軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8話

「……ごちそうさん」

巨大なタッパーは、わずか10分で空になった。

蒼(そう) は名残惜しそうに指についた米粒を舐めると、満足げな溜息をついた。

顔色が劇的に良くなっている。

死んだ魚のようだった瞳に、生気が戻っていた。

「お粗末さまでした。……で、どうですか? 契約の話」

私が空のタッパーを回収しながら聞くと、彼は真剣な顔で私を見据えた。

「……条件を確認する。飯は、毎日このレベルが出るのか?」

「ええ。今日は即席のお弁当でしたけど、拠点のキッチンにはオーブンもスパイスも揃ってます。リクエストがあればハンバーグでもステーキでも焼きますよ」

「契約する」

即答だった。

早すぎる。給与の話も、業務内容の話もしていないのに。

「あ、あのね。仕事内容、聞かなくていいの? ヤバイ仕事かもしれないわよ?」

「これだけ美味い飯が食えるなら、地獄の釜の蓋でも開けてやる。……で、ターゲットは誰だ? 政治家か? 組長か?」

彼はパーカーの背中から、布で包まれた長物――スナイパーライフルを取り出し、物騒なことを言う。

「殺し屋じゃありません。私の仕事は『防衛』です」

「防衛?」

「ええ。ある場所を守ってほしいの。……来るべき『災害』からね」

私は意味深に微笑み、彼に手を差し出した。

「行きましょう。私の城へ」

私たちは電車とタクシーを乗り継ぎ、再び『星降る森』へと戻ってきた。

道中、蒼はずっと私のリュック(の中の空のタッパー)を気にしていたが、森の入り口に差し掛かった瞬間、その表情が一変した。

「……おい。なんだあの壁は」

彼の視線の先には、朝よりもさらに延長された、高さ3メートルの丸太の防壁がそびえ立っていた。

まるで中世の砦だ。

そして、その壁の上で、半裸の巨漢が丸太を担いでスクワットをしていた。

「おうオーナー! お帰り! ……ん? そいつが『猫』か?」

ゲンタだ。

彼は軽々と地面に飛び降りると、ズシンと音を立てて着地した。

全身から湯気が立ち上っている。圧倒的な筋肉の質量。

蒼が瞬時に警戒態勢に入り、ライフルの布に手をかける。

「……化け物か。人間離れした筋肉だ」

「失礼なこと言うな。俺は繊細な建築士だ」

「どこがですか」

私は二人の間に割って入った。

「紹介するわ。こっちはインフラ兼・建築担当の土門ゲンタさん。……で、こっちが新入りの警備担当、鷹城 蒼さん」

「へぇ……細っこい兄ちゃんだが、いい目をしてやがる」

ゲンタは値踏みするように蒼を見下ろし、ニヤリと笑った。

「だが、ここでの生活は肉体労働だぞ? そんな身体で杭打ちができるか?」

「俺は警備だ。土木作業員じゃない」

蒼は冷たく言い放つと、私に向き直った。

「おい、話が違うぞ。こんな山奥の工事現場で何を守るんだ。資材泥棒の撃退か?」

「いいえ。……そろそろ、本当の姿を見せないとね」

私はシステムウィンドウを開き、蒼に向かって[ 招待 ]を送った。

「許可します。……ようこそ、『聖域』へ」

**【システム通知:鷹城 蒼 を「住人」として登録しますか?】**

**【 YES / NO 】**

私が【YES】を押した瞬間。

蒼の表情が凍りついた。

「な……ッ!?」

彼にも見えたのだ。

この土地全体を覆う半透明のドーム状結界と、視界に浮かぶシステムログが。

**【住人登録完了:鷹城 蒼(スナイパーLv.12)】**

**【特殊スキル:千里眼・中 を確認しました】**

「なんだこれは……AR(拡張現実)か? いや、網膜に直接……」

「これがこの土地の秘密です。ここは、日本の法律も警察権も及ばない、私だけの独立国家」

私は彼に近づき、耳元で悪魔の囁きをした。

「ねえ、蒼。あなた、日本じゃ思いっきり銃が撃てなくてストレス溜まってるでしょ?」

「……!」

「ここは『聖域』です。銃刀法なんて関係ない。警察も入って来られない。……あなたのその愛銃、好きなだけぶっ放せるわよ?」

蒼の瞳が、ギラリと輝いた。

ご飯の時とは違う、獲物を見つけた猛禽類の目だ。

「……本気か」

「ええ。むしろ撃ってくれないと困るわ。これからは、ここを狙う『敵』がたくさん来るから」

彼は震える手で、背中の包みを解いた。

現れたのは、黒光りするボルトアクションライフル。

レミントンM700をベースに、極限までカスタマイズされた彼だけの相棒だ。

彼は愛おしそうに銃身を撫でると、素早く構え、遥か遠くの木の枝に止まっていたカラスに照準を合わせた。

カシャッ。

ボルトを引く乾いた音が、森に響く。

「……悪くない」

彼はトリガーには指をかけず、スコープから目を離した。

その顔には、少年のような高揚感が浮かんでいた。

「飯が食えて、誰にも邪魔されずに銃が撃てる。……ここは天国か?」

「ふふ、気に入ってくれた?」

「ああ。骨を埋めてもいい」

交渉成立。

ゲンタの時と同じく、チョロかった。

いや、彼らの欲望(建築・食と銃)に忠実なところが、この異常な状況への適応を早めているのかもしれない。

**【システム通知:鷹城 蒼 がパーティに加入しました】**

**【現在の戦力:生活魔法使い、要塞建築士、スナイパー】**

「よし! それじゃあ蒼くんには早速、見張り台の設計位置を確認してもらうわね。ゲンタさん、図面を見せてあげて」

「おう! 兄ちゃん、ここから射線を通すなら、壁の高さはどっちがいい?」

「……風向きと弾道を考えると、北側の 櫓(やぐら) はあと2メートル高いほうがいい」

「ほう! わかってるじゃねぇか!」

職人とオタク。

意外にも気が合うようだ。二人はすぐに地面に広げた図面を囲んで話し込み始めた。

私はその背中を見ながら、小さく息を吐いた。

(……揃った)

防御の要、ゲンタ。

遠距離火力の要、蒼。

そして、補給と指揮を執る私。

最低限の布陣は整った。

これで、初期の混乱期は生き抜けるはずだ。

でも、まだ足りない。

これからやってくるのは、魔物だけじゃない。

病気、怪我、そして……未知の毒。

私はスマホのカレンダーを見た。

**【残り崩壊まで:28日】**

「次は……『魔女』を迎えに行かなくちゃ」

私の脳裏に、白衣を来た気怠げな女性の顔が浮かぶ。

違法薬物の調合で裏社会を追われ、今はネットカフェを転々としているはずの天才薬師。

彼女を確保すれば、私のパーティは完成する。

「忙しくなるわね」

私は二人を残して、ログハウスのキッチンへと向かった。

まずは、新しい家族のための夕食の支度だ。

今夜は、リクエスト通りハンバーグにしてあげよう。特大のやつを。