軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

屋根裏の散歩者

リムートブレイク王国の長い春も終わり、しっかりと暑い夏がやってきた。

アンリミテッド魔法学園の生徒達の制服は半袖に替わり、運動の授業や魔法実技の授業などでは薄く汗をかくようになった。

そんな夏休みも間近の今日は、休息日なので学園はお休み。

しかしカインは次期公爵として王都からほど近い場所にあるエルグランダーク家の敷地へと視察のために出かけている。

せっかくディアーナと一緒にいられるお休みなのに嫌だ嫌だ行きたくない! と駄々をこねて天蓋付ベッドの柱にしがみついて泣きわめいていたカインだが、イルヴァレーノに力尽くで引き剥がされて馬車の中へと放り込まれていた。

「お兄様とお父様が向かったのって、昔ピクニックに行った所かしら」

「そのようにうかがっております」

「魔獣が出たんですってね。私を連れて行ってくれればババーンと倒して差し上げるのに」

「今日のところは領地から騎士団を呼び寄せる必要があるかどうかの確認だけですから」

「それでも、万が一があると危ないからって連れて行ってくださらないんですもの」

同じ理由で、イルヴァレーノも留守番だ。まだ、戦闘の可能性がある地域への視察に同行することをパレパントルから許されていない。

朝食を済ませ、父親とカインを見送ったディアーナは、私室で食後のお茶を楽しみながら、何をして過ごそうかと考えているところだった。

サッシャは刺繍や読書を提案し、イルヴァレーノは大人しくしててくれれば何でもよいと黙って側に立っていた。

「ところでイル君。上の人はお茶はいらないのかしら」

中身が半分ほどになったカップをソーサーの上に戻したディアーナが、人差し指を天井に向けてイルヴァレーノに問いかける。

「……気がつかないでくださいよ」

天井を指差しているディアーナの手をそっと膝の上にもどしつつ、イルヴァレーノは渋い顔をしている。

「門を守ったり夜間に屋敷の中を見回ったりしてくださっている騎士達とは違うよね」

「……気づかなかったことにしてください」

イルヴァレーノの言葉を無視して質問を重ねてくるディアーナに、イルヴァレーノはさらに無かったことにしようとしたが、

「イールーくーん」

ソーサーごとカップをサイドテーブルに置いたディアーナが、椅子から半分身を乗り出してイルヴァレーノに身を寄せた。

「ダメですよ。お嬢様は知らなくてよい事なんですから」

イルヴァレーノは立ち位置は変えないまま、背骨の限界に挑戦するかのように背中を反らせてディアーナから距離を取る。さらにイルヴァレーノに迫ろうとして身を乗り出し、倒れそうになったディアーナの椅子を反対側からサッシャが押さえてバランスを取った。

「何の話ですか?」

イルヴァレーノとディアーナが何の話をしているのかさっぱり理解できていないサッシャが聞けば、ディアーナはぐるんと体を戻してサッシャの方へと身を乗り出した。

「たぶんね、ニンジャがいるのよ!」

キラキラと好奇心に満ちた顔でそういうディアーナに、サッシャは『何を言っているのかわからないけど、ウチのお嬢様は世界一可愛いわね』と思ってにこりと笑顔で返した。

三十分後、イルヴァレーノとディアーナとサッシャは天井裏にいた。サッシャとディアーナは毎朝のランニング時に着用している動きやすい服に着替え済み。天井が低いのでサッシャは少し中腰で立っており、ディアーナは手を上に伸ばして天井をサワサワと撫でるように触っていた。

「おいおいイル坊。お嬢様をこんなところに連れてくるなよ」

天井裏の空間には照明器具などは一つも無く、小さなスリットの入った換気用の穴が等間隔に空いているばかりで大分暗い。換気用の穴からの光も届かない奥から響いてきた低い声に、ディアーナとサッシャはびくりと肩を揺らした。

「お嬢様に気配を察知されるのが悪い」

イルヴァレーノはいつもと変わらない調子で暗闇に向かって返事した。暗がりの中をディアーナが一生懸命目を細めながらのぞき込んでいると、もそりと真っ黒い服を着た人がゆっくりと出てきた。

「こんにちは」

まだ暗がりに目が慣れていないディアーナは、目を細めたまま挨拶の言葉を掛けた。

「はい、こんにちは。お嬢様、こんな所に来ちゃダメじゃ無いですか」

気安い声が返ってきた。換気用の穴から入ってくる光の届く所まで出てきたその人物は、目深にかぶっていた帽子をくいっと持ち上げるとニコッと笑った。その顔は、ディアーナもよく知っている人物、いつもディアーナの馬車を運転してくれる御者の男だった。

「バッティ?」

「はいはい、バッティさんですよ。ちゃんと気配消して忍んでいたと思うんですが、なんでバレちゃいましたかね」

「バッティ。口の利き方」

「ちぇ。イル坊だって普段は大分乱暴な口じゃねぇか」

「お嬢様の前ではちゃんとしてる」

御者のバッティとイルヴァレーノが気安い感じで声を掛け合っているところで、ポッと灯りがともった。そろってそちらに目をやると、サッシャが魔法道具のランタンに灯りを付けたところだった。

