軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

85.絶望に抗え

「……モモ?」

呆然と俺は先程までモモが居た場所を見つめる。

そこには水溜まりのような闇が広がっていた。

表面が小さく波打っている。

「え……あ、え……?」

何が起きたんだ?

分からない。

理解出来ない。

理解することを、脳が拒んでる。

―――モモが、闇に飲み込まれた。

「…………ぁ」

その簡単な事実を理解するのに、数秒かかった。

「モモ……」

心が真っ黒に染まってゆく。

俺は力なくその場に崩れ落ちる。

「ウォォォォォォォォォォォォンッ!」

ダーク・ウルフが高らかに遠吠えを上げる。

その声音には、何故か喜びの感情が混じっているように感じた。

「…………」

ふらりと、幽鬼のように立ち上がり、俺はダーク・ウルフを睨み付ける。

身体の震えはいつの間にか止まっていた。

なのに心は苦しく、張り裂けんばかりに震えている。

あれほど逃げたいと思っていたのに、今はそんな気持ちが微塵も浮かばない。

「――返せよ……」

≪一定条件を満たしました≫

≪スキル『怒り』を獲得しました≫

≪熟練度が一定に達しました≫

≪スキル『怒り』がLV1から2に上がりました≫

≪熟練度が一定に達しました≫

≪スキル『怒り』がLV2から3に上がりました≫

≪熟練度が一定に達しました≫

≪スキル『怒り』がLV3から4へ上がりました≫

≪熟練度が一定に達しました≫

≪スキル『怒り』がLV4から5に上がりました≫

「モモをっ……返せえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッ!!!!!」

そう叫んだ瞬間、俺の中の何がキレた。

感情が爆発し、頭の中が真っ白になる。

恐怖が吹き飛び、身体の内側から力が溢れてくる。

武器を握りしめ、俺はダーク・ウルフへ突撃を仕掛ける。

信じられないほどの速さで動いた。

だがダーク・ウルフは動かない。

ただ小さく前脚を動かした。

まるで「下らない」とでもいうように。

その動きに連動するかのようにヤツの周囲の闇が広がる。

現れたのは、巨大な咢だ。

ぼたぼたと黒い泥を垂れ流しながら巨大な闇の咢が俺へと向かってくる。

それがどうした?

「邪魔だ」

俺はジャンプすると同時に、咢の真上に廃車を出現させる。

そして、空中にも廃車を出現させ、足場を作り出す。それを思いっきり踏みしめ加速。その蹴りを、廃車に乗せて、闇の顎に叩きつける。

「ッ!?」

「潰れろ」

闇で出来た咢を粉砕し、その廃車を足場に、ダーク・ウルフの下へ。

ヤツはまだ動こうとしない。

ただ息を吸おうとした。

「―――二度も同じ手を食うかよ」

先程は油断したが、今度は違う。

グツグツと煮えたぎるほどの熱に脳が浮かされているのに、思考は冷静に状況を『観察』し、相手の動きを『予測』していた。

手元に取り出した『ただの包丁』を投げつける。

コイツの叫びが、モモやハイ・オークと同じスキルなら、弱点も同じはずだ。

そのスキルには『溜め』がいる。そして、その間に別の行動を取らせれば、『叫び』のスキルはキャンセルされる。

ダーク・ウルフは俺の投げた包丁を闇で弾く。予想通り、『叫び』のスキルは解除された。

「うおおおおおお!」

オークの包丁(上物)を握りしめ、ダーク・ウルフへと肉薄する。

戦術も糞も無い、ただスキルとステータスに任せた連続斬りだ。

だがダーク・ウルフには届かない。

闇による自動防御が斬撃を防ぐ。それがどうした!

