作品タイトル不明
第187話「『魔術ギルド』、臨時の賢者会議を開く(前編)」
──リースティア王国魔術ギルド報告書
『帝国皇女ナイラーラ=ガイウルの証言について』──
記録者:C級魔術師デメテル=スプリンガル
アイリス=リースティア殿下の説得により、以下のような証言が得られた。
(1)ガイウル帝国の皇帝一族は、魔術による調整を受けている。
この件についてアイリス殿下が指摘されたとき、ナイラーラ皇女は異常な興奮状態となった。
唇をかみしめ、鉄格子に頭を打ち付けていた。
おそらくは、帝国の皇帝一族の 恥部(ちぶ) なのだろう。
そのように、私──デメテルは考えている。
帝国では『聖域教会』の残党によって人体実験が行われている。
その結果、皇帝一族は優れた能力を持つように調整され、生まれてきているとのことである。
余談だが、これまでナイラーラ皇女には 尋問(じんもん) 用の魔術が使用されてきた。
しかし、効果はなかった。
ナイラーラ皇女はおどろくほど、尋問魔術への抵抗力が高かったのだ。
おそらくはそれも、調整によるものなのだろう。
アイリス殿下と話をした後、ナイラーラ皇女は、 尋問(じんもん) に対して協力的になった。
その上で皇女は、自身の身体を調べるように提案してきた。
『魔術ギルド』は彼女の希望を容れて、魔力や血液、その他の身体計測を行った。
検査はデメテル=スプリンガルと、女性の魔術師が担当した。
結果については、(3)に記すこととする。
(2)『聖域教会』の第一司祭は、ガイウル帝国にて健在である。
ナイラーラ皇女は『第一司祭ニヴァールト=メテカリウスは、今もガイウル帝国で生きている』と証言した。
だが、第一司祭が表舞台に姿を表すことは 滅多(めった) にないとのことだった。
第一司祭が200年前から生き続けているのか、同じ名前の人物が代替わりしているのかは、今のところは不明だ。ナイラーラ皇女もそこまでは知らなかった。
真実を知っているのは帝国皇帝、ただ一人だそうだ。
ナイラーラ皇女により、第一司祭の姿かたちについての情報が得られた。
性別は男性。
青白い顔をしている。
若々しい印象で、200年を生きているには見えない。
ただ、声はしわがれていて老人のよう。
第一司祭ニヴァールト=メテカリウスとは、そのような人物とのことだ。
(3)『 煙(けむり) の 王騎(ロード) 』の使い手は、ナイラーラ皇女に近い存在である。
魔術ギルドではナイラーラ皇女の魔力、血液、および身体計測を行った。
その結果、ナイラーラ皇女と『煙の王騎』使いの魔力が、同じ性質を持つことが確認された。
血液も同様だった。
身長、体重などの数値も、ほぼ同一であったことを記しておく。
髪の色と髪型、瞳の色は異なっていた。
だが、目や鼻や口の位置はまったく同じだった。
顔全体のかたちが 微妙(びみょう) に異なっていたのは、 食糧事情(しょくりょうじじょう) の違いによるものだろう。
皇女と一般の兵士では、食べているものは違う。
ナイラーラ皇女の方がいいものを食べていたのは間違いない。
そのため、顔つきが微妙に異なっているのだと思われる。
それでも体重も違いが出てきているが、ほとんど、 誤差(ごさ) の 範囲(はんい) である。
結論を申し上げる。
ナイラーラ皇女と『煙の王騎』使いは、極めて近い存在だといえる。
双子(ふたご) (『煙の王騎』使いは3人いるため、4つ子と書くのが正解だが、わかりやすいように『双子』とした)あるいは、それ以上に似ている。
髪と瞳の色が違うだけの、同一人物と言ってもいい。
ナイラーラ皇女の証言によると、『煙の王騎』使いも、調整されて生まれたものだと言う。
同じような人間を作り出し、もっとも優秀な者を、皇帝の血筋として迎え入れる。
そのようなことが、皇帝一族のまわりで行われているらしい。
・今後の対応について
今後の対応を決めるため、カイン殿下と老ザメルは『魔術ギルド』賢者会議の 開催(かいさい) を宣言した。
だが、『魔術ギルド』の賢者の中には、病に伏せっている者が多い。
彼らはダーダラ 男爵家(だんしゃくけ) でのパーティに参加していたのだ。
