軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

103 テオドール視点

あの出会いから様々なことが変化した。

ローブのフードを被って引き籠ることを止めた俺に、家族は何も言わなかったが、内心ほっとしているようにも見えた。

そして、ラシェルが屋敷に来たときは当たり前のように俺に声がかかるようになったのだ。

「今日は何を見せてくれるの?」

「じゃあ、この噴水の水で色んな動物を出してやろうか?」

「うん! 見たい!」

こいつは魔術にとても興味があるようで、俺が魔術を見せると瞳を輝かせて何でも喜んでくれる。

だから、俺もただ魔術が楽しいという気持ちを思い出すことができたし、ラシェルと過ごす日々は自分の中の憂いが徐々に払われて、癒される気がした。

今日もそんなラシェルの希望に応えようと、彼女が喜びそうな動物を出すことにした。

案の定、猫のような瞳を期待でキラキラと輝かせて俺の手元から何が出てくるのだろうかと注目しているようだ。

そんなラシェルの姿に、思わず口の端が上がってしまう。

俺はまず手を噴水のほうへとかざすと、噴水の水が大きな塊になって手の動きに合わせてふよふよと浮かんだ。

「凄いわ!」

「触ってもいいよ」

「本当? わぁ、冷たい!」

興味津々に水の塊を覗いてみるラシェルに声をかけると、ラシェルは嬉しそうに水へと手を伸ばした。

「じゃあ、とりあえず最初は……」

「ひつじだわ!」

水の塊で羊を作り出すとラシェルは、楽しそうに声をあげてはしゃぎながら、羊を熱心に見つめる。

それを横目で確認しながら、今度は馬や犬、牛、猫など次々に変化させていく。

水が形を変えるたびに感嘆の声をあげて喜ぶラシェルに、俺の頬も自然と緩んでしまう。

「次で最後な」

「きれい! 鳥ね!」

水の形を鳥にして、ラシェルの周囲を羽ばたかせると、ラシェルはその鳥を追うように青空へと視線を動かす。

その瞬間、俺の手の動きと共に水は空中で弾ける。

「わぁ、とっても素敵! 虹ができた!」

陽の光で煌めく水飛沫と共に、空に現れたのは俺たちを見守るかのような大きな虹。

目線を隣に立つラシェルへと動かすと、虹を嬉しそうに見ていたラシェルが俺の視線に気がついたように、こちらを見つめた。

その直後、ニッコリと俺に笑みを向けた。

「ありがとう」

「いや、これぐらいどうってことはない」

「私にもできるようになるかしら」

「あぁ。お前は水が得意だろうから頑張って学べばできるようになるよ」

「本当? わたし、勉強頑張って使えるようになるわ。そうしたら一番に見せてあげるね」

「あぁ、楽しみにしているよ」

この時は、こんなふうにラシェルと過ごす日々がずっと続いていくのだと思っていた。

彼女が我が家に時々遊びに来て、弟のリアンも含めて一緒に遊んだりするんだろう、と。

今日みたいに、ラシェルは俺の魔術に目を輝かせて喜んでくれるのだろう。

そしてゆくゆくは、俺がラシェルに魔術を教えたりなんかもして……。

漠然とそんな未来を描いていた。

だが、俺が14歳の時。

ラシェルの祖母が亡くなったという報せが、そんな未来を変えていった。

ラシェルの祖母の葬儀から一ヶ月。

俺の祖母がマルセル侯爵家に、預かっていたものを返しに行くと出かけようとしたところに、無理をいって同行させてもらった。

訪問したマルセル侯爵家で、まず目に入ったのは庭園。

