作品タイトル不明
第156話「元魔王、旅の準備をする」
「……そんな。イーゼッタが…………他の者を選ぶなんて」
魔術師ドノヴァン=カザードスは、床へと崩れ落ちた。
ここは、魔術ギルドの一室。
彼が、会議の内容を知ったのは、つい数分前のことだ。
魔術ギルドの最高機関はイーゼッタ=メメントの 処遇(しょぐう) を決めた。
『イーゼッタ=メメントは、グロッサリア伯爵家の預かりとする』
──と。
王家の許可は、カイン王子が取った。
準備が整い次第、イーゼッタはグロッサリア伯爵領へ向かうことになるだろう。
「イーゼッタの 監視(かんし) は『ザメル派』の者が 務(つと) めることになりました。もはや、私にはどうすることも……」
魔術師テトランは冷や汗をかいていた。
彼も、こんなことになるとは思っていなかったのだ。
テトランの目的は『魔術ギルド』内に、国の武官や文官たちの出先機関を作ることにあった。『ドノヴァン派』は、そのためのものだ。
王国の武官や文官たちは、『魔術ギルド』の管理を強めたがっている。
テトランは彼らの要請に従って、『ドノヴァン派』を立ち上げるつもりだった。
代わりにテトランは、イーゼッタを実家で引き取ろうとしていた。
彼女を手元に置いておけば、たやすくドノヴァンを操ることができるからだ。
ドノヴァンが『エリュシオン』第6層の探索を進めようとしていたのは、イーゼッタを救うためだ。彼はそこで『古代魔術』や『古代器物』を見つけ出し、それをギルドに献上する代償として、イーゼッタの罪を軽くしようと考えていたのだ。
それは、テトランにも都合が良かった。
第6層で得たものを『魔術ギルド』に 献上(けんじょう) すれば、テトランの地位も上がる。
もちろん、その一部は国の役人に横流しする。
そうすることで、テトランは『魔術ギルド』と、役人から評価されることになる。
それが──テトランの計画だった。
だが、すべては失敗に終わった。
イーゼッタはユウキ=グロッサリアによって 救われて(・・・・) しまった(・・・・) 。
ドノヴァンがイーゼッタを手に入れる機会は失われた。
テトランがドノヴァンに示したものは、すべて 空手形(からてがた) になったのだ。
「それで……ドノヴァンさま」
おそるおそる、テトランは声をかける。
「『ドノヴァン派』設立の件と、『エリュシオン』第6階層の探索についてですが……」
「申し訳ない、テトランどの」
両手で顔をおおったまま、ドノヴァンは答える。
「今は……なにも考えたくないのです」
「で、ですが、すでに支援者から資金をいただいております! 『ドノヴァン派』加入を求める者たちも……数名は集まっているのです! スレイ 公爵(こうしゃく) も協力してくれると言っています!!」
テトランは声を張り上げる。
テトランは『魔術ギルド』の事務担当。
無派閥(むはばつ) ……といえば聞こえはいいが、彼は派閥に必要とされていなかった。
今回の計画は、そんなテトランが、ギルドで強い立場を得るための好機だ。
あきらめるわけにはいかない。
「よくお考えください、ドノヴァンどの。確かに、すぐに派閥を作るのは難しいかもしれません。ならば、 有志(ゆうし) のグループといたしましょう。それで第6階層の探索を行うのです。さすればいずれ『ドノヴァン派』の立ち上げも……」
「大事なことを忘れていませんか。テトランどの」
「……大事なこと?」
「私は……イーゼッタに選ばれなかったのですよ」
床に座り込んだまま、ドノヴァンは長いため息をついた。
「ユウキ=グロッサリアが強引な手段でイーゼッタを動かしたのなら……私は、まだ救われたでしょう。けれどイーゼッタは……よろこんでグロッサリア伯爵家の家庭教師になると言ったのでしょう?」
「た、確かに、カイン殿下はそうおっしゃっていましたが……」
「つまりユウキ=グロッサリアは、イーゼッタの望むものがわかっていたということですよ」
ドノヴァンは、震える声でつぶやいた。
「私より彼の方が、イーゼッタのことを理解していたのです。私は一体……イーゼッタのなにを見ていたのでしょう……。どうすればイーゼッタに認めてもらえたのでしょう……護衛騎士の地位? しかし、ユウキ=グロッサリアは地位をひけらかしたわけではない。魔術の腕前でもない……どうして、イーゼッタは彼を……」
「しっかりしてください!! ドノヴァンどの!!」
テトランはドノヴァン肩をつかみ、ゆさぶった。
