軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

229.えげつない戦術はお互い様ですから

六花の刃が葛木に向けて振り下ろされる。

迷いのない一撃。

数瞬後には、間違いなく葛木の頭を叩き切る一撃であった。

だが

「――待って下さい!」

その直前、彼らの後ろから声が響いた。

西野たちが振り返ると、そこには息を切らしてこちらを見つめる五十嵐十香の姿があった。

「ハァ……ハァ……あ、相坂さん、彼女を殺してはいけません……」

「会長……どうしてここに? 向こうの指揮に当たっていたはずじゃ?」

混乱する六花の代わりに質問をしたのは西野だった。

「上杉市長と父に任せてきました。向こうには大したモンスターも居ませんでしたから。……まあ、念の為に士道と士織を向こうに残してきましたが……」

ここまで急いできたのだろう。

十香は脇腹を押さえながら、ふらふらと歩く。

一之瀬程ではないが、彼女も割と体力には自信が無いのである。

「ともかく間に合ってよかった……。もし彼女を殺していれば手遅れになるところでした……」

「手遅れ?」

「ええ、彼女には『爆弾』が仕掛けられています」

「爆弾ッ!?」

十香の言葉に、その場にいる誰もが驚く。

身動きの取れない葛木すら驚きを隠せない様子だった。

(な、何の事だ? 爆弾?)

そんなもの自分は持っていないと、葛木は混乱する。

「か、会長、爆弾って何の事ですか?」

「彼女の持つスキルの事です。スキル『置き土産』。スキル保有者の死をトリガーにして発動する最悪のスキルです。高位のアンデッド系モンスターが持つレアスキル、それを彼女は所持している」

「なっ……」

その言葉に誰よりも驚いたのは他ならぬ葛木であった。

戦う直前にステータスは確認している。

だが自分はそんなスキルなど所有していない。

「今しがた『鑑定』で確認もしました。間違いありません」

「ま、待てよっ! どういう事だ!? 俺はそんなスキル知らねぇぞ?」

西野の『命令』が多少緩んだのか、葛木は思わず十香に問い詰める。

「知らないのも当然です。このスキルはあのゾンビがアナタに内緒で仕掛けたものですから」

「なっ……!?」

「どうやら『傲慢』はスキルのシステムに介入できるらしいですね。それを応用し、他人の持つスキルを書き換えたのでしょう」

「な、なんで会長がそんな事を知ってるんですか? というか、スキルを書き換える? どういう事ですか?」

西野たちは驚きを隠せない。

そもそも十香は一体どこからそんな情報を手に入れたのか?

混乱する西野たちに、十香は説明する。

「私は『精霊召喚』で召喚した精霊を通じて、カズトさんとあのゾンビの戦いを見ていました。精霊とは視覚だけでなく聴覚も共有できるのですが、その中であの知性ゾンビが言っていたんです。『傲慢』の真の力を――」

あの知性ゾンビ――アロガンツ曰く、『傲慢』の真の力はシステムへの介入と改竄。

もしそれが本当なら、他者に自分の望むスキルを与えることも可能ではないかと十香は考えたのだ。

それが確信に変わったのはここへ来る直前。

自分達に差し向けられたゾンビたちを鑑定した時であった。

彼女たちの元へ現れたゾンビは元『安全地帯』の住民たちだった。

二条や清水の元同僚であった吉田達や、女王蟻との戦いで死んだ元市役所の職員といった、相手のトラウマを刺激する様な面子ばかり。

非情に戦いにくい相手であったが、それでも彼らは戦い、蘇った者達をもう一度殺した。

すると、止めを刺した仲間が急に苦しみだしたのである。

柴田の治療が無ければ命を落としていただろう。

十香は原因を探るべく鑑定を使うと、敵の持つスキルが『置き土産』へと変化している事に気付いた。

(成程……合理的と言えば合理的な戦法ね……)