攻撃を緩めない。

≪熟練度が一定に達しました≫

≪スキル『剣術』のLVが4から5に上がりました≫

≪熟練度が一定に達しました≫

≪スキル『急所突き』がLV3から4へ上がりました≫

スキルのレベルが上がる。

ありがたい。更に攻撃に鋭さが加わる。

闇を切り裂き、ダーク・ウルフへと迫る。

「ウォォォオオオオオオンッッ!!」

奴が叫ぶのと同時に、俺の足元から闇の棘が出現する。

足の裏から肉を裂き、腕を抉り、血が噴き出す。それがどうした。

『影』を使い、刺さった棘をへし折り、引っこ抜く。

痛みはとっくに麻痺していた。

構うことなく、俺はヤツへの攻撃を続行する。

「返せッ……!」

『危機感知』と『敵意感知』が発動する。

全方位から闇の腕が、顎が、槍が俺に迫る。それがどうした。

「モモをっ……!」

周囲に即席の壁と足場を作り出し攻撃を続ける。一秒も保たないだろう。

だからどうした。その前に、コイツを殺せばいいだけだ。

「返せえええええええええええええええええええええええええっ!!」

その時の俺はどんな顔をしていたのか。

ダーク・ウルフと目が合った。

「―――ッ」

その瞬間、それまで一歩も動かなかったダーク・ウルフが動いた。

後ろに飛び退き、俺と距離をとったのだ。

「はぁっ……はぁっ……逃げ、るな」

モモを返せ。

血塗れの身体で、ヤツを睨み付ける。

「…………」

ヤツは視線を逸らさない。

だが、ダーク・ウルフの瞳には初めて『敵意』以外の、そう……『興味』の色が含まれているように感じた。

ヤツの足元に波紋が浮かぶ。

闇に捕らわれたモモが姿を現した。

「モモッ!」

モモは動かない。

でも死んでいない。

気を失っているだけのようだ。

「……なんのつもりだ?」

人質……いや、犬質のつもりか?

「……ウォン」

ダーク・ウルフは小さく吠える。

それは何かを問いかけているようだった。

「何が言いたい……?」

ダーク・ウルフはモモを高く掲げ、もう一度低く吠える。

「ウォン……」

モモやアカとのコミュニケーションの中で、俺の人外会話能力は鍛えられたのか、何となくだが、コイツが何を言いたいのか伝わった。

ダーク・ウルフは多分こう言ったのだ。

―――コイツは、お前の何だと?

そう問うている。

「―――相棒だ」

迷いなく俺は答える。

その表現が一番しっくりくる。

イチノセさんやアカを表すなら仲間という表現が合うだろう。

でも、モモはと聞かれれば答えは、『相棒』だ。

世界がこうなる前から、家族やコレと言って親しい友人もいない俺にとってたった一匹の大切な―――、

「大事な……俺の 相棒(パートナー) だ」

「……」

俺の言葉が伝わったのか、ダーク・ウルフは少しだけ目を丸くした。

じっと俺を見つめた後、何を思ったのか、ゆっくりとモモを闇の上に置いた。

先程のように、闇に取り込まない。ただ静かに横たえ、その前に佇む。

理由は分からないが、ダーク・ウルフはモモを殺すつもりはないらしい。

その姿はまるで、宝物を護る守護者の様だ。

そしてダーク・ウルフは俺を見る。それは挑発するかのような視線。

「ガゥ」

そんなに大切なら取り返してみろと、そう言っている気がした。

「ああ、当たり前だッ……」

正直言って、勝ち目は薄いだろう。

戦ってみてハッキリわかった。

このダーク・ウルフは以前よりも遥かに強い。

でも―――それがどうした?

モモを置いて逃げるという選択肢なんて、俺の中には無い。

自分の命が一番だという気持ちは、今も変わらない。

だが、それでも、俺にだって譲れないモノの一つくらいはある。

ここで逃げたら、俺は絶対に後悔する。

「ウォォォオオオオオオオオオオオンッ!」

ダーク・ウルフが吠えながら、俺に突っ込んでくる。

―――速いっ!宙を舞うように、瞬時に距離を詰められる。

刹那、ヤツの纏う闇が、二つの巨大な鉤爪に変化した。

「グァウッ!」

轟音を立て振るってくる黒い鉤爪。

咄嗟に刃を前に出し、攻撃を受ける。

「ガッ……ああああああああああああああああああッ!」

―――重い。

とてつもない衝撃が俺を襲う。防ぎきれない!

「~~~(ふるふる)!」

刹那、小さくなり、僅かな力しか残されていないアカが肉体を変化させ、俺の身体を包み込む。

衝撃を拡散させ、勢いを緩ませる。

その隙に、俺は脱出を図る。

だが、爪は二つあった。

側面から、もう一つの鉤爪が俺に迫る。

その時、連続した小さな発砲音が響き、僅かに鉤爪先端を散らし、軌道を逸らした。

見なくともわかる。

イチノセさんの援護射撃だ。

浅く腕を切り裂かれながらも、俺は二撃目も躱す事が出来た。

(―――援護は任せて下さい!)

(ありがとうございます、イチノセさん!)

