軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1章 転移、そして冒険者に  01

目を覚ますと、俺は草の上に寝ていた。

目の前には抜けるような青空、そしてまばらに見える樹木の枝。

「痛……っ、つつ……っ」

上半身を起こすと、一瞬だけ全身に強い痛みが走る。

直前の記憶では、俺は会社から帰るところだったはずだ。

疲れた身体を引きずって階段を下りようとして……確かそこで急に心臓に鋭い痛みが走り、半分気を失った状態で足を踏み外し……。

そう考えると俺が寝ているべきは病院のベッドの上のはずだが、なぜ俺は屋外に寝ていたのだろう。

服装は帰りの時のままだ。シャツとスラックスとネクタイと。

ああ、いつも持っていたショルダーバッグがないな。ポケットにも何も入ってない。というかスマホがないのはマズくないか?

そんなことを考えながら立ち上がってみる。さっきの痛み以外は何もなく身体が動く。

四十肩の痛みがきれいになくなっているのは不思議だが――

「なんだここは?」

俺が立っていたのは、これまでの人生で一度も見たことのない平原だった。

くるぶしくらいまでの草が生えた平原が、はるか遠くまで広がっている。

周囲にはまばらに立木が生えているが、奥の方は完全に森になっているようだ。

森とは反対側、少し離れたところには土がむき出しになっただけの道が見える。

その道を目で追っていくと、その先には町? いや村だろうか、集落のようなものが見える。遠目に見ても現代日本では見たことのない様式の建物が並んでいる。

「夢ってわけでもなさそうだな。とりあえず行ってみるか」

ここにいても 埒(らち) があかない。俺はひとまず集落の方に向かって歩き出した。

歩き出して分かったことだが、俺の身体はやたらと調子がよくなっていた。

肩もそうだが、膝も腰もガタがきはじめて久しかったのだが、土の道を踏みしめる足取りがずいぶんと軽い。

道と言えば、今歩いている道には俺のほかにも通行人がいた。

見た感じ明らかに日本人ではなく、しかしだからといって俺が知っているどの国の人間とも違っている気がする。

ぱっと見は西洋人が一番近いが、顔の彫がそこまで深くなく、日本人としては馴染みやすい顔立ちだ。

ただ彼らの格好はあまり馴染みやすいとはいえなかった。

服そのものが明らかに古い時代のものに見えるし、一般人に見える人間であっても腰に短剣など、明らかに武器に見えるものを下げていたりするのだ。

彼らのうち何人かは俺のほうをじろじろと見ていたが、確かに彼らからすると、丸腰でしかも見たことのない服を着ている俺のほうが馴染めないだろう。

というかここは本当にどこなんだろうか?

しゃべりながら歩いている通行人の言葉に耳を傾けると、聞いたことのない言葉を話しているのが聞こえる。

「……マイネンじゃ騎士団が……ダンジョンが封鎖されたって……」

「本当か? ……噂じゃあそこのダンジョンは……冒険者が……隣の国も狙って……」

しかし不思議なことに、俺にはなぜかその言葉の意味が分かった。まるで母国語のようになんの抵抗もなく理解できてしまう。

しかし「騎士団」? 「ダンジョン」? 「冒険者」?

彼らの口から漏れるいくつかの単語はどうにも現実感が薄い。

いや、ハッキリ言ってしまえば、俺が人生のいろいろなストレス――例えば離婚とか仕事とか社内の人間関係とか――から逃げるためにハマったテレビゲームの世界を思い出させる。

もしやストレスから逃げるあまり、疲れた脳がこんな幻想を見せているのだろうか。

……ないな。どれだけそう思おうとしても、今見える景色や風の音や土の匂いや足の裏の感覚、そういったものがあまりにリアルすぎる。

別の世界に飛ばされた、とかの方がよほど説得力がありそうだ。

そんなことを考えているうちに、集落の入口……と言っても木の柱が二本立っているだけだが……にたどりついた。

その集落は、入り口から奥に蛇行しながら続く通りの両側に2階建ての家が並ぶ、ちょっとした町のような場所だった。

通りの両側以外にも家は立っており、建物は見えるだけでも50棟くらいはあるだろうか。日本で言えば集合住宅地の雰囲気に近い。

ただその見た目はいかにも時代を感じさせるもので、通りは不揃いの石畳でできており、家は木と漆喰の壁のようなもので造られている。正直に言って、ゲームの世界で見たファンタジー世界の田舎の町そのものといった感じである。

