降嫁先がいいところだった
作者: 高月水都
本文
「お父さま。突然の来訪お許しください」
全く許しを求めていない口調で、執務室で書類の整理をしている父――この国の王のもとにヘアラは訪れる。
「わたくしと宰相の養子を婚約させる話があるそうで……」
いったいどういうことかと尋ねに来ましたと伝えると、
「んっ。ああ。コディナの所にな。優秀な子供が居るんだ。あれは、将来大物になる。縁を結びたくなるような奴でな」
「わたくしは聞いていませんが」
手回しする前に話をしに来いと言外に告げると、
「……言えば、文句を言うだろう」
「…………文句を言いたくなるような相手なのですか?」
そんな相手に嫁がされるのはお断りだ。
「勘違いするな。――無駄にプライドの高いお前のことだ。同盟強化のための相手でないと嫌だとか言いかねないだろう。なまじ、相手はお前より年下だからな」
無駄にプライドの高いところは父に似ていると周りの者たちお墨付きなのですがと言いたかったが、それよりも気になる。
「年下。ですか……」
年齢差はあまり気にならないとはいえ、女性が年上なのは嫌がられることが多い。主に出産のことがあるので。
男性ならどんなに幼い妻をもらっても許される……さすがに祖父と孫ぐらいの差は眉を顰められるが、女性だとそうはいかないのは不条理だ。
「ああ。3歳下だ。あと、足が不自由で常に杖をついている」
「3歳下よりもそちらの方が苦情を言いたいですね……」
王女の嫁ぎ先だ。夜会に参加するのはほぼ必須と言える立場で足が不自由だとダンスも踊れないではないか。
ダンス一つで不仲説が出るのが社交界の恐ろしいところで、そんな相手に嫁ぐのは。
「――ヘアラ。お前は、俺に似ている。おそらく、男に生まれているか 兄弟姉妹(きょうだい) の中で上の方に生まれていれば王位継承も狙えるほどの才能もある。同盟国に嫁がせれば、生国が有利になるように嫁いだ先で夫を操れると思えるほど」
「…………」
それは買いかぶり過ぎだろう。確かに下から数えた方が早い娘にそんなことを言うのは。
「だから、お前を宰相の養子に嫁がせる。――きっと、お前も気に入るはずだ」
お前は俺に似ているからな。
そんなことを言われたら、一度くらい会ってみようという気持ちになった。
(そういうところは父上は上手い)
人を煽て、のせられてもいいかと思わせるところが。
「初めまして、アーティと申します」
宰相の養子……わたくしの婚約者は穏やかな笑みで迎えた。足が不自由なのは本当のようで杖を手放さない。
「ヘアラよ」
簡潔に名乗り、相手の出方を待つ。
「 ヘ(・) ア(・) ラ(・) 第(・) 5(・) 王(・) 女(・) 殿下。お会いできて光栄です」
そっと手を持って挨拶するさまは、貴族令息と言っても過言ではない綺麗なしぐさ。
だけど、彼は養子だ。
(養子に入る前はどこで暮らしていたのかしら)
父に尋ねたら、
『知らない方が面白いだろう』
などと言って、事前情報を集めることが出来なかった。
その時点で、父にいろいろ言いたかったが、すでに父が調べていての結果。そして、隠した方が面白いと判断された人材という点でも興味が湧く。
とはいえ、父はいったいこの人のどこが気に入ったのか。
取り敢えず、初回は様子見……探っているだけで終わってしまった。
「そこに駒を進めると三手で負けますよ」
「うっ!!」
翌日。アーティの実力を図るために得意なチェスを持って勝負に挑んだが、すでに15敗している。最初は手を抜いて勝たせようとしていたのだが、本気でやってほしいと告げたらこうなった。
「強いわね……」
「いえ、まだまだです」
彼の言うまだまだの部分が、わたくしに悟らせない様にいかに自然に わ(・) た(・) く(・) し(・) を(・) 勝(・) た(・) せ(・) る(・) か(・) という見極めだと気付いたのは10敗ほどした時だっただろうか。
アーティが実力を出せば、もっと早く勝敗が付いていた勝負もあった。だが、彼は僅かに手を緩めてこちらの動きを見ていた。