沢山の季節の花があまりに美しくて圧倒された。

花々が綺麗に咲き誇るのを見ていると、ラシェルがこの庭園で嬉しそうに微笑んでいる姿が目に浮かぶようで、思わず笑みが漏れる。

だが、今の彼女はきっと落ち込んでいるだろう。

葬儀の際に一目見たラシェルの姿は8歳にしては気丈に振舞っており、唇を噛み締めながらも真っすぐ前を向いていた。

涙も流さずに。

だからこそ、彼女の様子が心配で仕方がなかった。

祖母に懐いていたラシェルが、慕う相手を失って悲しくないはずがない。

マルセル侯爵夫人であるラシェルの母が出迎えてくれ、挨拶はそこそこにラシェルのことを尋ねた。

すると案の定、最近のラシェルは空元気な様子で部屋に籠ることも多いそうだ。

侯爵夫人に許可を貰い、ラシェルの部屋へと向かう。

「ラシェル」

侍女に案内してもらい部屋へと入ると、ラシェルはソファーに座っていた。

声をかけると、顔を上げたラシェルの目が真っ赤になっているのが分かる。

――やっぱり。

きっとこの子はひとりで泣いているのではないかと思った。

ラシェルの座るソファーまで歩いていき、俺は彼女の頭を優しく撫でた。

すると、膝の上でギュッと握りしめていた拳が若干緩んで、肩の力が少し抜けたのが分かる。

「おばあ様にはもう会えないそうなの」

「……そうだな」

「天国に行ってしまったのですって」

「……あぁ」

「また明日一緒にお出かけしようって約束していたのに」

「……そうか」

ラシェルの隣に腰掛けると、弱々しく消えそうな声でラシェルが呟く。

「悲しいな」

「かな……しい?」

「あぁ。大事な人と会えなくなるのは、とても悲しくて、寂しい」

「わたし……わたしが泣くとみんな悲しい顔をするから……」

「よく頑張ったな。みんなに心配かけないように、一人で泣いていたのか」

俺の言葉に、ラシェルは返事はせず黙って一度縦に頷いた。

8歳。近しい間柄での初めての死。

大人の言っていることも雰囲気も察することができる。

それでも、死を完璧に理解するには幼い年齢。

天国に行く。

もう会えない。

それは頭では理解できても、心では拒否している。

きっと彼女は理解できること、できないことの狭間でひとりきりで戦っているのだろう。

そんなラシェルの心情を俺は知る術はない。

それでも、どうにか彼女の心を軽くはできないだろうか。

無力な俺はそればかりを考えてしまう。

「いっぱい泣いていいんだ。悲しいって言っていいんだ」

隣に座るラシェルの頭を自分の胸に寄せて、優しく髪を指で梳く。

「ラシェルが悲しむことをみんな心を痛めるだろう。でも、隠してほしいとは思っていないよ。

お前が悲しい時は悲しいって言ってほしいと思うよ」

「ほんと?」

「俺だったら、大事な子がひとりで泣いているのは辛いな」

きっと周囲に心配をかけまいと、我慢しているのはわかる。

それでも、ラシェルがひとりで毎日泣いていることを思うと、自分のことのように苦しくなる。

「お母様やお父様もおばあ様みたいにいなくなるの?」

その時、隣からポツリと呟く声が聞こえた。

とても小さいその声は隣に座っていなければ、きっと聞こえていなかっただろう。

「いつかは、な。でも、それは俺もお前も生きている者はみんなそうだよ。みんないつかは天国に行く。

でも、それは今すぐの話じゃない」

「わたしも?」

「そうだな」

俺の答えに、ラシェルは「そっか」と小さく答えた。

「あなたもいなくなるの?」

俺?

