軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

だって寂しいじゃないか

運動のできる服装ではなく、少しかしこまった服を着て訓練場に現れたカインを見つけて、アルンディラーノは駆け寄ってきた。

「まだ着替えてないのか。入学準備もあるだろうけどいつまで訓練に参加するの?カインは」

「もう参加しないよ。今日は挨拶にきたんだよ」

軽く息をはずませながら笑顔で近寄ってきていたアルンディラーノはカインの言葉にショックを受けたような顔をした。

「入学まであと一月はあるじゃないか。もう訓練は終わりなの?入学の準備ってそんなに大変なの?」

「…まぁ、大変ですね。準備も含めて入学したらしばらくはお会いできそうにありません」

カインはその場で膝を付いた。立っているアルンディラーノより少し頭の位置が低くなるので見上げる形になった。

カインはアルンディラーノの手をとって包むように握り込んだ。

「殿下、剣の訓練をご一緒し昼食をご一緒できたこと、とても楽しく有意義な時間でした。最初は訓練場を一周も走れなかった殿下が、今ではクリスやゲラント相手に互角に戦えているのですから、時のすぎるのは早いものですね」

「カインには一度も勝っていないよ。勝ち逃げさせないから」

なんでそんな、久々に会った祖母みたいな事を言うのかとアルンディラーノは訝しげな顔をしてカインを見つめ返す。

フッと笑うと握っていた手を勢いよく上下に振って遊ぶカイン。眩しいものを見るような顔をして手を離すと立ち上がった。

「次に手合わせする時は、本気でやりましょう。楽しみにしていますね」

「カイン」

何か言おうとしたアルンディラーノに「点呼が始まりますよ」と声をかけて訓練場の方へ背中を押す。カインを振り返りながらクリスとゲラント、その他騎士たちの方へと駆けていった。

カインは周りを見回してファビアンをみつけると、そばへと歩いて行く。

「カイン様、お話は伺っております。寂しくなります」

「カインでいいですよ。今まで通り」

「訓練が終わってしまえば、公爵家令息と騎士ですから」

そう言いながらも、ファビアンは親しげにカインに笑いかけてくる。

カインは礼儀正しく、儀礼的な笑顔をファビアンに向けると右手を胸に当てて紳士の礼をした。

「今までありがとうございました。ご期待に添えるほど強くなれていれば良いのですが」

「学校へ行っても鍛錬をおこたるなよ。これから成長して筋肉がついていけば重い剣も持てるようになる。体重が増えれば剣撃も重くなる。学校を卒業したら騎士になるんだろ?」

「剣は身を守るため、ディアーナを守るために身につけただけです。私は騎士にはなりませんよ。法務省の役人になるのが夢なんです」

「将来有望なのになぁ…」

ファビアンは苦笑いをしてぼりぼりと短髪の頭をかいた。空を仰いでふぅーと長く息を吐くと、腰を屈めてカインの肩に腕を回して顔を寄せた。

「なぁ、あんまり大人に絶望するな。子どものうちはもっと歯ぁ見せて笑え」

「何を言っているんですか」

ファビアンはカインの肩を抱えたまま頭をぐるりと回して周囲を見ると、そのままカインを訓練場のすみまで連れて行った。

「騎士爵なんて爵位は貰っているが俺はただの棒振りだ。王子殿下のそばに居て、敵が出たらぶん殴るのが仕事だし、それしかできない。政治もわからんし、駆け引きや根回しなんかもうまくない。でも、子どもを守るぐらいはさせてくれ」

「副団長は立派な方です。そんな卑下なされることはありません」

「妹ちゃんの件の後ぐらいから、優等生みたいな笑い方しかしなくなっただろ」

なんのことですか?と笑顔で首をかしげてファビアンの目をのぞく。ジッと見てもファビアンは目をそらさなかったので、カインのほうが視線を下げてうつむいた。

「王妃殿下や、貴族女性の護衛をするたびに男じゃ入れない場所の多さにヤキモキする事が多いんだ。俺は女性騎士がいれば活躍の場は意外と多いと思ってる」

「…だから何だと言うんですか」

「妹ちゃんが、今でも騎士になりたいと思っているなら…」

「ディアーナは、騎士にはなりませんよ」

視線を上げたカインの顔は、怒っているようにも見える。そのカインの顔をみてファビアンはニヤリと笑った。

「女性騎士という職業を新しく作るのは、私も良いアイディアだと思います。着替え中や入浴中にも同室内で護衛が出来るのは安全上とても重要なことだと思います」

「だろ?」

「ですが、公爵家の令嬢はその職にはつけません」

公爵家の令嬢という立場は、守られる側だ。

だからそんなアイディアを披露してぬか喜びをさせるな。カインの顔がそう言っている。

怒った顔をしたカインのほっぺたを肩を組んでいるのと反対の手でぷすぷすと突っつくファビアンは笑っている。

「怒った顔をしたな。おすまし顔よりずっといいぞ。子ども同士で悪巧みするのもいいがな、たまには大人を頼れ。頼れる大人と頼れない大人がいるのは俺もわかってる。でも、大人がすべて敵だと思うのはやめろ」

笑うファビアンの顔は優しかった。

カインは眉毛をさげて情けない顔をすると、またうつむいてしまった。

「大人が敵だなんて思っていません。…なんでそんなこと言うんですか」

「寂しいからだ」

ファビアンがカインの肩に回していた腕をはずして、腰にあてて背伸びをした。カインの身長に合わせて屈んでいたせいで関節がパキパキと鳴っている。

「目をかけているガキンチョに…。息子の友人にさ、心開いてもらってないなんて寂しいじゃないか」

真っ直ぐに立ったファビアンは背が高い。上からカインを見下ろして、苦笑いしながらカインの頭を大きな手でゆっくりと撫でた。

「長期休みで戻ってきたら、騎士団にも顔をだしてください。ゲラントもクリスも喜びます。もちろん王子殿下も」

「…。ええ、是非そうさせてください。その時はなまった体を鍛え直してください」

「なまる前提でいるのがもうだめですね。ちゃんと鍛錬をしてください、カイン様」

カインは、ファビアンから一歩離れるとまた大人のような澄ました笑顔を顔に浮かべて師匠であった近衛騎士団副団長を見上げた。

「アルンディラーノを良く見てやってください。彼こそ、頼れる大人が必要な子どもだ」

そう言うと、カインはくるりと体を返して訓練場を後にしようと歩き出したが、ふと言い忘れたことを思い出して立ち止まった。

「あんまり、イルヴァレーノをからかわないでくださいよ」

振り向いてそう告げると、今度こそ訓練場を後にした。