作品タイトル不明
205.相葉のスキル
――キャンプ場のテント内にて、
俺は相葉さんの言葉を待っていた。
ペオニーに喰われたはずの五所川原さんの奥さんと娘さんが生きているのは、まずこの人が関係しているとみて間違いない。
死んだはずの彼女たちが、生前と変わらぬ姿で生きている。
それはつまり、この人の持つスキルが死者を蘇らせることが出来る『蘇生』スキルかもしれないと言う事だ。
だとすればその価値は計り知れない。
今か今かと、説明を待つ俺に対し、相葉さんは唐突に頭を下げた。
「……?」
どうしたんだろうか、急に?
「あの……どうしたんですか? 急に頭なんて下げて?」
「いえ……先に謝っておこうかと思いまして」
「何を、ですか……?」
「アナタの期待を裏切ることになると思ったからですよ。彼女達が生きているのは、確かに私のスキルによるものです。それは間違いありません」
ですが、と彼は続ける。
「――私の持つスキルは『蘇生』ではありません」
「……え?」
「アナタはこう思ったのではないですか? 大樹に喰われたはずの彼女達が生きているのならば、それは私がスキルを使って彼女たちを甦らせたのではないかと」
「ち、違うんですか……?」
まるで心の中を読んだかのように、相葉さんは俺の考えを的確に言い当てた。
驚く俺に対し、相葉さんは苦笑しながら首を横に振った。
「そもそも死んだ者を蘇らせるスキルはありません。似たような効果をもたらすスキルはいくつかありますが、どれも似て非なるモノ。死んだ人間が蘇る事はありません。……そもそもそんなスキルがあるのなら、真っ先に 彼女(・・) が取得し、あの方を蘇らせている筈ですから」
蘇生させるスキルが無いだって? なんでこの人にそんな事が分かるんだ?
最後の部分はよく聞き取れなかったが、それでも相葉さんの口調には確信にも似た強い感情が込められていた。
もしかしてこの人も『質問権』を持っているのか? それとも別の何か……?
どうやらこの人は、俺が思ってる以上に様々な情報を持っているようだ。
相葉さんとの会話に夢中になる俺は、その『意味』にまで頭が回らなかった。
「クドウさん、これを見て下さい」
「……?」
すると相葉さんはテーブルに置かれたコップを手に持った。
何をするのかと思ったら、それを目線ほどの高さまで持っていき、突然手放したのだ。
当然、コップは重力に従ってテーブルの上に落ち、中身が派手にこぼれてしまう。
「相葉さん、何を――?」
「まあ、見ててください」
相葉さんはテーブルの上に転がるコップに手をかざす。
すると今度はコップが淡く光り輝いた。
周囲にこぼれる水も輝き出し、コップの中に戻ってゆく。
さながら映像の巻き戻しのような光景だ。
「これは……遠隔操作のスキルですか?」
「いいえ、違います。良く見て下さい。今度はこのスキルを解除します」
「……解除?」
再び相葉さんがコップに手をかざす。
すると今度はコップはひとりでに宙に浮かびあがり、落下した。
再びテーブルに水が飛び散る。先程と同じ光景だ。
いや、待て。同じ……?
「これってもしかして――」
「ええ、そうです。これが私の持つスキル――『再現』です」
やっぱりそうか。
コップの上る高さも、水のこぼれ方も最初の時と全て同じだった。
――という事は、まさかッ……!
