軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22章 異界の門への道標  28

ボスの後のセーフティゾーンは俺たちが一番乗りだったらしく、入った時には誰もいなかった。

テントを立ててテーブルなどを用意しているうちに後から2組のパーティが入ってきたが、どうやら今日はそれで全部のようだ。

『霜降り肉』を食べたいとラーニやシズナたち食いしん坊組が騒ぐので、すぐに夕飯にすることにした。

まずは先日フレイニルが買ってくれた米だ。研ぐのは俺がやり、鍋で炊く時の火の番はラーニにやってもらう。

霜降り肉は厚切りにカットして、塩コショウで焼いてもらった。肉にもよるが、ステーキはこの世界でも贅沢料理の一つである。

俺は醤油の扱いを考えていたが、ご飯が炊けるなら卵かけごはんも不可能ではない。この世界、卵の生食は衛生上非常識に分類されるが、冒険者は毒耐性があるから食うことはできる。とはいえ今回は初の食材が多いので、そちらに集中してもらうためやめておいた。

代わりにニンニクやショウガや玉ねぎに近い食材があるので、それらを利用して焼肉のタレを作ることにする。分量は適当だが意外とよさそうなものができた。ただ熱を加えて作ったので、『結界魔法』の結界内にタレのにおいが漂ってしまった。

「ねえソウシ、そのタレってさっきの醤油ってやつを使ったんでしょ。初めて嗅ぐニオイだけど、すごく美味しそうなニオイだね」

「そうか? ならラーニの口にも合うかもな」

「それにあの肉のやけるニオイも絶対おいしいって感じがする。でもこの米っていうやつは微妙かな」

「どれも初めての食材だから、慣れるまではダメなやつもあるだろう」

日本人は好きな霜降り肉も、赤身を食べ慣れている人間には不評だという話も聞いたことがある。食の嗜好は個人差の大きいもののひとつであろう。

そんなわけで肉以外にも野菜のスープなどを用意して食卓が整った。新しい食材が口に合わなかったことも考えて、従来の食材の料理も並んでいる。

皆が席について食べ始めると、やはり真っ先に出るのは霜降り肉の感想であった。

「ちょっと! これ噛んだ瞬間本当に溶けるんだけど! それにこのじゅわって広がる美味しさがすごすぎ!」

「信じられないほど柔らかいお肉ですわね。貴族の間ではあまり喜ばれない脂身がこれほど美味しいとは思いませんでした。まさか塩だけでこれほど美味しく食べられるお肉があるのは驚きです」

ラーニとマリシエールが対照的な感想を述べると、目をつぶって味わっていたシズナとカルマが続いて口を開いた。

「今まで食べたどのような肉に比べても別格のものじゃのう。ただソウシ殿が言ったように、あまりに違いすぎてすぐには受け入れられない者もいそうじゃ」

「年寄りにはちょっとキツいかもしれないねえ。アタシはこれ大好物だけどさ。それに酒に滅茶苦茶合うから酒が進んでいけないね!」

見るとドロツィッテとマリアネも何度もうなずくようにして味わっているので、相当に気に入ったようだ。ライラノーラはそもそも食べるという行為自体に慣れていないが、「これがとても美味しいものだというのは理解できますわ」と笑っていた。

サクラヒメはなぜか最初から醤油に興味があったらしく、一番に焼肉のタレを使っていた。肉を口に入れては目をつぶって感動したような表情をしているのが微笑ましい。

「サクラヒメ、そのタレは口に合うか? 結構よくできたと思うんだが」

「ソウシ殿、このタレはなにか懐かしい味である気がするのです。間違いなく初めて食べる味なのでござるが……」

「それは不思議だな」

「ええ。しかしとても美味しく、このタレがあれば肉がどれだけでも食べられそうな気がするでござる」

その言葉を聞いて、全員がタレを試し始める。

「ソウシ様、こちらのタレはとても美味しいですね。味に深みが出るというか、お肉にとても合う気がいたします」

フレイニルが笑みを浮かべて肉を頬張っている姿は初めて見る気がする。どうやらお世辞ではなく本当に気に入ったようだ。

「醤油は肉にとても合うんだよ。まあ魚でもなんでも合うといえば合うんだけどな」

「私もそう思います。このタレを使えば、普通のお肉もとても美味しくいただけるのではないでしょうか?」

「俺の国ではそういう扱いだったよ。タレもいろいろ工夫のしがいがあるしな」

「その為にはあの『醤油』というものがもっと必要ですね」

「それとこのお肉ももっと必要だと思う! あのボスはこれからも倒しに来ないとねっ」

霜降りに肉を食べ終わってしまったラーニが、前のめりになってそんなことを言うと、シズナやカルマも盛んにうなずいている。

ところで霜降り肉に話題を取られて後回しになってしまっている米の方だが、俺はすでに食べていて、まさに懐かしいご飯の味だと秘かに感動していたところであった。

霜降り肉は微妙に苦手そうにしていたスフェーニアも、米を食べたところ「これは面白い穀物ですね。甘味もありますが、お肉と一緒に食べると脂のくどさが中和されて美味しくいただけます」などと高レベルな食レポをしていた。

