作品タイトル不明
20章 『龍の揺り籠』、そして獣人の里へ 24
翌日、俺たちはカルマの案内で獣人の里を見て回った。
といっても、カルマ本人も「別にただの田舎で見るものなんてないけどねぇ」と言っていたように、特に変わったものがあるわけでもない。
木造の家が立ち並び、中央通りというにはやや狭い通りにはいくつもの商店が並ぶ。そこで生きる人たちの様子も、そのほとんどが獣人族である以外は、今まで行ったことのある町とそこまでの違いはなかった。
ただ獣人族全体の傾向なのか、道行く人の声は大きめで、ケンカをしているような場面もいくつか遭遇した。カルマによると直情径行の人間が比較的多いとのことだが、逆に言えばそれだけ情に篤いということでもあるらしい。ケンカをしても次の瞬間には肩を組んで酒を飲んでいることも珍しくないのだとか。
ともあれ逆に見物をしている俺たちの方が道行く人に見られるような感じになっていたのも確かであった。時々『ソールの導き』の女性陣に声をかけてくる若者もいたのだが、カルマになにか耳打ちされると「うへっ、失礼いたしましたっ!」などと叫んで去っていった。
「いやソウシさん済まないねぇ。きれいな女には目がない連中が多くてね。声をかけないと逆に失礼だとか考えてるから始末に負えないよ」
とカルマがボヤいていたが、なるほどそういう人たちはこちらの世界でも健在のようだ。もっともある種の価値観から離れてみると、それが普通なのだという気もする。
なお途中で俺が対応すると言ったら、
「いやいや、男同士だとケンカしたくなる奴が多くて余計面倒になるからさ。それにソウシさんが自分は侯爵だとか直接言ったら、それはそれで問題にならないかい?」
と言われてカルマに任せるしかなかった。
ともあれその日はそれ以外気になることもなく、観光を終えた俺たちはカルマの実家に戻り、そこでもう一泊お邪魔をすることになった。
翌日は、獣人の里にあるダンジョンに向かった。
今日はEクラスとFクラスに行くことにしたが、ラーニとカルマはすでに入っているということで、2人は実家でゆっくりしてもらうことにした。
9人での攻略だが、ラーニとカルマがいないとモンスターが通常数しか出現しないため、完全にスキルを取るためだけのダンジョン攻略となった。
ともあれゲシューラ以外は耐性スキルを得られ、ゲシューラも多少力が増した感覚があるというので無駄足とはならない。
翌日はカルマの案内でラーニの実家、すなわち狼獣人族族長の家へと向かった。
ちなみに獣人族には、カルマの属する虎獣人族、ラーニの属する狼獣人族の他に、エウロンで出会ったガシ、ナリ夫妻のような犬獣人族、猫獣人族、兎獣人族、狐獣人族と複数の種族がいる。それらの人たちは緩い感じで固まって家を構えていて、一応それぞれの種族に長がいてまとまっているらしい。
もちろんそれら族長たちが一か所に集まって行う族長会議なるものもあり、さらに言えばその歴代族長たちが引退した後、いわゆる『長老』と言われる人間になるとのことであった。
「それはなんというか……少し面倒そうだな」
と俺がつい漏らすと、カルマが耳をピクッと動かした。
「面倒ってなにがだい?」
「いや、そういう長老がいると現役の族長はやりづらいんじゃないかと思ってね。俺がいた会社……商会でも似たようなことがあったんだ」
「ああそういうことね。まあ親父が言うにはいい方も悪い方もどっちもあるみたいだよ。でも全体としてはやっぱり長老は必要だって言ってたかねえ」
「なら上手くやれているんだろうな。一番いいのは必要な時だけ助言してくれる長老なんだが……」
「ははぁ、親父も似たようなことを言ってたよ。おっと、そこがラーニの家だよ」
ラーニの実家はやはり大きな家であった。
カルマが「邪魔するよ!」と声をかけて玄関の引き戸を開ける。
と、ラーニが半泣き半笑いの顔で奥から飛び出てきてカルマに抱きついてきた。
「あ~助かった~! お母さんがもう止まらなくて大変だったのよっ!」
「ああもうしょうがないねえ。別にずっと説教くらっていたわけじゃないんだろうに」
「最初の半刻くらいは説教だっだんだけど、その後ずっと離してくれなくてどうにもならなかったのよ。まったく、もう娘離れしてもいいと思うんだけど」
「マーリさんは子どもがラーニしかいないからねぇ。それなのに飛び出してきたラーニが悪いんだから少しくらい我慢したらどうだい」
「まあそうなんだけどさ……。あっ、みんないらっしゃい。そんなところに立ってないで入って入って」
少しだけ心配していた俺だったが、今のやり取りで親子の様子がなんとなく察せられて安心した。見るとフレイニルやスフェーニアたちも同じように柔らかい表情になっているので皆同じことを感じたようだ。さすがにゲシューラだけは良くわかっていなかったようだが、『黄昏の眷属』は家族のありようが人間とは違うようなので仕方ない。
ラーニに案内されて応接間に入る。すぐにラーニの母のマーリさんがお茶をもって現れた。
改めて見ても、ラーニに非常に似ている女性である。カルマ情報だと年齢は30過ぎくらいらしいのだが、ラーニと並んでも姉妹で通用するくらいには若く見える。
マーリさんに言われてラーニが茶菓子のようなものを持ってくる。パタパタと家の中を小走りに手伝っている姿が普段と違っていて微笑ましい。
「大したものはないけど勘弁してくんなよ。ソウシさんたちは今日は里を見回るって話だったけど、なんにもなかっただろう?」
