作品タイトル不明
24章 異界回廊 42
翌日、エウロンの町近くに用意された建屋に『異界の門』を開いた。
同行したバリウスと家令のローダン氏、そしてエルフの騎士アナトリアには『異界』にも入ってもらったが、3人とも一様に驚き、また興味深そうな態度を示していた。
バートランの町で開いた『異界の門』は俺やバリウスにも見える場所に確認できた。
「あれがバートランに開いた『異界の門』だ。あれを潜ればもうバートランは目の前になる」
と俺が言うと、バリウスは茶色の髪を掻きながら呆れたような顔をした。
「あそこまでなら歩いても2刻くらいしかかからねえじゃねえか。それでバートランに着いちまうのかよ」
「そうなるな。伯爵にもすぐに挨拶に行けるぞ」
「いやまあそうなるんだろうけど……しかしこりゃあヤバいぜ。これを自由に使えるようになれば、色々世界がひっくり返っちまう」
「だろうな」
「下手すると宿場町とか大打撃を受けるぜ。エウロンとバートランの間にあるバルバドザとかも影響を受けるだろ」
「今のところは馬車が通せるほど『門』が大きくないからそこまで影響はないだろう。今回は『大いなる厄災』対策で設置してるが、後々のこの門の使い方は国王陛下や領主様によく考えてもらうしかないな」
「しゃあねえ、今のうちから考えとくか……」
戦士然としたバリウスが鋭い意見を出してくるところに、彼が若いながら貴族として先輩だということを思い出す。
なお、エウロンに開いた『異界の門』からは、オーズ国の首都に開いた『異界の門』、メカリナン国の王都に開いた『異界の門』どちらも見えた。といってもメカリナン国のほうは視力に優れたスフェーニアが目視できるだけで、俺は『望遠の魔道具』を使ってなんとか視認できるくらいだったが。
しかしそれでも、どちらも地上を行くよりはるかに近い。なにより地上にある山脈などの障害物を無視できるという優位性はあまりに大きい。
バートランの時同様、『異界の門』の間に杭や看板などを設置して回ると、時間は夕方近くになっていた。
バリウスの館に戻り、風呂で汗を流して自分の部屋で休んでいると、扉がノックされた。
入って来たのはスフェーニアとアナトリアのエルフの主従(?)だった。
ちなみにスフェーニアは、銀髪をポニーテールにした、どちらかというと穏やかそうな顔立ちの少女である。一方でアナトリアは、長い銀髪こそ同じものの、目つきは鋭く、どことなく武人といった雰囲気が女性である。アナトリアも見た目の年齢は20歳少し前、スフェーニアやサクラヒメと同じくらいに見える。だがエルフという種族の特性で、実際の年齢はずっと上なのだろうと思われた。
「お休みのところ申し訳ありませんソウシさん。少しお話をさせてください」
「もちろん構わない。ああ、座ってくれ」
勧めた椅子にスフェーニアとアナトリアが座る。アナトリアが鋭い目を一瞬向けてきたのは、俺がスフェーニアに普通の言葉を使ったからだろうか。彼女たちエルフにとって、ハイエルフであるスフェーニアは王族に等しい存在だから仕方ないのだが。
「それで改まってなにかあったのか?」
何となく話の内容は察せられたが、知らないフリをして質問する。
「はい。実はこちらのアナトリアですが、今回の『大いなる災い』の騒動が収まった後、このバリウス子爵家から離れるそうなのです」
「騎士をやめるということか?」
「そうなります。そしてその理由ですが、私に仕えるためなのだそうです」
「エルフとハイエルフの関係は俺も十分に理解していないが、それは別におかしなことではないんだな?」
その質問にはアナトリアが答えた。
「むしろ私は、もともとスフェーニア様にお仕えすることを目標に冒険者として腕を磨いてきたのだ。スフェーニア様も『覚醒』されたと聞いた時にはすぐにそちらに向かおうと思ったのだが、逆にスフェーニア様に断わられてしまってな。それで仕方なく、今まで縁のあったバリウスに仕えていた。彼には多少の借りもあったからな」
「私がアナトリアを追い返したのは、すでにAランクだった彼女が私に付き合う必要はないと思ったからです。AランクにはAランクがやらねばならない義務がありますから」
スフェーニアがそう付け足すと、二人の関係はなんとなく理解できた。
「スフェーニアがAランクになったことで、断わる理由もなくなったということか」
「はい、そうなります。それでソウシさんには、彼女を『ソールの導き』の一員にして欲しいというお願いをしに来たのです。私に仕えるということは結局そういうことになりますので」
「すまないがよろしく頼みたい」
スフェーニアの言葉に合わせて、アナトリアが頭を下げる。
彼女と初めて会った時は、彼女が多くの兵と冒険者を束ねる討伐部隊の長だった。
俺はその時、ほとんど認識もされない程度の一冒険者でしかなかったのだが、いつの間にか彼女との関係性も大きく変わってしまっていたようだ。
「そういうことなら俺は構わない。もとAランク冒険者で、子爵家の筆頭騎士まで務めた人間が入ってくれるなら願ってもないことだ。メンバーにも話は通ってるんだろう?」
と聞くと、スフェーニアは目を細めて「ふふっ」と笑った。
「はい、もちろん皆の了解はいただいています。マリシエールとは同じ女性のAランク冒険者ということでお互い意識し合っていたらしいので、話は早かったですね」
「なるほど……。しかし王国と帝国の著名なAランク冒険者が両方パーティに入るのも、今さらながらに驚きだな」
「私たちからすると驚きではありませんが、ソウシさんはそうおっしゃるでしょうね。ところでその件とは別に、アナトリアがソウシさんにお願いがあるそうです」
「なんだろうか?」
俺が目を向けると、アナトリアは居住まいを正して、咳払いを一つしてから宣言するように言った。
「無礼なことは承知の上でお願い申し上げる。オクノ侯爵、明日、私と立ち合って欲しい。マリシエールと同じで、私も貴殿の力をこの身で直接確かめたいのだ」
「……え?」
あまりに想定外の頼みに、俺は一瞬思考が停止してしまった。
そういえば、こういう風に面と向かって立ち合ってくれと言われるのは久しぶりだ。
過去覚えがあるのはニールセン青年と、カルマの父親のゼンダル氏くらいだろうか。どちらもちょっと特別な状況だったので、こういうまっとうな(?)形での立ち合いの申し込みは初めてになるはずだ。
「ソウシさん、受けてくださいませんか? アナトリアとしても、ソウシさんと立ち合うことで区切りをつけたいのだと思いますし」
「……ああ、わかった。そういうことなら受けよう。ただ、バリウス子爵の許可は取ってくれ」
「それは問題ない。すでに許可は取っている」
アナトリアは真剣な表情で、俺を正面から見つめてくる。
彼女は俺が初めて見たAランクの冒険者で、彼女の戦いぶりには感銘を受けたとともに、あの域には到底辿り着かないだろうと感じたものだ。
今ならたぶん、まったく別の感想を抱くはずだが、それを確かめるためにも彼女と立ち合うのは面白いかもしれない。