「それに、ドノヴァンどのが敗れたわけではありません。ユウキ=グロッサリアが卑劣な手段を使った可能性もあります。彼はイーゼッタさまの妹の師匠でもあります。彼女を人質にしてイーゼッタを動かしたのかも……」
「そんな手段で手に入れたイーゼッタを、実家の家庭教師にするでしょうか?」
「……そ、それは」
「監視がついているとはいえ、イーゼッタは準B級魔術師です。ユウキ=グロッサリアの家族を人質に取ることもできます。コレット1人を人質にした代償として、家族すべてが人質になるのです。そんなおろかなことをするでしょうか?」
「…………で、では?」
「ユウキ=グロッサリアはイーゼッタのことを理解し、正面から彼女を説得したということです。私にはできなかったことを……彼は、やってのけたのですよ…………」
その事実に、ドノヴァンは打ちのめされていた。
地位や権力や魔術の力で負けたのなら、言い訳もできただろう。
下級貴族のドノヴァンでは、王女の護衛騎士には勝てない──そう考えることもできたはずだ。
けれど、ユウキ=グロッサリアは誠心誠意、イーゼッタを説得した。
イーゼッタを実家の家庭教師にするという、彼女の能力を活かすやり方で。
それはドノヴァンには……思いつきもしないことだったのだ。
「私は、イーゼッタのことを、なにもわかっていなかったのかもしれません。あのひとの美しさに 魅(み) せられていただけで、あのひとがなにを望むのかも、わかっていなかった…………」
「ドノヴァンどの!?」
「申し訳ない。今は……そっとしておいていただきたいのです」
ドノヴァンは静かに答えた。
「……私は……考えなければいけないことがたくさんあります。どうして自分が選ばれなかったのか……イーゼッタが、本当はなにを望んでいたのか。他のやり方はなかったのか……すべてを……見つめ直す時間が欲しいのです…………」
「『ドノヴァン派』はどうするのです!? 地下第6階層の探索は!?」
「どうか……他の人をリーダーに、新たな派閥を立ち上げてください……」
うなだれるドノヴァンを見て、テトランは気づいた。
(……『ドノヴァン派』は……終わりだ)
ドノヴァンは肩を落として、床を見つめている。
『命をかけて「エリュシオン」第6階層の 探索(たんさく) を行う』と叫んでいた男性と、同一人物とは思えない。
彼を動かすことは、もう、できないだろう。
(かといって……他に 派閥(はばつ) を作るのは無理です……)
『魔術ギルド』には『ドノヴァン派』立ち上げの申請をしている。申請を取り下げて、また別の派閥を作るのは難しい。
新規派閥の立ち上げが続いたら、『魔術ギルド』から不審に思われてしまう。
背後にテトランがいることも、気づかれるかもしれない。
それに……ギルド内ではユウキ=グロッサリアの名声が高まっている。
彼は『オデット派』の立ち上げメンバーのひとりだ。
そのため、ギルドの賢者たちは『オデット派』立ち上げに同意してしまっている。
今、新たな派閥立ち上げを申請したところで、通るとは思えない。
「……まさか、こんなことになるなんて」
『オデット派』を甘く見過ぎた。
年若い 公爵令嬢(こうしゃくれいじょう) と、成り上がりの伯爵家の── 庶子(しょし) が作る派閥だと思い、なめていた。
もちろん、彼らがこちらの派閥を潰そうとしていたとは限らない。
本心からイーゼッタのことを思い、説得したのかもしれない。
それでも……テトランとドノヴァンが、彼らに敗北したことは間違いないのだ。
「あのイーゼッタを説得するなんて……信じられません。『オデット派』の者たちは、まだ人生経験も浅いはず。どうしてこんなことができたのでしょう……。私の知らないところで……なにが起きているのでしょうか……」
テトランは頭を抱えた。
これから『ドノヴァン派』を支援していた武官や文官と話をしなければいけない。
失敗について報告し、そして、次の手を打つために。
『ドノヴァン派』は終わった。
『エリュシオン』第6階層の探索は、しばらくの間は行われないだろう。
テトランが武官や文官に、古代の遺物を 献上(けんじょう) する機会もなくなった。
スレイ公爵も……作戦の失敗を悔しがるだろう。おそらく、テトランやドノヴァンをののしるはずだ。
彼に書状を書くことを考えると、テトランの胃が痛み出す。
賢者会議の間からずっとそうだった。
なのに、テトランには痛みを分け合う相手がいない。
利益を独占するというのはそういうことだ。
