作品タイトル不明
19章 『黄昏の眷族』を統べる者 03
俺の予想が外れていなければ、これからマリシエール殿下が口にするのは例の件についてだろう。前世の常識でも、この世界の常識でも、 そ(・) れ(・) を女性から言わせるのは問題がある……というより男の甲斐性にかかわる部分な気もするのだが、なにしろ相手が皇帝陛下の妹君となるとそんな常識が通用するとも思えない。俺はただ、彼女が再び口を開くのを待つしかなかった。
……のだが、10分ほど経ってもマリシエール殿下はこちらを見ることもできない様子だったので、仕方なく俺から話しかけることにした。
「マリシエール殿下、お話というのはなんでしょうか?」
ビクッと身体をふるわせて、おずおずといった感じで話し始める殿下。
「……ええと、ですね……その、オクノ伯爵様は、わたくしが武闘大会に臨む時に、個人的にですが、ある宣言をしているのを……ご存知でしょうか?」
「恐らく聞いたことがあると思います。大会で自分を負かせるような異性がいれば、というお話ですね」
「は、はい、その通りです……。もちろんわたくしも、軽々しくそのようなことを口にできる身ではないのですが、兄からはその点についてはある程度自由にしていいと言われておりまして……」
「ええ。以前皇帝陛下が、マリシエール殿下に身の振り方についてはある程度本人の意向を尊重したいとおっしゃっているのを聞きました」
「そ、そうなのですのね。……それで、今回、わたくしは初めて、異性の方に戦いで負けました。相手はもちろんオクノ伯爵様です」
「光栄……という言葉が適当なのかはわかりませんが、光栄にもそうなったようですね」
「はい。それで……オクノ伯爵様が相手ならば、個人的にも、公人としても申し分ないというか……わたくしはそう考えておりますの」
そこでマリシエール殿下は、俺の方にようやく目を向けてくれた。
その表情は、俺が自意識過剰になっていないのであれば、恋する乙女、そんな風に形容できるものかもしれなかった。
「……私としても、そのように思っていただけることは、望外の喜びとするところです」
そう言うと、殿下は一瞬とても嬉しそうな顔をしたように見えた。
しかし俺の言葉がそこで終わりではないことを察したらしく、すぐにその笑みを消して様子をうかがう態度に戻った。
俺は言葉を続けた。
「ただ、私の家に来ていただいたりしておわかりになったと思うのですが、私は旅を共にしてきたパーティのメンバーを非常に大切に思っております。その上、すでに数名の家族には、旅を終えた時に縁を結んで欲しいと言われているところでもあります」
「ザンザギル侯爵家については存じております。サクラヒメ様はとてもすばらしい女性ですわ」
「ええ、年齢などを考えても私には過ぎた女性と思います。ともかくそのような身でありますので、マリシエール殿下におかれましても再度熟慮をされたほうがよろしいかと思うのです」
正直断れない案件かと思っていたが、彼女の態度からするとそこまで強硬に進めるつもりもないように思えた。ともかく自分としては、『ソールの導き』のメンバーをないがしろにするつもりはないことだけは伝えた。あとは殿下がどう考えるかだが……。
「実は『ソールの導き』の皆様とは、オクノ伯爵様のいらっしゃらない時にゆっくりとお話をしたのですわ」
「それは存じませんでした」
「女同士でなければできない話もございますからお許しくださいませ。その上で一つだけ確認をしたいのですが、オクノ伯爵様は、わたくしのことを女として魅力がないと思われますか?」
「殿下は私から見ても非常に魅力的な女性であると思いますが……」
と咄嗟に答えてから、俺は自分が取り返しのつかない失言をしたことに気づいた。
というより、今の質問をされた時点で今回の件は『詰み』だったのかもしれない。マリシエール殿下の花のような笑顔を前に、俺はそう悟らざるを得なかった。
「ふふっ、とても嬉しく思いますわ。『ソールの導き』の皆様からは、オクノ伯爵様が、今の旅を終えるまでは身を固めるつもりがないということはお聞きしました。その上で、現在縁を結ぶことを打診されている女性も含め、皆のことをないがしろにしないと宣言されたというお話も聞いております」
「は……、ええ、確かにそう伝えてはあります」
「ですので、わたくしとしてもそこに横入りするのはどうかと考えましたの。それにせっかくですから、わたくしも『ソールの導き』の一人として、オクノ伯爵様がどこに向かわれるのか見てみたいのです」
「それはその……殿下が我々のパーティに入ってくださると、そういうことでしょうか?」
「そういうことになりますわ。もちろんオクノ伯爵様の許可がいただければ、ですけれど」
と言いつつも、俺の退路を断つように、期待するような目を向けてくるマリシエール殿下。メンバーにも話を通しているということなら、もう外堀は埋まっている状況なのだろう。
まあ最初から断ることの難しい話であった以上、殿下の提案は最も当たりの柔らかい着地点なのかもしれない。なんとなく皆にうまく丸め込まれているだけのような気もするが……だがこれも悪くないと思っている自分がいるのも確かではあった。