軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

163.暴食の保有者

『木』には真っ赤な花が咲いていた。

その花を興味深そうに二人は見つめる。

「うわぁーすっごい綺麗な花ですね。……あれ? でもあんな花、昨日まで咲いてませんでしたよね?」

「そうね。木が大きいから小さく見えるけど、あれかなり大きいわ。牡丹……いや、もっと大きいわね。ちょうど――」

――人の頭くらいのような……。

そこまで言いかけて、何故か清水は寒気がした。

ぶるりと身を震わせ、周囲を窺う。

「? どうしたんですか、清水チーフ?」

「いえ、丁度……ええ、そうね。ボウリングの玉くらいの大きさねって思っただけよ」

「あ、確かにそれくらいかもしれませんね」

「……」

(なんで私今、寒気がしたのかしら?)

分からない。

だが、あの花を見ていると何故か無性に寒気がするのだ。

「と、ともかく早く戻るわよ。道草なんてしてる暇ないんだから。ほら、急いでっ」

「わ、分かってますよ。皆さん、それじゃあ戻りましょう」

急かすように清水はその場を後にする。

何故だか分からないが、一刻も早くこの場を立ち去りたかったのだ。

そして花に、いや『木』に背を向けた瞬間――、

「あら……?」

「あれ?」

二人は同時に首を傾げた。

自分達は今まで何について話していたんだっけ?

分からない。思い出せない。

――けど、思い出せないのなら大したことではないのだろう。

そう結論付け、彼女達はその場を後にした。

「――あの『木』はモンスターです」

調べ物を終えた後、俺は一之瀬さん、西野君、六花ちゃんに集まって貰った。

一之瀬さんと六花ちゃんは風呂上がりだったのか、ラフな格好で首にタオルを巻いている。テーブルの上には飲みかけの牛乳が置かれていた。

「モンスター……ですか」

「ええ、それも相当に厄介な」

一之瀬さんが牛乳を飲みながら聞いてくる。

『質問権』はあの木がモンスターであると告げた。

それだけでなく、その特性、スキルなんかも詳細に答えてくれた。

「あの木はスキルを持たない人間 だけ(・・) を襲っています」

人はモンスターを倒せばレベルが上がり、スキルを得る。モンスターと戦う力を得られる。

だがあの木は、スキルを持たない人間だけを襲う特性を持っているらしい。

「ただの人間だけを、ですか……」

西野君が顎に手を当て、オウム返しに呟く。

顎に手を当て、少し考え込み、

「あの木は町の至る所に生えていましたよね? それこそ家屋を突き破って生えていたり、車を取り込んで生えていた木もありました。だとすれば消えた住民たちはみんな……」

「ええ、あの木の『養分』になったと考えるべきでしょう」

籠城を決め込んでいた人、足が不自由で動けない人、病院で入院していた人。

そういったモンスターとは戦わなかった、もしくは戦えなかった人々は人知れず木に襲われ次々に姿を消していった。

――住民の数が少なすぎる。

以前、西野君が言っていた疑問。

その理由がこれだ。

町の人々は人知れずあの木々に襲われ、取り込まれていたのだ。

ガタリ、と六花ちゃんが椅子から立ち上がる。

「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃあ、なんで私達がそれに気付かないのさ? そんなのおかしいじゃん。いくらなんでも気付くっしょ? 誰かに気付かれずに人を襲うって、そんなのスキルでも使わない限り――あ……」

自分で言って六花ちゃんも気付いたらしい。

冷や汗を浮かべながら俺の言葉を待つ。

そうだ。彼女の言う通り、あの木の最も厄介な点はそこだ。

「ええ、相坂さんの言う通りです。あの木の厄介な点――それは『認識阻害』系のスキルを持っている事。そして取り込んだ人々の『存在そのもの』までも吸収してしまうという点なのです」