その時点でまだ実力を隠している。だが、彼に実力を出させるほどの技量がないと気付かされて自分の弱さに悔しさが込み上げる。だけど、
「ヘアラさま。そろそろ休憩にしましょうか」
そう告げるとアーティが用意するのは彼の手作りのお菓子。彼はわたくしを餌付けするかのように毎回お菓子を手作りして休憩の時に出してくれる。
それに騙されるものですかと思っているが、彼の用意するお菓子はどれもわたくし好みで手なずけられている気分になる。
「貴方にいいように踊らされている気分だわ」
「思い通りになる婚約者だったら興味を持たないでしょう。私も必死なんです」
本当に必死なのかと疑いたくなるが、言われてみれば、底が浅いだけの人物ならすぐに興味を失うだろう。
『お前も気に入るはずだ』
父のしたり顔が脳裏に浮かぶ。確かに、気に入っている。この食えない性格を。
だけど、結婚して伴侶にすると言えば微妙だ。せいぜい部下に欲しい程度だと思うだけ。
父がわたくしの伴侶にするといった意味が分からないまま数年過ぎ、本格的に婚姻の準備に差し掛かった時に………父の体調が思わしくない。という噂が広がった。
年齢が年齢だろうと思われるが、その事実に今まで父に不満を持っていた者たちが動き出したのを感じ取れた。
「愚かね……」
父はすでに長男を王太子として認めていた。
『俺は不安定な国を安定させるのは向いているだろうけど、安定した国を維持できるのはたぶん、お前しかいないだろう。――周りが戦争が起きそうなほど緊迫しているのなら他の者に継がせるが』
かつてお前は俺に似ているとわたくしに向けて告げていた父は、国の安定に一番向いていると思われると判断した長兄を王太子にしたことにわたくしは納得できた。
だけど、納得できないものも居た。
それが父にそっくりな血気盛んな次男と欲望に取り憑かれた三男で、それらの派閥が父が弱まったのを知ってそれぞれ神輿を担いで動き出したのだ。
「ヘアラっ。俺の陣営に入れ! お前と俺が組めば大陸征服も夢ではない!!」
結婚式のドレスを選んでいる矢先に、第三王子がノックもせずにそんなことを告げてくる。
「………………何をいきなり」
「いい考えだろう!! 親父に一番気性が似ているお前が、足が不自由な元庶民の元に嫁ぐよりもいい相手を俺が見繕ってやれるしな!!」
「……………」
つまり、わたくしを自分の都合のいい相手との政略結婚の駒にするつもりですか。
アーティとの婚約が決まる前ならいざ知らず、婚約が決まって、間もなく結婚の時期にそれは悪手だと思わないのだろうか。
「と言っても急には決めれないか。――だから、憂いなら消してやった」
「……………っ⁉」
「じゃあ、お前との今後が楽しみだな」
憂いという言葉にアーティの姿が脳裏に浮かんだ。足が不自由な父の気まぐれで気に入られた宰相の養子。
元は庶民。
「姫さま…………」
侍女が心配そうに声を掛ける。
「アーティの元に向かいます」
お願いだから無事でいて。そう祈るようにすぐに宰相宅に向かったのだが……。
「何これ……」
宰相宅は侵入者が襲撃していてあちらこちらに争った跡がある。だけど、明らかに侵入者と思われる存在が足に縄を掛けられて逆さにぶら下がっていたり、落とし穴に落ちていたり、ねばねばした物で身体の動きを封じられている光景があるとは想像もしていなかった。
「ヘアラさま!!」
念のために連れてきた護衛が指差す方向にはアーティとアーティを狙う侵入者。
「アーティ!!」
叫ぶが間に合わない。アーティが殺される……。
走馬灯のようにアーティとの日々が脳裏に浮かぶ。アーティとの日々は楽しくて幸せで………アーティが喪われるのは許せない。
ああ、わたくしはアーティが好きなのだと気付いたのがこんな喪われる瞬間だなんて。
「アーティぃぃぃぃいぃ!!」
「――はい。ヘアラさま」
アーティが微笑んだのが見える。自分が殺されるのに何で微笑むのかと言おうとした矢先だった。
アーティの持っていた杖が侵入者の股間を攻撃して、相手を悶絶させている。
「……………」
