作品タイトル不明
22章 異界の門への道標 04
会議室を出ると、例の王家の調査官であるラグレイ青年がスッと近づいてきた。
「オクノ侯爵閣下、この度は大変なご活躍でいらっしゃいました。陛下のほうからも、厚く礼をお伝えするよう言付かっております」
「ありがとうございます。陛下には監察官の肩書が役に立ちましたとお伝えください」
「必ずお伝えいたします。それからこちらを陛下から預かっております」
そう言うと、ラグレイ青年は一通の書簡を差し出してきた。かなり厳重に封のされた、明らかに王家のものと思われる書簡である。
「これは?」
「陛下からオクノ侯爵閣下へ宛てたものでございます。内容は宿にてご確認ください」
「わかりました。今回の件では陛下のご心労も大変なものがあるでしょう。今後もできることは協力いたしますともお伝えください」
「ありがとうございます。オクノ侯爵閣下と『ソールの導き』の協力が得られるとあれば、陛下も安心されると思います」
ラグレイ青年はそこで一礼して去っていった。
書簡を『アイテムボックス』にしまっていると、次に目の前に現れたのは銀髪の少女、ミランネラ嬢だった。
先日の鉱山で見た時も感じたのだが、ミランネラ嬢は以前王都で会った時のまでのような高慢さはすっかり抜け落ちていて、もはや別人のようにも見えるほどである。
「申し訳ありませんオクノ侯爵様、少しだけこちらでお話を聞いていただけますでしょうか?」
「ええもちろん」
と答えると、案内されたのは応接室だった。
さすがに俺と公爵家令嬢の1対1というわけにはいかないので、こちらにはドロツィッテと、ミランネラ嬢には母親のゼオラーナ夫人がついてきた。
「どのようなお話があるのでしょうか?」
「ええと、まずはその……以前の失礼な態度をきちんと謝罪したく……本当に申し訳ございませんでした。自分の至らなさを顧みず、オクノ侯爵様を始め、『ソールの導き』の皆様に大変失礼な態度を取っていたことをお詫び申し上げます」
いきなり深々と頭を下げるミランネラ嬢に、俺は少し驚いてしまった。
確かに彼女が所属していた冒険者パーティ『至尊の光輝』が解散してから、彼女も色々あったのだろう。
特にここ10日ほどの『冥府の燭台』のあれこれは、彼女の持っていた価値観というか、思考の枠組みを変えかねないほどのものがあったに違いない。
もちろん単純に俺たちと彼女との間の力関係が、ある意味逆転してしまっていることも豹変の理由にはあるだろう。
だがまあ、そういうものをすべてひっくるめて、自分の態度を改められるというのは立派なことだと、おっさんとしてはしみじみ思うこともある。
「わかりました、その謝罪はお受けいたします。公爵家の状況を考えれば、ミランネラ様もこれから多くのご苦労をなさるでしょうし、これで我々の間にわだかまりなどはないとお考えください」
「ありがとうございます。しかしやはり、フレイニルとサクラヒメにもきちんと謝罪をしたいのです。特に私はフレイニルに対しては酷いことをして参りましたので、許されることはないと思いますが、それでも……」
「私の方から2人に話をしてみましょう。もし2人に受ける気があるなら、明日こちらに連れて参りますよ」
「どうかよろしくお願いいたします」
再度深々と頭を下げるミランネラ嬢とゼオラーナ夫人。
こちらに来てから公爵家の方々には頭を下げられっぱなしな気がするが、これも『天運』のせいだとしたら少し困ってしまう。
その後時々意味ありげに笑うドロツィッテと共に、皆がいる宿へと戻ってきた。
先ほどのミランネラ嬢の話をすると、フレイニルもサクラヒメも、自分は気にしていないから謝罪をしてもらう必要はないとの答えだった。
「まあそうは言うが、向こうも2人に謝罪をしないと先に進めないということもあるのだと思う。もし気にしていないのなら、公爵家令嬢に貸しを作る意味で謝罪を受けてあげてくれないか」
「その方がソウシさまにとって都合がいいのならお受けしますが……」
「『ソールの導き』としても、できれば国の有力な人間との間に個人的な確執はないほうが助かるというのはあるな」
「わかりました。そういうことなら」
「それがしも承った。『至尊の光輝』については、どちらかというと問題があったのはミランネラ嬢よりガルソニア殿の方であったゆえ、かの御仁が精神を病んでしまった以上、それがしももう『至尊の光輝』について思うところはござらん」
というわけで、多少俺自身のわがままというか、2人には恨みを持ったまま生きていてほしくないという勝手な思いもあって、ミランネラ嬢については対応は決まった。
その後俺は自分の部屋で、ラグレイ青年から受け取った書簡を『アイテムボックス』から取りだした。
いざ広げて中身を読もうとしたところで、扉がノックされてフレイニルが入ってきた。
「ソウシさま、少しよろしいでしょうか?」
「ああ」
フレイニルは部屋に入ってくると、俺の対面の椅子に座った。この高級ホテルは、一人用の部屋にもテーブルと椅子が 設(しつら) えられている。
「そのお手紙は王家のものですね。私がここにいてよろしいのでしょうか?」
「多分大丈夫だろう。こっそり見ろとは言われなかったしな」
「ではそちらを先にご覧になってください。私の用は大したものではないので」
「そうか。ちょっと気になるから読ませてもらうよ」
と断って読み始めるが、俺が苦い顔をしていたのだろう。フレイニルが心配そうな顔で声をかけてきた。
「ソウシさま、もしやよからぬ報せですか?」
「いや、そうじゃない。俺を王国侯爵にするって話だ。あわせて一番上の勲章ももらえるらしい」
