作品タイトル不明
19章 『黄昏の眷族』を統べる者 01
大波乱の武闘大会だったが、翌々日には闘技場で表彰式と閉会式が行われ、無事に幕を閉じた。
『冥府の燭台』の件もあってその後の宴などは流れるのかと思っていたのだが、そんなことは微塵もなく、閉会式の後三日三晩帝都はお祭り騒ぎに沸いていた。
優勝者ということで、参加選手たちが集まる宴会と、帝室が主催する城での宴には顔を出さざるを得なかった。パーティの主賓となるのは初めてというわけでもないが、こればかりはいまだに慣れる気がしない。
特に今回、城でのパーティでは、マリシエール殿下との仲をあてこすられることが多く、精神的にはかなり疲れが残る宴になった。そんなわけで、俺はその翌日一日中、家のリビングのソファでぐったりとしていた。
ちなみにラーニとカルマ、サクラヒメは街へと買い物に行き、マリアネはギルドへと行っている。今家にいるのは、俺とフレイニルとシズナとゲシューラ、それと使用人3人だけである。
「ソウシさま、昨日からとてもお疲れのようですね。ソウシさまのご活躍は素晴らしいと思いますが、しばらくはお休みになった方がいいかと思います」
いつものとおり隣に座るフレイニルが、そう言って慰めてくれる。
「ありがとうフレイ。身体は特に疲れてはいないんだが、精神の方がちょっとな。今日一日はゆっくり休むよ」
「一週間くらいお休みになってもいいと思います。それくらいの御働きをされているのですから」
「実際武闘大会の出場者はそれくらいは休むのが普通みたいだな。ジェイズもそう言っていたよ」
「そうなんですね。ただ精神のお疲れというのは……やはりファルクラム侯爵様のことを気にされているのでしょうか?」
そう言いつつ、フレイニルは祈るようなしぐさをする。
ファルクラム親子に関しては、『すでに暗殺されていて、偽物が本人に成りすましていた』いう形で扱うことになったようだ。特にファルクラム侯爵本人については、多くの一般民衆が闘技場でその様子を見ているところなので誤魔化すこともできない。なので近々、ソフトな形にして民衆にも発表はするらしい。
問題は、今回の一件で『冥府の燭台』に帝国の上位貴族を暗殺できる力があるということがわかってしまったことだ。これに関しては帝国も早急に対策を考えているようである。
「彼らについては大変残念だったと思う。ただ俺たちが気付いた時点ですでに彼らはこの世にはいなかったようだからな。こればかりは仕方ないと思うしかない」
「そうですね……。あのパーティ会場で会った時にはすでに亡くなっていたかと思うと、『冥府の燭台』の邪悪さは許すことができません」
死者を 弄(もてあそ) ぶような『冥府の燭台』のやりかたに、フレイニルは相当な義憤を感じているようだ。それに関しては俺も他のメンバーも同じ思いであるはずで、『ソールの導き』としても『冥府の燭台』とは対決していかなければならないだろう。
「しかしソウシ殿が疲れているのは、それだけが原因ではないのじゃろう?」
俺たちの話を聞いていたのか、鬼人族の巫女シズナが訳知り顔で俺の隣に座ってきた。彼女はオーズ国の姫でもあるので、政治的な話には鋭いところがある。
「昨日の宴では皆から何度も話を聞かれていたようだからのう。それで実際、マリシエール殿下からお話はあったのかえ?」
「いや、今のところはなにもない。というか俺にその気がなければ出てこない話なんじゃないかという気もするんだが」
「ソウシさま、それはどのようなお話のことを言っていらっしゃるのですか?」
フレイニルが首をかしげると、シズナが俺の肩に手をかけながら代わりに答えた。
「マリシエール殿下との結婚の話じゃ。かのお人は自分より強い男と結婚すると公言していたそうじゃからのう。皇帝としても、もはや英雄として並ぶ者のないソウシ殿とは強いつながりを作りたいはず。ソウシ殿は昨日はそのことをずっと周りの者につつかれていたのじゃ」
「あ、そのお話……ですか。ソウシさまはどうされるおつもりなのですか?」
そう聞いていくるフレイニルは、少し不安そうな表情をしていた。なにがあっても皆をないがしろにはしないと伝えてはいるところだが、それでも気にはなるのだろう。
「自分から結婚してくれと言うつもりは最初からないさ。ただ万一話があったら無下にすることもできないだろうな」
「そう……ですか。やはりご結婚、なさるのですね……」
「フレイよ、そこは落胆せずとも大丈夫じゃ。ソウシ殿ほどの男が妻を一人だけ娶るなどありえぬからのう。そうでなくてもソウシ殿には責任をとってもらわねばならぬし、その度量がソウシ殿にはあるであろう。諦めてはならぬぞ」
「フレイに変なことを吹き込まないでくれ。フレイ、もし俺が誰かと結婚したとしても、フレイとはずっと一緒にいる。心配しなくていい」
