作品タイトル不明
第113話 一人消えれば盤面は軽くなる
――死んだらしい。
その報せは、あまりにもあっさりと届いた。
紅茶の香りが立ち上る午後。
メアリーはカップを持つ手を止めることなく、その言葉を聞いた。
「本日、帝都中央広場にて――」
侍女が淡々と読み上げる。
罪状。
国家反逆。
そして、公開処刑。
「……以上でございます」
静寂。
部屋の空気は、どこまでも穏やかだった。
まるで、何事もなかったかのように。
◇
「そう」
メアリーは一言だけ返す。
カップを傾ける。
琥珀色の液体が揺れ、唇に触れる。
優雅な所作。
完璧な貴族令嬢。
外から見れば、それだけだ。
だが――
(終わったのね)
内側では、別の感情がゆっくりと広がっていた。
温かく。
じわりと。
「……ふふ」
わずかに漏れる笑み。
誰にも気づかれないほど小さく。
だが確かに。
歓喜だった。
◇
(あんな終わり方、すると思わなかったけど)
リリア。
あの女。
自分と同じ“側”にいる存在。
そう思っていた。
だが実際は。
(愚かね)
最後の一線を見誤った。
情報戦までは良かった。
駆け引きも、悪くはなかった。
だが――
「暗殺」
しかも。
「敵国のスパイを使う」
そこまで踏み込めば、どうなるか。
少し考えれば分かること。
なのに。
(本当に、救いようがないわ)
メアリーは心の中で切り捨てる。
◇
だが同時に。
冷静な思考が動く。
(……でも)
今回の件。
単なる“失敗”ではない。
もっと重要な意味がある。
それは。
(盤面の整理)
リリアという存在。
厄介だった。
読めない。
感情で動くくせに、妙に的を突く。
そして何より。
“同類”。
だからこそ、扱いづらかった。
それが――
消えた。
完全に。
◇
メアリーはカップを置く。
音はほとんどしない。
だが、その動作一つにも意味がある。
「……下がっていいわ」
侍女に告げる。
「かしこまりました」
扉が閉まる。
完全な一人。
◇
その瞬間。
メアリーの表情が変わる。
笑う。
はっきりと。
隠す必要もない。
「――ははっ」
小さく、だが確かな笑い。
「本当に、死んだのね」
確認するように呟く。
信じられないわけではない。
ただ。
実感が追いついていない。
◇
(あれだけ騒がしくて、面倒だったのに)
もういない。
どこにも。
戻ってくることもない。
完全な“消滅”。
それが意味するもの。
「……一人減った」
それだけ。
◇
罪悪感?
そんなものは、最初からない。
むしろ。
(助かった)
それが本音。
競争相手。
しかも同質の危険因子。
それが勝手に自滅してくれた。
これほど都合のいいことはない。
◇
メアリーは椅子にもたれる。
天井を見上げる。
思考が、次へ進む。
(じゃあ……次は)
誰か。
考えるまでもない。
レスティーナ。
あの女。
すべての原因。
そして――
最大の障害。
◇
リリアは負けた。
だがそれは。
レスティーナが強いから。
ではない。
(やり方を間違えただけ)
そう結論づける。
自分は違う。
もっと上手くやれる。
もっと確実に。
もっと美しく。
◇
「……ふふ」
再び笑みが浮かぶ。
今度は静かに。
計算された笑み。
「無駄なことはしない」
暗殺など、論外。
あんなものは。
“証拠を残すだけ”の愚策。
必要なのは。
「支配」
状況を。
人を。
流れを。
◇
メアリーは立ち上がる。
窓の外を見る。
帝都。
巨大な都市。
無数の思惑が交差する場所。
その中で。
「勝つのは一人」
それだけは変わらない。
◇
(リリアは脱落)
なら。
残るのは。
「私と、あの女」
単純な構図。
だが。
だからこそ。
面白い。
◇
メアリーは静かに目を細める。
「待ってなさい」
誰に向けた言葉かは、明確。
レスティーナ。
「次は、あなたよ」
宣戦布告。
誰にも聞こえない。
だが確かに、放たれた。
◇
そして。
彼女は再び微笑む。
何事もなかったかのように。
優雅に。
完璧に。
――貴族令嬢として。
◇
リリアの死は、終わりではない。
それはただの。
「整理」
盤面を軽くするための。
一手に過ぎない。
そして今。
新たなゲームが始まる。
プレイヤーは二人。
勝者は一人。
敗者は――
消える。
◇
メアリーは静かに紅茶を飲み干した。
その味は、いつもより少しだけ甘く感じられた。