軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22章 アルマンド公爵領  22

俺たちがすり鉢の底に移動するまで、『冥府の燭台』の集団はなんの動きも見せなかった。

2人の幹部もただ立っているだけで、不気味な笑みを浮かべたままこちらをじっと見ているだけのようだった。

すり鉢の底は、直径100mほどの円形の広場のようになっていた。

俺たちはその端から『冥府の燭台』の集団へと歩いていき、そして目の前で立ち止まった。

「我々はヴァーミリアン王家の監察官だ。お前たちを国に害なす『冥府の燭台』の構成員とみなして全員拘束する。大人しく捕まる気はあるか?」

「大人しく捕まると言ったらどうなるのかのぅ~?」

からかうような言葉を口にしたのは、集団の前に立つ幹部の一人だった。

長身痩躯、というより電柱のように細長い体つきの男である。白い長髪を肩のあたりまで下ろした男で、サラーサと同じく一見若く見えるが、顔に陰影がつくと途端に老人に化ける人物だ。

細い目の奥に爬虫類のような瞳が宿っていて、そこには嘲りに近い感情が宿っている。話し方からすると、こいつがワーヒドゥという奴だろう。

「どうもしない。そのまま捕まえて王都まで連行するだけだ。もちろん途中で逃げ出さないように色々とさせてはもらうがな」

「ほうほう、それはちと恐ろしいのぅ~。王都に連れられたなら我らの悲願も果たせぬし、やはり捕まるのはなしかのぅ~」

「こちらとしてはその方がありがたい。容赦なく叩き潰せるからな」

「おほっ、やはりイスナーニが執着するだけあるのぅ~。オクノ侯爵だったかの、この地からお主らが『悪魔』と呼ぶ冥府の住人達が大勢都に向かったと思うんじゃが、そちらは皆殺しにしたのかのぅ?」

「その通りだ。すべて返り討ちにした。あの程度で俺たちを止めることはできない」

「なんと恐ろしい男かのぅ。しかしまあ、それはすべて無駄なんじゃがの。あの者たちは冥府の迷い姫様の元へと向かい、再び身体を得るのじゃからのぅ~」

「なんだと……?」

俺が聞き返そうとすると、ワーヒドゥの隣にいた男――こちらがイスナーニだろう――が一歩前に出てきた。

イスナーニはワーヒドゥとは対照的に、背が低く、がっちりした体型の男だった。

禿頭(とくとう) で、眉が異様に濃く、長い眉毛が目を隠すように垂れさがっている。その眉毛の奥からこちらに向けられた瞳は、不吉なほどに赤い光を放っている。鷲鼻の下、結ばれた口は横に大きく、一目見たら決して忘れないであろう異相の男だ。

その異相のゆえに年齢は完全に不詳であり、若者にも年寄りにも見える。どうやらそれが超越者を名乗る『三燭』の共通点らしい。

「クヒャッ、ワーヒドゥよ、そこまでにしておけ。この者らも死者の輪廻に入ればおのずと理解しようからな。さて、オクノ侯爵だったかの、まさかこのような形で会うことになるとは思わんかったの」

「お前がイスナーニか。メカリナンで会ってから随分と間が開いたが、やっと決着をつけられそうだな」

「決着のう。まあそうかもしれぬし、そうでないかもしれん。だが一つの大きな区切りがここで着くのは間違いあるまいよ。クヒャヒャッ!」

イスナーニは口の端だけを歪めて笑いながら、芝居がかった動作で両腕を広げた。

「さてさて、オクノ侯爵よ、お前のおかげでこちらも色々と計画が潰された。本来なら数多くの人間が死んでおるはずのところであったのだがのう」

「俺の知ったことではないが、もとからそうなるはずではなかったということだろう」

「面白いことを言うのう。まあそうなのかもしれんし、そうでないかもしれん。だが結局はそれもどうでもよくなってしまった。なぜなら思ったよりも早く我らの目的が達せられたのでのう」

