軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夏の終わり

リムートブレイク王国の王都、エルグランダーク邸。そのティールームにて。

「カインは?」

優雅にお茶を飲みながら、エリゼは目の前に座る夫のディスマイヤと娘のディアーナに向けて問いかけた。

目が泳ぐディスマイヤ。

お茶菓子を見つめて、聞こえなかったふりをするディアーナ。

エリゼはとてもにこやかな表情をしている。目を細め、夫と娘が領地から無事に帰ってきたことを喜び、一緒にお茶を飲むことを楽しんでいる。……ように見えるが、ティールームの空気は冷え冷えとしていた。

「留学中のカインを、領地まで迎えに行くという話だったわね? ディアーナ」

「……はい、お母様」

「もう、夏が終わってしまうわね。カインの夏休みも終わってしまったわね」

「……はい、お母様」

「迎えに行く、というのは領地で合流してこちらに戻ってくるって意味だと思っていたわ」

「……そ、そのつもりでしたわ。お母様」

ディアーナも、当初はカインを迎えに行って一緒に王都まで帰ってくるつもりだったのだ。国境から王都までの片道四日間の移動中もカインと一緒に過ごすことで、より長く夏休みを一緒に過ごそうという計画だったのだ。

でも、結局歓迎お茶会暴動事件やティアニアの子育てに参加したりしているうちに、夏が終わってしまった。

キールズやコーディリアと水遊びしたりするのが楽しくて、イルヴァレーノが隣国へカインを迎えに行っている間の六日間に外で遊んでいたら領民にディアーナが来ている事が知れ渡り、歓迎会をすることになり、そうしたら元子爵の乱入があり、父と王妃とアルンディラーノがやってきてしまい、王都へ帰る機会を逃してしまったのだ。

「お母様も、久しぶりにカインに会いたかったわぁ」

そういって大げさにため息をつくエリゼに、ディアーナはしょんぼりと肩を落とすしかなかった。

ディアーナのしょんぼり具合に困ったような笑みを浮かべたエリゼだが、顔を厳しく引き締めてディアーナの隣に座る人物に視線を移した。

「あなたは?」

エリゼのその声に、ディスマイヤの肩がびくりと揺れた。持ち上げかけていたカップをもどし、手を膝の上におろした。

「私は、カインを迎えに行ったわけではないよ。陛下から依頼されて……」

「もちろん、存じております。王妃殿下が療養の為に我が領城に長期滞在する、という話だったではありませんか。ご公務を離れての療養ということでしたら、私が話し相手になることもできるでしょうし、久々に友人として過ごせるのではないかとワクワクしてあなたの帰りをお待ちしていたんですのよ?」

今回のディスマイヤの領地訪問は、春の領地視察のように事前に準備をしたうえでのことではなかった。そのため、仕事も必要最低限の引継ぎをしただけだったし、家内の取り回しについてもほとんど準備できないままに出立していたのだ。

そのため、王都の邸を夫婦そろって留守にすることができずエリゼは留守番をしていたのだ。ディスマイヤが帰ってくれば、入れ違いでエリゼが領地へ行くことができる。

「いや、しかし。エリゼは夏の領地は好きじゃないだろう? カエルも出るし飛び交う虫も多い。虫の苦手な君には領地へ行くのは酷だろうと思ってだね」

「友人のお見舞いを兼ねての訪領ですわよ? 療養ということで、公務をはなれて自由時間が確保できたサンディアナと遊べるというのに、虫やカエルを気にしてどうするというのですか!? それに、夏の間だったらカインがいたんです。カインに虫よけをしてもらえばちょっとぐらい我慢できました! 何があったのか知りませんが、王妃殿下はもう王都にかえってきてしまっているそうじゃないですか」

ディスマイヤは言い訳を試みたが、エリゼにぴしゃりと跳ね返された。

実際のところは、領地に行くまでの通り道や宿泊場所で出てくるであろう虫にエリゼは耐えられない。

カインが王都に居た頃は、風魔法で部屋のうちから外へ向けて微風を吹かせ続けることで虫の侵入を阻止したり、雷魔法を弱くかけておいたランタンをベランダにつるすことで虫をそちらに寄せて退治するといったことをカインがやっていたのだ。

もともと王都の中心にあるエルグランダーク邸は虫が少ない。庭は広いが、庭師の老人が丁寧に虫の卵などを駆除しているからだ。

春から夏にかけての蝶だけは、どこからともなくやってくる。

「おっと、私はそろそろ城に行ってこなければ。何日も空けていたから仕事が溜まってしまっているし、新たにやらなければならないこともできたからね。夕飯には戻れないかもしれないから先に済ませてしまってくれ」