肩を抱いて引き寄せてやると、フレイは安心したように目をつぶって身体を預けてきた。
「はいソウシさま。ありがとうございます」
「まったくのう。ソウシ殿と最初に出会ったのがフレイなんじゃから、フレイはもっと積極的にいかねばいかんと思うのじゃ。ラーニなどは意外とその辺気にしておるからのう」
とシズナは妙に意味深なことを言ってくるが、俺は聞かなかったことにした。そのあたりの件については下手に掘り起こすと危険な気がする。
そんな感じでだらりと過ごしているとマリアネがギルドから戻ってきた。グランドマスターのドロツィッテ女史も一緒なので新しい話が聞けそうだ。
「くふふっ、希代の英雄もさすがに昨日は腹を探られすぎてお疲れのようだね。マリアネもかなり気にしていたよ」
「希代の英雄かどうかはともかく、あそこまでつつかれると困ってしまいますね。ただ状況的にその可能性があるというだけで、具体的な話があるわけでもありませんから」
と俺が答えると、ドロツィッテ女史は意味深な笑みを浮かべながらソファに腰を下ろした。
「まあそういうことにしておこうか。あの皇帝陛下がなにも言っていないということもないとは思うけど、ね」
「正式に言われているわけでもありませんからそれ以上のことは……。それで、『冥府の燭台』関係でなにか進展でもあったのでしょうか?」
俺の露骨な話題逸らしにドロツィッテ女史は肩をすくめてから、少し眉をひそめて話し始めた。
「そちらは特に動きはないかな。ファルクラム侯爵に関しては、少なくとも1年以上前からあの状態だったのではないかという話みたいだね。先代が留守にしている間に、母と子が『冥府の燭台』の手にかかって亡くなったという筋書のようだ。そして入れ替わった母子によって、先代もまた暗殺されたという感じだね」
「酷いお話ですね。しかしそうなると各貴族も戦々恐々でしょう。誰でも暗殺の対象になりえますから」
「『冥府の燭台』はアンデッドと強いつながりがあるみたいだから、聖属性魔法持ちの冒険者を身近において対策はするみたいだ。まあ正しい対処だとは思うよ。それより私としては、『冥府の燭台』が『異界の門』を開いて『悪魔』を召喚したという方がとても気になっていてね。ソウシ殿はどう考えているのかな」
「そうですね……」
あの場では対処が先で流してしまったが、確かにそれは驚くべき事実ではあった。あの『悪魔』は、およそ人がどうこうできる存在には思えなかったのでなおさらである。
「まずあのイスナーニという者が、『異界の門』を『冥府への扉』と呼んでいたこと、そしてその『冥府』に、奴らが求める『迷い姫』とやらがいるらしいということ、その点はよく注意しておくべきでしょう。どちらにしても、『冥府の燭台』の本拠地なりを探して、連中を一掃するのが先決でしょうね」
「そうだね。ただ私が気になるのは、今まで出現した『悪魔』そのものは『冥府の燭台』とは関係ないだろうということなんだ。なにしろ闘技場でのあれが初めての成功例だとイスナーニは言っていたみたいだからね。そうなると、『冥府の燭台』をなんとかしたとしても、『異界の門』は開き続けるだろう。とすれば、やはり『異界の門』や『異界』そのものを調べることは絶対に必要だと思うんだ」
ドロツィッテ女史は徐々に身を乗り出してきて言葉を強くする。隣でマリアネが溜息をついているので、恐らく彼女の好奇心が少し『暴走』している感じか。
「いつか調べる必要はあるでしょうね。もっとも、都合よく『異界の門』が見つかるなら計画して調べに行くこともできるでしょうが、現状運頼みですからね。難しい話だと思います」
「だからさ。もし『冥府の燭台』から、『異界の門』を開く技術を手に入れられれば、調査もできるようになると思うんだ。そう思わないかい?」
「それは確かに。しかし簡単ではないとは思いますが……」
さすがグランドマスター、とんでもないことを考えているようだ。俺としては一応マリアネの意を汲んで難色を示してみせたのだが、ドロツィッテ女史はそれに被せるように言葉を続けた。
「『天運』に身を任せていれば、ソウシさんは必ず『冥府の燭台』のところに行くだろう? だからその時に技術をなんとしても手に入れて欲しいんだ。グランドマスターからの直接依頼ということでお願いしたいんだけど、聞いてもらえるかな」
「は、はあ……」
なるほど、そういう方向で来たか。まあ俺としても非常に気にはなることではあるから、依頼は受けることになりそうだ。
しかしこの状況下でそれに気づくドロツィッテ女史の好奇心の強さというか、発想の柔軟さには驚くばかりである。『冥府の燭台』もまさかそんなことを狙われるとは思っていないだろう。そう考えると、多少なりとも溜飲が下がる感覚があるのも確かであった。