軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リフレイン

--おにいさまなんてきらい……さまなんてきらい……きらい……らい……

天井が高くなっている寮の玄関にディアーナの声がこだまのように響き残る。

イルヴァレーノとサッシャの手を握ったまま走り去るディアーナの後ろを、玄関前で待機していた三人の護衛のうち一人が走ってついていくのが見えた。

「きら……い……?」

ぽつりとその言葉を口からこぼしたあと、カインはその場で膝から崩れ落ちると呆然とした瞳で床を見つめている。

「え? カイン様?」

「どうした?」

先ほどまで自分たちを寮の生活区画へ追い込もうとしていたカインが突然うずくまり、床をみつめたまま動かなくなってしまったのを見てジュリアン達は動揺した。

「いかがいたしましょう? 奥様」

「はぁ~」

一歩下がったところで様子をみていたエリゼは、侍女の問いかけにため息で答えた。片手で自分の眉間をそっと抑えつつ小さく首を横に振っている。呆れているのだ。

エリゼの侍女にしても、ディアーナに関わることで泣いたり笑ったり落ち込んだりしていた幼い頃のカインを知っているので「懐かしいわね」ぐらいの気持ちでうずくまるカインを眺めつつエリゼに指示を仰いでいるのだった。

「ディアーナの後を一人ついて行ったようだし、イル君も一緒だからディアーナは大丈夫でしょう。拗ねているだけだから、サッシャがうまく誘導して宿に戻っていると思うわ」

「では、奥様もお戻りになられますか?」

「そうね……」

侍女の言葉に思案するように小さく首を傾げつつ、すでにディアーナの姿は見えない空の玄関の方を見て、そして視線をずらして床にうずくまるカインを見る。

公の場であれば、公爵家の嫡男としてしゃんとしなさいと叱る所ではあるが、周りにいるのはカインの友人ばかりである。

エリゼも自分が学生だった頃を思い出せば、友人しかいない場では令嬢らしからぬヤンチャもしていた事を思い起こすことができるのだ。

うずくまってしまったカインを気遣うように声をかけ、同じようにしゃがんで背中をさすってくれる友人たちに、エリゼは母として胸が温かくなる思いだった。

「ごきげんよう。皆さんはカインのお友達……で良いかしら」

エリゼが一歩前に出て小さく膝を落として挨拶する。正式な最敬礼としての淑女の礼ではない簡単な挨拶である。

ジュリアンとはすでに挨拶を交わし済みであるので、その他の少年少女へむけての挨拶である。

それを見て、カインに向かって少し腰を曲げて様子を見ていた少女……シルリィレーアが背筋を伸ばして綺麗に挨拶をした。

「初めまして。ミティキュリアン公爵家長女、シルリィレーアでございます」

サイリユウムでも、女性同士の挨拶ならば手を差し出して取ってもらう事はない。小さく腰を落として相手より頭の位置を下げて微笑んで見せることで挨拶とすることができる。

シルリィレーアに続いてユールフィリスが、その後ジュリアン以外の男子たちが次々に挨拶をして名乗りをあげた。

「みな、カインとは同じ組で学んでいる学友である。エルグランダーク夫人」

一通り挨拶を述べたところでジュリアンが代表してカインと自分たちの関係をつげる。

それに対してニコリと笑ったエリゼはうずくまるカインをもう一度見下ろし、「カイン」と声をかけてみたが、カインはシクシクと泣くばかりでピクリとも動かなかった。

「ジュリアン王子殿下。それとみなさま。ディアーナが飛び出してしまったのでこれで失礼させていただきますわね。ひとまず建国祭りまではこちらに滞在する予定ですから、カインが元気になったら是非我が家へ遊びにいらしてね」

エリゼはこの場でのカインとのコミュニケーションをあきらめて、退散することにした。

カインがうずくまっている理由が明白なのと、ここが貴族学校の寮であることを考えればまぁほうっておいても大丈夫だろうという判断である。

そんなエリゼの挨拶を受けて、ジュリアンをはじめとした少年たちは「是非!」「よろこんで!」と気持ちよく返事をして寮から出て行くエリゼを見送ったのだった。

その後、一番体の大きなアルゥアラットがしゃがんで背中を差しだし、ディンディラナとジェラトーニでカインを持ち上げてその背に乗せるという協同作業をおこない、カインを背負って部屋まで運んだのだった。

その夜。

落ちこみながらもなんとか意識を浮上させ、「夏休みに実家に帰ったら末の妹に『お兄ちゃんだれ?』って言われてショックだった。気持ちは分かる」とディンディラナに慰められつつ食事をとり、風呂に入って後は寝るだけと部屋に戻って翌日の授業の準備をしていた時である。

コンコン

「何か音がしたか?」

何か小さいものが固いものにぶつかるような音に、ジュリアンが気が付いた。

言われたカインも部屋をぐるりと見渡したが、特に変わったことは見あたらなかった。部屋の戸を誰かが叩いたのであればドア越しに用件を告げるか名を名乗るはずであるが、それもない。

コンコン

首を傾げたところでもう一度音がした。今度は2人とも意識をしていたので、その音が窓から聞こえることに気が付いた。

カインは念のためジュリアンを部屋の中程まで下がらせると、そっと近づいて窓を開けた。

部屋の窓は、下半分を上にスライドさせてあけるタイプになっている。

寒い季節になってからはめっきり開けなくなっていたので少し固くなっていた。

ガタガタと音を立てて窓を全開にすると、するりと黒いかたまりが部屋へと入り込んできた。

「夜分に失礼いたします。お伝えしたいことがあって参りました」

それは、体にピタリとした黒装束に身を包んだイルヴァレーノだった。