「それは素晴らしいことだと思いますが、ソウシさまはやはりそういうのはお嫌いなのですね」
「まあなんというか、また国王陛下に心労をかけているんじゃないかと思ってね。皇帝陛下もそうだが、俺たちみたいな人間は国を治める人間にとっては扱いが難しいだろうからな」
「そうですね……。私たちはソウシさまが権力に興味がないことを知っておりますが、他の方はそうは考えないでしょうし……」
「ま、皆がいる以上、俺もゆくゆくはどこかの土地に落ち着くつもりだ。『黄昏の庭』の総督なんて肩書もあるし、それこそ帝国の北のほうにどこか土地をもらってもいいかもしれないな」
「あのオーズでいただいた『精霊樹』を植える土地が見つかるといいですね」
「ああ、そうだな。ところでフレイの話というのは?」
俺が手紙を『アイテムボックス』にしまいながら聞くと、フレイニルは少し言いづらそうにしながらも口を開いた。
「その、ですね。先ほどのミランネラ姉さまのお話を聞いて、もしかしたら私は公爵家に形だけでも戻った方がいいのではないかと、そう思ったのです」
「また急だな。どうしてそんなことを?」
「とても言いづらいのですが……ソウシさまは王国や帝国、そしてオーズ国やメカリナン国、各国からとても重要な方だと考えられていると思うのです」
「それは自分としても理解はしてる」
正直に言えば理解したくないという気持ちもまだどこかにある。が、さすがにそれは現実が見えていないとの 誹(そし) りをまぬがれないだろう。
「そうなると当然各国の代表者はソウシさまと強い結びつきを得たいと思うはずです。実際『ソールの導き』には、それぞれの国の代表者に近い人たちがいらっしゃいます。帝国も、オーズ国も、それに獣人の里、エルフの里もです。メカリナン国にもラーガンツ侯爵様がいらっしゃるようですし、冒険者ギルドもそうですね」
「確かにな」
とできるだけ普通を装って答えたが、フレイニルがそういった政治的な視点でパーティの在りかたを考えていたことに驚く。
もっとも出自を考えれば、フレイニルがそんな視点を持っていること自体は当然なのかもしれない。ただ彼女がそれに気付くとなると今回の話の終着点が見えてきて、俺は急に落ち着かなくなった。
フレイニルは俺の変化に気づいたふうもなく話を続ける。
「ところが、このヴァーミリアン王国だけはそういう方がいらっしゃらないのです。もしかしたら、先ほどの手紙には、そのようなことも書かれていたのではないでしょうか?」
「ああ、まあ……そうだな。それらしいことは書かれていたかもしれない」
実は手紙には、非常に遠回しな言い方ではあったが、「マルガロット姫が会いたがっている」という内容が書かれていたのだ。マルガロット姫は国王陛下の長女であるが、俺自身は彼女とそこまで親しくした覚えはないし、むしろ彼女にはフレイニルとの仲を疑われたこともあるほどだ。とすれば、その一文がなにを意味しているのか、薄々感じるところはあった。
「もしかしてマルガロットお姉様、でしょうか?」
「姫様の名前は手紙に書いてあったのはたしかだ」
「そうですか……。ソウシさまはお受けになるつもりですか?」
「もちろん俺にそんな気はないさ。ただ国王陛下としては、帝国がマリシエールを『ソールの導き』に入れたことを受けて、なにもしないわけにはいかなくなったんだろう。それは理解するよ」
おおかた家臣団から圧力でもかかったのだろうというのは容易に想像がつく。国王陛下の心労を思って俺が溜息をつくと、フレイニルはそこで決意のこもった目を俺に向けてきた。
「なので、私が公爵家に名だけでも戻り、ソウシさまと共にいれば、王国としても安心できるのではないかと思うのです。これでも一応王家の血を引いておりますので」
「なるほど。だがそれは、結局フレイが俺と結婚することが前提になるんだが……」
「もちろん私はそのつもりです。いえ、ずっとそのつもりでした」
俺はそこで、しばし言葉が継げなくなってしまった。
こういう話になるのは少し前に気づいてはいたが、フレイニルがためらいなく言い切る姿に圧倒されてしまったのかもしれない。
もちろん彼女の年齢と、俺との年齢差を考えれば、まったくありえない話である。だがこの世界の貴族のあり方、ものの考え方などを考慮にいれた時、これは決しておかしな話ではないのだ。
「まず確認しておきたいんだが、フレイは公爵家とつながりを持ち続けることにわだかまりはないのか?」
「はい。実は先ほどミランネラ姉様の話をお聞きしたことで、なにも感じることがなくなりました。そう考えた時、私は私のするべきことをしなければと思ったのです」
「わかった、なら公爵家についてはフレイの思う通りにするといい。俺としても今さらマルガロッテ姫がどうこうと言われても困るしな」
「はい」
「フレイの気持ちも嬉しく思う。ただフレイのことを一人の女性として見るには少し時間がかかるかもしれない。それだけは理解してほしい」
「はい、私はまだソウシさまにとっては子どもなのだと理解しております」
フレイニルは少しだけ寂しそう顔をしたが、すぐにニコリと微笑んだ。
彼女の気持ちは汲んであげたいところだが、正直今フレイニルと結婚すると言われても実感がない。というかラーニやシズナやサクラヒメたちについても完全に割り切れているわけではない。
だが彼女たちもいつまでも子どもというわけでもないし、これは時間が解決するのだろう。もちろん今後、彼女らとの関係が変わる可能性も十分ある。
俺とのやり取りに満足したのか、フレイニルは俺にそっと抱き着いてきた後、部屋を去っていった。