作品タイトル不明
19章 『黄昏の眷族』を統べる者 24
レンドゥルムの予想外の動きに、俺は一瞬身体を泳がせてしまった。
「間抜けめッ!」
レンドゥルムの身体が懐に入ってくる。同時にその拳が、俺のみぞおちへと吸い込まれた。腹に穴が空くような衝撃。離れるレンドゥルム。いや俺が吹き飛んだのだ。
メイスと盾を手放さなかったのは 僥倖(ぎょうこう) か、それとも『掌握』スキルのおかげか。地面に叩きつけられながらも、俺はなんとか体勢を立て直した。遅れて全身が砕けそうな痛みが襲ってくる。が、瞬時にそれはシャットアウトされた。スキルか? スキルだ。目の前が少し赤い。
「グググッ! 今のは手応えがあったぞッ!」
かさにかかって攻めてくるレンドゥルム。その顔は 嗜虐(しぎゃく) 的な笑みに歪んでいる。
先ほどまでと同じ攻防、だが俺の反応が微妙に遅れる。ダメージが残っているからか。守りに徹するが、それを隙と断じてレンドゥルムはさらに踏み込んでくる。至近距離で動き回り、俺のメイスを巧みに避けながら、隙間を縫うように『絶界の刃』を続けざまに放ってくる。
『圧潰波』を放って相殺するが、それを読んでいたのかレンドゥルムが飛び上がった。しかも上空で空間を蹴るようにして急角度で降下してくる。『空間蹴り』も持っていたか。
飛び蹴りを胸に食らい、俺は地面を擦るようにして吹き飛ばされた。マンガのキャラクターみたいなやられかただ。身体を起こそうとすると、目の前にニヤケ顔。
腹がなくなったかと思うほどの衝撃。俺の身体は再び吹き飛ぶ。クソ、今度はメイスと盾を放してしまった。いや、いらないか? いらないな。なにしろ相手も――
地面に叩きつけられる。遠くで悲鳴が聞こえた気がする。『ソールの導き』のメンバーが走ってくるのが見えた。フレイニルは泣きそうな顔だ。ラーニも必死の顔に見える。スフェーニアも同じか。マリアネもシズナもカルマもサクラヒメも、ゲシューラまでも表情を動かしている。
そこまでピンチなのか俺は。確かにそうか。だがまだここからなんだがな。
「おおッ!!」
赤に染まる視界。その向こうに嗜虐に歪むレンドゥルムの顔。
「終わりだ!」
右の正拳突き。それが目の前でぴたりと止まる。止まるではなく止める、だ。
俺の左手が、レンドゥルムの右手首をつかんでいる。
「死にぞこないがァッ!」
逆の拳が俺の頬を打つ。同時にレンドゥルムの頬を、俺の右拳がえぐっている。
「ググッ! 貴様ッ!」
顎に衝撃。膝蹴りを食らったか。衝撃で視界が歪む。だが代わりに、俺の右手はレンドゥルムの左腕を掴んでいた。
「俺はいつも こ(・) れ(・) だな」
「なんだとッ!」
再び顎に衝撃。それと同時に俺は身体をひねる。レンドゥルムの足を払うと、呆気ないほど簡単に『黄昏の眷族』最強の男の身体は宙を舞った。『安定』スキルや『不動』スキルに近い力は持っているようだが、同じ力を持つ者同士だと、偶力を利用した技が通用するようだ。
そのまま地面に叩きつける。それだけで地面に小さなクレーターができた。俺の力は本当に馬鹿げている。偶力は関係なかったか?
