作品タイトル不明
ヒュプノボイスカイン
子うさぎ巣穴でゆめみてる
子うさぎどんなゆめみてる
野山を駆けるゆめみてる
ははと駆けるゆめみてる
ねんねん ころころ ねんねこよ
子とりが巣箱でゆめみてる
子とりはどんなゆめみてる
大空とんでるゆめみてる
ちちと飛んでるゆめみてる
ねんねん ころころ ねんねこよ
ぼうやはベッドでゆめみてる
ぼうやはどんなゆめみてる
ぼうやはたのしいゆめみてる
わたしとたのしいゆめみてる
ねんねん ころころ ねんねこよ
キールズから赤ん坊を受け取り、ソファーへと移動したカインは、激しく泣き続ける赤ん坊を優しくゆらしながら子守歌を歌った。
ディアーナが生まれた頃にカインがディアーナの乳母から教わった子守歌で、カインとディアーナは「子ウサギの歌」と呼んでいた。
この子守歌には楽譜などがあるわけでもなく、作詞者も作曲者も不明の歌で、歌詞の「子ウサギ」が「子ぎつね」となって歌われていたり「子ぐま」になっていたり、地域によってなじみ深い動物に置き換わっていたりするらしい。
平民にも貴族にも広く知られている子守歌で、母から子、乳母から子へと歌い継がれてきたものなので、正式な曲名が分からないのだ。
乳母やディスマイヤは「子守歌」としか言わなかったし、エリゼは「夢見る子守歌」と言っていた。
当時カインがディアーナを寝かせるために歌った子守歌は十曲を超えていた。
その中からディアーナがこの子守歌をリクエストした時に「うさぎさんのうた」と言っていたので、カインとディアーナの間でこの子守歌は「子ウサギの歌」なのである。
カインが歌を歌い始めると、赤ん坊の泣き声はだんだんと弱くなっていき、ついにはすやすやと穏やかな寝息を立て始めた。
ぎゅっと握りしめていた小さなこぶしからも力が抜けて、カインの二の腕に力の抜けた赤ん坊の頭がよりかかる。
「ふぅ」
ようやく寝てくれた子を起こさないように、カインはゆっくりと立ち上がるとベビーベッドの前までそっと移動する。
ベッドの向かい側にサッと移動してきたサッシャが、小さなベッドの上を素早く整えてくれる。寝かせたあとにかけてあげるためのブランケットもその腕にかけられていた。
「たすかるよ」
小さな声でサッシャに礼を言って、カインが赤ん坊をそっとベッドに寝かせた。
ふにふにと柔らかそうな腕を動かしながら、赤ん坊がベッドの上で小さく動く。
自分なりの寝やすい姿勢を探しているのかな、と微笑ましい気持ちで眺めていたカインだったが、サッシャがブランケットをそっと掛けた瞬間に、赤子はぱっちりと目をあけた。
「え」
「あら」
きょろきょろと視線をうごかし、カインと目が合った瞬間。赤ん坊はまたもや泣き出した。
「えぇ~」
カインが慌てて抱き上げると、泣き声がすこし小さくなるものの、ぐずぐずとぐずるのはやめられないらしい。
「あぁ……。カインでもダメだったか」
「おろすとダメな子なら、先に言っといてよ」
カインの後ろから、キールズが肩越しに赤ん坊をのぞき込む。
『抱っこするとご機嫌なのに、ベビーベッドに寝かすと途端にぐずる子』という存在については、前世で職場のおばちゃんパートタイマーから良くきいていた。
他にも、抱っこするとご機嫌だけどおんぶするとぐずる子や、その逆のパターンの子の話など、赤ん坊は生まれた時から個性があるという話を沢山きかされていたのだ。
キールズもしくはスティリッツから先に「抱っこをやめるとぐずる子」であると聴いていれば、しっかり熟睡するまで抱き続けたのに……と、うらめしい顔でキールズを振り返ってにらみつけた。
すぐに抱き上げたせいか、今度はギャン泣きせずにぐずぐずと不機嫌そうな顔をして、泣きそうで泣かない微妙な態度をとっている。
カインは赤ん坊を抱いたままソファーへと戻って座り直し、また子守歌を歌う。
今度は、『お星様が見守っているから良い夢がみられるよ』という内容の別の子守歌である。
「すげぇよな。ティアニア様の時も思ったけど、カインは子守歌のストックどんだけあんだよ」
キールズが潜めた声で感心してくれているが、赤ん坊に集中したいのでカインはソレを無視する。
