作品タイトル不明
第181話「ユウキとオデット、不死について語る」
──ユウキ視点 (アイリスがカイン王子たちと話をしている頃)──
「気になることがあるのですが……ユウキの意見を聞かせてもらえますか?」
『 獣王(ロード=オブ) 騎(=ビースト) 』の起動実験の後、俺とオデットは『魔術ギルド』の控え室にいた。
アイリスは、カイン王子や老ザメルと話をしている。
俺たちは控え室で、彼女の帰りを待つことにしたんだ。
「わたくしが気になっているのは、『聖域教会』の『 完璧(かんぺき) な人間作成計画』のことですわ」
「『エリュシオン』の地下第5階層で見たあれか?」
「そうです。そして『聖域教会』の第一司祭が目指している……あるいは、実現したものです」
オデットは落ち着いた表情で、俺の顔を見ていた。
俺は 黙(だま) って、お茶を飲んだ。
彼女の言いたいことが、なんとなくわかったからだ。
「『聖域教会』は『完璧な人間』を作ろうとしていました。それが成功したのか失敗したのかはわかりません。でも、それが『聖域教会』の目的のひとつであることは確かですわ」
「ああ。俺もそう思う」
「けれど……不思議なのです。どうして『聖域教会』は『完璧な人間』なんてものを作ろうと考えたのでしょう?」
オデットは肩をすくめた。
「帝国の皇女は、今も第一司祭が存在していると言いました。それが『聖域教会』による実験の結果だとすれば……『完璧な人間』とは不老不死の人間か、それ以上の存在を意味するはずですわ」
「そうだな」
「ですが『聖域教会』は、どうして不老不死の人間を作れるという確信を得ることができたのでしょう?」
「……確信、か」
「そうでなければ、司祭みずからが実験台になるなんてありえませんわ。『聖域教会』は不死の人間が作れるという確信を得たからこそ、『完璧な人間』を作ろうなんて思いついたのでしょう。では、彼らはその確信をどうやって得たのか……それがわからないのですわ」
「そうだな。俺も同じような疑問を持ってる」
俺とオデットは『エリュシオン』地下第5階層で、『聖域教会』の実験施設を見ている。『完璧な人間」を作るための場所と、そこにあったものを。
俺たちが同じ疑問を持つのは、当たり前のことだ。
「オデットが知りたいのは、『聖域教会』が『完璧な人間』を作ろうとしたきっかけ……ってことだよな?」
「そうです」
「『聖域教会』は220年前に太古の遺跡を──『古代魔術文明の遺跡』を発見して、『古代器物』『古代魔術』を手に入れた。前世の俺が生きていた時代の『聖域教会』は強力な武力集団だった」
「ええ。だからこそ、彼らは大きな戦争を引き起こしたのでしょう」
「確かに、そんな連中がいきなり不老不死を目指すのはおかしいよな……」
『聖域教会』が求めていたのは権力だった。
だからこそ、あいつらは各地の王をそそのかして、大きな戦争を起こしたんだ。
「その『聖域教会』が不老不死を目指そうとしたきっかけがあるはずだと、オデットは考えてるわけだな?」
「ええ。そうですわ」
「あのさ。オデット」
「はい」
「そのきっかけについて、オデットは心当たりがあるんじゃないか?」
「……ええ。ユウキの言う通りですわ」
オデットはまっすぐに、俺を見ていた。
それから、彼女は胸を押さえて、深呼吸。
言葉を選ぶように目を閉じて、それから──
「前世のあなた……不死の魔術師ディーン=ノスフェラトゥが存在していたことが『聖域教会』が不老不死の『 完璧(かんぺき) な人間』を作ろうと考えたきっかけだと、わたくしは考えているのです」
「……やっぱり、そう思うよな」
オデットの 推測(すいそく) には、一理ある。
俺も『エリュシオン』地下第5階層で実験施設を見たとき、同じことを考えた。
「普通は不老不死なんて実現不可能だって思うよな? なのに『聖域教会』の司祭たちは、自分たちを実験台にしていた。それは不老の人間が現実に存在することを知っていたからだと、オデットは考えてるのか?」