ハッとなって相葉さんの方を見る。
相葉さんはこくりと頷いた。
「はい。私の持つスキル『再現』は人や物を問わず、ある一定時間まで対象の状態を巻き戻し、その姿を再現することが出来ます」
「なっ――!?」
「当然、死んだ者に使えば、その者は記憶や肉体をそのままに復元することが可能です。色々と制約はありますが、私がこのスキルを解除しない限り、死んだ者は生前と同じように考え、行動する事が可能です。生身の体を再現しているので、ゾンビとは違いますし、生前のスキルもそのまま使う事が出来ます。経験値も得られ、レベルも上がります」
な、なんだそのスキル。反則だろ……。
蘇生スキルではなかったことは残念だが、それはそれで十分に強力なスキルだ。
彼女達から感じた気配が『本物』だった理由も納得した。
どうりで俺のスキルが何も反応を示さなかったわけだ。
でも、そうなると……。
「やっぱり彼女達は……」
「……ええ、死んでいます。再現する対象が無ければ、私のスキルは効果がありませんから」
「ッ……!」
分かっていてもやっぱりキツイな。
そうだろうとは思っていても、それでもやっぱり彼女達には生き延びていてほしかった。
となると、気になるのはやはりこのキャンプ場の人々やスキルの効果だ。
「あの……その効果について詳しく伺ってもいいですか?」
「勿論、構いませんよ。私はこのスキルを秘匿する気はありませんから。そうですね……」
相葉さんはふと何か考え込む仕草をして、立ち上がる。
「クドウさん、付いて来てください」
言われるまま、俺は後ろについてテントを出た。
そのままキャンプ場の中を歩くと、先程のチャラ男君を始め、色んな人たちが相葉さんと俺に声をかけてくる。
「相葉さん、探索終わりましたよ!」
「相葉さん、食料について相談があるんですが――」
「ようやくレベルが上がりましたよっ。スキルも新しいのを――」
「相葉さん」「相葉さん」
「み、皆さん、そんないっぺんに話さないで下さい。あとでちゃんと聞きますから順番に……」
駆け寄ってくる人々に苦笑しながらも、相葉さんは丁寧に答えを返していく。
この光景だけで相葉さんがどれだけ信頼されているのか分かるようだ。
そのまま彼の後をついていく。
たどり着いた場所は、少し丘を登ったところにある休憩スペースだった。
シンプルに座るための切り株が数個だけ置かれている。
「ここからだとキャンプ場全体がよく見渡せるんです」
「そうですね……」
炊き出しを行う人々や、テントの周辺で雑談を交わす人々。
世界がこうでなければ、のどかな光景だなと思えるんだけどな。
「先ほどの会話の続きですが、クドウさんからみてどうでしたか? 彼らは?」
「彼ら、と言いますと……?」
「先ほどの人達ですよ。あの人達はクドウさんから見て、ちゃんと『生きている』ように見えましたか?」
「ッ……」
そう言われて、俺は一瞬言葉に詰まった。
つまりここに来るまでに相葉さんに話しかけてきた人々はおそらく全員、彼によって『再現』された人々なのだろう。
「それは、その……」
「……すいません。少々意地の悪い質問でしたね……」
相葉さんは申し訳なさそうに頭を下げる。
「ここに居る人々の内、半数以上は私のスキルによって『再現』された人々です。彼らは自分が死んだことに気付いていません。まだ生きている人々と同じように生活しています」
半分……そんなに。
「私は……出来れば彼らにはそのまま気付かずにいて貰いたいと思っているのです。自分達の『死』を思い出せば、それがきっかけでスキルにバグが生じる可能性がありますから」
ですが、と彼は続ける。
「それと同時に、もし彼らの家族が生き延びていれば、再会させてあげたい気持ちもあります。こんな世界ですからね。再び家族が出会うだけでも奇跡だ。ですがもし再会した時に、自分達の『死』を自覚するようなことがあれば――」
「……スキルが解けてしまう可能性があると?」
「……はい。確証はありません。なにせまだ試した事が無いので……」
試したことが無い、か。
いや、試す機会も無かったのだろうな。こんな世界じゃ。
だけど今は……。
「……迷っているのですよ、私は」