大人になってから、というよりお互いに結婚してしまってから友人として会えることが少なくなっている王妃殿下との時間を久々に楽しめると思っていたエリゼの怒りを避けるように、ディスマイヤは立ち上がった。

仕事が溜まっているのは本当なので、後ろめたさが少しだけ目減りした。

隣の席から、娘のすがるような視線を感じるがあえて気づかないふりをしてティールームから出て行った。

「はぁ。お父様には逃げられてしまったわね、ディアーナ」

入口の戸が給仕の手によって静かに閉められるのをみつめながら、エリゼが小さくため息をついた。ディスマイヤが王妃殿下を置いて帰ってこられなかった事、王太子殿下も一緒だったとのことでカインが戻ってこられなかっただろう事はエリゼにだってわかっていた。

ただ、一人仲間はずれにされたようで拗ね、八つ当たりをしてみただけなのだ。そして、そんな八つ当たりをディスマイヤは許すだろうことも、エリゼはわかっていた。

「あの、お母様?」

すでにない父の背を見つめ続ける母に、ディアーナが遠慮がちに声をかけた。ディアーナはカインの事が大好きだが、母だってカインの事が大好きなのだ。ディアーナは兄を独り占めしていたことに、改めて気が付いたのだ。母の怒りのオーラを受けることで。

ディアーナに呼ばれたエリゼは、気を入れ替えたようににこりと笑ってディアーナに向き合った。

「さ、お茶が冷めてしまったわね。入れなおしてもらいましょう。そして、夏休みの間、カインとどんな楽しいことをしたのかお母様におしえてちょうだい」

エリゼの声を受けて、ティールームの給仕たちが動き出す。

冷え冷えとした怒りのオーラが引っ込んだことで、その場にいた誰もがホッと胸をなでおろした。

ディアーナも、待ってましたとばかりに椅子の上で姿勢を正すと母に向かって夏休みにあった色んなことについて話しだした。

カインと行った楽しい事やはらはらしたこと、ドキドキしたことを母に伝えたくて仕方がなかったのだ。どんなにカインがかっこよかったか、頼もしかったか、面白かったかを話したくて仕方がなかったのだ。

暴動が起きて納めた話や、城に侵入者が現れて捕縛した話などを聞いた母エリゼは、

「今夜は、お父様とじっくりお話をしなければなりませんね……」

と微笑んだ。

顔はとてもやさしく笑っているのに、なんだかディアーナは背筋が寒くなってしまったのだった。

☆☆

ティールームから出たディスマイヤは、廊下に控えていたパレパントルを引き連れて玄関へと速足で歩いていた。

パレパントルは手にもっていた革の書類入れを渡しながら、留守中にあった出来事などを報告していく。

「サージェスタ侯の代替わりに必要な書類はその書類入れの中にそろえてございます。近々面会が必要である旨、手紙はすでに出しており返事待ちです。旦那様のご帰宅に合わせて返事が届くかと。名貸しの養子縁組を受けてくれそうな貴族家のリストはこちらに。それぞれが期待しそうな条件について調査した書類は執務室の方に保管しております」

「うん。ありがとうパレパントル」

領地から戻る際、馬で先に帰した騎士がディスマイヤからの手紙をパレパントルに届けてあった。パレパントルはそれをうけ、帰都した主人が何を必要とするかを判断し用意しておいたのである。

「ふっふっふ。ジジイどもにはさっさと引退していただかないとやりづらくてしかたがないからな。サージェスタ侯にはその先駆けになっていただこう。サージェスタ子爵も、老人にいつまでも当主にしがみつかれててお困りだろう」

「元老院まで手が届きますでしょうか?」

「サージェスタ侯の盤面遊戯仲間が居たと思うが、引きずり落とすところまでは行くまい。だが、サージェスタ子爵に恩を売ることができたからな。元老院のジジイの手を一つつぶせたことは確かだ」

悪だくみをしつつ、玄関前に用意されていた馬車までたどり着いた。先回りしてパレパントルが馬車の戸をあけると、ディスマイヤは颯爽と中へと乗り込んだ。

ドアから身をいれ、別の書類入れをさらに手渡すとパレパントルは戸を閉めて一歩さがった。

「行ってらっしゃいませ、旦那さま」

パレパントルの声に馬車のなかで一つ頷くと、ディスマイヤは馬車を出発させたのだった。