作品タイトル不明
第110話 選ばれなかった理由は一言で足りる
その日、学園は静まり返っていた。
表向きは優雅なお茶会。
だがその実態は――
選別。
王太子による婚約候補の見極め。
貴族令嬢たちが集う庭園は、華やかでありながら張り詰めた空気に包まれていた。
誰もが笑顔を浮かべている。
だが、その裏では。
(ここで決まる)
全員が理解していた。
未来が。
地位が。
そして、力関係が。
◇
リリアは、その中心にいた。
完璧な立ち振る舞い。
洗練されたドレス。
そして――
「ごきげんよう、皆様」
柔らかな声。
周囲の令嬢たちが自然と視線を向ける。
すでに空気は出来上がっていた。
“本命”。
それが彼女に与えられた立ち位置。
(ここまでは予定通り)
リリアは内心で冷静に状況を整理する。
噂の誘導。
印象の固定。
すべてはこの日のため。
そして――
(あとは選ばれるだけ)
◇
やがて、ざわめきが止む。
王太子が姿を現した。
気品。
威圧。
その場の空気が一瞬で変わる。
誰もが一礼する中、リリアは完璧なタイミングで頭を下げる。
遅すぎず、早すぎず。
その所作一つで、彼女の完成度が際立つ。
(見ていなさい)
レスティーナ。
この舞台は、もう自分のものだと。
◇
お茶会は穏やかに進んだ。
令嬢たちは順に会話の機会を得る。
趣味。
教養。
価値観。
それらを自然に、しかし的確に示していく。
そして――
リリアの番。
「殿下、本日はこのような機会をいただき、光栄に存じます」
完璧な礼。
声の抑揚。
視線の使い方。
すべてが計算されている。
「……顔を上げよ」
静かな声。
リリアはゆっくりと顔を上げる。
視線が交差する。
その瞬間――
(勝った)
彼女は確信した。
◇
会話は順調だった。
彼女は皇子の問いに的確に答え、時に柔らかく笑い、場を和ませる。
他の令嬢とは明らかに違う。
洗練。
完成度。
そして――
“理解している感”。
それが彼女の強みだった。
「将来について、どのように考えている?」
その問いに、リリアは迷わず答える。
「はい。私は――」
一瞬、間を置く。
そして。
「殿下のお隣に立つ者として、相応しい在り方を追求したいと考えております」
完璧な答え。
誰もがそう思った。
だが――
皇子は、何も言わない。
ただ、静かに見ている。
その視線に、わずかな違和感。
だがリリアは気にしない。
(ここで押し切る)
彼女はさらに踏み込む。
「そのために、私は常に最善を尽くしてまいりました」
周囲の令嬢たちが息を呑む。
自信。
それは時に武器となる。
だが――
「……最善?」
皇子が初めて言葉を返す。
「はい」
リリアは微笑む。
「選ばれるべき存在として」
その一言。
――それが、すべてだった。
◇
空気が、凍る。
一瞬。
ほんの一瞬。
だが確実に。
何かが変わった。
皇子の視線が、わずかに冷える。
「……ほう」
静かな声。
だがそこに、先ほどまでの柔らかさはない。
リリアは気づかない。
いや――
気づけない。
なぜなら。
(完璧なはず)
そう信じているから。
「自らを、選ばれるべきと断言するか」
その言葉に、ようやく違和感が走る。
だが遅い。
「はい」
リリアは答えてしまう。
「私は、その資格があると考えております」
◇
完全な沈黙。
誰も声を出せない。
なぜなら――
それは明確な“踏み越え”だったから。
選ぶのは誰か。
決めるのは誰か。
それは――
王族。
その前で。
“自分が選ばれるべき”と断言する。
それは。
「不敬だ」
静かな一言。
だが、絶対的な宣告。
リリアの思考が止まる。
「……え?」
理解が追いつかない。
「選ぶのは、私だ」
皇子の声は冷たい。
「お前ではない」
その瞬間。
すべてが崩れた。
◇
リリアの視界が揺れる。
(なに……?)
おかしい。
計算は完璧だった。
発言も、流れも、空気も。
なのに。
(どうして……)
「……下がれ」
その一言で、終わった。
完全に。
◇
周囲の令嬢たちは、誰も声を出さない。
ただ、理解していた。
今の一言で。
彼女は――
終わったのだと。
◇
リリアは席に戻る。
足取りは乱れていない。
だが。
内側は、崩壊していた。
(違う……違う……!)
こんなはずじゃない。
自分はヒロイン。
選ばれる存在。
それが“前提”だった。
なのに――
「どうして……」
答えは、すでに出ている。
だが彼女は認められない。
◇
その様子を、私は静かに見ていた。
何もしていない。
ただ、観察している。
「……そうなるわよね」
小さく呟く。
リリアの敗因。
それは単純。
“立場を履き違えた”
それだけ。
能力でも、戦略でもない。
ただの――
致命的な認識ミス。
◇
お茶会は続く。
だが、もはや結果は見えていた。
リリアは候補から外れた。
完全に。
そして――
誰も、彼女を見なくなった。
◇
その日の帰り道。
リリアは一人、立ち尽くしていた。
空は赤く染まっている。
だが、その色は彼女には届かない。
「……なんでよ」
小さな声。
震えている。
「私は……間違ってないのに……」
その言葉に、答える者はいない。
ただ。
現実だけが、そこにある。
選ばれなかった。
それがすべて。
◇
一方で。
私は静かに歩いていた。
この結果は予測通り。
むしろ――
「自滅してくれて助かった」
禁じ手は強力。
だが、扱いを誤れば――
自分を焼く。
リリアはそれを証明した。
「……これで一つ」
脅威は削れた。
だが。
まだ終わっていない。
メアリーもいる。
そして――
リリアも、完全には折れていない。
「次がある」
私は静かに空を見上げる。
戦いは、まだ続く。
だが一つだけ、確かなことがある。
盤面は、確実にこちらへ傾いた。