そのままレンドゥルムの身体に馬乗りになる。マウントポジションは、前世の世界では詰みに近い体勢だった。
「おおああァッ!!」
両手を放し、そしてレンドゥルムの顔面に、両の拳を叩きつける。
何度も何度も、かばう両腕ごと粉砕するように、何度も何度も拳を叩きつける。
レンドゥルムの後頭部の下にある地面にひびが入り、陥没していく。それでもレンドゥルムの頭部は原型をとどめている。恐ろしいほどのタフネスぶりだ。それは互い様か。
「ググッ、貴様……はァッ!」
レンドゥルムは変形した顔を怒りに歪ませながら、全身の力を使ってもがき、不利な体勢から逃れようとする。
しかし俺の『安定』『不動』『不撓』『金剛幹』といったスキル群がそれを許さない。
俺は衝動のまま、拳をさらに叩きつける。
地面がえぐれ、衝撃波が何重にも広がり、すり鉢状のクレーターの中心で、俺はひたすらに拳を振るい続けた。
どのくらい拳を振り下ろしたろうか。気づくと、レンドゥルムの頭部はほとんど原型をとどめていなかった。
反撃もなく、俺の攻撃を防ぐこともなく、それどころか逃げようとする動きもない。
というより、すでに俺の身体の下にある、『黄昏の眷族』の王の身体は、その力を失っていた。
「はぁ、はぁ……ふぅ。これで終わりか?」
周囲を見回すと、クレーターの縁から『ソールの導き』のメンバーをこちらを見下ろすようにしていた。
全員がホッとした顔で、こういった戦いの後だと陶酔気味のスフェーニアも今回は反応が薄い。どうやらメンバーには心配をさせてしまったようだ。
俺は立ち上がると、レンドゥルムの身体を担ぎ上げ、クレーターの底から出た。
レンドゥルムの身体からは、完全に力が抜けきっている。その重さを感じた時、今さらになって、このレンドゥルムの命を最後まで奪うべきか、そんな疑念が頭をよぎった。
別に俺自身、この『黄昏の眷族』に恨みがあるわけでもない。目の前でなにか許せないような行為をされたわけでもない。
ただコイツは確かに侵略者だ。俺がいなければ、大勢の人間を殺し、大陸中の人間を支配下に置いただろう。
俺はもう、それを理由にして、相手の命を奪う 業(ごう) を負わなくてはいけない人間だ。英雄という称号は、きっとその業を負うことの対価に過ぎないのだろう。
俺は『ソールの導き』のメンバーにうなずいてみせ、それから俺を遠巻きに見ている、2000人を超える『黄昏の眷族』たちのほうに歩いていく。
「『黄昏の眷族』たちよ、今ここで、お前達の王を倒す! これはお前達の王自身が認めた戦いだ! その結果を、その目ではっきりと見るといい!」
俺はレンドゥルムの身体を左腕で天に掲げると、右手を貫手の形にして、レンドゥルムの胸に突き刺した。
指先に硬質な感覚。俺はそれを握りしめ、そして腕を引き抜いた。
レンドゥルムの身体がビクンと一瞬跳ね、そして永遠に物言わぬ 骸(むくろ) となった。
俺の右手に残るのは、血にまみれた、恐ろしく磨き抜かれた、黒い石の球。
俺はそれを見えるように掲げて、再度叫ぶ。
「お前達の王、レンドゥルムは討ち取った! これ以上の戦いは無意味だ! それを理解するなら、今すぐに来た道を戻り、お前達の島へ帰れ! もし理解できぬなら、この俺に向かってくるがいい! 跡形も残らぬようすべてすり潰してやる! このようにな!」
俺は地に刺さるように落ちていた『万物を均すもの』を持ち上げると、レンドゥルムの亡骸を放り上げた。
そして黄金色の槌頭を、すでに死体となった男の身体に叩きつける。
死者への鞭打ち、などという罪の意識も一瞬。
レンドゥルムの身体は圧倒的なエネルギーの前に粉微塵に爆散し、その存在をこの地上から永遠に消した。
俺のデモンストレーションが効いたのか、『黄昏の眷族』たちは声を失い、そして徐々に後ろへと下がり始めた。
「ソウシよ、我も伝えたいことがある。よいか?」
後ろからゲシューラがやってきたので、俺はうなずいて、ゲシューラに場所を譲った。
