作品タイトル不明
第49話 茶会の思惑
帝都宮殿の庭園には、春の柔らかな光が降り注いでいた。
色とりどりの花が咲き、白い石畳の通路の両側には整えられた低木と花壇が並んでいる。
中央には丸い噴水。
その周囲に白いテーブルと椅子が並べられ、豪華なティーセットが用意されていた。
ここが第一王子アルヴェルトの婚約者候補が集う茶会の会場だった。
レスティーナは席に座りながら、周囲を静かに観察していた。
公爵家、侯爵家、伯爵家――
帝国中の有力貴族の令嬢たちが並んでいる。
ドレスの質も宝石も豪華で、十歳の集まりとは思えないほど華やかだった。
しかしレスティーナの関心はそこではない。
彼女の視線は二人の少女に向けられていた。
メアリー・スー。
そしてリリア・フェルミナ。
メアリーは不機嫌そうに紅茶をかき混ぜている。
リリアは周囲の令嬢たちと楽しそうに話している。
だがその笑顔の奥にあるものを、レスティーナは見逃していなかった。
(ググル先生)
『はい』
(さっきからリリアの行動どう思う?)
『周囲の評価を操作している可能性があります』
(やっぱりね)
レスティーナは内心で頷いた。
リリアは会話の中心にいる。
しかも自然な形で。
「まあ、そんなことがあったんですか?」
「大変でしたね」
相手を気遣うような言葉。
柔らかな声。
そして時折見せる少し寂しそうな表情。
周囲の令嬢たちはすっかり彼女の雰囲気に飲まれていた。
「リリア様って優しいのね」
「本当に」
「平民出身なのに素晴らしいわ」
そんな声が聞こえる。
レスティーナは思った。
(完全にヒロインムーブね)
だがその一方で――
メアリー・スーは明らかに苛立っていた。
紅茶のスプーンを乱暴に置く。
「つまらないわね」
小声で言う。
「こんな茶会」
その声は近くの令嬢にも聞こえていた。
何人かが困った顔をする。
レスティーナは思った。
(あの子は駆け引きが苦手ね)
メアリーはおそらく転生者。
だが社会経験が足りない。
前世の知識があっても、貴族社会の空気は別物だ。
レスティーナは紅茶を一口飲んだ。
その時だった。
王子アルヴェルトが席を立った。
「少し庭を歩こう」
軽い口調。
だがそれだけで令嬢たちの空気が変わる。
王子はゆっくり庭園を歩き始めた。
令嬢たちもそれに続く。
いわば小さな散策だ。
レスティーナも立ち上がった。
その時、後ろから声が聞こえる。
「レスティーナさん」
振り向く。
リリアだった。
相変わらず柔らかな笑顔。
「さっきはすごかったですね」
「王子様に覚えられてるなんて」
レスティーナは肩をすくめた。
「北方領の話を少し聞いていたみたい」
リリアは目を輝かせる。
「すごいです!」
「町を作るなんて夢みたい!」
レスティーナは静かに答えた。
「夢じゃなくて仕事よ」
リリアはくすっと笑う。
「でも素敵です」
その時だった。
「ふん」
横から声が入る。
メアリー・スーだった。
「くだらない話ね」
「田舎の町なんて」
周囲の空気が少し凍る。
リリアは困った顔をした。
「そんな言い方は……」
メアリーは腕を組む。
「だって事実じゃない」
「王都と比べたら村みたいなものでしょう?」
レスティーナは冷静に答えた。
「そうね」
あっさり肯定する。
メアリーは一瞬言葉に詰まった。
レスティーナは続ける。
「でも村から町になるのは面白いわよ」
「人が増えて、店ができて、学校ができて」
「道路が整備されて、物流が動き始める」
メアリーは眉をひそめた。
「そんな話つまらないわ」
「帝都には全部あるもの」
レスティーナは笑った。
「だから面白いのよ」
「最初からある都市より」
「作る都市の方が」
その言葉を聞いていた人物がいた。
アルヴェルト王子だ。
王子は振り向いた。
「作る都市?」
レスティーナは頷く。
「はい」
「北方領はまだ発展途中です」
王子は少し考えてから言った。
「前に言ったよな」
「発展したら視察に行くって」
周囲の令嬢たちがまたざわめく。
王子は続けた。
「今どれくらいなんだ?」
レスティーナは答える。
「人口六百ほどです」
「市場と学校を作りました」
「あと商会と倉庫」
王子は目を丸くした。
「十歳で?」
「はい」
王子は少し笑った。
「面白いな」
「本当に見てみたい」
その言葉を聞いた瞬間――
メアリーの顔が引きつった。
リリアの笑顔が一瞬だけ固まる。
レスティーナは内心で思った。
(また面倒なことになりそうね)
王子は気にした様子もなく言った。
「皇帝陛下も開拓地には興味ある」
「うまくいけば支援も出るかもな」
レスティーナは少し驚いた。
「それはありがたいです」
王子は頷く。
「だから頑張れ」
「町づくり」
それだけ言うと王子は再び歩き始めた。
しかしその一言は、令嬢たちの間に大きな波紋を残していた。
メアリー・スーは拳を握りしめる。
(なんで……)
(なんであの子ばっかり……!)
一方、リリアは静かにレスティーナを見つめていた。
笑顔のまま。
だが心の奥では別のことを考えていた。
(邪魔ね)
(あの子)
ヒロインの舞台。
本来なら自分が中心になるはずだった。
なのに王子の視線はレスティーナに向いている。
それが気に入らない。
とても。
レスティーナはそんな二人の視線を感じながら、静かに紅茶を飲んだ。
(ググル先生)
『はい』
(これ、確実に敵増えてるわよね?)
『その可能性は高いです』
レスティーナは苦笑した。
帝都のお茶会。
それはただの社交ではない。
転生者たちの思惑。
貴族の駆け引き。
そして未来の皇后の座。
静かな庭園の裏側で――
それぞれの計算が、ゆっくりと動き始めていた。