「……ええ」
「ディーン=ノスフェラトゥがいたから、あいつらは不老不死が存在するという確信を持った。『完璧な人間』を作る実験をはじめた。オデットが言いたいのはそういうことだろう?」
「そうです。ユウキの……言う通りですわ」
「なんでそんな泣きそうな顔をしてるんだよ」
「だって……『聖域教会』のやり方は 理不尽(りふじん) すぎますわ」
オデットは両手の 拳(こぶし) を握りしめていた。
涙をこらえるように、唇をふるわせてる。
「わたくしの推測が正しいとしたら、前世のあなた──『フィーラ村』のマイロードが殺されたのは、 死紋病(しもんびょう) とは関係がなかったのかもしれないのですわ」
「ディーン=ノスフェラトゥを殺したのは、遺体を実験材料にするためだった……とか?」
「ええ」
「それはないと思うけどな」
「どうしてですの?」
「俺の血がついたままの聖剣が、ライルに 下賜(かし) されたからだよ」
もしもディーンを実験台にするのなら、遺体も血も、貴重な素材になるはずだ。
血がついたままの聖剣をライルに下賜するのはおかしい。
たぶん、ディーンの遺体は燃やされたか……聖剣の効果で 消滅(しょうめつ) したんだろう。聖剣リーンカァルには、そんな能力がありそうだし。
それに……さすがに俺の遺体が実験材料にされたら、『フィーラ村』の連中も黙っていないだろうからな。
そういう記録や伝承が残ってないってことは、俺の遺体は『聖域教会』の手には渡っていないんだと思う。
そもそも『聖域教会』はディーン=ノスフェラトゥが『 死紋病(しもんびょう) 』の元凶だと言ってたからな。その遺体を持ち帰ったら、 矛盾(むじゅん) が生じてしまう。
だからディーン=ノスフェラトゥの遺体は、実験台にされてはいないと思うんだ。
──そんなことを、俺はオデットに説明した。
「……安心しましたわ」
オデットはそう言って、胸をなで下ろした。
「本当に、オデットっていい奴だな」
「…………ふふっ」
「どうした?」
「その言葉は何度も言われてますが……慣れないものですわね」
「そうか?」
「そうですわ」
俺とオデットはなんとなく、笑顔になる。
それから──
「俺の考えは、オデットの考えとは少し違ってるんだ」
「え?」
「ディーン=ノスフェラトゥが『聖域教会』に不老不死は可能だと思わせたというのは……あり得る話だと思う。だけど、その前の段階があったはずなんだよ」
「前の段階ですの?」
「あいつらは『エリュシオン』で、不老不死の『完璧な人間』が存在するという証拠を手に入れていたんじゃないか?」
『聖域教会』は『エリュシオン』から大量の『古代器物』と『古代魔術』を持ち去っている。古代の魔術文明が残した記録なんかも、回収していっただろう。
そのなかに『完全な人間』の資料があったのかもしれない。
「『エリュシオン』の正式名称は『古代魔術文明の都』だ。もしかしたら古代の魔術文明には、不老不死の人間がいたんじゃないかな。その資料が『エリュシオン』に残っていて、それが『聖域教会』の手に渡ったんだと思う」
「そういうことですの!?」
オデットが声をあげた。
「でも、その資料は完全じゃなかった。だから『聖域教会』は『完璧な人間』を生み出すために研究を続けた。200年かけて実験を繰り返して……今もそれを続けている。そういうことですの?」
「うん。あいつらは不老不死に執着してるんだろうと思う」
俺はお茶を飲みながら、そんな言葉を口にした。
「『聖域教会』の連中がディーン=ノスフェラトゥを殺したのも……『古代魔術文明』と無関係な人間が、年を取らないで生きているのが気に入らなかったからじゃないかな? まあ、 死紋病(しもんびょう) の 元凶(しもんびょう) に仕立て上げるのにちょうどよかったってのもあるだろうけど」
「本当にたちが悪いですわね! 『聖域教会』は……って、あれ?」