ゲシューラが前に出ると、『黄昏の眷族』たちのほうから、「アレハゲシューラ……?」「『賢者』ゲシューラガナゼニンゲント共ニ……」といった声が聞こえてくる。
ミギティマの反応でも感じたことだが、ゲシューラは『黄昏の眷族』の間ではかなりの有名人のようだ。
「皆聞け! レンドゥルム亡き今、『黄昏の眷族』がこの大陸にいる理由はない。ソウシの言に従い、速やかに『黄昏の庭』へと帰るのだ。これはソウシの慈悲だ。すがらねば我らに明日はないと思え!」
『黄昏の眷族』たちに、さらなる動揺が走るのがわかった。
「ゲシューラヨ、我ラハ元ノ生活ニ戻ッテヨイト言ウコトカ?」
空から一人の『黄昏の眷族』が下りて来た。背に翼を持ったトカゲ人、ミギティマだ。『圧潰波』で吹き飛ばしたが、やはり生きていたようだ。
「そうだ。レンドゥルムはもういない。我らは元の生活に戻ればよい。逆に言えば、このままここにとどまれば、我らは侵略者として排除される。すぐにこの土地から立ち去らねばならぬ」
「ナルホド、デアレバ我ガ一族ハスグニ立チ去ロウ。強キ者、ソウシヨ。ソレデ良イノダナ?」
「このまま立ち去るなら俺はなにもしない。ただ後ろの軍がここまで来ればどうなるかはわからない。すぐに立ち去ってくれ」
「心得タ。皆ノ者、直チニ引キ上ゲルノダ! ヤハリ我ラハコノ土地ニ来ルベキデハナカッタノダ!」
ミギティマが叫ぶ。少しの間ざわついていた『黄昏の眷族』たちだが、いくつかの部族が動き始めると、それをきっかけにしてほとんどの『黄昏の眷族』が北の山脈方面に向かって動き出した。
彼らの顔色は理解できないが、望まぬ戦いから解放され、ホッとした様子なのはなんとなくわかった。
ところがそんな一団の中から、激しい声を上げる者がいた。
「フザケルナミギティマ! 貴様ノ言葉ナドニハ従ワヌ。レンドゥルム様ガ倒サレタノデアレバ、我ラガソレニ代ワルマデノコト!」
『黄昏の眷族』の集団を割って、こちらに走って来る者たちが300人ほどいた。
その姿を見て、ミギティマが「バカ者ドモメ……」と吐き捨てるように言う。
ゲシューラがこちらに顔を向け、首を横に振った。
「あの部族は、レンドゥルムの下にまっさきについた者たちだ。人間、というより、自分たち以外すべてを下に見ている者たちよ。恐らくは自分たちだけでも戦おうというのであろう」
「その手合いか。すべて倒してしまっていいんだな?」
「レンドゥルムと同じようにしてもらって構わない。我ら『黄昏の眷族』の間でも持て余している者たちなのだ」
ゲシューラがそこまでいうからには、ザイカルやアーギたちのように話の通じない連中なのだろう。
二足歩行のカマキリといった風の見た目で、ドワーフの里で戦ったミランやローヴェよりもさらに身体が虫に近い。カマのようになっている長い腕の他に、普通の腕1対を身体の前で組んでいる。頭部は完全にカマキリのそれだが、顎をカチカチと鳴らしながら走ってくる。
「ソウシさま、加勢いたします!」
「ソウシ、私たちも戦っていいよね!」
戦いの雰囲気を察してか、フレイニルやラーニ達、『ソールの導き』のメンバーが俺のもとにやってきた。
「ソウシ様、わたくしも加勢いたしますわ」
マリシエールも『 睡蓮(すいれん) の獅子』のメンバーと共に走ってくる。
「やはり英雄誕生は近くで見ないとね。といっても、一番の見せ場は終わってしまったようだけれど」
同じく走ってくるドロツィッテの後ろには、ジェイズ率いる『ポーラードレイク』他、Aランクの冒険者パーティが10ほど揃っている。
はるか後方ではまだ『黄昏の猟犬』と冒険者たちが戦っているが、もともとレンドゥルムに従っていただけの『黄昏の眷族』たちはすべて撤退を始めたようだ。
とすれば、あとは目の前に迫る連中を倒せばこの戦いは終わりということか。
「俺が前に出てできるだけ潰す。残った奴らを頼む」
俺は『万物を均すもの』と『不動不倒の城壁』を手に、愚か者たちの中に突貫していった。