作品タイトル不明
18章 帝都 ~武闘大会~ 42
貴賓席では、スフェーニアとシズナ、カルマがハグで勝利を祝ってくれた。もちろんマリアネもサクラヒメも、さらにはゲシューラまで祝いの言葉を送ってくれた。
フレイニルもまだ俺のことは気にしているようだ。ラーニはすでに控室だろう。今日の第二試合は時間までは始まらないことになっているが、集中力を高めるために一人になっているはずだ。
俺が席に着くと、スフェーニアとカルマが左右に座ってきた。戦いの話が聞きたかったのだろう、スフェーニアがすぐに質問をしてくる。
「ソウシさんにしては苦戦をしていましたが、上から見ていて動きが鈍っていたように思えました。なにか仕掛けられていたのでしょうか?」
「ああ。『 影獄(えいごく) 』というスキルがあって、それを魔法に混ぜて使われたらしい。動きを阻害する効果があるようで、ずっと身体が重かったんだ」
「『影獄』、動きを遅くするスキルというのは聞いたことがありませんね。ああ、マリアネさんの『状態異常付与』がありましたか」
「グランドマスターの話からすると、どうも冒険者のスキルではないようだ。『冥府の燭台』のメンバー独自のスキルの可能性がある」
「ということは、やはり彼は操られていたのですね」
「途中で話をしたんだが、すでに彼は亡くなっていて、あの時点でもう死体だったらしい。『冥府の燭台』は死体を改変して操る術を持っているみたいだな」
そう言うとスフェーニアだけでなく、カルマもほかのメンバーも一瞬言葉を失っていた。
「……それは想像を絶する邪悪さですね。しかしソウシさんが倒したのであれば、その操っていた術者はどうなったのでしょう?」
そういえば死体を操るにしても、その方法はまだ謎のままだ。
雰囲気からすると死体に誰かが乗り移って動かしていたように感じるので、魂的なものを憑依させて操るとかそんな感じなのだろうか。ともかく『イスナーニ』がまだ生きているような言い方をしていた以上、術者が遠隔で操っているのは間違いないだろう。
「術者はグランドマスターや帝室の関係者が探しているだろうな。ただしゃべった感じとしては、術者が意識を乗り移らせて操っているような感じだった。だからあれで術者がダメージを負ったということはないと思う」
「とすると直接会って倒すしかないのですね」
スフェーニアが目をつぶって息を吐いた。本当に厄介な相手のようだ、『冥府の燭台』は。
「ところでソウシさん、最後だけ動きが戻ったように見えたけど、あれはいつものやつかい?」
代わりにカルマが質問してくるが、「いつものやつ」というのは『興奮』スキルのことだろう。
「そうだ。ただ今回は不思議と叫んだりしなかった気がするんだが、実際どうだった?」
「多分大声は出してなかったと思うけど、出してても観客の声で聞こえないからねえ」
「ああ、それもそうか。だが今回は少しスキルがコントロールできた気がするんだ。それがいいのか悪いのかはよくわからないが」
「普通に考えたらいいことだとは思うけどね。ただ……」
と言いかけて、カルマはスフェーニアの方に目を向けた。
俺もそちらを見てみるが、そこにいたのは悲しそうな顔をしているハイエルフの美少女だった。
「あの荒々しいソウシさんが失われるのは、決して許されることではありません。どうかお考え直しください」
「え? いや、まあ、そう……なのか?」
いったい誰が許さないのか、などと聞いてみたかったが、カルマが「こういうのは好き好きで、理屈じゃないからねえ」と言うのでやめておいた。
まあスフェーニアがワイルドな男が好きというのは察してはいるところだ。時々は『興奮』スキルに流されてやってもいいのかもしれないな。
『闘技大会本選、4回戦第2試合を行う。虹竜の方角は「ソールの導き」のラーニ! 本選初出場。暁虎の方角は「睡蓮の獅子」のマリシエール。本選出場3回、優勝3回』
しばらくして、ようやく今日の二試合目のアナウンスがあった。
舞台にはもちろんラーニとマリシエール殿下が上がっている。しかしラーニというまだ少女に過ぎない冒険者が、初出場で冒険者の頂点を決める大会の準決勝に残っているというのはすごいことだ。
会場は今までにない歓声に包まれているが、そのすべてがマリシエール殿下に対してのものではないだろう。俺のようなおっさんと違って、ラーニは見た目でも決してマリシエール殿下に劣っているわけではない。そういう意味でもこの盛り上がりは納得ができるものであった。