わたくしは何を見せられているのだろうか。困惑している間にそれがたまたま当たった攻撃だと判断した別の侵入者が攻撃しようとしたが、今度は杖で力いっぱい首を狙って反撃する。
「――杖だけだと埒があきませんね」
アーティが杖に触れると杖から刀身が出てくる。
「――足が不自由でも戦えますので」
そんな言葉と共に見せられたのは、足が全くハンデにならない。どちらかと言えば、足が不自由なので無駄な動きを見せない戦い。
最小限に動き、敵の攻撃を避けて、隙を窺っての攻撃。
「なんだこいつ。強いぞ!!」
侵入者が警戒をしてじりじりと動くのだが、
「ああ。――そこは」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
アーティの声と同時に、アーティを警戒していた侵入者の悲鳴が上がった。侵入者の足が罠に触れて、まるで吊り上げられた魚のように上空に引き上げられていったのだ。
「罠がありますよと言おうとしたのですが……」
遅かったですね。
にこやかに告げるアーティの言葉がわざとにしか聞こえない。いや、もし先に告げていても逆に信じなかったかもしれないが。
「ヘアラさま。ようこそいらっしゃいました。ですが、我が家は今立て込んでいまして……」
「立て込んでいるので片付けてしまえるのね……」
「はい。――どうも、私とヘアラさまの婚約を、 私(・) を(・) 殺(・) し(・) て(・) 白(・) 紙(・) 化(・) し(・) た(・) い(・) 方が多いようで……」
「ええ。それを知ったからあなたの元に来たのよ……だけど……」
「――困りますね。そんな勝手なことをされては……とは言ってもヘアラさまのお気持ちもあるのでもし白紙化したいのなら……」
「冗談じゃないわ!! アーティとの話を白紙化なんてっ!!」
叫んでしまってすぐに気づいた。
アーティはわたくしからの告白を狙っていたのだと。
「はい。――私も困ります。私もヘアラさまとの結婚を心待ちにしているので」
なので、
「人の恋路を邪魔するのなら叩き潰しましょう」
アーティは微笑みを消していた。冷たい視線で侵入者……いや、その先にいる存在を見据えているように見えた。
彼はすぐに王太子である兄上の元に向かうと大量の書類――第二王子と第三王子の派閥に属している者たちの行っている不正の証拠を差し出した。
「――で、この者とこの者が、**国と裏で繋がっていて、こっちは・・国に買収されています」
内乱を起こして、その隙に戦争を仕掛けようとしている輩がいる事実をいつの間にか調べ上げ、それを報告していく。いったいいつの間にしていたのかと信じられない想いで見ていると、
「ああ。そうですね。表向きは、内乱を防ぎたいから話し合いをするということでそれらの派閥の方々を呼び寄せましょう」
そこで一網打尽にすればいい。
「なんなら、体調を崩されている陛下が危篤だと言えばすぐに駆け付けるでしょう」
と罠を張り巡らせて、あっという間に元凶らを一網打尽にしていく。
ついでに父がその両陣営に毒を盛られていた事実まで発覚して、盛大な大掃除になってしまった。
「いい相手だろう」
毒にやられて体調を崩していたはずの父が楽しそうに報告を聞いて告げてきた時は殺意が湧いた。
「これで俺の次の世代も安泰だと見せられたし、掃除も終えた」
「………父上。まさかわざと毒を飲みましたか?」
ここまでの結果だとそう疑いたくもなる。
「まさか、そこまで悪趣味ではないぞ」
その言葉にほっとする。この父ならあり得ると思ったのだ。
「まあ、面白い人材だと娘に教える機会があったのは喜ばしいがな」
「それは………まあ、そうですね……」
宰相宅のあの罠はアーティの生み出したものであり、アーティ自身は足が不自由であるが、それに支障がない程度の戦闘力を持っていた。
惚れ直したと言っても過言ではない。
「お前は俺に似ているからな」
父の言葉に複雑な気持ちを抱くが、
「――ええ。そうですね。降嫁先がいいところで安堵しました」
と告げると父は腹がよじれるほど笑っていた。