そう、それこそがあの木の真の恐ろしさ。

『認識阻害』系のスキルを持っているからこそ、人が襲われていても誰も気付かない。

強く意識を持ってあの木に注意を向けなければ、すぐにその存在を認識できなくなる。

スキルを持った人間に襲われないための防衛策も完備って訳だ。

そしてあの木に取り込まれた生物は、その『存在』すらも奪われる。

自分が生きていた証、他者との思い出、そう言った物も丸ごとあの木は吸収してしまうのだ。

だから誰も気付かない。気付く事が出来ない。

誰が消えたのか、誰が居なくなったのかさえも。

「それこそが西野君の感じていた『違和感』の正体です」

「……なんてことだ」

「嘘でしょ……そんな、事って……」

その恐ろしさ、脅威を彼らも正しく理解したのだろう。

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

住民の数が合わない事、それに誰も気付かない事。その答えがこれだ。

あまりにも悪意に満ちた木の特性。

本当にこの世界はクソッたれだ。

「こわっ……」

ぶるりと六花ちゃんが体を震わせる。

「それってさ、私達も『忘れる』可能性があるって事? ナッつんやおにーさん、ニッシーや……両親の事も……」

「あの木が襲うのはレベル1未満の人間だけです。俺たちは含まれませんが、『それ以外』に関しては……否定はできませんね」

「そんな……」

彼らの親、親戚、友人。

もしその人たちがレベルを上げていなければ、既に木に取り込まれて『忘れてしまってる』可能性だってあるのだ。

それまで過ごしてきた記憶を奪い取られる。

これが悪辣でなくてなんだというんだ。

「覚えてる……まだ私、覚えてるよ。おとーさんやおかーさんの事も。クラスの皆のことだって……」

「わ、私も……まだ覚えて、ます……」

「ッ……!」

震えながら、必死に自分の記憶を探る六花ちゃんと一之瀬さん。

一方で、西野君は何やら難しい顔で考え込んでいた。

「西野君……?」

「あ、いえ……もしそれが事実なら、早急に動く必要がありますね」

「ええ、そうですね」

あの木がモンスターであると分かった以上、放置しておく理由は無い。

早急に始末すべきだ。

「でもさ、あんなデカい木、どーやって倒すの?」

「方法はあります。それも『質問権』は答えてくれました」

木の倒し方。

それも『質問権』は答えてくれた。

やけに親切に教えてくれたのは気がかりだが、今はその方法を試すしかないだろう。

「じゃあ、明日の朝一番で?」

「……いえ、今すぐにでも行動しましょう」

すでに日は沈み、外は暗闇に包まれている。

だが俺には『暗視』スキルがあるから問題ない。

あの『竜』は動く気配はないし、今なら自由に動ける。

(もし万が一既に木が『花』を付けていたら最悪だ……)

『質問権』はあの木の『もう一つの特性』も教えてくれた。

もしあの木々が『花』を付け、その特性が発動されれば大変なことになる。

そうなる前に手を打つ。

今度はこちらが仕掛ける番だ。

この周辺一帯の『木』を駆逐してやる。

文字通り根こそぎな。

「……それでいい加減教えてくれるかしら? アナタたちは何をそんなに怖がっているの?」

市役所の一室にて――五十嵐十香は目の前の男へ問いかける。

震えながら椅子に腰かけるのは、自衛隊の生き残りの一人だ。

他には誰も居ない。二人だけだ。

「あの……それは……」

「答えられないの? ねえ、この私が質問してるのに?」

「ッ……! す、すいません! 答えます! 答えますからどうか自分を嫌わないで下さい!」

十香が失望したような表情を浮かべると、自衛隊の男は絶望した様な表情を浮かべ彼女の足元へ縋った。

必死に懇願する男を見下し、十香はほくそ笑む。

スキル『魅了』。

相手の意思を捻じ曲げ、己の意思に沿うよう洗脳するスキル。

学校に居た頃よりもスキルのレベルも上がり、耐性スキルを持たない者であればこの通りだ。

(あのクソ親父も、結局十和田さんから何も聞き出せなかったみたいだし、しょうがないわよね……)

――竜の襲撃。

そのゴタゴタのせいで、藤田と十和田の話し合いも中途半端に終わったままだった。

その話し合いを、彼女も隣の部屋で盗み聞きしていたのだ。

(隣町には化け物が居る……十和田さんはそう言ってたわね……)

突然現れた竜。

最初はてっきりその竜が隣町に居た化物かと思ったが、十和田の反応を見て違和感を覚えたのだ。

自衛隊の生き残りは皆――十和田を含め、驚きこそすれ、それ以上の反応は見せなかった。これ程怯えているのに、その元凶がやってきた割りには余りにも薄いリアクションだ。

それが何を意味するのか。

(隣町に居る『化け物』は『竜』ではないのね……)

他に居るのだ。

あの竜以上に彼らを怯えさせる『何か』が。

(知らないままで済ませていい問題じゃないわ……)

だからこそ、彼女はこうして強硬手段に出た。

『魅了』のスキルをむやみに使うのは彼女とて不本意だが、状況が状況だ。

手段を選んではいられない。

一刻も早く情報を得なければ、今後の行動に大きく支障が出る。

「さあ、教えなさい。隣町には何が居るの? なぜあなた達はそうまで怯えるの?」

一体何があったらこうまで怯えるのか?