パーティで『煙の王騎』使いは、出席者を 拘束(こうそく) し、魔力を 奪(うば) った。
その 後遺症(こういしょう) で、彼らは病の床についている。
いまだに意識が戻らない者もいるほどだ。
賢者会議は規模を縮小して行われることとなる。
また、出席できない者の代わりに、3名がオブザーバーとして出席する。
ひとりは、フローラ=ザメル。
彼女はダーダラ 男爵家(だんしゃくけ) のパーティに出席し、 無傷(むきず) で切り抜けている。
彼女の証言は、聞く価値があると思う。
ふたりめは私、デメテル=スプリンガル。
書記官として出席させていただく。
最後のひとりは、『オデット派』のリーダーであるオデット=スレイ。
彼女もまた、ダーダラ男爵家のパーティを切り抜けている。
また『黒い 王騎(ロード) 』と協力して、『煙の王騎』を 封印(ふういん) したのも彼女だ。
この3人を今回の『賢者会議』の参加者として認める。
自由に発言を許し、意見を聞くこととする。
それによって『魔術ギルド』の今後の方針が決まるであろう。
報告書は以上である。
【公開されなかった、デメテル=スプリンガルの走り書き】
いまだに、黒い 王騎(ロード) の正体は謎だ。
老ザメルはあの者が、伝説の賢者の子孫だと確信している。
その根拠は『古代器物』を封印したことにある。
伝説の賢者さまは『古代器物』を封印することで、『聖域教会』を 崩壊(ほうかい) に導いた。
黒い王騎の使い手も、『煙の王騎』を封印した。
その共通点から、あの者が伝説の賢者の子孫だと考えているのだろう。
だが、私とカイン殿下には確信がない。
黒い王騎使いが伝説の賢者の子孫だとしたら、正体を現さないのは何故か?
それに、謎の 覆面(ふくめん) メイドとやらの正体も気になる。
あの者たちと言葉を交わしたのは、今のところオデット=スレイと、フローラ=ザメルのみである。
ふたりの言動を 注視(ちゅうし) する必要がある。
いずれにせよ私たちは……黒い王騎の使い手と 謎(なぞ) の 覆面(ふくめん) メイドが、敵でないことに感謝するべきだろう。
どこの誰かは知らないが、出会ったら、感謝を伝えたい。
魔術師として、そして、この時代を生きる人間として。
デメテル=スプリンガル
──数日後、魔術ギルドの会議場にて──
「A級魔術師として王家に進言したい。ガイウル帝国に対し、 抗議(こうぎ) の使節を送るべきであると!」
賢者会議(けんじゃかいぎ) の開始直後、老ザメルは宣言した。
「 使節(しせつ) の 護衛(ごえい) は、われら『魔術ギルド』が担当する。『煙の王騎』の事件では多くの貴族と魔術師が被害を受けたのだ。それくらいすべきであろう!!」
老ザメルの語気は荒い。
無理もないと、デメテルは思う。
『 煙(けむり) の 王騎(ロード) 』の事件はダーダラ 男爵家(だんしゃくけ) の 屋敷(やしき) で起こった。
そこに出席していた者たちは謎の王騎に 襲(おそ) われた。
煙の 繭(まゆ) に閉じ込められ、魔力を 奪(うば) われた。その影響で、今も意識が戻らない者もいる。
出席者は魔術師や貴族たち。老ザメルやカイン王子の知人もいた。
老ザメルの孫のフローラも襲われている。
それだけではない。
事件の中心人物であるテトラン=ダーダラは、『魔術ギルド』の賢者の位についていた。
彼は魔術師としての能力は低かったが、会計や事務の能力で位を上げてきた。
老ザメルも、付き合いは長いはずだ。
そのダーダラ男爵家に、帝国の手の者が入り込んでいたのだ。
老ザメルとしてはショックだろう。
帝国への怒りが治まらないのも、無理はない。
「テトランどのの行いに気づかなかったことには、私にも責任がある」
老ザメルの声は 震(ふる) えていた。
「テトランどのは……魔術ギルドでの立場に不満を感じていたのだろう。彼は皆に『煙の 王騎(ロード) 』を 披露(ひろう) することで、自分の力量を示そうとしたのかもしれぬ。そこを、帝国の者につけ込まれたのだ……」
「……ザメルどの」
