作品タイトル不明
24章 異界回廊 46
その後カイムたちと別れ、エウロンの町を出て、いつものように『聖獣ガルーダモス』を呼んだ。
シズナの『招精の笛』の音に呼ばれて地上に降りてきた、神々しい巨大な蛾を前にすると、こんな風に『聖獣』を何度も呼びつけていいのかという気にもなる。
「なあシズナ、『精霊獣』というのはこんなに気軽に呼んでいいものなんだろうか?」
「『精霊獣』さまは気にされてないようじゃ。わらわたちのやることがどれだけ重要かわかってくださっているから問題ないと思うがのう」
「そうか……。くれぐれも礼は言っておいてくれ。それと、なにかあればこちらも礼をするつもりはあるとも伝えてくれ」
「ソウシ殿は律儀じゃのう」
「こういうのはやってもらって当然と考えるのが一番マズいからな」
人間、人からの好意について最初は感謝するものだが、あまりにそれが続くとその感謝の気持ちも薄れるものである。それで相手との関係を壊してしまっては元も子もないというのは、それなりに生きてきて感じるところである。
シズナがガルーダモスになにか伝えると、ガルーダモスはその頭をクリクリと左右に振って答えていたようだ。
「『精霊獣』さまによると、頼むことがあれば頼むということじゃった」
そんな話をシズナから聞き、俺たちはガルーダモスの背に乗った。
さて、ここからアルデバロン帝国の帝都プレイオーネまで、ガルーダモスの羽根でも2日かかる空の旅となる。
まずは王国を縦断し、一気に国境の城塞都市カッシーナの近郊まで飛んだ。何度か休みながらの飛行になったので、到着したのは夕方だった。
今回は翌日すぐに発つので、カッシーナの領主であるカルマン伯爵には挨拶には行かず、野営で一晩過ごした。
ちなみにガルーダモスは野営場の近くでそのまま羽根を休めていた。
夕食の時、ガルーダモスがこちらをじっと見ている気がしたので、
「『精霊獣』ってなにを食べているんだ? 俺たちといる時はなにかを摂っている姿を見たことがないが」
とシズナに聞くと、シズナはすぐにガルーダモスのところへ聞きに行って戻ってきた。
「樹液や花の蜜などを摂ることもあるそうじゃが、あまり多くのものは食べないそうじゃ」
「樹液や花の蜜か……」
あの巨体では口吻も大きく普通の木や花から摂取できない気もするが、聖獣だからなにか特殊な方法を用いるのかもしれない。
「ソウシさま、ダンジョンで取れた蜜をお食べになるのではないでしょうか?」
フレイニルも気になったらしく、そんな提案をしてきたので、俺は『アイテムボックス』から高級食材『レギオンアントの蜜玉』を取り出した。
「これを差し出してみるか。シズナ、俺が行っても大丈夫か?」
「もちろんじゃ」
俺とシズナとフレイニルの3人でガルーダモスのところにいって、愛嬌のある大きな蛾の顔の前に、『レギオンアントの蜜玉』を5つ置く。
「食べられるなら食べてくれ」
という俺の言葉を、シズナが翻訳(?)して伝えてくれる。するとガルーダモスは少し身体を持ち上げ、顔の下にあった渦巻状の口吻を伸ばして蜜玉の一つに突き刺した。
玉の中の蜜が一瞬で吸い上げられていったので、どうやら食べることができるものだったらしい。
ガルーダモスは残りの4つの蜜も吸い上げると、急に体を左右に揺らし始めた。
フレイニルが驚いたように俺の腕を掴んできた。
「これは……喜んでいらっしゃるのでしょうか?」
「そんな気はするが……。シズナ、どうなんだ?」
「うむ、これほど美味しいものは口にしたことがないそうじゃ。明日の飛行を楽しみにせよとおっしゃっている」
「ならいいが」
「ソウシさまのお心が通じてよかったですね」
「フレイニルのアイデアのおかげだな。『レギオンアントの蜜玉』は帝都に行ったらまた採ってくるか」
帝城にあるクラスレスダンジョン『龍の揺り籠』で大量に採れるものなので再補充してもいいだろう。最近俺がアイスクリームやパフェなど甘味を提供したせいで、今『ソールの導き』では甘味が大ブームになっている。今日もこの後パフェを作る予定だが、そこでも『レギオンアントの蜜玉』の蜜は消費されるのだ。
翌日朝、再び俺たちはガルーダモスの背に乗った。
昨日の『レギオンアントの蜜玉』の力か、ガルーダモスの飛行速度が3割増しくらいになっていて、聖獣も食べ物で力が出るのだなと妙な感心をすることになった。
帝国領内を北上していくと、空気が次第に冷えていくのがわかる。はるか遠くには白い雪に覆われた山脈が見え、いかにも北国に来たという感慨が強くなる。
途中休憩で防寒着などを出したりしながら行くこと半日、なんと昼過ぎには帝都近郊に到着してしまった。
街道から外れた人目につかない場所に着陸してもらい、そこでガルーダモスと別れた。
帝都へと続く街道は以前と変わらず人通りが多かった。この世界的な『渋滞』と表現してもいいくらいの混雑ぶりである。
そんな中をそのまま俺たち『ソールの導き』が歩いていれば、帝妹マリシエールがいることもあり大変な騒ぎになる。
なので『アイテムボックス』から馬車を出し、それをシズナの『精霊』に牽かせて帝都へと向かうことにした。
もっとも、ミスリルの光沢をもつ大きな獣型の『精霊』が牽く馬車列も、それはそれで非常に目立つのだが……。
久しぶりの帝都は、やはり壮大なスケール感のある城塞都市である。
初めて訪れるライラノーラは巨大な城壁や城門を見て、
「これが地上にある最大の都市なのですね。これほどの規模の建造物を作れるのは素晴らしいことですわ。是非ともあちこちを見回ってみたいものです」
と、好奇心旺盛な子どものような表情を美しい顔に浮かべていた。
「オクノ侯爵閣下、そして『ソールの導き』ご一行様ご到着!」
城門は当然最敬礼で通される。
衛兵の声に周囲の人間の目が一斉にこちらに集まるが、これは仕方ない。俺たちはもうお忍びで町を歩くということは難しい人間である。
恐ろしく広い中央通りを、馬車で中央区へ向けて進んでいく。前方には小高い丘があり、その上に翼を広げたような帝城がそびえている。
その丘の一角に俺の家があるのだが、まずはそこに向かうことになる。ちなみに帝国伯爵であるドロツィッテも近くに居を構えている。
帝都の様子も以前と変わりなく、大陸一の大都市の華やかさを謳歌している。人の数は目もくらむほどで、行き交う馬車の数もかなり多い。俺たちは貴族ということで道を譲られるが、そうでなければ中央区へ行くのも時間がかかりそうなくらいは混んでいる。
馬車はいつの間にか中央区へ入り、坂道を上っていた。懐かしい……と言うほど離れていたわけでもないが久しぶりの、この世界での我が家が見えてくる。
我が家と言っても、それは前世日本では考えられないような豪邸である。中古の貴族邸を買ったもので、庭も家も手入れが行き届いていた。
使用人を数名雇って管理を任せていて、必要があれば庭師なども手配するように言ってあるので、そこはさすがの仕事ぶりである。