軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第135話「元魔王、得意料理をふるまう」

「できたぞ。これが特製『 不死(イモータル) ぞうすい』だ」

俺は湯気をたてる器を、リビングのテーブルに並べた。

テーブルの周りにはマーサとレミー、コレット=メメントが座っている。

コレットが着ているのは、レミー用に買っておいた普段着だ。

宿舎に連れてきてすぐに、マーサが着替えさせた。

髪もとかして、今はさっぱりした姿になってる。

コレット本人は状況が飲み込めないのか、ぽかん、とした顔をしてるが。

「……あの、ユウキ=グロッサリアさま……いえ、お師匠さま」

「まだ弟子にするって決めたわけじゃないけど。どうした?」

「『 不死(イモータル) ぞうすい』って……なにが入っているのでしょうか?」

「野菜と卵とコーン、ミルクを少々。肉も少し入ってる」

「長命にするためのポーションが入っているのでは……?」

「食べ物で遊ぶ趣味はないぞ」

「で、では、どうして『不死ぞうすい』……と?」

「食べた者が不死になって、文字通り死ぬほど長生きして欲しいという願いが込められている」

「不死に挑戦されているのですか!?」

「いまだに成功例はないけどな」

『 不死(イモータル) ぞうすい』は『フィーラ村』で、子どものお昼用に作っていたものだ。

すぐにできあがる上に栄養もあるから、評判がよかった。

古城の近くで仕事をしてた連中も、普通に食べに来てたからな。いい大人が。「子ども時代の味が懐かしくて」とか言って。

まぁ、それを見越して、いつも余分に作ってたんだが。

「ただの縁起物だ。魔術的な効果はないよ」

俺は言った。

敬語を使わないのは、コレット本人に「弟子になるのですから、普通に話してください」と言われたからだ。

本人がそれでいいのなら、俺は別に構わない。

「だから、『食べてたら不死になれるんですよね。責任とって下さいね!』という文句は言わないで欲しい」

「言う人がいるのですか?」

「いるんだよ。たまに」

そいつは今、離宮でお姫さまをやってるけど。

「……お師匠さまが作ってくれるものに、文句など申しません」

「そっか。じゃあ、冷めないうちに食べてくれ」

「……お師匠さまが弟子になったばかりの者に、魔術の秘奥を明かすはずがありませんから……」

「いいから。早く食べないと冷めるから」

「は、はい」

コレットは匙で『 不死(イモータル) ぞうすい』をすくい、口に運ぶ。

はふはふ、と、息を吐いて、それから、

「──!?」

びっくりしたように目を見開いた。

それから、夢中で『 不死(イモータル) ぞうすい』を食べ始める。

よっしゃ。いい食いっぷりだ。

やっぱり子どもはこうじゃないと。

「……よかったです」

マーサも安心したように、コレットを見ている。

さっき着替えさせたとき、マーサはコレットがやせてるのに気づいた。

おそらくはあまり食べていないのでしょう──と、心配そうに言ってた。

だけど、メメント家は 侯爵(こうしゃく) だ。

それが子どもにろくな食事を与えないなんてことがあるんだろうか。

それに……どうしてイーゼッタ=メメントは俺にコレットを預けたんだ?

わからない。今のところ、情報が少なすぎる。

だからとりあえず、ご飯を食べさせることにしたんだ。

「おかわりもあるから、遠慮なく食べてくれ」

俺が聞くと、しばらくためらってから、小さくうなずくコレット。

それを見たマーサが、器に『不死ぞうすい』を追加する。

「食べながらでいい。俺の話を聞いてくれるかな?」

「…… (こくり)」

「俺がイーゼッタさま……コレットの姉さんから聞いてるのは、君を『エリュシオン』地下第5層探索の護衛として連れて行くように、ということだった。でも、デメテル先生に確認したら、君を弟子にするようにという話になっていた。ここまではいいかな?」

「(こくこく)」

「『魔術ギルド』の師弟のルールについても聞いた。俺としては、君を地下第5層の探索に連れて行くのも、一時的に弟子にするのも構わない。だけど、疑問がある。どうして君の姉さん──イーゼッタさまは俺に君を預けた? 俺と君の姉さんは、まったく面識がなかったはずだ」

「……そう、ですね……」

コレットは、記憶を探るように首をかしげてから、

「でも、姉さまは言っていました。ユウキ=グロッサリアさまは、信用できるお方だと」

「なんで?」

「『魔術ギルド』に加入してまだ日が浅いのに、数々の成果を上げていらっしゃる。なのに、全くそれを誇っていない。他の魔術師に対して威張るでもなく、淡々と役目を果たしておられる。そういうお方は信用できる、と」

