作品タイトル不明
18章 帝都 ~武闘大会~ 31
その後第12試合に、あの『ポーラードレイク』のリーダー、ジェイズの試合があった。
彼も俺たちと同じく『選抜枠』の扱いで、グランドマスター・ドロツィッテ女史からの信の篤さの裏付けが取れた形だ。
本大会では3人目となる大剣使いのジェイズだが、スピードこそカルマには劣るものの、鉄壁の守りと凄まじい 膂力(りょりょく) による攻撃で槍使いの対戦相手を難なく下していた。
「もともと大剣は槍を斬り落とすために発達したと言われていますから、相性が良かったのもあるしょう」
とはマリアネの評だが、そのような知識をマリアネが持っているのも少し驚いた。
ともあれ勝ち残っていけば、ジェイズとラーニが当たることになる。
そして試合は進んでいき、遂に本日の最終試合となった。
今までにない津波のような歓声とともに舞台の上に現れるのは、純白に金の縁取りがされた鎧に身を包んだマリシエール殿下。
紫に輝く銀髪が風になびくように揺れ、柔和そうな顔立ちは今は凛々しさが先に立っている。
なにより目を見張るのは、彼女の全身から立ちのぼるような堂々たる王者の風格だ。
人見知りのような態度を見せていたマリシエール殿下とは全く別人と言えるくらいである。
『闘技大会本選、1回戦第16試合を行う。闘技者、虹竜の方角は「ドゥルガー」のロディク! 本選出場2回、最高戦績本選2回戦』
相手は若い男だ。青で装飾された板金鎧をまとい、槍の先に斧がついたような長柄の武器『ハルバード』を携えている。
面白いのはその表情で、戦いに臨む男というより、アイドルを前にしたファンみたいな顔になっていて、それはいいのかと思わないでもない。
『暁虎の方角は「睡蓮の獅子」のマリシエール。本選出場3回、優勝3回』
そのアナウンスに、会場の歓声が爆発した。いやこれは凄まじい。もしかしたら鼓膜を傷つける人間が続出するのではと思われるほどである。
その歓声に応え、マリシエール殿下は腰の長剣を抜いて天に突き上げた。その剣も『紫狼』に勝るとも劣らない、凄まじささえ感じさせる鋭い光を放っている。『運命を 囁(ささや) くもの』という名が付いていると聞いた。
「いよいよマリシエール様の戦いが見られるのですね、ソウシさま」
「ああ、興味深いな。いったいどんな戦いをするのか楽しみだ」
評判通りであれば、彼女は俺が見た中でも最強の、それも圧倒的に強い冒険者であるはずだ。その実力はいかほどか、そして彼女が持つ特別なスキルとは実際どのようなものなのか、対戦するしないに関わらず興味は尽きない。
『始めよ!』
それまでと同じように、試合はすぐに始まった。
ハルバードを構えた男――ロディクの顔は、さすがに戦う男のそれに変わっていた。マリシエール殿下との距離を測るように、ゆっくりと時計回りに動いている。
一方でマリシエール殿下は、両手で長剣『運命を囁くもの』を持ち、その切っ先を地面すれすれに下ろしたまま、一歩も動かずにロディクの動きをじっと見つめている。
不意にロディクの動きが変化した。『疾駆』を使い一気に距離をつめる。ハルバードは届き、長剣は届かない、そんな絶妙な間合いでハルバードを水平に振るう。斧の刃が光って巨大化しているのはスキルだろう。
マリシエール殿下が剣をわずかに持ち上げる。その刃に軽く弾かれただけで、ハルバードの一撃は軌道を逸らされ、殿下の頭の上を通過した。
ロディクは構わずに2撃目3撃目を放つ。『翻身』スキルによって、長柄の武器にも関わらずその連続技に隙はない。しかしマリシエール殿下の剣は、そのすべてをまるで魔法のように寄せ付けない。胴を狙った攻撃ですら軽く弾かれただけで大きく軌道を逸らされるのは、見ていて強い違和感しかない。