ラシェルを覗き込むように見ると、俺をジッと見つめる瞳と目が合う。

「寂しい?」

「寂しいわ」

「俺も。お前に会えなくなるのは寂しいな」

ラシェルが俺と会えなくなるのを寂しいと答えたことに、若干こそばゆいような嬉しさが湧き上がる。

と同時に、落ち込んでいるこの少女をなんとか元気づけられないだろうか、とも思う。

「でも……そうだな。俺はお前から希望をもらった」

「希望? あげていないわ」

キョトンと不思議そうな顔をしてこちらを見るラシェルに、思わず笑みが漏れる。

そうだろうな。

こいつは意図して、俺を救い出したわけではない。

それでも、俺にとってこいつは希望の光だ。

きっと、ずっと。

だから、俺はラシェルが望まないとしても、この子を大切に守りたい。

そう願っているんだ。

「とにかく、俺はお前が俺を暗闇から救ってくれたように、今度は俺がお前が暗闇にいる時に救ってやる」

「……わたしは暗いとこは怖くないわ」

「ははっ、そうか。じゃあ、お前が怖い思いをした時……俺が助けてやる」

「本当に?」

「あぁ。絶対」

俺が力強く答えると、ようやくラシェルの顔に微笑みが戻った。

未だ目は赤く腫れぼったさもあるが、それでも細められた目に、胸を撫で下ろす。

「約束よ」

「わかった。約束だ」

俺はラシェルの左手をとると、指先に口付ける。

《ラシェル・マルセルに命の危険ある時、我に報せを》

そう彼女に気づかれぬように術を掛けた。

本当は、命の危険などより身の危険といった術の方が適切なのだろう。

だが、今の自分の実力ではそこまで細かく指定は出来ない。だから、今俺がかけられる術の最大がこれであった。

この術が発動されないことを願いながら、それでもお守りとして。

きっとラシェルは口約束だと思ったのだろう。

「お母様に叱られた時は怖いかもしれないわ。その時に助けてもらおうかしら」なんて、若干ぎこちなさの残る笑みを浮かべながら、俺を真っ直ぐに見た。

それでも、俺はこの時の約束を忘れたことはない。

たとえ、その日を最後に会うことがなくなったとしても。

次に会った時には友であるルイの婚約者として、しかも俺のことを覚えていないとしても。

俺にとっては、それはそれで良かったことなのだろうと思っていた。

ルイは感情面に欠落があるが、ラシェルの真っ直ぐな強さに触れたら好ましく思うだろう。ラシェルだって、ルイのどこまでも諦めず、熱い想いと大切なものを守る決意に触れたら、きっと惹かれていくのだろうと思った。

それでも、やはり彼女の側に婚約者の友人という立場でいるのは、少し胸が痛んだ。

見ない振りをしても、時折見せる幼き日の面影や大人びた雰囲気に目を奪われることも自覚していたからだ。

それに、できることなら俺が近くで守っていけたら良かった、と思わずにはいられなかったから。

だからこそ、ある程度の壁を作って距離を置こうとした。

《ラシェル嬢》に惹かれることはあってはならないのだから。

あくまで《ラシェル》への淡い想いを大切に箱にしまって、二人を見守っていければ俺は幸せなのだ、と自分に強く言い聞かせた。

それが、ラシェル嬢が病で魔力枯渇になったり、闇の精霊と契約したりと彼女と関わることで、また新たな一面を見ることになった。

それでも、幼い時から変わらぬ笑顔や強さを目の当たりにすると、胸がざわめく。

――こんなこと、ラシェル嬢のことに関しては狭量になるルイには絶対に言えないな。

本当にあの嫉妬深さには驚きを覚える。

それに友達想いだから、変に気をつかわれたりギクシャクするのは避けたいからな。

彼女を大切に想っているのは確かだが、同時に俺はルイもとても大切なのだ。

婚約したと知った時から、どうか大切な二人が幸せになれるようにと願っているのも心からの本心だ。

「……ったく、ラシェル嬢にはいつも驚かされるな」

忘れたままでいいと思っていた。

それなのに、さっきは少し期待してしまった。

覚えていてくれたのか、と。

目の前のワイン瓶から残り全てをグラスへと注ぐと、それを勢いよく口へと流す。

そのまま飲み干すと、両腕をグッと伸ばして伸びをする。

視線を上へと上げると、今日ここへ来た時と同じく星が綺麗に瞬いていた。

それに思わず、ふっと息を漏らして数秒遠くを見つめる。

きっと、この星の煌めきにずっと魅了されたままなのだろうと実感しながら。

「さて、俺も寝るかな」

ソファーから立ち上がり、若干ほろ酔い気分の俺は、そのまま静かに自室へと戻った。