すべてを得る代わりに、すべてを自分で背負わなければいけない。
だが──
「……これで終わりではありませんよ」
たやすく諦めるようなら、 陰謀(いんぼう) に 加担(かたん) なんかしない。
「…………今回は負けを認めましょう。けれど、いずれ私が、『魔術ギルド』の勢力図を塗り替えてみせます。武官と文官の支援を得て。事務職がギルドを支配するところを、皆に見せつけるのです」
灯りのない部屋で、魔術師テトランは宣言するのだった。
──ユウキの宿舎で──
「『魔術ギルド』から書状が来ました! 『オデット派』立ち上げ許可が出たのです!!」
「よかった……これで派閥設立だな」
「おめでとうございます。師匠! オデットさま!!」
ギルドで賢者会議が行われた日の、夕方。
オデットが俺の宿舎に飛び込んできた。
今日の賢者会議で、イーゼッタの扱いについて議論が行われることは知っていた。
その席で、『オデット派』設立の話も進んでいたらしい。
それで、オデットの方に書状が来たのか。
「これで問題解決ですわ! イーゼッタさまのことも、わたくしたちのことも」
「おめでとうございます。オデットさま。ユウキさまも」
「ありがとうですわ! マーサさん」
当たり前のようにテーブルにつくオデットに、マーサがお茶を差し出す。
さすがマーサ。
こんなこともあろうかと、オデットの分もお茶を用意してたらしい。
「イーゼッタさんがうちの預かりになる件については、さっき通知が来たよ」
俺はみんなを見回して、そう言った。
結果的に『ドノヴァン派』の邪魔をすることになってしまったけど、仕方がない。
今の段階で『エリュシオン』第6階層を探索するなんて無茶だ。
まだ第5階層の調査も終わってない。第6階層の情報なんてなにもないんだ。
その状態で第6階層に乗り込むなんて、命知らずにもほどがある。
俺たちが第5階層への道を開いたせいで、『ドノヴァン派』に死人が出たら……後味が悪すぎる。
それに、イーゼッタは牢から出ることを拒んでいた。
自分が消えれば……なんて言ってたからな。彼女は。
たとえ、ドノヴァン=カザードスの関係者が身柄を引き取ると行っても、イーゼッタは拒んだと思う。
俺が彼女を説得できたのは、運が良かっただけだ。
まぁ『とある怪物の話』──俺の前世の話が、イーゼッタのツボにはまったというのもあるんだけど。
「イーゼッタさんは今月中に準備を整えて、牢を出ることになるらしい」
俺は『魔術ギルド』の書状を見ながら、言った。
「そのまま護衛の兵士と一緒に、グロッサリア伯爵領に向かうことになるそうだよ」
「 師匠(ししょう) のご実家に、ですよね」
「ああ。それでコレットにお願いがあるんだ」
「は、はい。師匠」
「お姉さんがグロッサリア伯爵領になじめるまで、一緒にいてもらえるかな?」
俺の言葉を聞いて、コレットがびっくりしたような顔になる。
俺は続ける。
「うちの家族は、家庭教師が来ることには納得してる。でも、俺の妹のルーミアは田舎育ちで、知らない人には慣れてない。いきなり準B級魔術師が来ると緊張すると思うんだ。だからコレットは、イーゼッタさんとルーミアの間に立ってくれないかな」
「私が、ですか?」
「コレットはルーミアと 齢(とし) も近いし、うまくやっていけると思う」
うちは貴族とはいっても、成り上がりだ。貴族同士の付き合いも少ない。
ルーミアなんて、他の貴族とはほとんど顔を合わせたことがない。
いきなり侯爵令嬢のイーゼッタに勉強を教わるとなったら、緊張もするだろう。
でも、コレットが一緒にいてくれれば、話は別だ。
コレットは貴族っぽくない。性格もおだやかで、優しい。
ルーミアのいい友だちになってくれるだろう。
ふたりが一緒に学べば、学習効率もよくなるんじゃないかな。
「それに、ルーミアは『魔術ギルド』に入りたがってるんだ。だからコレットが、ギルドのことを色々教えてくれると助かる。まあ、それで現実を知って、ルーミアがギルド入りをあきらめるかもしれないけど──」
「……わかりましたです。師匠」
気づくと、コレットが涙ぐんでいた。
「それと、ありがとうございます。私は……イーゼッタ姉さんから魔術を教わるのが……夢だったのです。ありがとう……ございます」
「こちらこそ。ルーミアをよろしく頼むよ」
「……ユウキ。ちょっとこちらにいらっしゃい」
オデットが俺を手招きする。
俺はオデットと一緒に、廊下にです。
すると、彼女は声をひそめて、
「ユウキは……コレットさんを守るために、伯爵家で保護するつもりですの?」