「イーゼッタさまが、そんなことを?」

「はい。魔術師は己の功績を誇る者がほとんどなのに、お師匠さまからは、そういう欲を感じない、と」

いや、普通に欲はあるんだが。

ただそれが、普通の魔術師とは違いだけで。

俺の目的は功績を挙げて、家の 爵位(しゃくい) を上げること。

アイリスと合法的に結婚して、その後で人間の世界から消えることだ。

爵位も功績も、俺とアイリスにとってはただの手段だからな。

威張ったり、誇ったりするようなものじゃないんだ。

だから、淡々と仕事をしてるんだが。

「ご承知の通り『メメント家』は熱心な『カイン派』です」

空になった器を置いて、コレットは俺を見た。

「わたしを『ザメル派』の魔術師に預けるという選択肢はありません」

「『カイン派』に預けるのは?」

「……父が反対しました。わたしのような貧弱な魔術師を、カイン殿下の関係者に預けるのは、家の……恥をさらすことになる、と。それに、姉さまは『コレットはカイン派とは無関係な相手に預けるべき』とおっしゃっていました」

「だから、俺に預けた?」

「はい。それと、姉さまから伝言をいただいています」

「聞かせてくれ」

「お伝えします『コレットを預けたのは、ユウキ=グロッサリアさまをカイン派に取り込む手段です。ユウキさまがカイン派になれば、必然的にアイリス殿下も同派閥に取り込んだようなものです。いわば、コレットはメメント家があなたに預ける人質とお考えください。これには侯爵である父も納得しております』と」

「……どうも納得できないな」

「どうしてでしょうか」

「俺を取り込んだとしても、アイリス殿下を『カイン派』にするのは無理がある。そもそも人質なんてあからさますぎる。俺が拒否する可能性もある」

おそらく、コレットが話したのは、メメント家や『カイン派』を納得させるための理由だ。

イーゼッタ=メメントには別の目的があるはず。それは──

「もうひとつ聞いてもいいか?」

「は、はい」

「イーゼッタさまは、コレットにとってどんな人だ?」

「……姉さまは、メメント侯爵家の嫡子で、優秀な魔術師です」

「家族としては?」

「…………とても優しい人」

コレットはうつむいたまま、ためらうように、

「……父さまの腹心でもあるのに……わたしのことを考えてくださる、姉さまです」

「もうひとつ聞く。コレットは侯爵家の嫡子か? それとも庶子か?」

「……わたしは、父さまの側室の子どもです。だから……」

「あまりいい扱いを受けていなかった?」

「メメント侯爵家は名家です!」

コレットは叫んだ。

「その名家が、側室とはいえ、子女にひどいことをするわけがありません!」

「さっき『物置』と言いかけなかったか?」

「それは……疲れていたから……つい、変なことを……」

「わかった。最後の質問だ」

俺はコレットの目を見て、告げる。

「コレットは、俺がグロッサリア伯爵家の、側室の子どもだというのを知っているか?」

「……存じ上げております」

「そっか」

俺とマーサは顔を見合わせた。

これで、だいたいわかった。

コレットはメメント侯爵家の側室の子だ。

そして、あまりいい扱いを受けていなかった。それは 痩(や) せた身体を見ればわかる。

食事が十分じゃなかったんだろう。物置にいたというのも、たぶん本当のことだ。

そっか、貴族の庶子って、こういう扱いを受けるのか。

うちの父さまは、本当にいい人だったんだな。

ゲオルグ父さまは、家庭教師のカッヘルが来るまでは、俺とゼロス兄さまとルーミアを対等に扱ってくれてたし。カッヘルが来たあとも、ちゃんと俺には離れを用意してくれてた。