振り返る事はしない。

そんな余裕はない。だが、姿を見ずとも、言葉を交わさずとも思いは伝わる。

集中力を高めろ。一瞬たりとも目を逸らすな。

そうでなければ、待っているのは、『死』だけだ。

「ああああああああああああああああああッ!」

再び、振るわれる巨大な鉤爪に向かって、俺は包丁のみねに手を立てて、強引に攻撃を逸らす。激しい衝撃が襲う。ビキリと腕が軋み、血が噴き出す。

その衝撃の余波で地面が抉れ、衝撃は校舎にも伝播し、ガラガラと音を立てて崩れてゆく。

「ガルルルルルッ!」

ダーク・ウルフは呻りながら、鉤爪を何度も振るう。

奴にとっては、この攻撃は必殺の一撃でもなんでもない。

いくらでも繰り返せる通常技なのだ。

否が応にも思い知らされる圧倒的な力の差。

「……、……(ふる、ふる)」

アカが苦しそうに身を震わす。

アカの衝撃吸収とて万能ではない。

吸収限界は必ず存在する。

このままじゃ、モモに続きアカまでも……。

「くっ……」

歯噛みするが、これ以上の余裕はない。

このままじゃ―――やられる。

だが、ダーク・ウルフは攻撃の手を緩めない。

それどころか、更に二つの巨大な鉤爪が生み出された。

単純に倍。二倍の攻撃力。

「く、そ……ッ!」

四つの鉤爪が迫る。

届か……ないのか?俺じゃ、俺たちじゃ、コイツには勝てないのか……?モモを助けられないのか?逃げろ、逃げろ、逃げろ―――。

一瞬だけ、そんな考えが頭を過る。

でも、それでも、

「……諦めて……たまるかッ!」

ふざけるな!

誰が逃げるか!

考えろ!生き残る為の術を!

前を見ろ!進むべき道を探せ!

臆するな!心を奮い立たせろ!

屈するな!可能性を模索し続けろ!

今だけでいい。

力が欲しい。モモを、相棒を取り戻す力が。

この場を、皆で生き延びるための力が。

瞬間、俺の頭に声が響いた―――。

≪スキル申請を受理しました≫

≪前保有者の死亡を確認しました≫

≪固有スキル『■■■■』を使用可能な状態へ変化させます≫

≪固有スキル『職業強化』が使用可能になりました≫

頭の中に響く天の声。

同時に体の中から力が溢れてくる。

なんだ……これは?

見える、『五感』が強化され、攻撃の軌道が『予測』出来る。

躱せる、『敏捷』が強化され、攻撃の隙間を風のように駆け抜ける。

「ガウッ!?」

躱せると思っていなかったのだろう。

ダーク・ウルフの顔に、初めて戸惑いの色が浮かんだ。

でも、戸惑っているのは、俺も同じだ。

どういう事だ?

今のは一体?この溢れる力は一体何だ?

俺はステータス画面を開く。

そして固有スキルの欄を見て、驚いた。

固有スキル

早熟

職業強化

今まで文字化けして読めなかった場所。

そこには、新たなスキルが記されていた。

「どうして……?」

今まで全く意味をなさなかった謎の固有スキル『■■■■』。

それがなぜ今になって使えるようになった?

いや、思い出せ。

確か、天の声は前保有者の死亡を確認した、とか言っていた気がする。

その前にも、確かこんな天の声が流れていた筈だ。

―――現在スキルの申請を行っています、と。

余裕が無くて聞き流していたが、アレはこの事だったのか?

もしかして、スキル欄が文字化けしていたのは、他に所有者が居たから?

固有スキルの保有者は重複しないってことなのか。

仮に、固有スキルの取得条件を満たした者が二人いた場合、先に条件を満たした者に固有スキルが与えられ、もう一人には保留という形で『■■■■』というスキルが与えられる。

そして、前の保有者が死亡すると同時に、もう一人にそのスキルが与えられる。

そう考えれば、辻褄は合う。

でも、なんでこのタイミングで……?

前の保有者っていったい……。

―――俺ならそのスキルを、もっと『強化』出来るぜ?

不意に、彼女の―――魔物使いの台詞を思い出す。

……もしかして、前の所有者は彼女だったのか?

『職業強化』。おそらく効果は、その名の通り職業を強化するスキル。

正確には、職業選択の際習得した付随スキルの強化なのだろう。

だとすれば、彼女があれだけのモンスターを従えてた理由も説明がつく。

彼女も俺と同じ固有スキル持ちだったのだ。このスキルこそ、彼女の強さの根源。

そうか、そう言う事だったのか……。

「は……はは……」

思わず笑ってしまった。

まさかここにきて、この絶体絶命の状況で、こんな都合のいいスキルが手に入るだなんて。

そして、もう一つ分かったことがある。

俺は自分のHPとMPを見る。

HP :33/180

MP :3/35

僅かだがMPが残っていた。

なぜかと思ったが、自分のLVを見て納得した。

レベルアップし、増加した分のMPだ。

これなら使える。

一回だけだが『忍術』を。

それも『強化した状態』で。

再び思考が、加速する。

生き延びるための、モモを助けるための手段を紡ぎ出してゆく。

熱い、体が燃えるように熱い。

「はぁッ……はぁッ……!」

満身創痍。

使える忍術は一回だけ。

敵はハイ・オークも超えるモンスター。

ああ、この上なくクソッ垂れな状況だ。

でも―――それがどうした?

作戦が決まった。

絶対に成功させる。

僅かに見えた希望の光。

それを手繰り寄せる以外に道はない。

「待ってろ、モモ……」

絶対にお前を助け出してやるからな。