「攻撃を逸らしているのは純粋な剣技なのか、それとも……」
「ふふっ、不思議に見えるかい?」
俺の独り言に答えたのはドロツィッテ女史だった。
いつの間にか後ろの席に来ていたらしい。
「ええ、不思議ですね。いくら剣技が優れていてもあれで弾ける攻撃とは思えないのですが」
「そうだね。ロディクだって相当な実力者だ。単に剣技と普通のスキルだけではああはならない」
「それでは……」
「まあそう焦らずに。ほら、もう終わりそうだ」
ミステリアスな笑みを浮かべるドロツィッテ女史から視線を外し、舞台の上に目を向ける。
ロディクの攻撃は続いていたが、間合が微妙に近くなっている。ロディクが焦れたのかと思ったがそうではなく、攻撃を捌きながらマリシエール殿下が自然な動きで前に出ているようだ。
そしてロディクが近づきすぎた間合いに気づき、後ろに下がりながらハルバードを振ろうとした時。
マリシエール殿下の姿がブレた。最小限の動きで『疾駆』を使い、すれ違いざまにロディクの胴を薙いでいた。あのスピードは上位スキルの『疾駆・瞬』、それも相当に高レベルのものだろう。
ロディクは「参った!」と叫びながらその場に倒れた。胴がザックリと斬られているが、素早く係員が近づいて手当を始める。
『勝負ありッ!! 勝者は「睡蓮の獅子」のマリシエール!』
再び津波のような歓声が闘技場を覆い尽くし、今日の武闘大会は終了となった。
「今最後の動きはアタシの目にもはっきりとは見えなかったねえ。こりゃとんでもないお姫様だよ、マリシエール殿下っていうのは」
虎獣人のカルマが、両手を頭の後ろで組んで少し呆れたように言った。
「まあ残念ながらアタシは当たることはないだろうけど、ラーニはもし当たったら大変だね」
「う~ん、スピードだけならマリアネよりちょっと速いくらいかな。でもあの剣の技はちょっと困るかも。私の攻撃も全部逸らされそう」
ラーニも苦い顔をしながら、チラチラとドロツィッテ女史の顔をうかがっている。殿下のスキルを知りたいのだろう。
しかしドロツィッテ女史は、口に笑みを浮かべながら首を横に振った。
「残念ながら私の口からは殿下のスキルについては話せないかな。ただ言えるのは、彼女のスキルを破るには、 運(・) 命(・) に(・) 打(・) ち(・) 克(・) つ(・) 力(・) が必要だってことだけさ」
「運命に打ち克つって、そんな大げさな話なの?」
「そうさ。ラーニ君も間違いなく強いし、多分いくつかの運命に打ち克ってきているはずだ。ただそれで十分かどうかは分からない。今のロディクだって、Aランクになっている以上、それなりの危機は乗り越えてきているからね」
「ふ~ん。まあ確かにそうよね。といっても、私としては全力で戦うしかないけど。でも運命に打ち克つ人間ねえ。そんな大層な人っているのかな」
「ふふっ、それは付き合いの長いラーニ君たちが一番知っていると思うけどね。さて、今日も大会中は妙な動きはなかったか。やはりあるとしたら決勝か、それともその直前あたりかな」
そう言いながら、ドロツィッテ女史は去っていった。
俺が立ち上がると、隣にいたフレイニルが俺の腕を取って、
「ソウシさまは今までいくつもの運命を乗り越えていらっしゃいます。ですからソウシさまが負けるはずはありません」
と真剣な顔で言ってきた。
「ありがとう。俺はフレイの言葉を信じて戦うとするよ」
頭をなでると、いつもの通りフレイニルは目を細めて嬉しそうな顔になる。
その表情になんとなく癒されていると、俺はマリシエール殿下のスキルがどのようなものなのか、少し分かったような気がした。