「古代魔術をあつかう者には責任がともなう。なのに、テトランどのにはそれがわかっていなかった。そのような人物を賢者にしたことに対して、A級魔術師である私は、責任を取るべきであろう」
「責任? まさか……」
「私は魔術ギルドを引退しようと思う」
周囲を見回してから、老ザメルは宣言した。
「今すぐではない。すべての事件が落ち着いてからだ。誰かが責任を取らなければ、被害を受けたものは納得しないだろうからな」
「『ザメル派』はどうされるのですか!?」
「次の世代の者にゆだねる」
「あなたの……これまでの研究成果は?」
「すべて公開する。ギルドの皆で活用してくれるとよい」
「……ザメルどのは……そこまでされるおつもりなのか」
カイン王子は信じられないものを見るような目で、老ザメルを見ていた。
老ザメルは魔術ギルドの最古参だ。
彼は『古代魔術』の研究にすべてを捧げ、A級魔術師の地位を得た。
彼を 慕(した) って魔術ギルドに加入する者も多い。
『ザメル派』もまた、魔術研究に没頭する者たちの集まりでもある。
もちろん、 派閥(はばつ) 同士の対立もある。
だが、それでも『ザメル派』が魔術ギルドを引っ張ってきたことに間違いない。
『レプリカ・ロード』の開発に成功したのも、『ザメル派』の力があったからだ。
その老ザメルが引退すること。
それは、『魔術ギルド』を大きく揺るがすことでもあるのだった。
「私は、伝説の賢者さまに 憧(あこが) れて、魔術師を 志(こころざ) した」
「存じ上げています」
老ザメルの言葉に、カイン王子がうなずく。
デメテルもそのことは知っている。有名な話だ。
なぜかオデット=スレイとフローラは、『伝説の賢者』という言葉を聞き、びくりと肩を 震(ふる) わせたのだけれど。
「『魔術ギルド』の目的は『聖域教会』のような過ちを繰り返さぬことだ。なのに『魔術ギルド』の者が王都に怪しい連中を連れ込み、大きな事件を起こしてしまった」
老ザメルはため息をついた。
「その中心人物が、我が友人であったテトランどのだ。私は彼を止めることができなかった。そのような者が『魔術ギルド』の賢者を名乗るなど、伝説の賢者さまに対して、恥ずかしくてならぬのだ……」
「発言をお許しいただけますか?」
不意に、声がした。
デメテルの近くの席で、オデットが手を挙げていた。
「わたくしは、ザメルさまに申し上げたいことがあるのですわ」
「発言を許す」
カイン王子がうなずく。
「君は公式に認められた出席者だ。自由に発言しても構わないよ」
「ありがとうございます。カイン殿下」
「……スレイ家のご 令嬢(れいじょう) か」
老ザメルがオデットを見た。
「お主も事件の現場にいたのであったな」
「はい。フローラさまとともに」
「ならば、あの 惨状(さんじょう) を見たであろう? あのような事態を『魔術ギルド』の者が引き起こしたのだ。そして……それを治めてくださったのは、伝説の賢者さまの子孫であった」
「ええ。伝説の賢者さまの子孫が関わっていらっしゃいました」
「我々のミスで、あの方の手をわずらわせたことを恥ずかしく思う」
老ザメルは穏やかな口調で、
「むしろ、私よりも賢者さまの子孫の方が『魔術ギルド』の賢者の位にはふさわしい。そうは思わぬか? スレイ家のご 令嬢(れいじょう) よ」
「思いませんわ」
「なんだと? どうしてそのようなことが言える!?」
「黒い 王騎(ロード) の使い手が、これまでなにかを望んだことがないからです」
「……望んだことが、ない?」
「ゲラスト王国の残党が『 獣王(ロード=オブ) 騎(=ビースト) 』を操ったときも、ナイラーラ皇女が『聖王騎』で攻め込んできたときもそうでした。賢者さまの子孫は、わたくしたちになにも要求しませんでした」
オデットはきっぱりと宣言した。
「あの方は、地位や 名誉(めいよ) を求めて戦っているわけではないのでしょう」
「ならば、あの方はなんのために?」
「家族のため……つまり、伝説の賢者さまが200年前になさったことを、無駄にしないためでしょう」
「……ああ。そういうことか」
老ザメルは目を見開いた。