「なに……?」

不吉な宣言に、俺は眉間に力が入るの感じる。

イスナーニはそれに気づいたのだろう、「クヒャヒャッ」と癇に障る笑いを見せた。

「冥府の住人たちが住む世界へ、我らは自由に渡れるようになったのだ。『冥府の門』を開いてな」

「それは『悪魔』が出てくる『異界の門』のことか?」

「そうとも呼ぶかもしれんのう。ともかくそれによって我々は迷い姫様を直接迎えにいくことができるようになったのだ。迷い姫様がこの地上に顕現されれば、この世界は楽園となるからのう。皆が死者として永遠の生と安寧を得られる楽園にの、クヒャヒャッ!」

そう演説をするイスナーニの表情は、もはや恍惚としか言いようのないものであった。

恐らくイスナーニは、いや『冥府の燭台』の連中は、彼ら自身の中に確固たる理想があって動いている者たちなのだろう。そうでなければ、ここまで狂ったことができるはずがない。

問題はそんな勝手な理想を押し付けられてもこちらは困るというだけだ。実際に押し付けられたことによって、多くの人間が奴らによって殺されているのだから。

「しかしその計画もここまでになる。残念だったな」

俺がメイスを構えて見せると、イスナーニは堪らないといったふうに笑い出した。

「クヒャヒャッ! 残念ながらもう始まっておる。我らをその 槌(つち) で 均(なら) したところで我らの悲願は止められぬ。だからこそわしらもここにこうして姿を現しておるのだ」

「どういう意味だ」

「『冥府の門』はすでに開いたということよ。開いては閉じるおぼろげなものとしてではなく、 永久(とこしえ) のものとしてのう。すでに現世と冥府はつながれた。後はその門が広がるだけでこの世は楽園となる。クヒャヒャヒャッ!」

「ソウシさま、『異界の門』の気配が急に!」

フレイニルが緊迫した声を出す。

「どこだ?」

「その方たちの足元です!」

見ると、イスナーニたちの足元にいつのまにか黒い穴が出現していた。

しかしそれは小さな水たまりほどの大きさで、『悪魔』が出てくるにはあまりに不十分な大きさだった。しかもその穴は、それ以上広がる気配を一向に見せなかった。

「なるほど、確かに穴は開いたみたいだが、ずいぶんと小さなものだな」

「これでよい。大きさなど関係ない。つながったという事実が重要なのだ」

「だがそれではお前たちも逃げられないだろう」

俺が一歩前に出ると、イスナーニは腹を抱えて笑い出した。

「クヒャヒャヒャッ! 逃げる? 『冥府の穴』にか? 冥府に入れるのは元来死人だけなのだ。生者の存在を冥府の住人は決して許さぬ。生きたまま『冥府の穴』に逃げる気なぞもとからないのう」

「なら大人しく捕まるか?」

「いやいや、せっかくじゃからオクノ侯爵に 送(・) っ(・) て(・) も(・) ら(・) お(・) う(・) か(・) の(・) 」

イスナーニは邪な笑みを漏らすと、両手を前に出して魔法を放つ動作をした。

見ればワーヒドゥも、その後ろの構成員たちも一斉にローブの下の武器を構えた。

「さあオクノ侯爵、約束通りその身体をもらおうかのう!」

イスナーニとワーヒドゥが同時に魔法を放つ。

おびただしい数の黒い火球が飛来し、周囲の地面にも多数の範囲魔法の前兆が現れる。なるほど『冥府の燭台』の幹部にふさわしい魔法の力だ。だが抵抗をしてくれるのならこちらも反撃しないわけにはいかない。なにしろ向こうは本気で殺しにきているのだ。

人間相手に本気で使いたくはないが……と考える前に、俺は『圧壊波』を放っていた。城壁ですら一撃で均す、破壊的な不可視の力。相手が常人ではないとはいえ、それがもたらす結果は予想をはずすことはなかった。

一瞬の後、黒い火球も範囲魔法の起こりも消え失せ、目の前にひろがるのは周囲にたなびく赤い霧と、えぐられた地面と、そしてなにごともなかったように残る小さな黒い穴だけであった。

