作品タイトル不明
19章 『黄昏の眷族』を統べる者 02
その2日後、闘技場の騒ぎについては『冥府の燭台』という組織による国家転覆を狙ったテロリズムだという発表が正式になされた。ファルクラム侯爵とモメンタル青年についても死体を操られていたという形ではなく、『冥府の燭台』の構成員が成りすましていたという扱いになり、結果として俺がモメンタル青年を 殺(あや) めた件もわだかまりのない形に納まった。
闘技場で騒ぎを収めた冒険者たちに関しては、全員が表彰され褒賞が下賜されることになった。当然俺もその中の一人として、『ソールの導き』のメンバーとともに帝城に招かれた。
褒賞の儀そのものは特別なにということもなかった。ただやはりというか、俺があの場の中心人物扱いされて、最も高い褒賞を受け取ることになったのだけが下腹にきたくらいである。
さて、その褒賞の儀が終わり、呼ばれた冒険者たちは居心地が悪そうにさっさと城を去っていった。『ソールの導き』も馬車が用意されていて、そのまま家へ帰ることになっていたのだが、やはりというか、俺だけが城に残るように伝えられた。
メンバーたちの意味ありげな視線に見送られながら、俺は一人会談の間に向かった。
執事氏に案内されて入った会談の間には、なんと皇帝陛下とマリシエール殿下の2人しかいなかった。宰相閣下を始め他の文官すらいないという時点で、極めて内々の話になるであろうことは察しがつく。
うながされて、かすかに微笑んでいる皇帝陛下の正面に座る。マリシエール殿下は皇帝陛下の隣で目を伏せるようにしてじっとしているのだが、その態度にある予感が湧きあがってくるのを抑えられない。
俺が座って一礼をすると、若き皇帝陛下は真っすぐに俺を見ながら話し始めた。
「ソウシ殿、今日は御足労をかけて申し訳ありませんでしたね。そして改めて、今回の件、色々と尽力をいただいたことに対して礼を言わせていただきます。本当にありがとうございました」
「皇帝陛下のお力になれたのなら幸甚に思います。ファルクラム侯爵とモメンタル様に関しては非常に残念なことになってしまい、それだけが心残りです」
「彼女らに関しては、私としても非常に悲しく残念に思います。ファルクラム侯爵家はこの帝国を中心となって支えてくれた家ですから」
「侯爵家は今後どのようになるのでしょう?」
「モメンタルに弟がいて、とある伯爵家の婿となって家を出ているのですが、彼を呼び戻すことを考えているところですね。そうでなくても血縁を探して家を継いでもらうことになるでしょう。ただ、今は非常に時期が悪いですからね。こちらからも何人か派遣して急ぎ軍備を整えさせているところです」
「『黄昏の眷族』ですね。やはり『冥府の燭台』はそこまで考えてファルクラム侯爵家を狙ったのでしょうか?」
「可能性は高いと考えています。彼らの一連の動きからすると、どうもこの大陸に再び混乱を起こすことを目的としているようですから。帝国と『黄昏の眷族』との戦いを泥沼化させようとするなら、守りの要である侯爵家を狙うのは理に適っています」
そう言うと、皇帝陛下は一瞬だけ疲れたような表情を見せた。
彼のような若者が一身で受け止めるには、あまりに重い事態であるのは確かだろう。相応の力を持つ年上の人間としては手を貸すべきところではある。
「『黄昏の眷族』が攻めてきた際には私も最前列で戦います。手加減の要らない相手であれば、私の力はより活きますので」
「ソウシ殿にそう言ってもらえるならこれほど心強いことはありませんね。あの闘技場での戦いも凄まじいものがありました。特にあの、魔法をすべて引き寄せて受け止める力には驚きましたよ。マリシエールもそうだろう?」
「えっ!? あ、はい、わたくしもそう思いますわ」
皇帝陛下に急に話かけられて、マリシエール殿下はビクッと身体を震わせた。
その様子を見て目元を緩めた皇帝陛下は、元の余裕ある表情に戻って意味ありげに微笑んだ。
「ところでソウシ殿、今の話ですと、闘技大会ではやはり全力は出していなかったということになるのでしょうか?」
「それについては返答が難しいのですが……全力を出していないというのは確かにあります。ただそれは相手を見くびっているわけではなく……」
「はは、そういう意味ではありませんよ。あの巨大悪魔を倒した時の感じだと、ソウシ殿が全力を出したら闘技場ですら粉微塵に破壊されてしまいそうですからね。相手の命を奪わないためにも戦い方を変えるのは必要なことなのでしょう」
「おっしゃる通りです。もちろんマリシエール殿下との戦いは全力に近かったということは申し上げておきます」
「だそうだよマリシエール。実は今日ソウシ殿に残ってもらったのは、マリシエールがソウシ殿に聞きたいことがあると言っていたからなんですよ」
「そうでしたか。なにをお聞きになりたいのでしょうか?」
俺が向き直って聞くと、マリシエール殿下は顔をほのかに赤くして、もじもじするような様子を見せた。闘技場での凛とした姿とは正反対の態度に、失礼とは思いつつも少し微笑ましい気分になる。
「ええと、その……オクノ伯爵様は、対戦した時に、わたくしのスキルがどのようなものか、おわかりになったのでしょうか?」
「ええ、なんとなくですが。恐らくは、自分の周囲にあるものに対して、あたかもそれが運命であるように、 こ(・) う(・) あ(・) る(・) べ(・) き(・) だと強制できるスキル、という感じでしょうか」
「それでほぼ合っていますわ。アーシュラム教会では、スキルを鑑定した際に『運命を変えるスキル』だという、かなり仰々しいことを言われましたの。しかし実際は、局所的な戦いに使える程度のものに過ぎません。オクノ伯爵様がお持ちのスキルとはかなり 趣(おもむき) が違うのです」
「しかしかなり強力なスキルであることには疑いはないかと思います」
「戦いに関してはそうかもしれません。ところで、その私の『告運』を、オクノ伯爵様はどのようにして破られたのでしょうか?」
先ほどの弱気な様子はどこへやら、一転してマリシエール殿下は真剣な目を俺に向けてくる。戦いのことになるとやはり人が変わるようだ。
「基本的には力押しです。ただ私の力は、『天運』という、やはり運命を操作するスキルが半ば強引に身につけさせたものなので、それで殿下の『告運』に 抗(あらが) うことができたのだと思います」
「なるほど……。あの時に感じた力強さは、そのような背景があって身につけられたものなのですね。納得いたしました」
そんな簡単に納得できるものなのだろうかとも思ったが、戦いの中で感じるものがあったのかもしれない。
しかしその割に、マリシエール殿下はなぜか再び目を伏せて、挙動不審な態度に戻ってしまった。そんな妹御を、皇帝陛下はいたずらっぽい笑みを浮かべて眺めている。
「ソウシ殿の強さが分かったところで、伝えるべきことがあるんじゃなかったかな? ねえマリシエール」
「そっ、そうなのですが……やはりご本人を前にするとむずかしく……」
「ああ済まない、私がいたら話しづらいかもしれないね。申し訳ありませんがソウシ殿、いったん席を外させていただきます。どうか妹の話を聞いてやってください」
思わせぶりな笑顔で皇帝陛下が部屋を出ていくと、部屋になにやら気まずい空気が流れ始めた。