殿下のほうへと差し出そうとする。

だが、私の手は殿下に伸ばされることはなかった。

――何? 冷たい!

まるで見えない壁が私と殿下の間にあって、阻まれているかのようだ。

手を出した先は氷のように冷えており、壁は見えないのに前に出している手の平に伝わる冷たさに、思わず手を引っ込める。

「ラシェル、そこにいるのか⁉」

「はい、私は殿下の目の前にいます! でも、私と殿下の間には見えない壁があるようで」

「見えない壁? こちらからはラシェルの姿も確認することができない」

殿下は眉間に深い皺を寄せながら、私を探すように忙しなく辺りを見た。

それでも、目の前にいる私が本当に見えていないようで、視線が合うことはない。

「もしかすると……ラシェル嬢、成功かもよ」

殿下の隣で、暫し考え込んでいたテオドール様がポツリと呟く。

「成功……ですか?」

「あぁ。何が鍵になったのかは不明だが、ラシェル嬢だけがいなくなった。

そして、そっちからはこちらが見えるが、こっちからはラシェル嬢が見えない。

つまりは、君は入ることができたのかもしれない。精霊の地に」

「精霊の地に……入れた……?」

「周りの景色はどうだ。葉っぱの色は? 草の青さは?」

テオドール様の言葉に、茫然としていた私はハッとする。

聞かれた問の答えを探るべく、一番近くの木へと駆け寄る。

すると、先程まで周囲にあった木々は未だ冬の名残を思わせるものであったが、ここはどうだ。

まるで夏のように生き生きとしている。だからといって、暑い訳ではない。清々しい風が通り抜けて、日差しも強くない。

大きく深呼吸をすると、その自然全てを体にいれているような、気持ちよさがある。

「青々としています……。でも、穏やかな優しい風がそよいで……とてもいい気持ちです」

私が振り返りながら答えると、テオドール様は見えない壁の向こうで、ひとつ頷いて目を細めた。

「良かったな、ラシェル嬢。そこは、間違いなく精霊の地だろう」

「ここが……」

「そうか。ラシェル、どうやら私たちはそちらに行くことはできないようだ。

ひとりで大丈夫か?」

「はい、殿下。あの、行ってきてもいいでしょうか」

「もちろんだ。心配はあるが、ここで君の帰りを待っている。だから、行っておいで」

不安はある。

それでも、ようやく見えてきた光。可能性。

なによりも、視線は合わなくとも殿下は私のほうへと優しい微笑みを向けてくれて、強く頷いてくれた。

殿下が待っていてくれる。背中を押してくれる。

それだけで、私は強くいられる気がした。

だから、もう一度殿下の目の前に立ち手を伸ばす。

やはりその手の平から伝わるのは、いつもの殿下の温もりではなく凍えるような冷たさ。

それでも、私にはいつでも信じてくれる殿下の温かさを感じることができた。

「はい。行ってきます」

だから、ひとりでも進むんだ。

過去から目を逸らさず、失ったものをもう一度手にするために……。

シンとした森の中で、ひとりきり。

確かに孤独感もある。

だが、諦めないと誓ったからには、私には進む以外の道はない。

私は冷え切った手をその場でギュッと握り込んで決心を固めると、殿下の姿を焼き付けるように見上げる。

そして、踵を返すと、深い森へと足を進めていく。

聞こえてくるのは、私が踏む草の音。そして風が揺らす葉の音。

人の声はしない。

もう30分は歩いているだろうから、後ろを振り返っても殿下の姿はない。

それどころか、辺りは木に囲まれており、進んでいる方向が正しいのかさえも心配になってしまう。

その時。

『ラシェル』

――誰⁉

かすかに聞こえた声に辺りを見渡すが、周囲には誰もいない。

「気のせい……かしら」

名前を呼ばれた気がしたけれど、もしかすると寂しさから風の音がそう聞こえただけかもしれない。

うん、そうよね。

『ラシェル』

「だ、誰⁉」

再び私の名を呼ぶ声が聞こえた。

子供のような可愛らしい声だ。

それでも、やはり注意深く辺りを見ても、私の周りには木に囲まれているだけ。

――ガサッ

『ラシェル、ここだよ』

先程よりもハッキリと聞こえた声と共に草を掻き分ける音に、反射的に振り返る。

するとそこにいたのは……。

「クロ? あなた、話すことができるの?」

変わらず愛らしく私の元に駆け寄ってきた、クロであった。