作品タイトル不明
269.VS先遣隊 総力戦 その10
「ああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
ランドルはマスターキーへと手を伸ばすが、届かない。
シュラムの張った結界に阻まれて外へ行けないからだ。
一方でマスターキーは、一度俺が触れたことで、俺の所有物扱いになり、この結界をすり抜けた。
「くそっ! くそっ! くそっ!」
何度も結界を叩きつけるが、さしものランドルでもシュラムの張った結界は破れない。コロコロと目の前で転がるマスターキーに手を伸ばすが、絶対に掴みとれない。届かない。
「くそっ! こい! 転がれ! こっちに転がってこい! 誰か! 誰でもいい! それを私に寄越せ! それは――」
ランドルの叫びは誰にも届かない。
コロコロと、マスターキーは地面を転がる。
少し風が吹けば、ひょっとしたらまた結界の中に戻るかもしれない。
そんな絶妙な距離。だが手を伸ばそうとしても決して届かない。絶対的な距離。
「わ、私の! 私のマスターキーだ! くそっ! こんな結界! くっそおおおおおおおおお!」
ランドルは何度も結界を叩きつけるが、やはり結界は壊れない。
手を伸ばしても、もうマスターキーは取り返せない。アイテムボックスを使おうにも、この結界の中は『収納無効』エリア。結界の外にあるマスターキーは収納できない。
そしてマスターキーが無ければ、ランドルにはもう何も出来ない。
これまでのような絶対者ではない。他の異世界人や俺達と同じ。
――ただの人間だ。
「ッ……」
というか、ヤバい。
意識がもうろうとしてきた。
そりゃそうだ。腹に穴が空いてるんだから。
『――まったく無茶をする。鮮血領域』
すると、アロガンツが近づき、鮮血領域で出来た血で傷を塞いだ。
『応急処置だ。『英雄賛歌』も発動しているし、君の生命力なら持ちこたえるはずだ』
「……悪い。助かった」
『まだ助かったというには早いだろう。ひとまず結界の外に出ようとしても、アイツを差し置いて、それを行うのは至難だぞ?』
「……だな」
ゆっくりと、ランドルが俺達の方を向く。
それまでの余裕も、気品もない。ただただ、怒りと憎しみに満ちた表情。
「よくもまあ、こんなふざけたことをしてくれたな。貴様ら、絶対に許さんぞ。八つ裂きにしても飽き足らん」
『負け惜しみだね。素直に認めたらどうだい? 自分が油断していたと』
「ああ、油断していた。認めよう。だから――死ね」
刹那、ランドルが俺達の眼前に迫る。
その手にはそれまでとは違う禍々しい武器が握られていた。
おそらくはなんらかのスキルで創りだしたヤツ本来の武装。俺達を一撃で葬り去るのに十分な殺傷力を持つのは容易に理解出来た。
これは躱せない。
その刃が俺達の首を刎ねようとした瞬間――。
「―― 座標交換(チェンジ) 」
次の瞬間、俺とアロガンツは結界の外に居た。
代わりに、結界の、俺達が居た場所には、ベヒモスとリヴァイアサンが居た。どちらも見覚えのあるモンスターだ。
「なっ――!?」
「ギャォオオオオ!」「ギッシャアアアアアア!」
二体のモンスターが切り裂かれて絶命する。
「間に合ったわね……」
俺達のすぐ傍にリベルさんが居た。
「……助かりました」
「それはこっちの台詞よ。よくやってくれたわ、カズト」
でもどうして彼女がここに居るのだろう?
リベルさんは第三結界の方に居たはずだ。そっちには確か先遣隊が三人もいたはずである。
「ペオニーのおかげよ。まさかアレが援軍に来るなんて思いもしなかったけど、おかげでアイツらの結界から抜け出せた。礼を言うわ。えーっと……アロガンツよね?」
『どういたしまして、と言っておこうか。君に礼を言われるのは気色が悪いがね』
「あっそ」
リベルさんはアロガンツの皮肉も適当に受け流す。
それにしてもペオニーのおかげで結界から抜け出せた……?
意識をそちらに集中してみると、三人居たはずの先遣隊の気配が二人減っている。
二人死んだってことか?