──そんなことを言った。
「わたくしたちの派閥の設立が決まったとはいえ……ドノヴァン=カザードスがイーゼッタさまをあきらめるとは限りません。コレットさんをさらって、彼女を人質にイーゼッタさまを手に入れようとする可能性もあります」
オデットは続ける。
「ドノヴァン=カザードスはイーゼッタさまのことで、コレットさんに八つ当たりしたと聞いております。そんな彼や、彼の仲間から守るために、ユウキはコレットさんを、伯爵領で保護しようと考えているのではないですの?」
「そこまで考えたわけじゃない。だけど……なんとなく『コレットを守った方がいい』と思ったんだ」
最近は俺も、人間っぽくなってきたからな。
ひとりの人間として、派閥立ち上げに関わる流れを見たら……コレットを保護した方がいいと感じたんだ。
イーゼッタの弱点はコレットだ。
それはイーゼッタ自身も認めてる。彼女自身が言ってた。『コレットを人質にして、言うことを聞かせればよかった』と言ってた。
となると、同じことを考える者もいるかもしれない。
だったら、コレットはイーゼッタと一緒に、グロッサリア 伯爵家(はくしゃくけ) に行けばいい。
イーゼッタは王都の兵士によって護送される。
一緒にいるコレットも守ってもらえるだろう。そうなれば、俺も安心だ。
「でも、コレットにルーミアの友だちになってもらいたいのは本当だよ。どちらかというと、そっちがメインかな。それに、ゼロス兄さまなら、コレットにも親切にしてくれるはずだから」
俺は言った。
「コレットも色々あったからな。しばらくは静かに、お姉さんと一緒に過ごすのもいいよな」
「ふふっ。ユウキらしいですわね」
そう言ってオデットは、笑った。
「さてと、これでわたくしたちも一段落ですわね」
「そうだな。あとは派閥立ち上げの事務仕事をするくらいか」
「そちらはわたくしの仕事ですわ」
「ああ。それで、頼みがあるんだけど」
「なんですの?」
「イーゼッタとコレットが出発するのを見届けたあと、俺もしばらく、旅に出ようと思うんだ。アイリス殿下と一緒に」
「……なるほど。そういうことですか」
オデットは真面目な顔で、うなずいた。
「行き先は、アイリス殿下の、おばあさまの実家ですわね?」
「さすがオデット。話が早いな」
「わたくしもゴーレムの『フィーラ』さんとの話を聞いていましたもの」
「ああ。しばらく王都を留守にすることになる。その間のことは、任せてもいいかな」
「もちろんですわ」
「ありがとう。オデットがいてくれて、よかった」
オデットは俺とアイリスの事情を知ってる。
だから、安心して後のことを任せられる。
これから俺とアイリスは、アリスの妹のミーアの消息を訪ねる旅に出る。
『フィーラ』の話によると、ミーアはとある『コウシャクケ』の関係者に引き取られている。
そして、ミーアはアリスを経由して、俺の『魔力血』を受け継いでいる。
アリスが『準魔力血』なら、ミーアは『準準魔力血』ってとこだろう。
おそらくそれが、アイリスの祖母の不老体質に関わってる。
本当はずっと、疑ってはいた。
ただ、事件続きで、確認に行く機会がなかったんだ。
今は、時間がある。
『エリュシオン』は第5階層に達したところで、探索の準備中。
『オデット派』も正式な立ち上げまでは時間がかかるから、動けない。
ミーアの消息を探すには、ちょうどいいだろう。
ゴーレムの『フィーラ』もいるからな。
あいつはミーアのことに詳しい。手がかりがあれば教えてくれるはずだ。
話を終えた俺とオデットは、リビングに戻った。
それから、俺はみんなを見ながら、
「言い忘れてた。俺はイーゼッタさんとコレットが出発するのを待って、アイリス殿下の旅に付き合うことにしたんだ」
──これからの予定について、伝えた。
「わたくしは 派閥(はばつ) 立ち上げの手続きがありますので、王都に残りますわ」
オデットはそう言って、うなずいた。
俺はマーサの方を見て、
「マーサとレミーはどうする?」
「よろしければ、ご一緒させてください」
「レミーもご主人とご一緒したいよー」
「ありがとう。助かるよ。じゃあ、一緒に来てくれ」
オデットには、コウモリを伝令として残しておこう。
あとは……なにかあってもいいように、『魔力血』をあげておこう。
できれば、『 霊王(ロード・オブ・) 騎(ファントム) 』を動かせるくらいには。
そんなことを考えながら、俺は今後のことについて、みんなと話し合いを続けるのだった。