「伝説の賢者さまは『聖域教会』を滅ぼし、世界を救った。結果として今の平和な世界がある。賢者さまの子孫は、その行いを無駄にしないために戦われていると……そういうことか?」
「だいたいそんな感じですわ」
オデットはなぜか、視線を 逸(そ) らしながら答えた。
「わたくしは賢者さまの子孫と話をしました。そのわたくしの感想です。賢者さまの子孫が、ザメルさまが引退されることを知ったら『この非常時に変なことしないでほしい』とおっしゃるのではないでしょうか?」
「…………おぉ」
オデットのその言葉が決め手だった。
老ザメルは両手で顔をおおってしまった。
「私は間違っていたのか……?」
「ザメルさま?」
「私が……魔術師を引退しただけでは責任を取ることにはならぬのか。伝説の賢者さまを尊敬する者として、私には平和を維持する義務があるのだな。この命が 尽(つ) きるまで……」
「いえ、そこまで重い話ではないのですが……」
「お主は私の目を覚まさせてくれた!」
老ザメルは顔を上げ、目を見開いた。
「スレイ家のご 令嬢(れいじょう) 。お主こそ、未来の『魔術ギルド』を背負って立つのにふさわしい! 私が引退するまでに、お主を賢者の位にまで引き上げてみせよう!」
「い、いえ。そういう話でもないのですが」
「オデット=スレイさまにうかがいます」
気づくと、デメテルは手を 挙(あ) げていた。
皆の視線が集まる。
カイン王子がうなずくのを確認してから、デメテルは、
「オデット=スレイさまは賢者さまの子孫について、確信をもってお話をされているように見えました。あなたは、あの方を直接、ご存じなのですか?」
「わたくしは何度も、黒い 王騎(ロード) に助けられております」
オデットは静かに深呼吸。
それから、落ち着いた口調で語り始める。
「だから……なんとなくあの方のことがわかるような気がしますの」
不思議だった。
デメテルにはオデットが、親しい人物のことを話しているように見えた。
「わ、わたしも! オデットさまの意見に賛成です!!」
気づくと、フローラ=ザメルが立ち上がり、デメテルを見ていた。
「わたしも、黒い王騎の使い手と話をしました。そのときに……なんとなくわかったのです。この方は、世界の平和だけを望んでいらっしゃるのだと!!」
彼女は額に汗を浮かべ、緊張した口調で話をしている。
フローラは内気な性格だ。公式の席で話をするのは慣れていないのだろう。
ただ、緊張しすぎのようにも見えたけれど。
「お 爺(じい) さまも、引退するなんておっしゃらないでください! そんなことをしたら賢者さまの子孫に怒られます。『私の仕事を増やすな!』と。わかりましたか!?」
「わ、わかった。わかったよ、フローラ」
「……と、いうことです。デメテルさま」
オデットが話をしめくくった。
それから彼女は安心したようなため息をついて、席に戻った。
(オデットさまとフローラさまは、心の底から、賢者さまの子孫を信頼しているのですね)
ふたりは伝説の存在と出会ったのだ。
心を奪われても仕方がない。
納得したデメテルは、カイン王子の方を見た。
「話を戻しましょう。帝国への外交使節について話し合うべきかと」
「ああ。デメテルの言う通りだ」
カイン王子は落ち着いた表情で、うなずいた。
老ザメルが『引退する』と言ったとき、カイン王子は慌てた顔をしていた。
それは無理もないことだ。
老ザメルがいなくなれば、『魔術ギルド』の権力はカイン王子に集中する。
カイン王子は王家の人間だ。
彼が『魔術ギルド』を支配するのは、実質、王家が『魔術ギルド』を支配するのと同じだ。
『魔術ギルド』の独立性は失われてしまう。
高官の中にはギルドを解体し、王家直属の研究機関にすることを望む者も出てくるだろう。
200年前の国々が『聖域教会』と結びつき、巨大な戦争を起こしたときのように。
カイン王子は、それを望んでいない。
だから、老ザメルが引退を 撤回(てっかい) したことに、 安堵(あんど) しているのだろう。
「ガイウル帝国への対応についてだが、私から国王陛下に『ガイウル帝国に 抗議(こうぎ) の使者を送る』ことを進言しよう」
カイン王子は真剣な表情で、老ザメルの提案を受け入れたのだった。