親しい相手を蘇らせ、倒したとしても『置き土産』で追い打ちをかける。

まるで悪魔のような戦法だ。

十香ですら不快に思わずにはいられない。

(だとすれば、本命の一之瀬さんや相坂さんが戦っている相手にはより強力な『置き土産』が仕掛けられている可能性が高い……)

援軍に向かった西野も含め、彼らはこの安全地帯の主力だ。

もし彼らが『置き土産』の餌食になれば最悪だ。

それを食い止める為に、十香はここまで走って来たという訳だ。

「……そんな……そんなのあんまりだよ……」

十香の説明を聞き、六花は敵のあまりの悪辣さに顔を歪めた。

西野や一之瀬も同じ思いだったのだろう。

そして十香は茫然とする葛木に視線を移す。

「さて、どうしますか、葛木さん」

「あ……?」

「アナタも自分のステータスを確認して、私の言葉が嘘でない事は理解したでしょう? アナタはあのゾンビの駒に過ぎなかったのです」

「……」

「悔しくはありませんか? 腹だたしくはありませんか? あのゾンビに一泡吹かせてやりたいと、そう思いませんか?」

「……」

沈黙する葛木に、十香は手を伸ばす。

「もしそう思うのであれば、私達と共に戦いませんか? 私達にアナタの復讐の手助けをさせて下さい」

「……」

「さあ――共に戦いましょう?」

じっと葛木は十香の差し出した手を見つめる。

西野たちは黙って状況を見守っていた。

もし本当に彼女が味方に付くのであれば、形勢は一気に逆転する。

狼王も、ここに居る狼王の眷属たちも自分達と戦う理由が無くなる。

この戦いを終わらせることすら出来る。

だが、

「や・だ・ねっ」

葛木は最後の力を振り絞って嗤った。

「誰がテメェらなんかにつくかよっ! 俺は! 今度こそ好きに生きるって決めたんだっ」

べぇと葛木は舌を突きだす。

「利用されてただけ? ハッ! そんなのとっくに気付いてたさ。なんせ俺もゾンビの旦那と同じ立場なら同じことをしただろうからなっ」

ギギギギと命令で動かない体を、葛木は必死に動かす。

今の西野の『命令』は強力だ。

その命令に反する動きをすれば、彼女の体には甚大な負荷がかかる。

「所詮この世は弱肉強食だ! 弱い奴はただ利用されて蹂躙される! それの何が悪い! 自分を曲げて、無様に命乞いでもすればいいのかよ? ハッ! あんな情けない真似、俺はもう二度と御免だ!」

ギロリと、葛木は周囲を見回す。

どうやっても体は動かせない。

自分に仕込まれた爆弾――『置き土産』を発動する事は自分には出来ない。

ならばどうするか?

簡単だ。自分以外の者に自分を殺させればいい。

「クソッ垂れな犬っころ! 最後の仕事だ。俺を――殺せっ!」

直後、葛木の足元から『闇』が噴き出した。

全てを飲み込み、推し潰し、すり潰す、暴虐の闇が。

「あの世で見ててやるよっ! テメェらがゾンビの旦那に勝てるかどうかをなっ!」

闇に飲み込まれながらも、それでも葛木は笑っていた。

これでいい。

今度こそ、自分は悔いのない生き方をする事が出来た。

それだけで彼女は満ち足りていた。

二度目の死を、彼女は受け入れた。

だが、

「――駄目です」

そこに、手が差し伸べられる。

彼女にとって望むべくもない救いの手が。

「葛木さん、自殺なんてそんな勝手な真似しちゃ駄目ですよ?」

温かく、そして甘ったるい香りが葛木の脳を侵食する。

キラキラと眩い光が、自分の心を洗い流してゆく。

「アナタは私たちの大事な『仲間』なんですから、そんな物騒な『闇』はしまって下さい」

「あぇ……?」

脳が揺さぶられる。

ふわふわと綿菓子のような心地よい浮遊感と、どこまでも続く幸福感に包み込まれる。

ああ、そうだ。自分はどうして彼女に逆らおうとしていたのか?