「屋根裏の守護者……。噂には聞いたことありましたけど、本当にいるのですね」

ランタンを掲げ、バッティの姿をよく見ようと一歩前に出たサッシャが感動したように震えた声でそうつぶやいた。

「サッシャ、サッシャ。バッティは御者として入り込んでいた他家の密偵かもしれませんわよ! ディが本当はおしとやかじゃないという機密情報を盗みに来たのかもしれないわ!」

密偵、機密情報を盗みに、といった物騒な事を言いつつもディアーナの顔は好奇心があふれそうなニコニコ顔だ。

つい最近ケイティアーノと一緒に観に行った歌劇がそのような内容だったので、影響されているのだろう。もちろんサッシャも侍女として一緒に観劇している。

「ははは。俺はお嬢様どころかお坊ちゃんが生まれる前からこの家にお仕えしてるんでさぁ。今更お嬢様がお転婆な事を探ったって意味ありゃしませんよ」

そうやって笑ったバッティは、小さな椅子を取り出すと壁際の換気用の穴の側へとディアーナ達を誘導した。穴から漏れる外の光と、サッシャの手元のランタンで大分明るくなった。ディアーナ達を壁際に誘導した後にまた奥へと身を下げたバッティの顔は影になって暗い。

「サッシャ嬢は知ってると思うけど、お屋敷には使用人用の通路や階段という物があるんスよ」

陰影が濃くなっているバッティの顔は、笑っているようにも怒っているようにも見えた。声は、穏やかで怒っている様子は無いため、ディアーナはバッティは笑っているのだと受け止めた。

「サッシャ?」

「ええ、確かにお屋敷には使用人用の通路や階段がございます。下級メイドや下働きの者達が主家の皆様の目に入らないようにするために、移動場所を別けているのですよ」

そうなの? という顔で見上げてきたディアーナに、サッシャは優しく諭すように話す。上級メイドや侍女なども、掃除用具を持っていたり使用済みの食器を持っていたりする場合は使用人用の通路を使う事があるのだと、サッシャは説明してくれた。

「ここは、さらにそんな使用人達からも見えないように移動するための通路なんですよ」

だから、主家の方や侍女の方がこんな所まできちゃいけません。とバッティが困った様な声で言う。

「領分を侵しちゃいけやせん。気がついたとしても、気がつかぬふりをするのが立派な貴族ってもんです。お嬢様は、人前ではレディでいなきゃならんのでしょ?」

換気口から差し込む光がギリギリ届かない所に立つバッティの顔は暗いが、目だけがキラリと三日月型に光っている。

「じゃあ一つだけ教えてちょうだい、バッティ。下級使用人達からも見えないように移動する貴方達は、どういう立場なのかしら?」

バッティにレディと言われたのを受けて、ディアーナは胸を反らして貴族っぽく気高い口調で問いただした。

「ニンジャ?」

バッティが答えるよりも先に、期待を込めた声でさらに問いかける。ディアーナのレディっぷりは三十秒も持たなかった。

「お嬢様やお坊ちゃん風に言えば、『ある時はエルグランダーク家の御者、またあるときは屋根裏の散歩者。而してその実態は! やっぱりただの御者でした~』って感じですかね」

ヘラりと笑った気配がした。ニンジャという答えが返ってこなかったことでディアーナは不満顔だったが、「世の中そんなもんですよ」とイルヴァレーノに慰められながら天井裏を降りて部屋へと戻っていった。

ディアーナの私室に隣接している使用人部屋の天井から降りていった三人を見送ったバッティは、この穴は塞いでおかにゃならんなぁと聞こえるように言いながら蓋を閉めた。

真っ暗になった天井裏。換気用の穴から入るわずかな光も届かない奥まで足を進めると、暗闇で見えていなかった荷物をよいしょと担ぎ上げた。

「鋭いってのも考えもんだ。今度からは一瞬たりとも殺気出さずに撃退せにゃならんってことか?」

ブツブツいいながら、バッティは低い天井に頭をぶつけないように器用に足を進めていく。時々びくりと動く『荷物』に拳を打ち込んで黙らせながら、暗闇の奥へと消えていった。

三日後。

「お茶を一緒にどうかしら?」

ディアーナが天井に向かって手を振った。返事がないことに首をかしげると、焼き菓子を一つつまんで天井に向かって持ち上げる。

「美味しい焼き菓子もありますのよ。内緒のお茶会をいたしませんこと?」

ニコニコと笑顔で天井の一角をじっと見つめるディアーナ。その後ろに立っているイルヴァレーノとサッシャはそれぞれ渋い顔で眉間とこめかみを揉んでいる。

「領分を侵しちゃいけませんって言いましたよね」

ディアーナの真上、天井から小さな声が聞こえてきた。とがめるような厳しめの声に、ディアーナは平然とした顔で焼き菓子を一口かじった。

「ここは私の私室ですもの。世を忍ぶ必要が無いのですからレディーとしての振る舞いはお休みですわ!」

ドヤ顔で胸を張る姿は、確かに淑女らしさは全く無い。

三分ほどの葛藤の末、屋根裏の散歩者は「ウェインズの兄貴には内緒にしておいてくださいよ」といって天井から降りてきたのだった。