通りを行き交っている人間、路上で屋台をたっている人間などは、やはり外で見た人間と変わらない。

「なんだあれ……」

周囲を見回している俺の目に、やたらと派手な格好の男女4人のグループが映った。

「派手な」というよりは「武装している」と言った方がいいだろうか。

防具を身に着け、大きな長柄の武器(ゲームの知識で言うとハルバード)を持った男、身の丈に近い高さの盾を背負った男、先の尖ったつばの広い帽子にマントに杖のセットを身に着けた女に、弓矢を携えた身軽そうな女。いかにもロールプレイングゲームの冒険者パーティみたいな集団であった。

ただ彼らの身に着けているものはどれも使い込まれており、彼ら自身も普通の人間とは違う雰囲気を持っている。一般人の俺が見ても、彼らは『戦う人間』なのだということが明確に分かった。

「……本当にゲームや映画みたいなファンタジー世界に来たっていうのか?」

それがおかしいことだとは分かるのだが、どうも目の前の光景を見る限りそう考えるしかない。

俺は周囲を観察しながら、町の通りを往復してみた。

通りは商店街の体をなしているようで、民家の間にぽつぽつと食料や衣服、日用品の店が並んでいた。

その中で目を引いたのは武器や防具の店である。現代日本では決して見ることのできない、剣呑な光を放つ武具が並ぶ様子は、嫌でも自分の置かれた状況の奇妙さを実感させた。

一方で通りを行き交う人々の雰囲気は比較的穏やかだ。ただこの時になってようやく気付いたのだが、頭部に角や動物の耳をつけた人間が結構な割合で混じっている。

ゲームなどではおなじみの別種族の人々ということなのだろうが、さすがに実物を見るとぎょっとするものだ。

ちなみに先ほど見た冒険者パーティのような人間もちらほらと見かけた。その格好はさまざまであったが、近寄りがたい雰囲気を持っているのは共通であった。

通りを一往復して、俺は門のところに戻ってきた。

「現実……みたいだな」

口に出てしまったが、さすがここまでの景色を見たら頭を切り替えざるをえなかった。

どうやら俺は会社の階段を転げ落ち、そしてこの世界に来てしまったようだ。直前に心臓がおかしくなっていたから、もしかしたら元の世界で死んでこの世界に来たということなのかもしれない。

「だとしたらどうする……? とりあえず生きる手段を考えないといけないのか……」

この世界で生きていく、と切り替えてたとして、まず問題になるのはそこだった。

今の俺は無一文、泊る場所もないどころか食うものすらない。

日雇いの仕事をして食いつなぐにしても、この小さな町にそんな仕事があるかどうかはかなり怪しい。いやそもそも仕事があったとして俺を雇ってくれるかどうか。

妙な世界に飛ばされたはいいが、初手で詰みとかそれはないだろう――

「もしやお兄さんは冒険者ギルドを探しているのではありませんかね?」

絶望しかけた俺に、少し離れたところから声をかける人物がいた。見た目的にはこの街の住人といった雰囲気の老年の男性だ。

「は……いえ……。ああ、その冒険者ギルドというのはなんでしょうか?」

「ほ? もしやお兄さんは『覚醒』したばかりなのかの」

「『覚醒』……?」

いきなり意味の分からない単語に面食らっている俺を見て、ご老体は言葉を続けた。

「ふむ、それもよく分かっていないようじゃの。大方どこぞの村から何も分からず追い出されたのじゃろう?」

「あ~、ええ、そんなところで……」

正直よく分かってないが、続きの情報を知りたいので適当に合わせてみる。

「ならばなおのこと冒険者ギルドに行かんとならんぞ。ついて来なされ」

「はあ、わかりました」

ちょっと悩んだが、訳知り顔で案内してくれるご老体に悪意も感じられないので、ついて行くことにした。

まあ『冒険者ギルド』というもの自体はなんとなくイメージがつかめるので、妙な場所に連れていかれるということではないだろう。

「しかしお兄さんの歳で『覚醒』するというのは聞いたことがありませんのう。この先大変だと思うが頑張りなされよ」

「はあ……、ありがとうございます」

ご老体に慰められながら通りを歩いていく。連れていかれたのは、さっきは素通りをした3階建ての建物の前であった。

「ここがこの町の冒険者ギルドになりますの。ここの受付のお嬢ちゃんに話をすれば、お兄さんがこれからどうすればいいか分かるはずじゃ。ではな、なるべく無理はせぬことじゃぞ」

俺が礼を言うと、ご老体は「真面目そうな男なのに難儀なことじゃのう……」と言いながら去って行った。

どうも話がよく分からないが、冒険者ギルドで話を聞けば、この世界で生きていくヒントが得られるということなんだろう。

俺は開いたままの大きな入り口をくぐり、冒険者ギルドへと入っていった。