ディアーナが「星の夢の子守歌」と呼んでいるその歌を二周半うたったところで、また赤ん坊はすやすやと眠り始めた。
「ふぅ」
歌うのをやめても目を覚まさないのを確認して、カインが顔をあげた。
赤ん坊を寝かすために、皆が息を潜めているのだと思っていたのだが、カインが見渡した部屋の中では、その場にいる全員が気持ちよさそうに寝てしまっていた。
六ヶ月の赤ん坊なら、寝返りは打てるだろうしそろそろずり這いをし始める頃合いだ。
それに備えてだろう、ベビーベッドわきの床にはふかふかのラグマットが敷かれており、ディアーナとスティリッツがそこで寄り添うようにしてすやすやと眠っていた。
ディアーナの健やかな寝顔をみて顔を緩ませたカインは、腕の中の赤ん坊を起こさないようにゆっくりと壁ぎわまで移動すると、壁によりかかるようにして寝ていたキールズの脇腹を蹴りつけた。
「いてっ」
「いてっじゃないよ。何寝てるんだ」
「カインの子守歌は、聴いてると眠くなるんだよなぁ……」
キールズはあくびをしながら立ち上がり、ボリボリと後ろ頭をかいた。その目元にはうっすらとクマが浮かんでいる。
おそらく、スティリッツを休ませるためにキールズも寝ずに赤ん坊の面倒をみていたんだろうことがうかがえる。
「乳母はどうしたんだよ。子爵家で乳母を雇えないとかないだろ? アルディ伯母様だってスティリッツのお母様だって子育て手伝う気まんまんだったじゃないか」
カインが眉をひそめて、ささやく声でキールズを責める。
キールズの顔色から、キールズ自身は子育てに参加しているのが見て取れる。しかし、キールズはエルグランダーク子爵家の長男だし、ネルグランディ領地の領騎士団の騎士である。
身分もあってお金もあるのだから、子育て要員を確保できるはずなのだ。それをしないで疲れていると言われても、カインははい、そうですかと納得するわけにはいかなかった。
「いや、乳母は雇ったんだよ。スティリッツの友人で、ちょうど近い時期に赤ん坊を産んだ人がいたから、お願いしたんだ。でも、エメリッヒがスティリッツ以外のお乳を飲もうとしないんだよ。無理矢理飲ませると、今度は乳母の実の子が同じお乳から飲むのを嫌がるようになってしまってさぁ」
困ったよ。とキールズが眉毛をさげる。
「この子、エメリッヒっていうのか。じゃあ、男の子?」
「言ってなかったっけ? 男の子。スティリッツに似て可愛いだろ」
「赤ん坊はみんなかわいいだろ」
せっかくの寝た子を、起こさないようにひそひそと話す。
「乳母の子が、母親同担拒否だったのか……そんなことあるのかな」
「同担拒否とかわからねぇけど、自分の子が自分のお乳を拒否するってんじゃ申し訳ないし、そろそろ離乳食にしても大丈夫そうだってことで家にもどってもらった」
「乳母に関してはわかった。でも、乳母とは別に子守を雇ったりもできただろ? エメリッヒを直接寝かしつけたりするのはスティリッツ嬢やキールズ、伯母様やスティリッツのお母様と子守担当がいれば、洗濯だの風呂に入れるだのその他の仕事はメイドに任せれば良いんだし。五人ぐらいで順番に子守をして、その間に睡眠や食事をとることはできただろ」
ちらりと、すっかりほっそりとしてしまったスティリッツに視線をなげる。
もともとがぽっちゃり体型だったスティリッツなので、目の下のクマや顔色の悪さを除けば、むしろ健康的な女性の体型にみえる。
「なんて言えば良いのかわからねぇんだけど、みんなエメを長時間だっこしてられねぇんだよ」
「重さで? それとも泣き声で鼓膜がやぶけそうだから?」
「エメなんか不安になるぐらい軽いんだから、重さだけで言えば俺は丸三日だって抱いてられるさ。スティリッツだってソファーに座ってれば半日抱っこしていたって辛くねぇって言ってる。ただ……」
そこで言葉を切って、キールズは口をへの字に曲げた。本当は言いたくない、しかし相談しないわけにもいかない。そんな葛藤がみてとれた。
「エメを抱っこしてると、なんか腹のあたりってぇか、胸のあたりが気持ち悪くなるんだよ」
キールズが、悔しそうにつぶやいた。