作品タイトル不明
18章 帝都 ~武闘大会~ 49
目の前に現れた巨大な『悪魔』。
それは異形という言葉ではとても足りないほど、不気味かつ醜悪な姿をしていた。
「これはソウシさんが倒したカオスフレアドラゴン並のデカさだね!」
カルマが顔をしかめながら、それでも『獣王の大牙』を上段に構えながら叫ぶ。確かに全長だけなら同じくらいかもしれない。ただ本体が太い分、こちらの方が質量はありそうだ。
その超巨大ツチノコ型悪魔は、首のまわりの腕を足のように使いながら、俺の方に顔を向けてきた。さきの攻撃で鼻のあたりは陥没しているが、まだ戦う気は十分にあるようだ。
『クヒョヒョヒョッ! これは素晴らしい! 冥府にはこれほどの怪物が住まうのか。「迷い姫」の生み出す「生なき人」。これもまた神が作りし人の姿よ!』
「うるさいっ!」
まだしゃべれたとは驚きのイスナーニの生首だが、再びラーニに蹴飛ばされて飛んでいった。気になることを口にしていたようだが、今は目の前の悪魔をなんとかしなくてはいけない。
「俺が突っ込んで直接頭を叩く。皆援護をしてくれ」
俺の指示を受け、『ソールの導き』のメンバーとマリシエール殿下が巨大悪魔を半円に囲む。
その時、巨大悪魔の全身をうろこのように覆う人面が、一斉に口を開いた。
「まさか魔法を!?」
スフェーニアが叫ぶ。確かにあの動作は、口から魔法を吐く前兆だ。
このまま全方位に魔法が放たれれば、他の冒険者達でなく、いまだ逃げ遅れている観客たちにも大きな被害がでてしまう。
「魔法は俺が引き受ける! 魔法を吐く顔を潰してくれ!」
「はいソウシさま!」
「了解っ!」
メンバーの返事と重なるようにして、巨大悪魔の全身から魔法が放たれた。さすがに魔法の槍ではなく火球や氷の塊、石の礫といった下級の魔法だったが、それでも強力な攻撃には違いない。
俺は同時に『吸引』を全力で発動する。数百数千もの魔法が、軌道を変えてすべて俺の方に殺到してくる。凄まじい光景だが、もちろん『不動不倒の城壁』を揺るがすには至らない。
巨大悪魔の全身からは、際限なく魔法が射出される。しかし一方で、こちらのメンバーも黙ってはいない。
フレイニルが『神の後光』を発動すると、魔法射撃は一瞬だけ停止する。
その隙に、スフェーニアとシズナ、ゲシューラの魔法が巨大悪魔の脇腹に突き刺さる。
ラーニやカルマ、マリアネにサクラヒメ、そしてマリシエール殿下は『疾駆』で一気に距離をつめ、瞬時にいくつもの人面を切り裂いていく。
見ると観客席の最前列にドロツィッテ女史もいて、彼女も次々を魔法を放って援護をしてくれている。
他の冒険者たちもケンタウロス型の討伐を終え、こちらに加勢しようと動き始めていた。
だがそこで、巨大悪魔が大きく身体をくねらせた。魔法を全身から放ち続けたまま、蛇のような動きで前進し始めた。
「グ・ギ・ガッ!!」
潰れた顔が声を放ち、首元の10本の腕を振り回しながら、巨大悪魔は加速をつけ、地をえぐりながら突進してくる。
狙いは俺だ。真正面からぶち当たり、質量差で押しつぶそうという狙いだろう。
「オクノ伯爵様!」
マリシエール殿下がこちらへ来ようとする。あの巨体にも彼女のスキルは有効なのだろうか? さすがにそれは難しい気がするな。
それ以前に、絶好のチャンスなのでここは任せてもらわないと困る。
「手は出すなッ!」
しまったな、少し『興奮』スキルを抑えきれなかったようだ。殿下には後で謝罪をしなければ。
目の前に、巨大な、灰色の、鼻の周りが陥没した、無表情な顔。
その 双眸(そうぼう) が、無感情に俺を見下ろしている。
いや、微かに勝ち誇ったような感情が見えるか?
かつてその目を俺に向けたドラゴンは、解体されて素材になっているのだが。
身体を反らし、『万物を均すもの』を限界まで振り上げる。
巨顔が口を開ける。俺を食おうというのか。いや、笑っているのかこいつは。
「笑いたいのは俺のほうだッ!!」
俺は限界まで貯めた力を解放するように、 破壊の権化(メイス) を振り下ろす。
万物を 均(なら) す力を秘めたオリハルコンの多面体が、巨大な顔面の、その陥没した鼻面にめり込んだ。
俺の動体視力は、その後の現象をすべてとらえていた。
槌頭(つちがしら) がめり込んだ部分から、波のように力が 伝播(でんぱ) していき。その波が通り過ぎた一瞬後で、波を追いかけるように、悪魔の肉体が崩壊していく。その破壊の輪は、巨大な顔全体を覆い尽くし、首のまわりの腕を弾けさせ、本体の前半分までを 蹂躙(じゅうりん) しつくした。
遅れて起こるのは、超絶的なエネルギーによる爆散。
巨大悪魔の前半分が、内部から途轍もない圧力を受けたかのように、跡形もなく吹き飛んだ。周囲に散らばるのは、おびただしい量の、巨大悪魔だったもの。
しかしそれもじきに黒い霧となって消えていくだろう。それだけが、この悪魔を相手にするときの救いである。
『クヒョアッ!? なんという冒険者! あのような力を人間が持つことが許されるとはッ! これはなんとしてでも死体にせねばなるまビャッ!』
三度叫んだイスナーニの生首は、最後はラーニの『紫狼』に真っ二つにされた。
見ると『異界の門』が急速にしぼんで消えていくところだった。どうやらこれで、この場での『冥府の燭台』騒ぎは終わりのようだ。
しかし帝国での仕事はこれでまだ半分だ。
次は『黄昏の眷族』を統べる王レンドゥルムか。
まさかこの悪魔より弱いなんてことはないだろうな。今の俺にはそれだけが心配であった。