軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

239.植木鉢

「……ペオニーを復活させる?」

「ええ」

オウム返しに呟いた俺に、リベルさんは頷く。

「元々ペオニーは私達の世界では神樹と呼ばれ、森に恵みをもたらす存在だったの。だけど事情があって――いや、誤魔化すのはよくないわね。私達、異世界人が神樹の力を手に入れようとして、森とあの子を傷つけた。それが原因であの子は怒りと憎しみで自我を失い暴走してしまったの」

「……」

それは俺も知っている。

ペオニーとの最後の戦いで、俺はアイツの記憶に触れた。

激しい怒りと憎しみ、悲しみ、そして後悔。

元は心優しく穏やかな気性だったペオニーは、化け物になった自分にずっと苦しんでいた。もう終わりにしたい、殺してくれと俺に懇願する程に。

「……ペオニーを復活させてどうするんですか?」

「言ったでしょ。アナタ達に有利な環境を整える。支援魔法の領域版みたいなものよ。先遣隊との戦いでは絶対に役に立つわ。トレントの最上位であるペオニーならそれが出来るの」

「……」

ペオニー――いや、トレントにそんな力が?

……待てよ? そう言えば、以前五十嵐さんがトレントを鑑定したときに妙なスキルがあったって言ってたな。

スキル名は確か――、

「――異界固定」

「あら? 知ってたの?」

俺の呟きにリベルさんは意外そうな表情を浮かべる。

「名前だけです。今の今まで忘れてました」

本来ならこんな重要そうなスキル名を忘れるとは思えないんだが、これもトレントの影響なのかもしれない。強く意識しないとすぐ忘れてしまう。本当に厄介なモンスターだ。

「思い出せるだけでも凄い事よ。半神人に進化した影響かもしれないわね。トレントのスキルってある意味、呪いみたいなところがあるから」

「成程……」

半神人の『呪毒無効』か。

トレントみたいな認識阻害や忘却にも効果があるなんて嬉しい誤算だ。

「話がそれたわね。『異界固定』は全てのトレントが持つ種族スキルみたいなもので、その効果はこちらの世界と向こうの世界の同化を阻害するというもの。トレントたちはこの世界と異世界が融合するのを防ぐ役割を与えられているの」

「融合を阻害……? それって矛盾してませんか? システムはこの世界と異世界を融合させるためのものなんですよね?」

「ええ、前にも言った通り、世界の融合は段階的に行われるの。互いの齟齬を少しでも減らすためにね。トレントたちはそのための『緩衝材』のような役割を担っているの」

緩衝材……そう言えば、リベルさんと初めて会った時にも気になる事を言っていたな。

――やっぱり神樹いえ、ペオニーの影響は大きかったみたいね。ここら一帯のトレントが受け持っていたはずの『異界固定』の効果がかなり薄くなってる。おかげでようやく私もこっちに来る事が出来た。

確かそんな事を言っていた気がする。

トレントが世界の融合を邪魔する役割を担っているなら、俺達が周辺のトレントやペオニーを根こそぎ駆逐したこの場所は、言うなれば『異世界と最も融合しやすい場所』と言えるだろう。

異世界との親和性が高かったからこそ、リベルさんは俺の前に現れた。

あれは偶然ではなく、俺達がペオニーを倒したからこその、必然の出会いだったのだ。

西野君は顎に手を当てて、

「そう言えば、この世界に最初に現れたのはトレントでしたね。そんな役割があったのは意外でしたが、ちょっとおかしくないですか? どうしてトレントがそんなスキルを持っているんです?」

「持っている、というよりも与えられたといった方が正しいわね。システムによってトレントは『異界固定』のスキルを与えられたの。力の消費が激しいスキルだけど、そのエネルギー源はアナタ達も知っているでしょう?」

トレントの栄養源。

その場にいる誰もが顔をしかめた。

西野君も不快感を隠そうともせず口を開く。

「よくそんな事が平然と言えますね? そのせいで俺達が……五所川原さんたちがどんな目に合ったか知っているはずなのに……」

「……それについては申し開きのしようもないわね。でもこれは本来なら与えられる筈のなかったスキルなの。最初にモンスターだけを転移させてしまったが故にシステムがそう判断してしまったのよ……」

「ッ……! でもその所為で――」

「西野君、落ち着いて下さい」

「ッ……すいません。取り乱しました」

西野君は大きく息を吐くと、下を向く。

……気持ちは分かる。

トレントは人知れず人を襲い、その記憶を奪い、存在を無かった事にしてしまう。

いったいどれだけの悲劇が生まれ、そして気づかれないままになっているのか。

世界の為の犠牲と言えば聞こえがいいが、それは余りに身勝手すぎる言い分だ。

「配慮に欠ける言い方だったわね。ごめんなさい」

「謝られてもどうしようもないでしょう……。それに悪いのはシステムを改竄した奴らだ。貴女じゃない……」

「でもシステムを作る一端を担ったのは間違いないわ。罪と言うなら私も同罪よ」

「それでも貴女や賢者とやらは、異世界と俺達の世界が共存できるよう精一杯手を尽くしたはずだ。悪いのはそれを自分達の都合のいいように捻じ曲げた連中です。……貴女じゃない」