なのに、コレットはそうじゃなかった。

決めつけるのは危険だけど、ろくな扱いを受けてなかった可能性が高い。

それは、こんな状態のコレットが、侯爵家にいたことからもわかる。

コレットも『魔術ギルド』の魔術師だ。家を出て宿舎を借りることもできたはずだ。

宿舎なら、普通に生活もできるし、食費も支給される。

なのに、そうしなかったのは……侯爵の意向の可能性があるな。コレットは侯爵家の実情を語ることもできずにいるんだから。

となると、イーゼッタ=メメントが俺にコレットを預けた理由もわかる。

コレットと同じく庶子の俺なら、妹を保護してくれると考えたのかもしれない。

つまり、イーゼッタ=メメントには、妹に対しては善人ということになるのだけど……。

「君の姉さまは、君の状況を変えようとしなかったのか?」

「……メメント家は名家です」

「もしかして、父親の権力がむちゃくちゃ強い、とか?」

「……!?」

コレットの表情が変わった。図星か。

「……メメント家は名家です。偉大な、名家なんです」

「準B級魔術師の姉さまでも、父親には逆らえなかったのか……」

「……名家、なんです」

コレットは同じ言葉を繰り返す。

うつむいて、小刻みに震えて、歯をくいしばってる。

言いたいことを、必死に我慢しているようだ。

これ以上聞くのは、 酷(こく) だな。

「わかった。コレットは俺の弟子にする」

俺は言った。

「ただし、『エリュシオン』第5階層の調査が終わるまでの仮採用だ。その後、状況を見て本採用ということにする。それでいいかな」

「……え」

コレットは目を見開いた。

それから、彼女はいきおいよくうなずいて、

「は、はい! ありがとうございます!」

「とりあえず、今日は風呂に入って休んでくれ。1階に使ってない部屋があるから、そこを使ってくれていい。2階には許可なく入らないようにな。俺も研究とかしてるから」

まぁ、別に来ても構わないんだけど。

いきなり見慣れない人が来たら、コウモリ軍団がびっくりするからな。

それに──少し、気になることもあるから。

「明日になったら『魔術ギルド』に頼んで、君の宿舎を用意してもらう。すぐに一人暮らしというのは大変だから、食事時や昼間は、うちに来てくれて構わない。それでどうだろう?」

「あ、ありがとうございます!」

コレットは勢いよく頭を下げた。

「か、感謝いたします。わたしは、お師匠の言葉に従います」

「じゃあ俺が食器を片付けるから、マーサとレミーは、コレットを風呂に入れてやってくれ」

「承知しました。ユウキさま」「わかったよー」

マーサとレミーが手を挙げる。

それから、ふたりはコレットの手を引いて、浴室へと向かった。

そっちから水音がしはじめたのを確認して──俺は2階へ。

窓を開けて、使い魔を呼んだ。

「ディック。そこにいるな?」

『おりますよー』

声と共に、コウモリのディックがやってくる。

「書状を書くから、オデットのところへ届けてくれ。大至急だ」

『承知いたしましたー。ですが、伝言でもよろしいですよ?』

ディックは首をかしげてる。

『最近、なんとなくオデットさまとは、言葉が通じるようになりましたからー』

「なんとなくだと困るんだ。重要な件だから」

『と、申しますと?』

「『エリュシオン』地下第5層の探索中に、『カイン派』がなにか事件を起こす可能性がある」

コレットの話を聞いたとき、気づいた。

彼女を俺のところに預けようとするのはわかる。

俺が彼女と同じ庶子だから、ひどいことはしないだろうと考えるのも理解できる。

デメテル先生に根回ししておくのも、イーゼッタ=メメントが妹を大事に思っているなら当然だ。

問題は──どうしてそれをこのタイミングで行うのか。

イーゼッタ=メメントは「ユウキ=グロッサリア、ひいてアイリス殿下を『カイン派』に取り込むため」だと言ったらしい。

そう言って父親を納得させたと。

だったら、どうしてもっと早くそうしなかった?

イーゼッタ=メメントが妹のことを考えているなら、俺のことを知った瞬間に、コレットを送り込んでもおかしくない。けれど、イーゼッタ=メメントはそうしなかった。

となると、このタイミングでなければ、父親を納得させられなかった、と考えるのが自然だ。

今が重要な時期で、だから父親を納得させて、妹を外に逃がすことができると思った。

おそらくは、これから行うことに、妹が無関係でいられるように。

そう考えるのが、自然なような気がする。

「それは、エリュシオンの『地下第5層』探索に関わることだと、俺は思ってるんだ」

『なるほどですー』

「『 霊王(ロード=オブ=) 騎(ファントム) 』を扱うオデットは、第5層探索の重要人物だ。『ザメル派』に、それとなく忠告することはできるはず。だから、急いで伝令を頼む」

『承知なのですー』

「それと、コウモリ軍団で手の空いてる者を、コレットの護衛につけてくれ」

俺は言った。

「メメント侯爵家か……他の貴族が接触してくるかもしれない。こっそり護衛して、彼女が危険なようなら守ってやって欲しい」

『わかったのですー!』

──と、話してるうちに、俺は書状を書き上げる。

オデットは、前に与えた『魔力血』のおかげで、コウモリたちと「なんとなく」意思を通じ合えるようになってる。

ディックたちが緊急事態だと思ってることも伝わるだろう。

俺はコウモリのディックを送り出し、続けてローデリア宛の書状を書いた。

地下第5層の探索が始まるまで間がない。

とにかく、警戒だけはしておこう。

オデット宛の書状には、アイリスにも伝えてくれるように書き添えておいた。

俺も面会の申請を出すつもりだけど、第5層探索に間に合うかどうか。

とにかく、今のところは推測だ。確信はない。

説得できるのは、俺の推測を信じてくれる人たちだけだ。

アイリスとオデット、ローデリア──3人の協力を得て、警戒だけはしておこう。

そんなことを考えながら、俺は一階に降りて、食器の片付けを始めたのだった。