自分を生き返らせてくれたアロガンツよりも、目の前の彼女の方が何倍も大事だというのに。

「あ……あぇ? 俺……私、どうして十香 様(・) に逆らうような真似……」

許されない事だ。

どうしてそんな事をしようとしていたのか、さっぱりわからない。

脳がじんじんと痛む、いや、気持ちいい。

「いいんですよ。誰にでも間違いはあります。さあ、その物騒な闇をしまいなさい?」

「はぁい……」

とろんとした様子で、葛木は闇をしまう。

「十香様ぁ……大好きです」

「ええ、私も葛木さんの事が大好きよ。ねぇ、私と一緒に戦ってくれる?」

「はい、勿論ですっ」

先程までの言動が嘘のように葛木は十香の言葉に従順になる。

その光景に、西野は見覚えがあった。

背筋に怖気が走った。

「か、会長、まさか……?」

「ええ、彼女に『魅了』を使いました」

やはりそうだった。

「ま、こうなる事は予想出来てましたからね。話し合いの最中にじっくりと彼女に『魅了』を掛けさせてもらいました」

「……はぁ、十香さまぁ、十香さまぁ……」

すりすりと腕に絡みつく葛木を、西野は何とも言えない表情で見つめる。

「……最初からこうするつもりだったんですか?」

「ええ、あのゾンビが彼女の死を自分の計画に含めているなら、それを覆すにはこうするしかありませんでしたから」

「でも……」

でもおかしい。

理屈に合わない。

『魅了』は、西野の持つ『命令』同様、自分よりレベルの高い者には効果が薄い。

今の葛木を完璧に『魅了』するなんて芸当、五十嵐には不可能のはずだ。

西野とて、『天人』に進化し、『命令』のスキルを上位スキルに変換することで、ようやく彼女に『命令』を聞かせる事が出来たのだ。

「あら? 私が彼女を『魅了』出来た事がそんなに不思議ですか?」

「ええ、まあ……」

何故そんな事が出来たのか?

「ふふ、そんなの決まってるでしょう?」

五十嵐十香は己の胸に手を当てて、

「――私も『進化』したんですよ」

「「「ッ……!?」」」

その言葉に、西野だけでなく一之瀬や六花も驚く。

「私も襲撃前に進化したんですよ。種族は西野君と同じ『天人』。それで『魅了』を上位スキルに上げました」

「いや、でも会長はまだLV30に達していないって――ッ、まさか」

レベルを偽って申告していた。

そう考えれば辻褄は合う。

「ええ、本当はとっくに進化できるレベルに達していたんですよ。ただ、そのタイミングを見計らっていただけです」

「でもどうして……?」

直前に進化するよりも、前もって進化した方がステータスもスキルもより鍛えられるはず。なぜそんなリスクを犯したのか?

「裏切り者や、襲撃の可能性は常に考えていましたからね。スキルを上位スキルに変換できる『天人』であれば、直前の進化でも十分戦力になれますし、敵の裏をかくには、進化はギリギリまで温存しておいた方が良いと考えました」

それは見事に正解だったという訳だ。

直前まで進化しなかった十香を、アロガンツは敵戦力に数えず、結果として彼女は葛木を籠絡することに成功した。

「ふふふ、やはりスキルとは便利ですね……。あんなに反抗的だった葛木さんがこんなになるなんて」

「えへへ……」

ニコリと笑う十香に、西野は冷や汗を流す。

そう、カズトやリベルが規格外過ぎるだけで、彼女も十分に優秀な存在なのだ。

大きな存在の影にひたすら身を隠し、ずっと爪を研いでいたのだろう。

全てはこの時の為に。

「さあ、盤上は覆しました。あとはアナタ次第ですよ――カズトさん」

そう言って、十香は遠くを見つめた。

魔物使い葛木が寝返った今、残る敵はアロガンツのみ。

決着の時は刻一刻と近づいていた。