西野君の言葉に、リベルさんは少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた。

「……カズト、アナタ良い仲間を持ったわね。羨ましいわ」

「ええ、自慢の仲間です」

俺の言葉に、西野君は気恥ずかしそうに顔を逸らした。

……イケメンは赤面でも絵になるからズルいよなぁ……。

「……話を続けるわね。ともかく『異界固定』は世界の融合を阻害する効果があるんだけど、トレントの最上種であるペオニーの場合、それが更に強化されているの」

「それがさっき言ってた支援魔法の領域版ってことですか?」

「そ、神樹だった頃、ペオニーはそれを使って森に恵みを与えていたわ。……直接的な戦闘力は無かったから、そこを異世界人に突かれたのだけど……」

支援特化だからこそ、直接的な戦闘力は低かったって訳か。

ペオニーの記憶で見た映像もそんな感じだったな。

だからこそアイツは無力感を感じて、全てを喰らう力を――『暴食』を望んでしまった。

「……でもどうやってペオニーを復活させるんですか?」

「鉢植えに赤土と黒土を混ぜて、そこに神樹の種を入れて、水を与えれば一日で復活するわ」

「簡単ですね!?」

ただの家庭菜園じゃねーか!? トマトじゃねーんだぞ。

その余りのお手軽さに、その場にいた全員が微妙な表情を浮かべた。

「そんな簡単に復活させて、危険はないんですか?」

「生まれたての状態じゃ大した力はないわよ。神樹の力を取り戻すまでにはそこそこ時間がかかるけど、そこは私に任せて頂戴」

何か方法があるのだろう。

そっちはリベルさんに任せた方が良さそうだ。

「じゃあ俺たちは何をすれば?」

「ペオニーの説得をお願いしたいの。異世界人の私じゃきっと警戒されるから」

「意思の疎通ができるんですか?」

「『暴食』の力を失った今のペオニーなら出来るはずよ」

「でも俺はペオニーを殺した張本人ですよ。厳しいと思いますけど……」

「大丈夫よ。だってきっとペオニーはアナタに感謝してるわ。自分を止めてくれたアナタをね」

「……」

そうだろうか?

普通だったら殺した俺を恨んでいると思うけど……。

「それじゃあ、ペオニーの復活は頼んだわよ。私はこの後、用事があるから」

「用事?」

「アナタ達以外の訓練。かもめやユウナとか、もうすぐ進化できそうなのが数人いるのよ」

「ああ、成程、了解です」

二条の奴、いつの間にかそんなに強くなってたのか。

ちなみにユウナとは清水チーフの名前だ。本名 清水(シミズ) 優奈(ユウナ) 28歳独身。

俺、いつも清水チーフって呼んでるから、たまに本名忘れるんだよな……。

リベルさんが出ていった後、俺は部屋の隅で震えていた 魔剣(アロガンツ) に話しかける。

「……お前がペオニーを狙ってた理由がようやく分かったよ。でもどうやって知ったんだ?」

『……傲慢の力だよ。システムに侵入して、ペオニーの過去や能力を知った。心底癪ではあるが、死王の言っていた事は事実だ』

「ペオニーの能力か? それなら――」

『違う、感謝の方だ』

「え?」

『……ペオニーが君に感謝していたのは事実だ。自分を止めてくれた君の頼みなら聞いてくれるだろうよ』

「……お前」

『うるさい。黙れ。何も言うな』

むすっと鞘の中で揺れる魔剣に苦笑しながら、俺はペオニー復活の為の準備をするのであった。

大き目の植木鉢に赤土と黒土を混ぜて、神樹の種を植える。

ホームセンターで土壌用の土とか収集しといてよかった。

緑色の如雨露で水をかけると、なんかほのぼのとした気分になる。

「……完全に家庭菜園の絵面だなぁ……」

「ですね。あ、私も水やりしたいです」

ひょこっと後ろから一之瀬さんが顔を出す。

西野君、六花ちゃん、五十嵐さんはそれぞれ用事があって出て行ったので、今は二人だけだ。

あ、キキとシロは一緒に居るぞ?

今は遊び疲れてベッドの上でお昼寝タイムだけど。

「構いませんよ。はい、どうぞ」

「ありがとうございま――あ、如雨露、重い……クドウさん、手伝って下さい」

「いや、そんなに水入ってないと思いますけど?」

「うぅ、私、ライフルより重い物は持てないんです……」

「それ大抵のモノは持てますよね? はぁー、まったく……」

「えへへ……」

如雨露を持つ手を支えてあげると、一之瀬さんは嬉しそうに顔をほころばせた。

……もしかしてわざとですか? 可愛いからいいけど。

そんな感じで、午後は一之瀬さんと一緒にこまめに水をやりながら、進化先について調べた。

候補はほぼ決まったが、ちょっと気になる点があったので、進化については明日以降に持ち越しになった。

「わんっ」

「……(ふるふる)」

夕方ころに、モモとアカも無事に戻ってきた。

海王様からの力の引継ぎは順調らしく、アカは嬉しそうにぷるぷるしていた。

気絶、進化としばらくモフモフしてなかったので、久々のモモの毛並と、アカのぷにぷにを堪能させてもらった。滅茶苦茶癒された。

次の日、俺は朝日と共に目覚めると、ベランダに置いた鉢の様子を見る。

リベルさんは一日で復活するとか言ってたけど、流石にちょっと半信半疑だ。

そんなすぐにどうにかなるとは思えないけど……。

「さて、どうなってるかな」

鉢を見てみると、土の表面に小さな新芽が生えていた。

それもトレントの葉によく似た形状をしている。

マジか……本当に一日で復活しやがった。

「いや、でもまだ芽が出ただけだし、これから――ッ!?」

しげしげと鉢植えを眺めていると、急に頭の中に電流が走ったような感覚があった。何かが繋がったような感覚。

この感覚は覚えがある。

ソラやシロと念話で繋がった時の感覚だ。

「もしかして今のって……」

もう一度、鉢植えの方を見る。

するとペオニーの新芽がかすかに揺れた。

『――お腹が空きました。何か食べ物を下さい、お父さん』

……おい、これってまさかペオニーの声か?