軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

緑に揺れる瞳

カインのゆるく編んだ三編みがふわりと浮き上がる。襟のフリルがさわさわと揺れ、棒タイの端が空を泳ぐ。

ゆるりとカインの体から風があふれでている。

急激に気温がさがったように、その場にいる皆が感じた。

「思わない」

カインが低い声で答えた。

ガタガタとパラソルが音を立てて揺れ始め、パラソルのフチに付けられていたフリンジが端からパキパキと凍り始めた。

イルヴァレーノがディアーナの背中から手を伸ばし、椅子ごと持ち上げて三歩さがった。

サッシャがオロオロと手を出したり引っ込めたり、ディアーナに近寄ろうとしてはカインの様子に気後れして下がってしまっていた。

「サッシャ、ディアーナ様に日傘をさして差し上げてください」

「あ。あぁ、そうですわね」

椅子の位置を下げたことで、ディアーナはパラソルの影から出てしまっている。イルヴァレーノに言われて、サッシャはハッとするとくるりと身を翻して日傘を取りに一歩さがっていたティーワゴンまで早足で向かっていった。

「イル君、やりすぎそうになったらとめてね」

「……それが出来るのはディアーナ様だけだと思います」

キールズが椅子の上で固まってしまっているコーディリアを椅子ごと引きずってディアーナの隣までさがってきた。コーディリアを下げるために地面に降ろされたスティリッツはキールズの後ろにいる。

お茶会のテーブルに取り残されたアーニーは目を限界まで見開いて、目の前のカインを凝視していた。

「りょ、領主はもっと領民の事を知るべきで……」

「あなたとディアーナが結婚することで領地がより良くなるとは、思わない!」

伏せていた顔を上げたカインの青い瞳の中が緑色に揺れている。特定の属性魔法を使うために魔力が練られている証である。緑は風、青は水だ。

カインの瞳は元々青いので、風と水の複合魔法である氷魔法を使うのに青い瞳に緑が滲んできているのだ。

「コーディリアがダメならディアーナで? 領民と領主の距離を縮めるために? ふざけるなよ」

バンとカインがテーブルを叩く。叩かれた所からパキパキと音を立てて氷が広がっていき、テーブルの上のグラスもケーキタワーも皆凍りついてしまった。

「ひっ」と短い悲鳴を上げてアーニーがテーブルから手を離す。自分の手のひらで反対の手のひらを掴んでゴシゴシとこすっていた。少し指先が凍ったようだった。

「あなたではディアーナを幸せに出来ない。ディアーナを幸せに出来ないくせに欲しがるなんて……」

パキンと軽い音がして、カインの髪をまとめていた紐が割れた。ゆるく編んでいた髪がふわりと解けていき空中に広がっていく。

「死ねばいいと思うよ」

カインの言葉と同時にぶわりと風が吹き上がり、パキパキと音を立てて氷が広がっていく。

とっさに席を立とうとしたアーニーだが、足から椅子、尻、腰と氷が這い上がっていって体が動かなくなっていく。

「貴族に頼っていてはダメなんだ!平民が独立して生きていける世の中にしなければ世界は終わるんだ!貴族にそれをわからせt……」

アーニーが何事かを叫びながら氷から顔を守ろうと腕を上げ、その形のまま全身が凍りついてしまった。カインを中心に広がる氷はそれでも止まらず、庭の地面を這って広がっていく。

「チッ」

舌打ちをしながら、イルヴァレーノがディアーナごと椅子を持ち上げて更に距離を取る。サッシャがオロオロしながらもディアーナを影から出さないように日傘を差し出しながらついてきた。

コーディリアとキールズで、顔を真っ青にしたスティリッツを抱えて逃げてきている。

「まだ表面しか凍ってないよ。すぐに溶かせば大丈夫だよ、お姉さん」

そばに逃げてきたスティリッツの腕をそっとなでて、ディアーナが声を掛けた。泣きそうなスティリッツは、ウンウンとすがるように頭を上下させている。自分で自分にディアーナの言葉を飲み込ませようとしているのだろう。