声をあげたオデットは、なにかに気づいたように、
「……待ってください、ユウキ」
「うん?」
「ユウキは『古代魔術文明』には不老不死の『完璧な人間』が存在していたと言いましたわよね。でも……それはおかしいですわ」
「そうかな?」
「だって、その者はどこにいますの? 不老不死なら、まだ生きている可能性があるのではないですか?」
「うん。オデットの言う通りだ」
さすがオデットだ。鋭い。
俺と同じことに気づいたらしい。
「その者はどこにいますの? 『エリュシオン』の第6階層でしょうか? それとも、どこかの島に隠れ住んで? その者は古代魔術文明の血を引いている可能性があるのですわよね? だったら、隠れ住む必要なんてないと思うのですが……その人は今、どこに?」
「200年くらい前までは、 山奥(やまおく) の村で暮らしていたんじゃないかな? もちろん、本人は古代魔術文明のことなんか知らなかったし、自分がその関係者だなんて思ってなかったけど」
「え?」
「オデットも知ってるよな。とある村に、年を取らなくて、人並み外れた魔力を持つ人間がいただろ?」
「……!? まさか!?」
「うん。そういうことだよ」
俺はうなずいた。
「前世の俺──ディーン=ノスフェラトゥが、古代魔術文明に存在した不老不死の人間……あるいは、その血を引いていた可能性があるんだ」
俺は言った。
オデットが目を見開いた。
「大昔──たぶん、千年以上前のこの世界には高度な魔術文明が存在した。そこには不老不死の人間が住んでいた。でも結局、その魔術文明は滅んでしまった。不老不死の人間たちも 全滅(ぜんめつ) したか……どこかに姿を消した」
俺は話を続ける。
「だけど、ただひとりディーン=ノスフェラトゥだけが、この世界に残っていた。そいつは古代の魔術文明の血を引いているか……あるいは、古代の魔術文明が生み出したものだったのかもしれない。そのディーンはなんらかの事情で長い眠りについていたけれど、今から400年前に目覚めた。本人は古代魔術文明のことなんか知らなかったし、自分が何者なのかもわかってなかったけど」
「……ユウキ」
「その後、『聖域教会』は『 古代魔術文明の都(エリュシオン) 』を見つけ出した。そこであいつらは、古代には不老不死の人間がいたことを知った。だからあいつらは、不老不死の『完璧な人間』を目指すことに決めた。だけど、あいつらが手に入れた記録は不完全だった。それでも不老不死になりたい『聖域教会』の司祭たちは、実験を繰り返すことになった……」
「……それが、あなたの推測ですの?」
「ああ。そうだよ」
「す、少し待ってください! 混乱してきましたわ!」
オデットが額を押さえた。
「反論を考えます……よし、考えつきましたわ!」
「すごいなオデット!」
「ディーン=ノスフェラトゥが『完璧な人間』だったのなら、『聖域教会』が彼を殺すのはおかしいですわ!」
ばん、と、テーブルを叩くオデット。
「ユウキの推測が正しいなら、『聖域教会』はディーン=ノスフェラトゥを捕えて、情報を引き出していたはずです! 殺す意味がありませんわ!」
「それは俺も考えたよ」
「でしょう!?」
「でもなぁ……もしかしたらあいつらには、ディーンが古代魔術文明とは無関係だという確信があったのかもしれないんだよ」
「どうしてですの?」
「前世の俺には『古代魔術』が使えなかったからだよ」
『フィーラ村』にいた俺には『古代魔術』を学ぶ機会がなかった。
『古代魔術』は一切使えなかったし、知識もなかったんだ。
俺が『古代魔術適性』スキルを手に入れたのは、転生後に『古代魔術』に触れてからだ。
「仮にディーンが古代魔術文明と関わりがあるなら『古代魔術』を使えないのはおかしいと、『聖域教会』の連中は考えたんじゃないかな?」
「『古代魔術』が使えないディーン=ノスフェラトゥは、古代魔術文明とは無関係だから……殺してもいいと?」