「……」
「彼女たちを『再現』してから、今日まで何度も聞かされていました。皐月ちゃんからは自慢の父がいると、緑さんからはとても頼れる夫が居ると。それはもう嬉しそうに話すんですよ」
「……俺も五所川原さんから何度か聞きました。自慢の妻と娘だと。やっぱり家族ですね。同じような事を言ってる」
「ええ、ええ本当にその通りです。今どき珍しい良い家庭だと思いますよ。羨ましい限りです。だから本当は、すぐにでも会わせてあげたいのですよ……。本来、私のこのスキルはその為にあるのでしょうから。……ですが、万が一のことを考えると、どうしても二の足を踏んでしまいそうで……」
複雑そうな表情を浮かべる相葉さんに、俺は何と声をかけていいか分からなかった。
俺だって叶うのならすぐにでも彼女達を五所川原さんの下へ連れて行ってあげたい。
でも、この話を聞いた後だと、どうしてもためらいが生まれてしまう。
「……俺が事前に拠点に戻って、五所川原さんに事情を話してきては駄目ですか? 口裏を合わせれば大丈夫だと思いますが……」
「……そうですね。それが良いでしょうね」
五所川原さんだけじゃない。
西野君や他の皆にもこの事を話して、口裏を合わせて貰わないといけない。
かなりの手間だが、それでも俺は五所川原さんに家族を再会させたかった。
「あ、確認しておきたいのですが、再現された人達に行動制限なんかはあったりするのですか?」
「基本的にはありませんよ。私がスキルを解かない限り、制限時間や距離もありませんし……。ただ、ある程度行動は把握しておかなければいけないので、活動範囲に制限はかけていますが……」
偶然、生き別れた知人と再会する可能性もあるからだろう。
再現された人達は主にキャンプ内での労働を担当しているようだ。
ただ皐月ちゃんのように探索や戦闘系のスキルを持っている人には不自然さが出ないよう安全なキャンプ場周辺の探索だけをお願いしているらしい。
「この周辺にあんな凶悪なモンスターは居なかった筈なんですけどね……予想外でしたよ」
「……」
俺は心の中で相葉さんに謝罪した。
すいません。それ多分、ウチのソラのブレスのせいです。
アレが無ければ、多分、メタルリザードはキャンプ場の方へ移動しなかったと思うので……。
「それにしても……」
「なんですか?」
じっと見つめる俺に、相葉さんは首をかしげる。
「いえ、相葉さんは一見するとモンスターには全然見えないなと思いまして。失礼な言い方かもしれませんが……」
「ははは、構いませんよ。私は別にモンスターになった事を気にしてはいませんから」
大野君と違い、相葉さんは外見的な変化は全くない。あの知性ゾンビと同じだ。
気配を探れば、確かにアンデッドの気配なのだが、外見は普通の人間と全く一緒だ。
だからこそ、つい気になって聞いてしまった。
「相葉さんはどういった経緯でモンスターになったのですか? やはり魔石を食べて?」
相葉さんの雰囲気や話し方があまりにフレンドリーだったからだろう。
普段なら絶対しないような質問を俺はしてしまった。
「ああ、気になりますか?」
相葉さんは先程までと全く変わらぬ口調で、
「私がモンスターになったのは、世界がこうなる前ですよ」
あっさりと、そう言った。
「……え?」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「私にはどうしてもやらなきゃいけない事がありましてね。それでどうにか彼女に先んじてこちらに来れないか色々試したのですが、やはり転移前にモンスターになるのが一番確実かと思いまして。それで、外見が全く変わらないアンデッドに変異することにしたんです」
「……どういう意味ですか?」
世界がこうなる前?
モンスターになるのが一番確実?
何を言ってるんだこの人は?
それじゃあ、まるで――
「あれ? 気付いてなかったんですか? 私をアンデッドだと一目で見抜いていましたし、彼女の気配もするので、てっきり気付いていたのかと……」
相葉さんは少し意外そうな表情を浮かべて、
「――私は異世界人ですよ、クドウさん」
はっきりと、そう告げたのだった。