「イル君」

ディアーナが椅子を持ち上げているイルヴァレーノを振り向いて声をかけると、イルヴァレーノは椅子を降ろした。ディアーナがスカートの裾を摘んで椅子から立ち上がり、カインを見て息を呑んだ。

カインが、椅子を持ち上げてアーニーに振りかぶっていたのだ。さすがに、粉々にされてはどうしようもない。ディアーナとイルヴァレーノがカインに向かって走り出した。

「砕け散れ!!」

ブンっと音が聞こえるような勢いで持ち上げた椅子を振り下ろそうとしたその時。カインの腕がガクンととまり、つんのめって転びそうになった所を大きな手が支えて持ち上げた。

「落ち着かんか、カイン。何があってこんな事になってるんだ?」

「離してください叔父様!」

カインを腹で持ち上げて脇に抱えたのはエルグランダーク子爵だった。カインの手から椅子を取り上げ、暴れるカインをヨイショと持ち上げて抱え直す。

「日除けをどけてアーニーを日に当ててやれ。溶ければ凍傷ぐらいで済むやもしれん」

エクスマクスは遠巻きに見ていた給仕係に声をかけてパラソルをどけるように指示した。目のあった給仕メイドがカチカチに凍っていたパラソルを、エプロン越しに掴んで二人がかりでなんとか引っこ抜いて持っていった。

「離してください!リムートブレイク貴族法の第十五条で、貴族が平民を殺しても罰金だけで済むと定められています! 大丈夫ですから! 離してください!」

「何が大丈夫なのかさっぱりわからんがな。まぁ、まず落ち着け。話を聞くから。本当にアーニーが殺されるほどの事をしていたのなら、俺が片を付けてやる。子どものくせに率先して手を汚そうとするな」

「絶対ですね、絶対ですよ!」

カインはフゥーフゥーと息を荒くして抱えられた腕の中から叔父であるエクスマクスを睨みつけた。エクスマクスは苦笑いをして「わかったわかった」と請け負った。

そのエクスマクスの腕も表面に霜がまとわりついており、カインが興奮してまだ氷魔法を垂れ流してしまっている状態なのがわかる。

足元が凍ってしまって滑るので、イルヴァレーノに手を引かれてカインの側までディアーナが歩いてきた。

エクスマクスに荷物のように小脇に抱えられているカインの手を取ってギュッと握ると、反対の手でカインのほっぺたをツンツンとつついた。

「お兄様。お兄様。わたくしの為に怒ってくれてありがとうございます。でも、一度落ち着いてくださいませ。……お花がみんな凍って枯れてしまいます」

ほっぺたを突かれてディアーナの方に頭を向けたカインは、ディアーナの困った顔をみて目を見開いた。そしてへにょりと眉毛をさげると、がっくりと叔父の腕の中で脱力した。

「お兄様の手が冷え切っちゃったね。ディの体温を分けてあげるよ」

そう言ってほっぺたを突いていた手もカインの手に添えると、両手を使ってニギニギと握りだした。冷え切っていた場の空気が段々と温かくなり、夏の庭といった感じが戻ってきた。

バキバキバキと氷の割れる大きな音がしたと思ったら、半分ほど氷が解けたアーニーが、薄く残っていた氷を自分で割って脱出したところだった。

「領民の上にたち利益ばかりを貪る貴族に、俺達の気持ちがわかってたまるか!」

そう叫び声を上げると、アーニーは門へと駆け出した。

「イルヴァレーノ、つけろ」

「わかった」

カインに命じられたイルヴァレーノは、アーニーの向かったのとは別の方向に駆け出した。生け垣に向かって走り、植えられている樹木の前でジャンプすると、樹木の幹を蹴り更に高度を稼ぐとくるりと一回転して生け垣の向こう側に消えた。