なにが起きたのか理解しがたい光景なのがむしろ救いと言えるだろうか。それでも俺が苦い顔をしていると、後ろからラーニがやってきて、俺の肩をポンポンと叩いてきた。

「ソウシお疲れ様。今のは正当防衛なんだから気にすることはないわよ」

「……ああ、ありがとう。だがイスナーニの最後の言葉が少し気になってな。向こうは最初から俺に勝つつもりはなかった気もするんだ」

「送ってもらう、とか言ってたやつ? 何が言いたかったんだろうね。ただの負け惜しみかな」

そう言いながら、ラーニは俺から離れ、クレーターの真ん中に残る小さな『異界の門』を覗きこんだ。

「しかしこれなんなんだろうね。こんな小さな穴じゃ悪魔も出てこられないし」

「いや、この穴は向こうの世界で悪魔たちが無理矢理広げたりするはずだ。これから徐々に広がっていくだろう」

「あ~、そういえば前にソウシがそんなこと言ってたわね。この穴の向こうにもう一つの世界があるんだっけ」

「ああ、そして悪魔を作り出す施設がある。もちろんそれ以外にもなにかあるだろう。奴らが言っていた冥府の迷い姫とかな」

と言いながら、俺は依然として釈然としない感覚を覚えていた。

イスナーニ達は、本当にこの穴をあけるだけで満足して死んだのだろうか。サラーサも言っていたが、彼らが自称ではなく、本当に『死を超越した者』であるなら、今の行為にもきっと意味があったはずだ。

俺がそんなことを考えていると、フレイニルが隣に歩いてきた。

「ソウシさま、少しよろしいでしょうか?」

「どうした?」

「実はさきほど、ソウシさまが『圧壊波』を放った時、おかしな気配を感じたのです」

「それは?」

「イスナーニとワーヒドゥという者たちの不気味な気配が、あの一瞬の間に、『異界の門』のなかに吸い込まれたように感じられたのです。後ろに並んでいた方たちの気配も、同じように吸い込まれた気がいたしました」

「『異界の門』に吸い込まれた……か」

そのフレイニルの言葉は、すぐにそうかと 肯(うべな) えるものではなかった。

しかしまた、俺の疑問に答えを与えるものでもあった。

「つまり連中は、やはり『異界の門』に逃げたということかもしれないな。信じられない話だが」

「私もそう感じました。この『異界の門』のことも含めて、まだ終わっていないのだと思います」

「ということは、私たちもこの穴を通ってアイツらを追いかけないとならないってことね! それはそれで楽しみかも」

どんな時でも前向きなラーニは頼もしいが、しかし現実として目の前に開いた『異界の門』はあまりに小さく、人間が通るのはどうみても不可能だ。

俺が見てきた『異界』での様子を考えれば穴はすぐにでも広がるはずなのだが、奴らが開いたというこの『永遠に開く異界の門』がそれと同じかどうかはわからない。

「どちらにしても、『異界の門』の向こうには一度行く必要がありそうだ。この穴についてはしばらく様子を見ながら、同時にこの鉱山を調べよう。連中の研究施設が第6坑道に残っているだろうし、それが見つかればなにかわかるかもしれない」

俺は答えつつ、採掘場の底から上を見上げた。

そこにはこちらの様子を見に来たのだろう、アルマンド公爵の姿が複数の兵たちとともにあった。遠目に見ても、青い顔でこちらを見下ろしているのがわかる。彼には胃が痛くなる話だろうが、この鉱山は今後、大陸全体の安寧にかかわる極めて重要な土地になるだろう。

それも『冥府の燭台』の研究施設を調べて解決すればいいのだが、俺の勘はすでにそれでは不十分だと結論付けていた。

なぜなら『異界』に行く前に、会ってかなければならない人物がいるからだ。それはサラーサがいた地下空間の壁に描かれた『冥府の迷い姫』、その姿によく似た女吸血鬼。

「本当にライラノーラなら話は早いんだが……」

無意識のうちにそんな言葉をもらす俺を、フレイニルが心配そうに見上げてきた。

俺はその頭を撫でながら、地面に開いた黒い穴に再び目を向けるのだった。