舞台の上の2人は剣の先を合わせ、そして距離を取る。ラーニは昨晩色々と考えて身体も動かしていたようだが、さて。
『始めよ!』
開始と同時に2人はゆっくりと間合いをつめ始めた。どちらも長剣を両手で扱う正統派の剣士スタイルだ。
互いに『疾駆』の上位スキル使いなので、『飛刃』スキルを使った飛び道具の撃ち合いはしないだろう。あるとすれば中間距離からの一撃離脱戦法か、完全に足を止めての差し合いかだ。
じりじりと距離が詰まり、互いの間は10メートルを切った。『疾駆』使いには剣道で言う一足一刀の間となるのだろうか。一歩踏み込めば刃が届く、そういう間合いである。
さらに2人の間は狭まっていく。外からは分からないが、恐らく2人の間には見えないやりとりがなされているに違いない。それを感じてか、会場の歓声もピタリと止んでいる。
5メートル、4メートル、2者の間が狭まっていく、3メートル、2メートル、『疾駆』を使わずとも、一足で剣が届く距離。
先に仕掛けたのはラーニ。身体を低くし、『紫狼』を足元へ閃かせる。
マリシエール殿下は半歩下がり、『運命を囁くもの』でその斬撃を弾く。
ラーニはすでにそれを予期していたのだろう、身体を泳がせることなく剣先を跳ね上げ、さらに次の攻撃につないだ。獣人ならではの瞬発力と柔軟性、そして反射神経と多くのスキル群を全開にして、嵐のような剣撃を間断なく打ちこんでいく。その姿はさながら紫の旋風が荒れ狂っているようだ。
対するマリシエール殿下は、その銀光の奔流を、長剣を最小限に動かすことですべて弾いていく。それはやはり不思議な光景だった。ラーニの『紫狼』は、『運命を囁くもの』に触れた途端に軌道を変えるのだ。力で弾くというよりは、まるで剣がもとからその角度に振るわれていたかのように殿下の身体を避けていく。そんな感じにすら見える。
力ずくで叩きつけるような一撃を弾かれ、ラーニの身体が一瞬流れた。その極小の隙を縫って、殿下が反撃の刃を滑らせる。
狙いすました一撃だったが、ラーニは超反応でそれを剣で受け止めた。そこから始まる、無数の超高速斬撃の応酬。
極まった剣士同士の足を止めての剣のやり取りに、会場は一気に爆発した。凄まじい歓声は俺たちの鼓膜さえ破らんばかりの圧力であった。会場では実際に鼓膜が破れているものもいるかもしれない。
最初の数分は互角に見えた。剣技はやはりマリシエール殿下の方が格段に上に見える。だが身体能力でラーニはその差を埋めている。
問題なのは、やはり殿下のあの『弾く』スキルだ。ラーニは殿下の剣を受け止めているが、殿下はラーニの剣を弾くだけ。その分殿下の方が反撃に移るのが容易になる。
ラーニもそれを計算して動きをかなり小さくしているようだが、それでも差を埋めるのは不可能のようだった。
「押されていますね。むしろラーニだからこそよくもっているというべきでしょうか」
スフェーニアの言葉の通りかもしれない。そもそも殿下があそこまで斬り合うことすら今までの試合ではなかったのだ。
「まあでも、このまま押し切られる奴でもないよ、ラーニはね」
幼馴染のカルマはそう言ってニッと笑う。いや笑おうとして失敗している気がするな。それだけマリシエール殿下の実力を感じているのだろう。
そこでラーニが動きを見せた。胴を薙ぐと同時に『疾駆』を使って距離を取ったのだ。
そして振り返りざまに『紫狼』を一閃し『飛刃』スキルを飛ばす。狙いは足。しかも同時に自身も『疾駆』で再突撃し、殿下の胸元を狙って突きを放つ。
二か所同時攻撃。なるほどこれなら剣で弾くことはできないはず――ラーニもそう考えての攻撃だろう。
しかしその時、不思議としか言えないことが起こった。
マリシエール殿下は迷いなく、ラーニの突きの方を剣で弾いていた。そこまではいい。ならば足を狙う『飛刃』は当たるはず。だがそうはならなかった。
今にも当たると思われた『飛刃』が、マリシエール殿下を避けたのだ。いや、「避けた」という表現は適切ではないかもしれない。むしろそれは最初から当たらない軌道で放たれていた。そうとしか思えない様子で、マリシエール殿下の脇を通り抜けていった。
そして渾身の突きを放ったラーニは、すでに大きな隙だけを残していた。それを逃す殿下ではなく、『運命を囁くもの』がラーニの脇腹に一閃した。
「うそぉ……っ、降参っ!」
それだけ言って、ラーニはその場に倒れ込んだ。