疑問が湧くが、その理由はすぐに分かった。
リベルさんが居た第三結界がペオニーの気配で埋め尽くされていたからだ。
ちらりと、リベルさんの方を見る。
「これは……ひょっとして?」
「ええ、ペオニーの巨体で物理的に結界内を覆い尽くしたの。私は結界を透過出来るから、そのまま結界の外に押し出されたけど、先遣隊はそうはいかない。リジーとナルスは死んだわ。ペオニーの巨体と結界に押し潰されてね」
「それはまた……」
なんともエグい最後だな。全く同情はしないけど。
「結界が使えるオリオンだけが今もあの中に閉じ込められているわ。リジーもナルスも私を封じるためだけに特化した人選だったのが災いしたわね。二人とも、私を封じること、呪うことに集中し過ぎて、ペオニーへの対抗手段を持ち得なかった。ベルドみたいなスキルでもあれば話は別だったのにね」
「……役立たず共が」
ぽつりと聞こえたランドルの呟きを、俺達は聞き逃さない。
「自分の役目も果たせないとは……。少々人選に問題があったようだ」
本当にコイツは自分以外はコマとしか思っていないのだろう。もはやそれを取り繕うこともしていない。
「はっ、それ自分へのブーメランになってるって気付かないの? ねえ、ランドル? 今、どんな気持ち? 舐めてたこっちの世界の人達に足元をすくわれるってどんな気持ちかしら?」
「リベル……ッ!」
「いい顔ね。そんな顔も出来るなんて少しだけアンタの事を見直したわ」
リベルさんは足元のマスターキーを拾う。
「それは――ッ! 返せ! それは私のものだ!」
「違うわよ、これは私のお師匠さまのもの」
怒りに染まるランドルの顔を、リベルさんはどこか虚しそうな顔で見つめる。
「……今までのアンタは無機質な、王としての使命や義務感みたいな顔しか見せなかったけど、そんな顔も出来たのね。アンタが常に『統治者』としての使命を優先していたからこそ、私も心のどこかではアンタの考えを否定しきれなかった。王として、為政者として、あの世界の人達の事だけを考えるなら、確かにアンタの考えにも一理あるって。そう思ってた」
でも、とリベルさんは続ける。
「そんなアンタの剥き出しの表情がソレとはね。仮面が剥がれれば、アンタもその程度の男でしかなかった。本当に見直したわ。おかげで――私も迷いは一切なくなった」
リベルさんは懐から何かを取り出す。それは青紫色の水晶だった。リベルさんの持つスペアキー。それをマスターキーへと近づけると、二つの水晶はまるで溶け合うように一つになった。
「これがマスターキーの本来の姿。これまでと違い、システムにおける全てを使用者への反動を一切なく使用することが出来る完全なるアイテム」
輝きを一気に増したマスターキーはまるで世界そのものを凝縮したかのような存在感を醸し出していた。同時に、「近づいてはいけない」と本能とスキルがこれまでにない程に警鐘を鳴らしていた。
マスターキーに僅かに触れただけで、生命力が一気に枯渇しそうになったのだ。
もしアレに触れれば、一瞬で命を奪われてしまう。そんな確信めいた予感がした。
「リベルさん、大丈夫なんですか?」
「問題ないわ。私は死王だもの……とはいえ、ちょっと疲れるけど」
ふぅとリベルさんは息を吐く。
完成したマスターキーを愛おしそうに撫でると、何かを決意したような目でランドルを見た。
「……ねえ、ランドル。私達は道を間違えた。もっと別の方法があったかもしれないのに」
「――待て」
リベルさんが何をしようとしているのか、ランドルは気付いたのだろう。
俺もなんとなくだが、リベルさんが何をするのか予想がついた。
アロガンツもそれを止めようとはしない。
「待て、止めろ、リベル。それだけはやめろ。それは……それは我々の希望だ。お前が、お前一人の勝手な判断でしていいことじゃない!」
「それはお互い様でしょ。だから、これでおあいこにして、これで――お終いにしましょう」
リベルさんは完成したマスターキーを高く持ち上げ――。
「やめろ……やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!」
思いっきり、地面へ向けて叩きつけた。
パリンッと、あまりにもあっさりと。
この世界のシステムに唯一干渉できるマスターキーは粉々に砕け散ったのだった。