「うん。そうだと思う」
「でも、今のあなたには『古代魔術』への適性がありますわよね?」
「そうだな」
「それは転生したあなたが『古代魔術』に触れたから。前世のディーン=ノスフェラトゥに適性がなかったのは、『古代魔術』に触れる機会がなかったから……そういうことですの?」
「それを確かめる方法はないけどな。前世の俺は、もう死んでるんだから」
「そして、今のあなたは『古代魔術』と『 王騎(ロード) 』を使いこなしていますわ。だから──」
「ディーン=ノスフェラトゥは古代魔術文明の血を引いているか……古代魔術文明が生み出した『完璧な人間』だった。その転生体である俺が『古代魔術』『古代器物』を簡単に使いこなせるのはそのため……そう考えると、すっきりするんだ」
証拠はなにもない。
これは、今まで起きたことから積み上げた、ただの 推測(すいそく) だ。
こうして口に出してみても、現実感がない。
古代魔術文明は『聖域教会』なんかよりもずっとずっと古いものだ。
いつの時代のものかもわからない。
たぶん、千年以上昔のものだと思う。
その関係者が今も生き残っているなんて、普通に考えればありえない。
だけど……ディーン=ノスフェラトゥの存在も、普通に考えればありえないんだ。
年を取らずに200年生きて、結局、聖剣で刺されるまで死ななかったんだから。
前世の俺は、自分がいつ生まれたのかを知らなかった。
はじめから大人の姿で存在して、自分が何者なのかもわからずに、さまよってた。
──その理由は、ディーンが古代魔術文明と関係があったから。
──なにかの事情で眠りについていて、400年前に目覚めたから。
それはひとつ仮説として、成り立つような気がするんだ。
「前世のあなた……ディーン=ノスフェラトゥが『完璧な人間』……ですの?」
「あくまでも仮説だよ。そんなに真面目に受け取らなくてもいい」
俺は言った。
「それに……前世の俺が『完璧な人間』だなんて、ばかばかしいだろ?」
「え?」
「だってそうだろ。『フィーラ村』の守り神になる前のディーン=ノスフェラトゥは、意味もなくあちこちをさまよってただけなんだから」
自分がどうして存在しているのかも知らず。
ひたすら魔術の研究を繰り返して。
居場所もなくさまよい。人と関わることもほとんどなかった。
ただ、生き続けていた。
年を取らないことだけが 取(と) り 柄(え) の生き物だった。
「そんなのが『完璧な人間』なわけがないだろ?」
「……ユウキ」
「『聖域教会』は 勘違(かんちが) いしてるんだ。ただ不老不死なだけの人間は『完璧』なんかじゃない。俺の前世──ディーン=ノスフェラトゥの人生で意味があったのは、『フィーラ村』にたどりついてからだ」
「そう……なのですか?」
「そうだよ」
「……それはとても、あなたらしいですわ」
そう言ってオデットは、笑った。
「マイロードがそういう人だからこそ、『フィーラ村』の血を引く人たちは、今もあなたを 慕(した) っているのでしょう」
「だよなぁ。ただ不老不死になっただけじゃ、なんの意味もないもんな」
オデットの言葉に、俺はうなずく。
「重要なのは誰と一緒にいて、なにをするかだ。でも、それは普通の人間だってそうだろ? だったら不老不死になんて、それほどこだわる必要はないと思うんだ」
「あなたが言うと説得力がありますわね……」
「『聖域教会』の連中には、それがわかってないんだろうな。組織がほろんで200年も経ってるのに、いまだに実験を繰り返してるんだから」
「あなたの 推測(すいそく) の続きを話してくださいな」
オデットは言った。
「もう少し詳しく、あなたの考えていることを」
「言いたいことは話したよ。あとは 根拠(こんきょ) の 薄(うす) いものばかりだ」
「それでもいいですわ。わたくしは、あなたの話を聞きたいのです」
「いいよ」
俺は自分の 推測(すいそく) の続きを、オデットに話すことにしたのだった。