作品タイトル不明
18章 帝都 ~武闘大会~ 30
次の日、俺たちはやはり朝一から闘技場へと向かった。
昨日はあの後何か起きることもなかった。もちろん気になるのはモメンタル青年とファルクラム侯爵だ。彼らが『冥府の燭台』の関係者ならば、この闘技大会でなんらかの動きを起こす可能性は高いだろう。
もちろん皇帝陛下も最大限の警戒をしているはずで、闘技場のあちこちには騎士や衛兵が配置されている。恐らく見えない所にも潜んでいる人間がいるはずである。
昨日あれだけ気合を入れていたラーニだが、今日は朝から少しばかり緊張しているように見えた。すでにAランク冒険者としてゆるぎない実力をもつ彼女だが、その正体は15歳の少女である。
闘技場前で馬車を降りた時に、
「ラーニも緊張することがあるんだな」
と声をかけると、ラーニはむっとした表情の顔を俺に近づけてきた。
「それってどういう意味なの?」
「ラーニはいつも前向きだし、物おじしないと思っていたからな」
「まあそれはそうだけど。でもやっぱり闘技大会なんて初めてだし普通緊張はするでしょ。カルマも舞台に上がる前までは緊張してたみたいだし。ね?」
「そりゃさすがにねぇ。モンスターを前にしても緊張なんて全くないけど、観客がいる場所で戦うってのは別ものだよ」
カルマが頬を指で掻きながら少し恥ずかしそうにすると、それを見てラーニが胸を張る。
「ほらね。緊張しないソウシの方がおかしいんだって自覚してね」
「それは悪かった。ただ俺としては、逆にラーニが緊張するならそれはそれで安心はできるんだ。そういうのがなくなったら平気で危険に身をさらしたりするようになるからな」
「あ~、まあ、そういうこともあるかもしれないわね。でも逆に言うと、私たちはソウシのことが心配になるってことだから、そこも自覚してよね」
ラーニが俺の胸に指を押し当てながら言う。
確かにそれは鋭い指摘かもしれない。フレイニルやシズナたちもうなずいているし。
「これからは気を付けるようにする。まあともかく今日は頑張れ。ただラーニが怪我をしないのが一番だってのは忘れないでほしい」
大切なことなので真面目な顔を作って言うと、ラーニは一瞬目を見開いで、それから頬を少し赤らめて顔をそらした。
「わかったけど、完全に無傷は難しいかも。もし怪我したらソウシが優しく介抱してね」
「怪我は係の人間が治すとは思うが……まあ優しくはするさ」
そう答えると、ラーニは笑って「約束だからね!」と言いながら、一人で先に行ってしまった。
その後スフェーニアとシズナが、「私も大会に出ればよかった」みたいなことを言ったり、カルマが「アタシが怪我しても介抱してくれるかい?」と聞いてきたりと、貴賓席に行くまで少し騒がしくなった。
一番気になったのはフレイニルが「私が全員治しますので、ソウシさまが介抱されることはありません」と言ってきたことだ。彼女の場合真意がどこにあるのか不明なので頭をなでて誤魔化してしまったが、どう答えるのが正解だったのかしばらく悩むことになった。
今日は一回戦の、第9から第16試合までが行われる。
ラーニは第10試合なので、今日の2試合目だった。
会場は相変わらずすさまじい熱気に包まれている。それもそのはず、今日の最終試合には帝国の英雄、マリシエール殿下が登場するのだ。
『闘技大会本選、1回戦第10試合を行う。虹竜の方角は「ソールの導き」のラーニ! 本選初出場。暁虎の方角は「戦場の妖精」のレン。本選出場1回、最高戦績本選3回戦』
舞台の上のラーニは、緊張が解けていつもの通りの様子に見える。むしろ剣を振り上げたり手を振ったりと、このお祭り騒ぎに乗っている感じすらする。
一方で相手選手だが、こちらも若く見える女性だった。腰に短杖、手には短弓、奇しくもスフェーニアと似たスタイルのようだ。『本選出場1回、最高戦績本選3回戦』というなら、彼女は前回初出場していきなり3回戦まで進んだことになる。こちらも相当な使い手だろう。
「私と同じ装備というのは珍しいですね。魔法と弓を両方伸ばすというのは普通ならかなり難しいと思うのですけど」
スフェーニアが「普通なら」と言うのは、『ソールの導き』のメンバーがスキルに恵まれていることを指しているのだろう。確かに魔法と弓と、両方のいいスキルを揃えるというのはかなりの運も必要になるはずだ。
『始めよ!』
開始と同時に相手選手――レンが魔法を放つ。『先制』に加えて『範囲拡大』、『二重魔法』も持っていそうだ。50本を超える炎の矢が、拡散しながらラーニに襲い掛かる。
ラーニはその魔法を『疾駆・瞬』で斜めにかわす。上から見ていても、その動きが凄まじいスピードであることが分かる。
魔法の範囲外に出たラーニを、今度は連続で放たれた矢が狙う。『必中』持ちなのか、その狙いは恐ろしく正確で、『疾駆』で避けようとしても、その先に矢が待ち構えているように飛んでくる。
ラーニはその矢を、長剣『紫狼』ですべて斬り落とす。カルマの動体視力も驚異的だが、ラーニのそれも負けてはいない。
レンが再度杖を振るった。今度は扇状に無数の石の礫が射出される。
『疾駆』でも逃げきれない範囲攻撃。だがそこで、ラーニは床を蹴って飛び上がった。高レベルの『跳躍』スキルは、彼女のしなやかな身体を一気に10メートル以上も舞い上げる。
「あれは罠ですね」
スフェーニアの指摘通り、レンはすでに弓を引き絞っていた。狙いは上空のラーニ。
だがその時にはラーニは空中で3度『紫狼』を振るっていた。
上から鋭く飛来する『飛刃』を、レンは身をよじってかわした。素早く体勢を立て直し、再度弓を――
その時には、ラーニはレンの目の前まで迫っていた。『空間蹴り』に『疾駆』をプラスした、超高速の空中移動。
そのままラーニはレンに馬乗りになり、『紫狼』を首につきつけた。
「参った、降参よ」
レンが両手を挙げると、『勝負ありッ!! 勝者、「ソールの導き」のラーニ!』のコール。
ラーニは立ち上がり、レンに手を貸して立ち上がらせる。二言三言言葉を交わし、レンは舞台を下りていった。ラーニがこっちに向けて大きく手を振っているので、一応俺も返して手を振っておく。
「前回ダークホースだったレンが一回戦で負けんのか。こりゃ今年の大会は荒れそうだな」
「それは昨日でもう分かってたろ。『ソールの導き』は本物だな。今の戦いも半端じゃなかった」
「動きの速さが尋常じゃなかったな。しかも『飛刃』三連射からの『空間蹴り』って、相当地力がねえと無理だぜ」
「いや~チケット取れてホント良かったわ」
観客の受けも上々のようだ。さすがに帝都の住人は見慣れているのか、実力の指摘も的確に見える。
これはこの後も『ソールの導き』のリーダーとしては下手な戦いぶりは見せられないな。メンバーが優秀ゆえの話だから、贅沢な悩みかもしれないが。