強いモンスターなら、彼女だって何度も見てきた。

恐怖し、何度も死にかけた。

だが、その経験を鑑みても、彼らの『怯え』は異常に思えた。

「――ないんです……」

「聞こえないわ。もう一度、はっきり言ってちょうだい」

「――覚えて、ないんです」

「……は?」

一瞬、十香は男が何を言っているのか理解出来なかった。

「自分達は……何も覚えていないんです。何に襲われたのか……それが思い出せないんです……」

「……冗談でしょう?」

「冗談なんかじゃありません! 本当に思い出せないんです! ただ何か……得体のしれない化け物が、俺たちの仲間を……そう、多分俺たちの仲間を皆殺しにしたんです! でないと説明がつかないんです!」

「……」

嘘を言っている様には見えなかった。

化け物に襲われた。なのにその化け物の事を思い出せない。

明らかに矛盾している。

「これを……見て下さい」

「……?」

そう言って男が差し出したのは一枚の写真だ。

自衛隊員の集合写真だった。

五十人近い自衛隊員が、駐屯地を背景に映し出されている。

この男や十和田、他の生き残ったメンバーもちゃんと載っていた。

「これがどうかしたの?」

「コイツらが、多分俺たちの仲間だった奴らです……」

「多分ってなによ? 同僚の顔くらい覚えているでしょう?」

だが男は首を横に振った。

「……思い出せないんです。コイツらの誰も……。今、一緒に生き残っているメンバー以外誰も覚えていないんです! 同僚だった筈なんです! 一緒に戦ってきたはずなんです! なのに……俺は、俺たちは誰も、コイツラの事を思い出せない! どうしてか思い出せないんです……うぅ……」

頭を抱えながら涙を流すその仕草はとても演技には思えなかった。

彼は本当に覚えていないのだろう。この写真に写っている隊員たちを。

だからこそ、彼は怖いのだ。

それだけの『何か』があった筈なのに、それを覚えていない。思い出せない。それこそが彼らがこれ程怯える理由だった。

(記憶の欠落……いえ、それとも――)

男の言動から十香は冷静に分析を試みる。

(似てるわね……けん爺や清水さんたちから感じた『違和感』と……)

以前、十香が話し合いの場で進言した人数の誤差。

それに自分以外誰も疑問を抱かなかったあの状況。

どちらも認識や記憶に関する事だ。無関係とは思えない。

「まさか、隣町に居る化け物って――」

不意に、彼女は窓の外を見る。

月明かりに照らされながら、町を覆う木々がやけに不気味に見えた。

『それ』はとても苦しんでいた。

――足リナイ。

全然、足リナイ。

『それ』は体を揺らし、周囲に何かいないか確かめる。

地面から伝わる振動、足音、大気を伝って伝わる振動、呼吸音。

それらを全て感じ取り、『それ』は獲物を探し喰らい付く。

≪経験値を獲得しました≫

声が届く。

どうでもいい。

足りない。全然、足りないのだ。

それは再び根を伸ばし、枝を伸ばし、葉を飛ばし、花粉を撒き、獲物を探し、喰らい付く。

足りない、足りない、足りない。

もっと、もっと、もっと、もっと、もっと。

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪スキル『暴食』が発動します≫

≪スキル『肉体再生』を獲得しました≫

声が響く。

足りない、足りない、足りない。

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪スキル『暴食』が発動します≫

≪スキル『HP自動回復』を獲得しました≫

≪スキル『衝撃吸収』を獲得しました≫≪スキル『忍耐』を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値を獲得し――

声が響く。

満たされない、満たされない、満たされない、満たされない。

腹が減った。

腹が減った。

腹が減った。

≪―――≫

いつしか『声』が聞こえなくなった。

無い、無い。何もないのだ。

『ソレ』はようやく周囲に獲物が――食うものが何もないことに気付いた。

――腹ガ減ッタ……。

本能に従い、スキルに従い、欲望に従い、

それは――『暴食の大樹』は動き出した。