「正直に言えばそうですが、獣人族の普段の生活を見るのが目的でしたからね。私が見たいのはこの大陸に住む人々の普通の姿ですから、むしろ楽しかったですよ。カルマには多少迷惑をかけてしまいましたが」
「ソウシさんは面白いことを言うんだね。まあそれだけキレイな娘を大勢連れてたら町を歩くだけでも大変かもね。町の奴の無礼は勘弁してやって欲しいよ」
「もちろんです。身分を隠して歩いているのはこちらですからね」
と言うと、マーリさんは少し目を細めて笑ったように見えた。
「昨日ラーニから話は全部聞いたけど、ソウシさんには本当に世話になったみたいだね。この子はそうは言わなかったけど、ソウシさんがいなかったらラーニはロクでもないことになっていた気がするよ」
「ラーニさんは勘が鋭いですからそういうことはなかったと思いますよ。むしろ彼女のその鋭さが私たちとの出会いにつながったのだと思います」
「なるほどねえ。ホントにソウシさんは変わった人みたいだね」
「でしょ? ソウシってすごく面白いし頭いいし強いんだからね。そうじゃなかったら首輪なんてつけてもらわないし」
と言って首の『獄鎖の首輪』を軽く引っ張ってみせるラーニ。カルマがまた悲しそうな顔で俺を見てくるのでほどほどにしてもらいたい。
マーリさんは自慢そうな顔のラーニを見て小さくため息をつき、それから背筋を伸ばして真剣な顔になった。
「ところでゼンダルから少し聞いたけど、ソウシさんはなんか私たち獣人族のためにやってくれたんだって? メカリナンで奴隷にされた連中が解放されたって話は、少し前に役人がやってきて聞かされたけど」
「ああいえ、別に獣人族のことを意識してやったわけではないのですが――」
向こうから話を振ってくれたので、俺はメカリナン国の先代の王が奴隷を集めていたこと、その政権を倒すのに俺が新王に力を貸したこと、結果として新しい王が即位して、奴隷を解放するよう取り計らってくれたことを説明した。
力を貸したあたりは適当に端折ろうと思ったのだが、ドロツィッテがやたらとそのエピソードに詳しく、冒険者ギルドのグランドマスターという身分を明かしてまで真実味を持たせて語ってしまった。
実は『ソールの導き』のメンバーにもそこまで大げさには語っていなかったので、同席していたメンバーもかなり熱心に話を聞いていたようだ。もっとも語られる俺としては非常にいたたまれない思いをしたが。
話が終わると、マーリさんはしばし天を仰ぐようにしてから、また話し始めた。
「……なるほどね。それはラーニが惚れこむはずだよ。というかそれが本当の話で、なおかつラーニが話してくれた戦いの話なんかも本当だと言うなら、ソウシさんはとんでもない男だということになるね」
「そうかもしれません。おかげで複数の国から色々といただいておりますので」
「この王国と北の帝国の両方で貴族だっていうのは聞いたよ。他にもあるのかい?」
「この後メカリナンに向かうのですが、その時にも同じようなことになる可能性は高いでしょう。自分としては辞退したいのですが、そうもいかないようですので」
「それは仕方ないだろうね。話を元に戻すけど、解放されたはずの奴らが行方不明なんだって話だね。確かに役人も同じことを言っていたよ」
「ええ、実は我々はこれからその調査に向かうところなのですが、何か情報があればお聞かせ願いたいのです。話によると、解放された方々がアルマンド公爵領まで来たことは確認されているらしいのです。その後彼らがこの里以外に向かう可能性がある場所などはあるのでしょうか?」
「そうだね……」
マーリさんは腕を組んで少し考え始めたが、すぐに首を横にふった。
「いや、ないね。この里に家族がいるものがほとんどのはずだから、帰れるなら真っ先にここに戻ってくるはずだよ」
「そうですか。ちなみに今までに何人くらい連れていかれたのでしょうか?」
「ここ5年の話だと獣人族全体で300から400の間くらいかね。その半分は子供さ」
「多いですね……」
と言ってみたが、果たして多いのか少ないのかはよくわからない。
メカリナンは長らく奴隷制を礎にして国体を維持してきたという話なので、使役していた奴隷は相当な数に上るはずだ。その中で400人というのは決して多いというわけではないだろう。
ただ奪われた方にしてみれば、割合としての人数が多い少ないなどというのはまったく関係ない。誰もが家族や友人にとっては大切な人間であったはずなのだ。
「まあ、里を出た連中も多いし、そいつらまでさらわれたとなればさらに人数は増えると思うけどね」
「確かに」
どちらにしても、かなりの人数がアルマンド公爵領まで送られてきたはずだ。それがまるまる消えるとなるとやはり裏があるということになる。
ともかくその日は互いに身の上話や旅の話などをしてから、マーリさんの家で一泊をすることになった。
なおその身の上話の中で、マーリさんの夫でありラーニの父親の話を聞くことができた。
ノレッカという名で、冒険者としてCランクまで上った後、里に戻って数年間族長を務めていたそうだ。
ある時数人で狩りに出かけ、思いがけず強力なモンスターと遭遇し、マーリさんを守ろうとしてモンスターと相打ちになりながら河へと落ちて流されていってしまったらしい。
「もう5年以上前になるね」
と言いながらも、昨日のことのように語るマーリさんの姿に、『ソールの導き』のメンバーも感じるところがあったようだ。特にフレイニルはその日の夜は俺から離れなかった。