やはりサクラヒメは米も気に入ったようで、一番最初にお代わりをしていた。ラーニとカルマは見た目が虫みたいだと言って最初遠慮していたのだが、シズナに勧められて口に入れて、味は悪くないというのはわかったようだ。

ただゲシューラは「この食感は慣れるまで時間がかかるかもしれぬ」と言っていた。確かにパンに慣れた身としては、この柔らかく粘度のある食感は違和感があるだろう。

「これは確かに俺が食べたかった米だ。フレイニルには礼を言わないとな」

「ソウシさまに喜んでいただけて嬉しいです。後で売っていたお店にいってもっと買っておきましょう」

「そうだな。できればどこで栽培してるかも聞いてみよう。ちなみにカルマ、この米から作った酒も美味いぞ」

「ちょっとソウシさん、そういう気になる情報は早く言ってくれなきゃ困るよ。すぐに米を作ってるところを探さないといけないじゃないか」

「まあ、酒を作ってるかどうかはわからないけどな」

残念ながらダンジョンでは酒は出ないのだが、もしかしたら前世で飲んだ酒も出てくるようになるのだろうか。

そういえば、ドロップについては確認をしなければならないことがあった。

「ライラノーラ、少しいいか?」

「なんでしょう?」

「今回出たこの肉や醤油は、今までダンジョンでは一度も出たことのないものなんだ。しかもどちらも、俺の国にあってこの大陸にはないものだ」

「それは不思議なことですわね」

「本当に不思議なんだ。それで少し思ったんだが、今回のダンジョン攻略において変化があったとすればライラノーラが同行していることだけだ。とすると、ライラノーラの影響によってドロップ品が追加されたという可能性はないか?」

「なるほど、ソウシ様を面白いことにお気づきになりますわね」

ライラノーラは目を細め、口元を隠すようにしてそう言った。

その態度から、俺の仮説が当たりであったことがわかる。ドロツィッテもいち早く察して、ライラノーラのほうを興味深そうに見始める。

「……そうですわね。まず前提として、ダンジョンでドロップするものが変化するという可能性はあります。もともとダンジョンはそのように作られているのです」

「やはりそうか。記録を見ると、時代と共にダンジョンのドロップ品も微妙に変化しているからね。そういう仮説は昔からよく口にされていたんだよ」

目を輝かせるドロツィッテ。他のメンバーも興味をそそられたように、全員ライラノーラの方に顔を向けた。

「ではそのドロップ品はどのように変化するかと申しますと、それは多くの人間の記憶や感情や経験などをダンジョンが読み取って、人間に必要なものを選定してダンジョンモンスターからドロップするように調整しているのですわ」

「ではなぜ今回、俺の記憶だけでドロップ品が変化したんだ?」

「ソウシ様が先ほどおっしゃった通り、わたくしの存在がソウシ様の記憶を増幅したのだと思いますわ。わたくしの存在はソウシ様と強く結びついておりますし、わたくし自身はダンジョンともつながりの深い存在ですから、現象としては十分考えられます」

「やはりそうか……」

ダンジョンのドロップ品が多くの人間の影響で変化するというのは驚きだが、確かにそういうシステムが組まれてなければ、ダンジョンはいつか必ず役立たずになってしまうだろう。ダンジョンを作った『神』はエンジニアとしても非常に優秀だったらしい。

ただ今回、俺はそのエンジニアリングの隙をつく形になってしまったわけだ。

「なんかよくわからないけど、ソウシって結構美味しいものを知ってるよね。そうするとこの後も美味しいものがドロップする可能性があるってことだよね」

ラーニが目を輝かせて言うと、シズナやカルマ、サクラヒメたちまで目の色が変わった。

「そうだといいんだがな」

と答えておくが、さてどうなるだろうか。

この世界にあまりにそぐわないものが出てくると説明に困る気もするが、そのあたりはダンジョンをつくった『神』のバランス感覚に祈るしかないだろう。